香港シリーズはひとまずお休みして、今日から少し『とはずがたり』という古典作品について書いていきたい。
この作品は、鎌倉時代、後深草院の女房二条が書いた日記なのだが、存在が知られてからそれほどの歴史がたっていない。
この日記が発見されるまで、増鏡の中の人物が本当は誰なのか、長いこと誤解をされていた院(亀山院)もいたが、この日記によって、それが後深草院のことだったことがわかったというものもある。歴史の時間に出てきた『増鏡』には、この日記からそのままとられたと思われる記事が多く載っているのだ。
はじめてこの作品を読んだとき、後深草院という人はなんて変わった性癖をもった人なのだろうと、いやな印象を持った。初めは純情な少年の心をもって二条の母親を慕ったであろうに、その忘れ形見の二条にさせたさまざまな屈辱的なことを思うと、怒りが湧いたものである。だけど、つい最近また読み返してみたら、この後深草院の哀しみが伝わってきた。
自分が天皇になったのを実の母親に恩着せがましく言われ(実は弟の方がより可愛がられていた)、鎌倉にも気を遣い、臣下にもどうもあまり尊ばれていなかったらしい体に若干の不自由がある小柄な上皇の哀しみ。
この院の立場が不安定なために、また院自身が内向的であったために、二条もつらい思いをしなくてはならなくなったのだ。つまり、肝心なときに守ってもらえない。
『とはずがたり』には雪の曙という二条の初恋の人が出てくるが、この人、とても素敵。瀬戸内寂聴の『中世炎上』でも素敵に描かれているが、政治的にも経済的にも絶大な力のあった、しかも心遣いのこまやかなこの初恋の人と結ばれていたら、二条はどんなに幸せだったかと思うのだ。それだけに、側近中の側近でありながら、後深草院はこの人に複雑な気持ちを抱いていただろうということを、またひしひしと感じる。実際、院はこの雪の曙と二条の仲を知っていたと思われるのだ。
この日記、そういう面からもいろいろ読み応えがあるのだが、また別の意味、謎解きとしても興味の尽きない作品である。そして最後の方に、この作品を書く動機となった重要なことが書いてある。事実とされていることからはどうしても立証できないが、でも、もしかしたら…と思える記述があるのだ。その謎を解くために増鏡上中下まで買ってしまった。これについてはまた追々に書いていきたい。
先日テレビ番組で、大腿部の筋肉が一番大きいので、ここを動かすと体脂肪を効率よく消費できると言っていた。そういえば、スポーツクラブで自転車を漕いでると、面白いくらい体重が落ちるなぁと思った。それを続けていれば今のこの状態はないと思うのだけど(^^;そこで思いついた。名付けてダウンタウンボーイ体操。
浅いスクワットを気軽に繰り返すのだが、試しに歯を磨いているとき、料理をしているときなどちょっとした時にやってみた。やっているときはだんだん筋肉が疲れてくるのがわかる程度だが、終わった後、別のことをしているときに汗が噴き出してきた。これいいいかもしれない。
本当は両方の足を一度に曲げると力もかかっていいのだが、どうせやるなら楽しくやった方がいいもんね。最初の何回かは一度に曲げて、疲れてきたら片足側ずつに傾いてやってみると楽しい。鼻歌を歌いながら(^^)
今度は諦めないでね~♪
ずいぶん前になるが、平岩弓枝の「おんなみち」という作品を読んだ。老舗の一人娘として店を背負って生きる運命を引き受けた女性の波乱の半生を描いた小説だ。
老舗というのは、静岡の茶商なのだが、この小説を読むと日本茶や中国茶、紅茶についての知識や歴史の一部を知ることができる。また、商売に伴う危険や罠、そういう要素もかかれている。さらに、女性の体の変化が心に及ぼす影響や、恋が女性をいかに美しくするかも含めてとても豪華に描かれ、読む人に息をつかせないほど物語に埋没させてくれる。
この小説を読んでしばらくお茶のことが頭から離れなかったが、ここに来て、世の中も空前のお茶ブーム。珍しいお茶が飲めるお店もある。
今月は香港にも行くし、私もユーミンに倣って色々なお茶に挑戦してみたい。
私は本屋さんに行くと、いろいろな本に目が行って、一度に1万円以上買ってしまうことがある。その中には買ったはいいけどほとんど読んでいないものもある。本を見ると、それだけでワクワクするし、強烈に「欲しい!」と思うのだ。
谷崎潤一郎や遠藤周作にはまったときには、週に1回以上古本屋街をうろうろして、それこそ一度に1万円では済まなかった。他のものには結構惜しんだりするのに、本にだけは財布のヒモが緩む自分が不思議でしょうがなかった。
今は理工系の本や雑誌を読むことが多くなったため、小説を読む機会がグッと減ってきた。その理工系の本も、やはり小説のときと同じように一度に1万円以上買ってしまう。本そのもののあの重さや匂いが好きなのだろう。子供の頃にあまり本を買うことができなかった飢餓感もあるのかもしれない。
そして買ってきた本は、それが小説ならば寝るのも忘れて読み耽る。
ただ、理工系の本はさすがにただ読んでいると眠くなることがあるので、そういう本はキーボードで入力しながら読むか、喫茶店で読むことにしている。積読(つんどく)になることの多いのも理工系の本だ。それでもよさそうなタイトルと質感のある本を見つけると、後先考えずに買ってしまうことがある。そしてひたすら読み散らかしている。我ながら、活字中毒だなぁと思う。
今日、喫茶店で理工系の本を読みながら、「小説が読みたいなぁ」と切実に思った。活字中毒でもあるかもしれないが、やはり私は小説が好きなんだとはっきり思った。