KUMAの、見た・感じたアメリカ

Between Japan & The States

Archive for 10 月, 2009

こんなのアリ?6

 

コレステロール、特に悪玉コレステロールが高いと良くないことは良く知られています。

でも、食事を変えることでその数値を改善することが出来るのなら、希望が持てます。

家の相棒がしばらく健康診断に行かないうちに、悪玉コレステロールの値がぐんと上

がって、かかりつけの先生に呼ばれ、この値が続くと薬を処方しなくてはならなくなりま

すよ、と言われた。><;

改善策としては、青魚、野菜、きのこ類、海藻類、豆類、玄米、穀物など、をバランス

よく取り、糖分やアルコールは控えめ、腹八分、もちろんダイエット。。。もですが。

そこで、生でご飯と共にいただくほかにネバネバをなくさずに使うレシピがあまり考えつかず、冷凍庫にたくさん買っておいたもののまだ残っていた納豆を使おうと、久々にごっちゃまぜ風焼き飯を作ってみました。

  


  1. 玉ねぎの微塵切りを炒める。
  2. ロングビーンズ(インゲン)を細かく切って加える。
  3. ご飯を加えて炒める。
  4. かなりの量のディジョンマスタード、スパイシーな調味料、香味調味料など、なんでもいれてみる。
  5. 出来上がり寸前、火を止める前に、納豆の8割を入れて、さっくり混ぜる。
  6. 器に盛って、取っておいた納豆を少しトッピングし、ねぎやチャイブ、シラントロ(パクチー)と。

 

調味料に塩分が少しは含まれていますが、スパイシーよりの調味料を使って、塩、醤油は全く入れずに仕上げてみましたが、納豆のふんわか風味が漂い、とても食べやすい味に仕上がりました。これのみでも、おかずと一緒でも!要は、焼き飯の最後に、納豆を混ぜるというだけのレシピです。

-- バネバスパイシー焼き飯 --

  

ひとりごと・・・ そして、同僚たちへ。

5年前転職を考えていた時、ひょんな事からふと聞いたことがきっかけで即オンラインで応募し、2~3日後に面接して採用された私の始めてのアメリカの会社「Walgreens」(ウォルグリーン)。


最初は本当に緊張し、面接もドキドキものだった。。。 20才やそこらの若い従業員に何かと意地悪されてはじめは本当につらかった。他の同僚とカジュアルな会話する余裕もまだなく、アメリカの会社と日本の会社の大きなカルチャーギャップとルールに戸惑い、なかかなじめなかった。まじめに働けば働くほど煙たがられ、ひとり孤立しているようだった。何分か送れてタイムカードを押すのは罪悪感と時給差し引きが頭にあり、ほとんどの同僚がそんな少しの時間に無頓着な中、店に走ってかけこむのは私だけだった。店長に「I'm so sorry.」と言ったら、何のことかわからなくて「What so sorry??」と不思議な顔をされたものだ。

おしゃべりする同僚もなく、けれどそんなことには全くめげなかったのは、自分は言葉は完璧でないならきめ細やかな態度でやってみよう、と。日本のサービス業というものをお客さんに示してみたい、という思いがあった。

やっとなれた頃には、ひどい怠け者の若いカード担当従業員のセカンド(いわゆる手伝い)を担わされ、一生懸命やった。その頃には、時には頭にきて彼女と激しい言い合いをすることもあった。私の休暇中に彼女のずっとやってきたミスを私になすりつけられた。休暇から戻って店長に「You need to be trained.. you did something wrong.......Hallmark representative will come and train you.」(君は少しトレーニング期間が必要だね。ちょっとまちがっていることがあるよ。ホールマークの人が近々来て君をトレーニングするから。)と言われたときには、頭に血が上り、相当悲惨な形相で店長に噛み付いたものだ。店長もびっくりで、そんなに怒らなくてもと言われた。彼女がずっとずっと間違ったカードの扱いをしていて、ギフトコーナーも全く手入れせず埃だらけ、補充もせずでやきもきしていたのは私だったのに。。。。

カメラ部門に行く予定だった私を、正当なことをする私を迎えるのはうるさいという理由で、あること無いことを店長に言ってプランをボツにしたカメラ部門のチーフ。結局私はカード部門を一人で受け持って働くことになった。まあいいや。折り合いをつける同僚もいないし、自分一人ですべてやるほうが気が楽かも、と思って納得した。結局カード部門だった彼女がカメラ部門に行った。そのころはチーフも彼女の怠け加減にはほとほと参っていて、文句だらけだった。そしてその彼女は同棲していた男に捨てられたという理由で、会社を急にポイっと辞めた。

意地でもなんでも、このカード部門の売り上げを伸ばして、数字で証明してみるぞ!!そう誓った。認めてくれない店長に対しての私のプライドと意地をかけての勝負が始まった。あけてもくれても毎日整理整頓補充オーダー。。。一枚のカードの乱れもなく、品切れの商品もなく、裏返っている封筒も全く無い売り場作りをしようと試みた。

幸いカード会社の人にも特に認めてもらえ、地区でナンバーワンの(ちょっとおこがましいですが)カードスペシャリストにリストアップしてもらえた。うれしかった。。。。。。なにより毎月売り上げの数字がぐんぐん伸びていて、でも店長は全く一言もほめてはくれなかったけれど、それでも自己満足していた。店長も実際は知っているはずなんだと。

レジにいる時、同時にあまりの過酷な多さの仕事をあれこれ押し付けられて、休憩も部下のあとでと後回しにされ、惨めでつらくて、一度レジのまん前でたまらず大泣きしたことがあった。トイレに駆け込んだ。次の日とその次の2日はストライキのようにして、店長が話を聞くからと申し出ても完全に病欠して出社してやらなかった。

もっともっと、本当にいろいろありました。あまりの怠け者の同僚に悩まされストレスにさいなまれ、自分の結婚記念日も忘れたこともあったこの5年間。

引っ越して、やっと必死でポジションを見つけて、採用され移動が決まった。うれしかったなぁ。そしてやっとやっと念願のこの支店での最後の日が来た。

なんとかアメリカ風な付き合いが同僚と少しはできるようになったものの、やっぱり内心は皆私を煙たがっているので、私がいなくなるのは皆ハッピーだろうと思っていた。

ポットラックパーティーをKUMAの為にするよ、と一人の同僚から聞かされた。びっくりした。「めっそうもない、そんなこと、今時間カットで大変な状況なのにイイよ。。恥ずかしいし。。」と言ったけれど、持ち寄りのリストも張り出されていて、やっぱり開かれるような様子。

この最後の週に、体調をこわして救急車で運ばれた。休みを取っていた2日と自分の休み2日で復帰したかったけれど、どうしても無理で仕方なくもう1日病欠してしまったのが唯一無念だった。19日やっと回復して復帰できたことがとてもうれしかった。回復したてなので調理時間はそうかからないけれどほとんどのアメリカ人に好評だった、崇拝するシェフ、シカさんのレシピのチキンのから揚げユッケソースを作ることにした。

10月21日水曜日の朝が来た。毎週恒例の恐怖の倉庫の日だった。

        

10:00AM 休憩室にチキンを持って行くと、既にバルーンと7~8種類ほどの食べ物が。

 左の20代のアリシア。最初は話すこともなく、お互い敬遠していたね。両親に捨てられ天蓋孤独なあなたがドラッグディーラーの彼氏と結婚もせず子供を生んだときには心配だった。2人目を生んで、少しずつ話すようになった。お互い心が少し通じるようになった。あなたが彼氏ともめるたびに、人事ながら違う道を歩んで欲しいと願った。相互依存な関係なので別れられないと私は思っている。けれど。。。どうしてもそれでも自分のように親子別々に暮らすことは避けたいと本心を語った彼女。頑張って!!

右ののんびり屋のアイビー56才。南米の小さな国からの移住者。旦那さんと離婚していないものの、彼女だけが夜もスーパーで働いて、苦労しているあなた。あとがつっかえているのに、いつも時間どうり休憩やランチに行かずによく喧嘩しましたね。でもとっても私の移動を惜しんでくれて、何度もハグしてくれたあなた。

  ヘッドキャッシャーのリオ、50才。陽気なのが災いしてか、おしゃべりなしでは一日の仕事が終わらない彼。忙しくなるとすぐトイレに駆け込んで戻ってこない。その埋め合わせはいつも私。。。いくど腹をたてたことか!心の中では目の仇にして、早く彼とかかわりのある部署から離れたいと願っていた私。とってもけち(ゴメン)な彼が最後に目覚ましラジオ時計をプレゼントしてくれた。ありがとうね。お店で朝買ったのか、レシートが入ったままだったよ^^;。オークランドに詳しい彼、先に仕事が終わって帰る彼に手を振ったら、いつかKUMAの移動先の店に寄ってみるからね、と言った。

 韓国人のキム、50代後半。私より一週間ほど遅れて入社した彼女。新人同士、また、同じアジア人ということで唯一心を開いた同僚だった。向かいのモールでコーヒーショップを一人で経営、日曜以外は朝6時から昼の2時まで働き、その後このウォルグリーンでパート。ハラスメントの旦那さんと離婚成立して、それでもやっかいごとでいつも法廷に呼ばれていた彼女。彼女もまちがったことが嫌いで、同僚からの疎外感に苦しんでいる一人だ。私生活でも早く苦労から開放されて楽になってほしい。

 右端のトリサ。最近ミネソタから引っ越して来た勤続32年(驚)の彼女。スゴイ働き者。カード部門を受け継ぐ彼女をトレーニングする時間はあまり多くなかったけれど、すぐ同じ類の仲間だとお互い感じ、親しくなった。彼女のような同僚がたくさんいたら、どれほど職場がスムーズで働き甲斐があって、心地よいことだろう。しかし彼女も店長のお気に入りではないようで、常々いやな目に会っているため、良い気分で働くことができないでいるのがとても気の毒。。

右から2番目のメキシカンのマルサ、52才。カメラのチーフ。話をすることはめったになかった同僚だ。

左端の中国人のアシスタント・マネージャー、ミスター・リー、20代。しばらく前に私の住むアラメダの店から回されてやって来た。はじめはやる気がなさそうで、「やれやれ、またこんなマネージャーか、・・・」とがっくりしていたが、いつも眠たいやら、来るたびに家に帰りたいやらいうわりには、仕事熱心ですばやくて、皆が遠慮したり恐れて言えない従業員にも難なく仕事を振り分け、ご立派。果ては、休暇中に病気もかさなっているところ、店長から呼び出しがあり倉庫だしの過酷な一日に臨時出勤したまじめな彼。とっても頭が良いまだ若い彼。私も心を開いてけっこう彼には何やかんや話したものだ。一日も早く念願の違う仕事場が見つかりますように!

 右はハーフ(黒x白)のデボン、20代前半。お店に入社してくる若い女の子を次から次へと口説く問題児。今はお客の一人と子供をもうけ、パパになった。複雑な家庭環境が災いしてか、知能犯なやり方で間違ったことをして何度も自宅謹慎にあっている。

左は店長の奥さんの友人、勤続何十年のクリス。病欠など稀で、一度風邪で病欠したときには皆が皆おどろいたほど健康ウーマン。彼女も黙々と働くタイプだった。話すことはほとんどなかったけれど挨拶だけはいつもしていた。いつも私には暖かい目線でいてくれた彼女だった。

 中国人のアシスタント・マネージャー、ミス・チュア。最近突然辞めたアシスタントの変わりに急遽配属されてやって来た。一週間ほどしか一緒に仕事することがなかったけれど、最初からお互い親近感を覚えた。アメリカのじゃない美味しいチーズケーキ最後にありがとう。やっぱり食はアメリカよりはアジアだね!とっても働き者でまじめ。なんとか頑張ってほしい。幸いミスター・リーも中国人なので話やすいんじゃないかと老婆心ながら何となく安心している。

 ちょっと太り気味で足が悪いジュディー。朝はキッズケアの仕事場で、午後遅くからだけのパートの彼女。彼女もとっても仕事頑張ってる。

 最近奥さんに見限られて離婚したアシスタント・マネージャーのミスター・トム。はじめからものすごい陽気なテンションだったけれど、なんとなくフェイクっぽくて信用できなかったから、正直苦手だった。今も毎日新聞を売り場からこそねている彼。店長でさえ毎日ランチに読むのに買っているのに、けしからん奴だ!!!(本当に憤慨)早く悪いことはやめてほしい。でないといつかは身を滅ぼすよ。


---仕事がオフで最後に挨拶できなかったの3人の同僚達(薬局従業員除く)---

★メキシコ人の信心深いグラシエラ、42才。二番目のご主人と結婚するも彼は20才。サポートが見つからずに審査切れで彼は南米の自国に帰ってもどってこれない。職場で肋骨を折ったり、何かと災い続きの彼女。なぜこんなに問題にまきこまれるのか。彼女は仕事がちょっとスローな為、店長に嫌われている派。時間カットで新人よりカットされ生活できるのだろうか。。。

★黒人で30才の女性、ミシェル。入社してすぐ、旦那さんが刑務所に入っているとサバサバとした調子で皆に言うものだから、そんなみんなにプライベートなことを言わないほうがいいよとこっちが心配したほど、オープンな彼女。3人の子持ち。息子が糖尿でインスリンを毎日打っているのに結構楽観視していて、大丈夫なんだろうか。スタイル抜群で美人の彼女は男性にモテモテ、だけどなぜか憎めないんだなぁ。

★アフガニスタン人の姉が出産後、彼女の代わりに雇われた店長第一のお気に入りの特別待遇、ソナイラ。はっきり言うと、このアフガニスタン姉妹は私のストレスの源だった。

本当にいろいろなタイプの従業員が来ては辞め来ては辞めしてきたが、信じられないくらいレイジーでひどかった人も多かった。それをなんともしない店長にも本当にがっかりだった。

  これがイタリア人の店長、ミスター・ピウマータ。50代。雇ってくれてありがとうございました。お願いしたらフルタイムのポジションを最初から与えてもらい、感謝しています。一度だけあなたに仕事ぶりを口に出してほめてもらったことがあった。仕事場でのマネージメントで文句を言ったときに、マネージャー全員を即事務所に呼んで、私とマネージャーの前で彼が言った。「KUMAには十分な言葉でいったことはなかったかもしれないが、よくやってくれていると思っている。だから君が心地よく働けないのは心外だから、即・・・を実行するように。コレは店長の私の即刻命令だ。」だけどそれ以外はやはりあまり親しみをもってもらえなかった。お昼間に会ったときに一言私から挨拶したものの、やはり嫌われ者派の私には何もなしに最後帰っていくのかと予想していたら、働いていたフロアに帰社する格好でやって来た!!「Thank you for these 5 years、KUMA. You are the best employee I've ever had. ・・・・・・」(この5年間ありがとう。君は一番の従業員だったよ。君を失うことは本当に痛いことだけれど、どうしようもないね。君が病気になって今気分がすぐれないのはわかっているから、はやく回復することを祈っているよ。)女性好きなイタリアンの彼に媚びなかった私だから嫌われていたのかなんだかわかりません。あまりなれなれしく話しをした覚えがなかったけれど、握手して目を見つめたのは最初で最後だったような気もします。

あと何分ここで働く時間が残されているの?なんて聞くトリサ。よっぽど頼ってくれていたのか、何度もハグしてきて、私も去りがたかった最後の時間。6時ちょっとすぎにお店を出て駐車場から見たウォルグリーン。初めてのアメリカの職場。日本では考えられない文化の違いとストレスを経験した5年間だったけれど、ありがとう。

約束通り、オンライン・オーダーでこの写真を送ったよ、アリシア。私が思い出にと撮っていた皆の写真。最近殺風景な休憩室の掲示板に貼るんだと言っていた彼女はもう貼り出した頃だろうか.....

10月24日からはオークランドで違う店長と同僚たちのもと、また頑張らなきゃ。

            


 

小さな違い その1

特に取り上げることでもないほど小さいことなのですが、日常で本当にアメリカと日本の違いを感じさせられるときがふとあります。

こんなオオゴトでもないことに気付いても、あえて人に言ったことも、なにかで取り上げることもないので、ちょっと書き留めてみることにしました。

小さな違い その1 は、

アメリカでプラスチック容器に入って売っているマーガリンやバターには、日本のように開けたあとバターナイフを差し込んだままにしておけるように、小さな穴をあける部分がついているものなどない事。

本当にこんなところが「日本はキメが細かい!」とうなってしまうところです。日本に帰国した際には、その容器が欲しいために、母にたのんで残り少なくなった容器の中身を移して、容器だけアメリカに持ちかえったほどです。しかし考えてみると、アメリカでもプラスチック容器に自分で鋏で切り込みを入れて穴を開ければいいのだと思いついた時には、自分の馬鹿さ加減に苦笑。でも丸い形が多いアメリカのものは、再度使おうと思っても、棒状のバターを入れるには不向きで、やはり日本の容器がバターケースのように楕円形であるところは エライ!! と思っています。

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