みよこの部屋 コメントページ

2001 年 4 月 27 日

その19 藤壺

カテゴリー: 古典作品 — みよこ @ 12:00 AM

源氏物語その4。 源氏のあこがれの人、藤壺について書いてみたい。
この人は、源氏の母、桐壺更衣が亡くなった後、その桐壺更衣にとてもよく似ているということで入内し、桐壺帝に愛された人である。身分も重く、後見もしっかりしていたので、桐壺更衣のようにいじめられることはなかった。
源氏が小さい頃は、帝につれられて藤壺の御簾の中にも入ることが許されていた。でも、大きくなったら突然入ることを禁じられるようになる。まあ、それは当然といえば当然だが、子供の頃から母と生き写しと言われ、日ごろ慣れ親しんできた人に、突然会えなくなるのだから、源氏少年の心に火がつくのも無理がないように思う。
結局、藤壺は不義の子供(後の冷泉帝)を産むことになる。
藤壺の精神的負担は大変なものだった。避けられなかったこととはいえ、大変な不義を働いてしまったのだから。
だが、その後の藤壺の身の処し方は見事だった。源氏を避けられない状況になったら、突如出家したのである。ひたすら子供が不義の子供であることを隠し、立派な帝にすることが、この人の義務であり、生きがいだったのかもしれない。もっともそれは源氏にとっても同じことなのだが。
桐壺帝はわざと2人を近づけたのではないかと思える。
本当は源氏を東宮にしたかったが、諸事情により無理だった。だから、最愛の桐壺更衣に生き写しの藤壺を暗黙のうちに譲り、この人との間に東宮を産ませることによって、実質的に帝位につかせようと。うがちすぎだろうか。
最初からそのつもりではなく、成り行きをみながら、そうすることを決心したのかもしれない。少なくとも子供が自分ではなく、源氏の子供であることは当然知っていたと思われるのだ。
当然いろいろ複雑な気持ちもあっただろう。ある本で桐壺帝のことを「愛の人」と書いてあったが、本当にそう思う。でも、藤壺からしたら、「たまったものではない」「情けない」という気持ちもあったのではないだろうか。考えてみたら、紫の上が藤壺の身代わりであったように、藤壺も桐壺更衣の身代わりだったのだ。でも、後に藤壺は自分で自分の人生を選択し、それを実行することができた。たとえそれが運命づけられたものであったにせよ。紫の上と決定的に違うところである。

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

このコメント欄の RSS フィード

コメントをどうぞ

*
画像に書かれた文字を入力してください

スパム対策用画像
ログインすると画像認証なしで投稿できます

Powered by WordPress

ホットワード 部屋 コメント 藤壺 padding margin
割引クーポンまとめ情報 - クー割