その7 『女ざかりの痛み』と男の「失楽園願望」
森瑶子のエッセイに、『女ざかりの痛み』という作品がある。彼女が35歳で『情事』という作品を書いた背景などがかかれている。彼女の小説・エッセイの主題は、52歳で亡くなるまで、常に「女ざかりの痛み」だった。わずかのソースをいろいろに拡げて、たくさんの作品を書いた。シナリオハンティングのための旅行にも積極的に出かけたようだ。これらの作品を旦那さんが読んだら大変だと思うが、旦那さんはイギリス人で日本語が読めなかったそうで…(^^)
女性の30代から40初めくらいは、誰もが少し危ない時期かもしれない。こういうことを書くと、男性には恐怖を与え、女性からは「よけいなことを」と言われるかもしれないが(^^;
女性は自分にとって何が大事か、誰が大事かは常に頭の中にある。ただ、家庭や人間関係がうまくいかないとか、最愛の人に悩みを聞いてもらえないと感じたとき(あくまでそう感じたとき)には、かなり危なくなる。
あくまでも恋へのあこがれとか、そういった心情的なものが基本なので、偶然とか、そういうものに出会わなければ何も起こらないし、周りからは「あやしい」と思えても、実は何もないということもありえる。
男性の場合、40代後半から50代で、そろそろ仕事面で先が見えてきたという人に、「失楽園願望」が現れるようだ。「人生最後の恋がしたい」と思うようである。破滅願望とも重なる場合もあるのだろうか。ここらへんは、私は女性なのでよくわからない。この場合、やはりキーポイントは仕事で、順風満帆、上げ潮のときにはこのようなことは考えないようだ。
もっとも男性の場合は、順調なら順調で生き生きした状態が女性から好まれたり、機会があれば…と考えたりするだろうが。







