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2002 年 6 月 7 日

その78 有明の月

カテゴリー: 古典作品 — みよこ @ 12:00 AM

とはずがたり第3弾。
今日は作者二条におぼれて追い掛け回した阿闍梨、「有明の月」について書きたい。
この人物、後白河院御八講のときにはじめて二条を口説いたようにかかれている。
が、違うのではないかという説がある。実は、その前に契っているかもしれないのだ。私もよくよく読んでみて、そうかもしれないと思うようになった。
というのは、御八講から後には、この人物が「有明の月」という名前をつけられる由来が見えないのだが、その前にはあるからだ。

父雅忠の四十九日に乳母の家にいるところを、雪の曙の従者が築地のくずれに植えてある茨をみて、「さてはゆゆしき御通ひ路になりぬべし」と言って刈り取っている。二条はその報告を受けて、「何事ぞ」とはいうものの、別に心配はしていない。この様子から、作者は曙がその晩に来るかもしれないと思っただろうと、私は思う。
案の定男性が来た。だけど、このとき、妻戸をあけた童が大騒ぎしている。曙ならばそんなことはないのではないだろうか。何しろ曙は十日くらい前に泊まっているのだ。何もしなかったが。もし曙だったら童だってそんなに驚きはしないだろう。
で、その後の記述をみていくと、どうもこの男性、皇族らしいのだ。さらに、このときの後朝に、
「帰るさは涙にくれて有明の月さへつらき東雲の空」
と男性は詠んでいる。どうも、本文中にはこれくらいしか「有明の月」の由来になるような歌がないのだ。作中に、有明の月という言葉を使った歌はいくつもある。ありすぎるくらいだ。だけど、これが名前の由来となると、これくらいしかないのだ。
結局曙を案内役に有明の月が忍んできたと思われる。
この有明の月、曙だけでなく、二条の叔父の善勝寺大納言や、果ては院にまで甘えている。二条に会うためならどんなツテでも使うという執念を感じる。さらに、会えば会ったで、人目を気にするということがない。人の噂になろうがなんだろうが、毎日のように通ってきたりする。あまりのことに、二条が縁を切ろうとすると、大量の起請文をそのとき頼りにしていた善勝寺大納言に送りつけてきたりする。
しばらくは遠ざかっていたが、何しろ相手は阿闍梨。何かの祈祷のときには会わざるを得ない。そうこうするうちに院にも知られる結果になる。で、何と院も有明の月のためにいろいろ取り計らうことになるのだ。なんたって相手は阿闍梨。呪いをかけられたらたまらないのだ。また、相手は僧侶なので政治的力はない。だから、結局取り計らうことになるのだろう。宗教的には大いに問題なのだが。

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