その22 ハンセン病
子供の頃、祖母がこの病気の人の話をよくしていた。 だから、この病気になった人たちが大変な差別を受けてきたことは祖母の言葉の端々から体感している。
この病気の感染力は弱く、終生の隔離を必要とするものではないということがわかってからも、人々の意識に植え付けられたこの病気の患者に対する差別意識からか、1996年までらい予防法は廃止されなかった。1955年のローマ宣言、1958年の第7回国際らい学会議(東京)から実に40年かかったのだ。
今回、各地の訴訟のうち1件が解決することになった。厚生大臣は、「控訴して和解」などということになったら辞任する覚悟だったようだ。省内と自分の意見との間で随分悩んだようだ。この解決で、あちこちに笑顔が見えたのがさわやかだ。
田中外相のこともあってか、各大臣は随分気を遣っていたような気がする。今回のことは外堀から埋めていって、世論の高まりを受けて無事解決した。それに伴い田中外相も少し元気を回復したようだが、まだまだ大変なことには変わりない。国会では弱いものいじめのように田中外相に攻撃が集中している。首相が崩れにくいので、弱いところを攻めようという気持ちがありありだ。これからは仕事をきちっとするかどうかを見られるだろう。「新人なので」などと言っている場合ではないと思う。







