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正解
「GET AWAY」 10名 今回は多くの方に正解していただけました(^^)
その他の回答
「卒業写真」 2名 わかります。
「制服」 1名 お、呉田軽穂作品ですね(^^)制服 松田聖子 歌詞情報 - goo 音楽
ヒントの表示 4名
※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。
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2011年12月 GET AWAY
歌詞情報:GET AWAY 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム:THE DANCING SUN
noripi。さん
ダンサンのビデオでカットされてて寂しかったなー。
今回、1発で当たってとても嬉しかったです♪
一年の締めくくりにとても気分が良いです)^o^(
また来年も楽しみにしています(^_-)-☆
たっき~さん
画像を見た瞬間、サビのフレーズが浮かびました。
cygnusさん
出だしの「lonely heart...」がすごく印象的なわりにその後はあまり記憶に残らない。ただ、サビはさすがにユーミンだな。心の響いてくる?それともユーミンの術中に嵌ってしまっているのか、凄い!としか言うことができません。
★新年にも思い入れをいただきました(みよこ注)★
ゲッタウェイ(映画原タイトルはThe Getaway)は、名匠サム・ペキンパー監督による1972年アメリカ映画を思い起こさせる。スティーブ・マックイーンとアリ・マッグローがかっこ良かった。一方、ユーミンのこの曲(アルバム「The Dancing Sun」の5曲目)が発表された1994年に奇しくも映画がリメイクされている。重厚なオルガンと木枯らしのようなシンセのイントロからはぐらかされるような軽快なタッチで始まる歌い出しとサビは楽しい冬休みを待ち焦がれている若々さを感じる、と同時にかなりそれから年月が経ってしまった自分を重ね合わせると軽快なメロディは、またちょっと哀しげに聞えてしまうのは正月で酒を飲み過ぎたせいだけではないようだ。
Dさん
難問続きでご無沙汰してしまいました。(汗)
今回はやさしくしてくれたんですね。(笑)
この曲はキリンラガーのCMに使われてましたね。
キャサリンさん
時節がらこれしかないですな。(笑)
tcさん
ダンサン・ツアーでとても気に入りましたが、発売されたツアービデオでカットされガッカリです。カラオケで歌いたくても、スローなAメロからスピード感のあるサビがに移るときの転調のところでいつも音程を外してこれまたガッカリなんですよ。
ばばさん
ふるだぬきさん
キリン・ラガーのCMが印象に残ってます。
みよこの思い入れ
今回は、冬休みで探してストレートに(^^)
キリン・ラガーのCMがやはり印象に残っています。
今回も『春琴抄』。前回書いた後もずーっとツイッターにつぶやき続け、早く書きたいと思いつつ、年も押し詰まってしまった。『葵の女―川田順自叙伝』
についても、谷崎著『羹』、『春琴抄』との絡みで進展があったので、これについても必ず書くつもりでいる(書く書くと書きながらなかなか書かず、ついに書かないで過ぎてしまったものもあり、我ながら困ったものだと思っていますが(^^;)。
さて、今回は系図を作ってみた。これの前提として、天保8年、つまり春琴が失明した年に何が起きたかということがある。言うまでもなく、大塩平八郎の乱があった。この乱で、春琴の家は焼かれ、春琴は失明し、父母や姉妹は前後の差はあっても結局のところ亡くなったと推定。それに伴い、日野の安左衛門の兄弟が、日野に養子に行っていた佐助と共に道修町に来て、八代目の鵙屋になったのではないかと推定した。そして亡くなった人たちの魂が、生き残った春琴や佐助に入れ替わり宿り、支配していたのではないかと考えている。
系図の中の( )内は、大塩平八郎関係や森鴎外関係、芥川龍之介関係の人物で、その登場人物に当てはまる人物を入れている。森鴎外の祖父の号が「白仙」というところと、大塩平八郎関係のみねさんと森鴎外の母が同じ名前で、森鴎外の後妻の名前がしげ女と同じなのも注目するポイントだ。芥川龍之介については、高宮 檀著『芥川龍之介の愛した女性―「薮の中」と「或阿呆の一生」に見る』を参考にした(表紙の写真の関係が、そのまま素戔嗚尊、天照大神、月読命になっている)。ちなみに、しげ女にあたる女性のことを芥川は「復讐の神」と呼び、春琴の姉にあたる女性を「月光の女」と呼んでいる。図では、妹のところにその女性の名前を入れているが、もう一人、谷レイという女性がいる。この女性は、月光の女性が自分の身代わりにと見込んだ女性(ちなみに佐助稲荷神社の宮司の養女)なので、ここでもそれが踏襲され、この二人は一体になっていると考える。
「阿波の鳴門」が引用されているところで、春松検校によって中二階から三味線を持ったまま落とされたのは春琴の姉だろう(春松検校は春琴の姉も教えたことがあると書かれている)。それが佐助に憑き、後に妹に憑いたと考える。つまり春琴の姉は、昼間は佐助の中に、夜は春琴の妹と共にいたと、今のところ考えている。
ところで、『春琴抄』は読点や句点が著しく少ないことで知られるが、ところどころを段落を示す大きな○で区切られている。この区切られたところで、春琴、佐助やその他の人物、小動物それぞれに宿る魂の組み合わせが変わっている。それが一番よくわかるところが、佐助が眼を針で突いた後の記述だ。
女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持ってきて寝床の上に端座し、鏡を見ながら眼を突いた佐助は、その後次のような行動に出る。
程経て春琴が起き出でた頃手さぐりしながら奥の間に行きお師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはございませぬと彼女の前に額ずいて云った。
起き出でた頃ということだから、この時佐助が目指したのはしげ女だろう。とはいえ、来迎仏が実際に現れるまでは少し間があったので、その間にいたのは誰だったか。その存在の感情が「鵙屋春琴伝」での表現につながるのではないかと思っている。そしてついに包帯で包んだ顔に二た月前までのお師匠様の円満微妙な色白の顔が鈍い明りの圏の中に来迎仏のごとく浮かんでこの段落が終わる。
ところが、次の段落では、春琴が佐助に「佐助痛くなかったか」と言う(佐助が自ら目を突いたという前提で言っていると思われる)が、それに対してこの佐助は、
御霊様に祈願をかけ朝夕拝んでおりました効があって有り難や望みが叶い今朝起きましたらこの通り両眼が潰れておりました
と言うのだ。先ほどの段落と、微妙につながらなくはないか?
ただ、この時の佐助が言っていることは、嘘ではないだろう。佐助には、春琴の姉と、もう一人(二人)が住んでいる。春琴の姉が抜けた後の昼間の佐助にしてみれば、まさに「朝起きたら」ということだったろう。
両方の段落の春琴と佐助を同じ人物として考えることもできないことはないが、ならばなぜそこに○が入るか、「来迎仏」という言葉がなぜその区切りの直前に入るかということを考えてみる必要があると思う。そう考えながら、さらに系図を見ながらいろいろな場面を思い浮かべると、春松検校が入った春琴が「お腹の子の父親に対してもすまぬこと」と言ったりしたことや、いろいろなことに合点がいくのではないだろうか。
春琴の失明と佐助の失明の関係、さらには鴫沢てる女の失明についても、また新たな視点で見えてきた。ということで、場面ごとの魂の入れ替わりに注意しながら読んだ結果を次の『春琴抄』の記事で書こうと思う。

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正解
「Josephine」 3名 さすがに難しかったようです。バラの実だとわかっていた人もいらっしゃったのですが……。
その他の回答
「りんごのにおいと風の国」 3名 赤い実をりんごととらえたのですね。季節的にも合っているし(^^)
ヒントの表示 7名
※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。
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2011年11月 Josephine
歌詞情報:Josephine 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム:Frozen Roses
cygnusさん
苦手な曲にはいります。「Georgia on my mind」を彷彿させる歌詞と曲調にこれまでずっとなじめていません。いい曲には違いないのですが、男目線からうたっているわりに男の気持ち(僕だけかもしれませんが)にしっくりこないというのが最大の苦手の理由です。
ふるだぬきさん
ばばさん
今月もむつかしくてヒントのお世話になりました^^;;
そうですよね。この季節はやはりこのアルバムが聴きたくなりますね。
このツアーも結構好きでよく遠征しました。
カウントダウンライブにも行ったなあ。懐かしいです~
みよこの思い入れ
今回は作ったそばから「難問だ」と思ったので、この結果はある程度予想できました(^^; すみません。
私もこのアルバムは大好きで、とても思い入れがあるのですが、この曲は今ひとつよくわからなかったものです。今回壁紙を作るに際して、「あー、ナポレオンの后(ジョセフィーヌ・ド・ポアルネ)」と納得しました。ミュージカルの1シーンにという感じでしょうか。
もう一人、アメリカのフォークシンガー(Josephine foster)の髪型や雰囲気が、ユーミンが好きな他の女性アーティストに似ているので浮かびましたが、これは活動年代や国からしても違いますね(^^;(逆に正隆さんの方に近いような…… 近いどころか、ティン・パン・アレイという文字が出てくるのですが……)
ということで、今回、最後の「枝に実をつけたまま」の意味がわかって、この曲が少し好きになりました。

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正解
「破れた恋の繕し方教えます」 6名 今回は、すぐわかった人とそうでない人と分かれたようです。
その他の回答
「輪舞曲 <ロンド>」 2名 なるほど。
ヒントの表示 4名
※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。
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2011年10月 破れた恋の繕し方教えます
歌詞情報:破れた恋の繕し方教えます 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム:NO SIDE
noripi。さん
女性の想いの描き方が、本当に上手なYuming。
淡い想いも、濃い想いも自由自在ですね。
ayaさん
やはり、思い出すのは、ライブで体験した時のこと
シャングリラI
私が、1ツアーにつき複数回の公演に行くようになったのは、ちょうど、このツアーから(地元でだけですが4回<少ない?>)
個人サイトを開設後、最初にそこに載せたレポも、このライブの時のものでした。
「血の池地獄」に見えたセット
蛍光塗料で縞を描いたパジャマを着たユーミン
プールには
同じく蛍光塗料で模様をつけたらしい衣装を着たシンクロチーム
ピラニアみたい・・・に見えて
空中は、ブランコにのった悪魔?!が踊って
スクリーンにも、ユーミンやアクターの映像が映って
ちょっと気味が悪いくらい迫力満点
間奏部だったでしょうか?
丸い台の上に”はりつけ”みたいにされたユーミンがぐるぐる回って
「あれで、また、歌えるのかなぁ?!」と心配したような記憶も
照明は、やはり”グリーンの炎”を意識したものだったでしょうか?!
ふと、そんなこと、思い返してしまいました。
ふるだぬきさん
SHANGLIRA1999でのパフォーマンスが思い出されます。
cygnusさん
特徴的なイントロを聴いただけでユーミン初心者にも曲名が直ぐにわかる。逗子での奇妙な生き物(結構グロテスク?)たちといっしょに歌うユーミンの姿が脳裏に強く焼きつく麻薬的な魅力を持つ曲でもある。意外にもカバーされることが多く、小林幸子さんまで唄っている。これほどまでにこの曲が多くの人に愛されているのは、正隆さんのアレンジによる力が甚大である。
追記
少々浮世離れした内容だからこそ、恋に破れた女性の怨念のような激しい想いが伝わります。男にはかないません。
ばばさん
何度かのチャレンジのあと、ヒント見てしまいました~
なるほどあやしく揺れてますもんね。
私の中のデータベースも怪しくなってキター(汗)
みよこの思い入れ
逗子のあれは強烈でしたねぇ(^^;
この曲は女性の心を強く引き付けるので、好きな人は非常に多いと思います。
私もとっても好きです。
『葵の女―川田順自叙伝』
の続きを書くつもりでいたが、その間に『春琴抄』の私の中での解釈に進展があり、それを突き詰めていたら1ヵ月以上経ってしまった。まだ最終的な詰めまでは行っていないが、その構造についてはある程度見えてきたので、とりあえずそれを書いてみたいと思う。『葵の女―川田順自叙伝』については第2回で『幼少時代』
との絡みを書くつもりでいるが、これについても少し進展があった。特に「おふく」さんと「おきん」さんという名前について。「おふく」さんは言わずと知れた谷崎の初恋の人だが、谷崎の友人の証言や中河与一著『探美の夜』
などを読むと、どうも途中からの谷崎の態度が冷たすぎる。その謎が見えたような気がした。『探美の夜』のおふくさんは2名のおふくさんを意図的につなげたのかもしれない。
おっと、続きはまた後日ということで、今回は『春琴抄』
ね(^^)
前回の日記以降、ツイッターに延々と『春琴抄』についてつぶやいていた。つぶやきながら、調べたサイトをはてなブックマークに上げていった。まずはそれらを見ていただきたい。
お湯かけ事件の展開に直接つながる菊池寛『下郎元右衛門―敵討天下茶屋』-陰陽師的日常という記事を発見して、菊池寛著『仇討小説全集』
の該当小説を読む等、大きな発見はさまざまあったが、ターニングポイントは、春琴が時々「顔色」を変えることに気づいたことだった。ツイッターでは2回と書いているが、実際はもう少し頻繁に顔色を変えている。この「顔色を変える存在」がすべての悲劇の元だった。
そこで、顔色を変えたシーンをいくつか挙げてみる。
- 佐助と結婚させられそうになった時
- 家が貧しいために白仙羹を一と折でお目こぼしを願った弟子の話を聞いた時
- 梅見の宴で利太郎に手を引かれたか何かがあった時
これらの顔色は、いずれも春琴に憑依する存在によるものだ。
顔色については、あらかじめ伏線がしっかり張ってある。当時の旧家に育った男女の見た目について論じた部分だ。若い男女のことを論じているようにみせて、実は若い人と中年以降の顔色の違いをあらかじめ読者に示しているのだ。
その時ふと疑問に思ったのが、梅見の宴の時、佐助はあれだけちょいちょいお酒を注がれながら、別室で食事をして、食後も呼ばれるまでのつもりで待っていたことだった。書かれ方から言って、どう見ても春琴が狙われているとしか思えないではないか。それなのに佐助はのんびりと待っていたのだ。これはおかしい。
ここで菊池寛の作品が生きてくる。つまり、佐助はお酒を飲みすぎてしまったのだ。ただ、春琴がセクハラされたというのは違うと思う。佐助が「顔色でそれと悟った」のは、佐助が来るのが遅いので、少し離れていた「春琴に憑依する存在」が慌てて止めたのだ(逆に言えば、佐助を支配する存在は、利太郎が春琴を連れて行くことを望んでいたと考えられる)。
私の考えでは、鵙屋時代の春琴には春松検校他が、佐助には「一番下の妹の乳母」他が憑いていたのではないかと思う。それらの組み合わせが流動的に推移しながら、梅見の宴からお湯かけ事件で大きく変わるのだ。
その流れをつかむのに決定的だったのが、船場の御霊神社を見つけたことだ。佐助が失明した時、春琴に対して「御霊様に祈願をかけて朝夕拝んでいた効があった」と説明していたところから見つかったのだが、『夢の浮橋』にしても『瘋癲老人日記』にしても、大黒様と恵比寿様系統が、最後に天児屋命と一体化して終わる。この境内の図を見れば、誰が東宮かすぐにわかる。梅見の宴の総大将は東宮だ。また、「末社」には松ノ木神社と大黒社がある。この写真を見れば、その意味が一目でわかるだろう。春琴と佐助の墓のつりあいと同じなのだ。さらによく見ると、「文学」というところにしっかりと「春琴抄」と書いてあるではないか。このサイトを見つけた時は本当に嬉しかった。つまり、梅見の宴では、東宮が末社を引き連れて春琴の手を引きに来たのだ。
「鵙屋春琴伝」には、春琴が「一番下の妹の乳母」に故意に失明させられ、佐助は「偶然」(佐助が春琴に言うには「御霊様に祈願をかけて」)見えなくなったと書かれている。この小説の登場人物にとって、自然に眼が見えなくなるのと、故意に見えなくするのでは価値が大きく異なるのだ(とはいえ、当時の佐助の中身と針箱の持ち主を考えると、佐助の「祈願の功があった」と言うのもまるきりの嘘とも言えないかもしれない)。私が読んだ限り、今のところ「自然に」眼が見えなくなったとはっきり言えるのは、鴫沢てる勾当だけだ。この人の眼が見えなくなったのは、たぶん雲雀が飛んで行ったまま帰らなくなった翌月、7月の24日だと思う。このあたりは『古事記』の記述を自分の誕生日と重ねたと思われる。『古事記』は谷崎の一連の作品を通して影響を与えていると思われるので、青空文庫の現代語訳古事記をあらためてじっくり読んでいる。