その36 芭蕉を探す
その34で書いたが、先日の石川遠征のときに芭蕉の句碑めぐりをした。
今回の最初の句碑、本長寺の「春もやゝ気しき調ふ月と梅」のときのこと。
見終わって、さて忍者寺へと歩き出したときに、私のおでこにくもの巣がぶつかった。思わずギャッと声をあげてしまった。かなり弾力のあるしっかりしたくもの巣だった。
この句碑は、境内の中の本当に目立たないところにある。普段、あまり人は訪れないのだろう。
私のギャッという声が聞こえたのか、隣のらくがん屋さんのご主人が境内に入ってきた。
「芭蕉を探してるんですか?」
素敵な表現である。
ご主人は、このお寺に芭蕉の句碑があることを知る人が少ないことを嘆き、このお寺の景色を見るのは自分の家からが一番きれいであることや、周囲のお寺の事情などを次々と話された。その話し振りに、あらためて訪れる人の少なさを実感した。
忍者寺を拝観後、願念寺、成学寺、犀川大橋と続き、その後タクシーで長久寺(ここは前田利春の三女で利家の妹・津世の菩提寺で、樹齢400年近くの銀木犀でも有名)に行ったとき、60代くらいの女性が入ってきた。私たちを見て
「おたくさん、早かったですねぇ」と言われた。
私の体調があまりよくなかったのと、チェックアウトの時間が迫っていたために、タクシーを使ったのだ。
この方は、ここに来る前にお会いしていたようである。記憶はあるのだが、どこで会ったかははっきりしない。
「おたくさんも芭蕉の句碑を探してるんですね」
これに対して、マサノリが
「ええ。こっちに来たのでついでに…」
みるみる女性の顔が曇った(^^;
「いや、今回、金沢に来る用事があったので、この機会にぜひと思いまして」
とマサノリ即座にフォロー。焦った焦った(^^;
そこからお話が始まった。
この女性は昭和40年代のガイドブックを持って、芭蕉の旅をしているそうである。でも、なにぶんにも40年代のガイドブック。道路は変わっているし、句碑はその間に別の場所に移されてることも多い。すっかり迷ってしまい、人に聞いたりしたが、芭蕉の句碑の場所がわかる人はとても少ない。犀星の歌碑の場所を教えた人もいたそうである。話すうちに声のトーンも上がって行き、体調不良のため途中でタクシーの中に入っていた私の耳にも熱弁する彼女の声が聞こえてきた。
そんなこんなしているうちに別のタクシーが入ってきたので、私の乗っているタクシーが動いた。
「あら、タクシーで来たの?」
この時になって気づいたようである。ちょっと厳しい調子をもって言われてしまった(^^;
興味を持って調べていることや、趣味の世界については、わかってくれる人が近くにいないととてもさびしい。普段なかなか思い切り話すこともできない。
芭蕉についても、研究者だったら学会やネット等を通じていろいろ話をする機会もあるだろうが、そういう手段を持たない愛好家もいる。頭の中に山のようにあるあれこれを心おきなく話し合える仲間を真剣に求めているのを感じた。







