KUMAの、見た・感じたアメリカ

Between Japan & The States

Archive for 9 月, 2008

ウォルグリーンの事 No.6

小売業では必ず商品の搬入の日があります。ここウォルグリーンではお店によって違いますが、だいたい週1回か週2回の搬入なのですが、これが私たちにとっては恐怖の日。
なぜかというと、その日と次の日すべて並べ終えるまで、ノンストップで皆この作業に集中しないといけないからです。

フォト部門でもコスメ部門でも私が担当するカード部門でも、SIMSと呼ばれる在庫管理の従業員も、フロントキャッシャーも、皆が皆、商品を棚へ陳列する業務に従事しないといけません。時には店長もフロアに出てきて働きます。

フロントキャッシャーならあまりレジを離れられないので、そのあたりの棚を受け持ちます。コスメ部門は化粧品やヘアケア商品、その他売り場に関するものを、カメラ部門はカメラやそのあたりの文房具等、その他の従業員たちは、それ以外の場所を受け持ち、配達された倉庫のものをすべて棚に出し、オーバーストックは又倉庫へ戻し、と。

朝の10時にトラックが着く店では、早くて翌日のお昼すぎ、遅くて翌日の夕方までかかります。トーツ(Totes)と呼ばれるプラスティックのケースを空にするまで、倉庫とフロアの往復です。トーツ以外に、箱に入った商品ならカッターで開けて中身を出して棚に並べ、空箱はダンボール処理の機械に放り込みます。その合間にいろいろ質問をしてくるお客さんの手助けをし、レジが込んだときはレジにヘルプに行き、そして一回目の休憩15分、昼食30分、最後の休憩15分、というスケジュールです。

ちんたら休憩しながらゆっくりしている人もいれば、手早くこなしていく人もいます。この倉庫の作業の日がイヤでやめる人も多いのです。特に男性で頑強そうな従業員は、倉庫の重たい飲料などをフロア出しするのに配置されるので、ふうふう言って嫌がっている男性もいます。女性はその点、そういう重労働はさせられないので、これが理由でやめていく人は少ないのですが、特に若くてレイジーな子は、身動きが取れない(つまり、フロアでサボれない)レジに配置されるのがいやでやめていく子が多いようです。

最初はぐったり疲れましたが、体が慣れるとけっこう平気になります。けれど一日中この作業に携わった翌日の作業はやはり少しきつい時が多いです。ドラッグストアのこの作業は誰もが経験しなくてはならないので、避けては通れませんが、週2回もデリバリーがある店では働きたくない!!!!!!!!と思っています。


連帯意識について

日本で何か個人が問題を起こしたときに、その人が所属している会社や学校、団体に連帯責任がかかってくることがあります。
最近では、高校野球の野球部の生徒が問題を起こし、回避できましたが、あやうく出場停止かと言われていました。相撲の世界でも親方が辞任したりしています。

ここアメリカでそういう連帯意識について考えてみたのですが、どうもそういう意識は薄いようですし、日本と比較してみたら大変な差があるように思います。

日本のデパートやお店、我々にサービスを提供している会社(電話、電気、等)について考えてみると、何かの手違いがあったり、お客さんに迷惑がかかったりした時には、その会社に属している社員ならたとえ自分がミスをおかしていなくてもまずは謝るのが常ですよね。日本というのは、そういう意識になるような社会で育てられたのでしょうか。私の場合を考えてみると、社会に出て会社で仕事していてもそれが普通だという意識でいます。

アメリカでは、自分がミスしていないなら、所属している会社や団体のミスを連帯意識でもって謝ったりするのが少ないように思います。カスタマーサービスによっては謝る人もいますし、立場が上になればなる程、そういう意識を持つ人も多いのかもしれませんが、一般の社員が皆日本のように連帯責任の観念を持っているとは思えません。


自分がしていないなら 「知りません」 「わかりません」 で通されることも多いですし、自分が働いている会社が扱う内容や、取り扱っている商品などでさえ、「わかりません」 と恥ずかしげもなく言える人を数多く見ました。日本では、プロとしてお金をもらって働いている場所で、知識不足だったり知らなかったりすると恥ずかしいと思うのですが、アメリカではそういう感覚も違うのでしょう。

余談ですが、仕事場でなにか不備があったときに私がお客さんに謝ると、それだけで相当満足されますし、「Don't say sorry. Not your fault! (誤らないでいいのよ。あなたのせいじゃないんだから)」と言ってくれる人もけっこういます。

人間の心理として、一般的に謝らないより謝ったほうが相手の感情を良くすると思うのですが、訴訟の国アメリカでは謝ったら自分が悪いと認めてしまうので、なんでもかんでも謝るのは良くないという常識があるようです。謝らないから余計感情がこじれて訴訟に発展していく率が高いと個人的には思うのですが、どうなのでしょうか?

だ か ら、日本人からするとアメリカのカスタマーサービスなどが最低と言われることも多いのでしょう。

いくら言葉がネイティブでなくても、日本人感覚でプロ意識を持ってまじめに働いていたら、たいていのアメリカの会社で通用すると思いますし、優秀な部類に入ることもそれほど難しいことではないと思います。

アメリカに来てからいろいろな人種を見て、日本人は優秀だな~とつくづく感じているのは私だけでしょうか......

一番おいしい水、と思う

大昔は水なんてお店で売っていませんでした。

水道水をそのまま飲むというのが少なくなった現在、お店に売っているミネラルウォーターや蒸留水を飲むか、水道に浄水器をつけて飲むことがほとんどです。売っている水の種類も多く、硬度も色々。

仕事場にはアイスティーを作って持っていったり、時々ゲータレードやジュースを買ったりして飲んでいますが、時々カロリーなしの水にしようと思うときは、いろいろな種類を試していました。24本入りや36本いりのをセールで買ったら1本(350ml)につき18セントくらいという安いものから、1本1ドル以上するものまであります。それまで多少の違いこそあれ極端においしいと思ったものには出会えてなかったので、あまり期待もせず気まぐれで買ったのが、" FIJI " です。‘ 無味無色で純粋に透明 ’ とでも表現したらいいでしょうか。すべて試したわけではありませんが、これまでで一番、本当においしい、と思いました。





一番ちいさなボトル(500ml)で1本1ドル50セントくらいするので、ジュースと同じくらいの値段ですが、まさにジュースの価値ほどもある美味しさ。あとで雑誌に書いてあった記事に、‘有名なシェフやレストランが好んで使用する水’とありました。レストランなどでとってもおいしい水を出されたことが何度かありましたが、きっとこのFIJIにちがいないと思います。

世界で一番美味しい水!と言わせて下さい。

ここまで味わい深い水が飲めるのなら私にとってこの1ドル50セントは高くはない!Evianもおいしいかもしれませんが、このFIJIを試したことがない方、一度はお試し下さい。きっと違いを感じるはず。

源はフィジー諸島のビチレブ島ヤカラバレー。PH7.5。人体を構成する重要な要素のSilika (シリカ)を85mgも含み、そしてこの水はボトルを開けるまで、一切空気に触れていない水だそうです。又、ボトルも匂いのつかない最高品質の素材で出来ているという事です。

アメリカ版 http://www.fijiwater.com
日本サイト http://fijiwatershop.jp/
http://drinkshop.co.jp/fs/drinkshop/c/0000000725

シーザーサラダのこと

アメリカ料理の代表としてあげられるものの1つに‘シーザーサラダ’があります。この由来は、1920年代にカリフォルニア州に接するメキシコ国境の町ティファナのホテル「シーザーズ・パレス」で誕生したと いわれています。当時、アメリカには禁酒法がしかれていたためティファナはハリウッドの人々ご用達の繁華街でした。そんな中、突然訪れたお客のためにホテ ルのオーナーがありあわせの材料でふるまったのがシーザーサラダの始まり。その後、このサラダを気に入ったアメリカ人たちが本国に伝えました。アメリカではポピュラーでどこでも買えるロメインレタスを使ってクルトンやチーズを加えただけの簡単なサラダですが、ここで味の決め手となるのがシーザードレッシング。

アメリカ料理のレストランに行った時には最初にこのサラダを一度は試してみます。これが美味しければこのレストランはOKだろうと自己判断する為の目安です。日本で言えば「お寿司屋さんにいって卵を試せばその店の程度がわかる」とか、「うどん屋さんできつねうどんを試してこれが美味しければ・・・」というのと似たようなものです。

ほとんどのレストランはやはり特製なのか、酸味もマイルドで美味しいものが多いので、なんとかこのように美味しいシーザードレッシングを市販のもので見つけられないだろうかといろいろ試してみました。

今はどうかわかりませんが、私が日本に住んでいた頃、このシーザードレッシングが売っていなくて、作るしかないと本場アメリカのレシピで生卵やアンチョビーを使ってためしてみましたが、手のかかる割にはあまりピンとこない味でした。

ここアメリカではシーザードレッシングの種類も多いので、すぐに美味しいものが見つかると思っていたのになかなかありませんでしたが、やっと美味しい、それも本当っに美味しいのを見つけ大喜び!クルトンやチーズがなくてもロメインレタスがあれば、美味しいシーザーサラダの出来上がり。





ところで今思えばとびきりおいしいシーザーサラダをいただいたレストランを思い出しました。ハワイのオアフ島のワイキキのはずれ、Beretania通りにある‘アンチ・パストス(Aunti Pastos)というレストランです。
http://www.auntiepastos.com/


もう15年以上も前のことですが、改めておいしいシーザーサラダのことを考えていると思い出したレストランです。いつも夕食時にはたくさんの人が順番を待っていたレストラン。初めてホームページを見たらやっぱりいまだに続いていて、最近20周年記念を迎えたとか。
この時は、まだシーザーサラダっていうものをよく知らずに地元の友人に勧められるままでしたが、あとでこの代表的なサラダを知ってから、ここで食べたシーザーサラダほどおいしいものにお目にかかったことはないと気付きました。ハワイに行ったら今一度試してみたいと思っています。

ウォルグリーンの事 No.5

1901年に、50×20フィートから始まった、街の小さな薬屋がいかにしてアメリカの巨大チェーン店になったか.......。ウォルグリーンという会社を語る上で、創設者である Charles R. Walgreen のことを抜きにしては語れません。

Charles R. Walgreen はイリノイ州 Galesburg の近くに生まれ、その後家族の転勤で60マイル北の Dixon へ引っ越しました。16才で初めて Horton's 薬局で働き始めましたが、これは望んだものではなく、地方の靴工場で働いている時に事故に会い、中指の第一関節まで切断しスポーツにかかわれなくなった為、週給4ドルのこの仕事に就いたのでした。しかしHorton's 薬局での仕事は続かず、一年半で辞め、自分の将来は Dixon ではなく、もっと大きな町 Chicago にあると考え、1893年に移りました。

すでに1500店以上の薬局が競い合っていて、自分が起業家になって事業を始めるとは思いもしませんでした。シカゴの老舗の薬局で働き始めたものの古いやり方に失望し、自分が店をオープンするしかないという考えに至り、1901年に十分な資金がないままローンを組み、店を始めました。シカゴの南 Barett's Hotel ( Cottage Grove/Bowen Ave.) の中に開いた店は、明るく陽気な雰囲気、そして暖かく一人一人のお客様が歓迎される雰囲気作りに努めました。通路は広く、高品質低価格を目指しました。ドラマティックな変化は、サービスのレベルでした。いろいろな食品(清涼飲料水・アイスクリーム・サンドイッチ等など)を売ったのも画期的なことでした。これが今ではほとんどのアメリカのドラッグストアが食料を置く始まりでした。又、1897年に薬剤師の資格を取った彼は、自分で薬を作ることによって、新鮮で高品質、低価格の薬の提供を目指しました。

1910年には2店舗めがオープンし、寒い時には暖かいものを、という発想から暖かい飲み物食べ物もサービスし始め、これは1980年代まで続きました。1913年には4店舗。1920年には20店舗。1922年にフード担当の Coulson が考えついたチョコミルクシェーキを20セントでクッキーと一緒にサービスし始め、これを求めて行列ができるほどでした。1929年には525店舗、そしてその10年後の1939年に66歳で亡くなるまで、彼は休むことなくお客さんの満足の為に新しい方法を模索し続け、又従業員の為に、‘プロフィットシェアリング・ペンションプラン’といった福利厚生を設置したアメリカで最初の会社でした。

毎年約425店舗がオープン、現在で6443店、2010年までには7000店舗になると予想されています。

最初に応募しようと思った時に始めて見てみたウェブサイトの会社案内の一部に、「全ての人にアメリカンドリームを実現するチャンスを与えたい」という主旨が書いてありました。それが‘チャンスの国アメリカ’というイメージに重なり感銘を受けたのを覚えています。

ティーンエイジャーも働いていますし、いろいろな国からのいろいろな人が働いています。その数も226000人(2007年)、全ての従業員が皆真面目に働いているとはかぎりませんし、ひどいカスタマーサービスもいると思います。けれども基本的に社の方針として根底にある姿勢というものを知る機会に触れるにつけ、創設者のポリシーに共感する部分が多くあります。

日本の「お客様は神様です」のような姿勢に比べて、アメリカの「売ってあげています」「売ってくれてありがとう」という「Thank you. (客)」「You are welcome. (店員)」のようなどちらがお客さんかわからない場合もある接客の仕方も多い事を考えると、ウォルグリーンはちょっとちがうというのは確かです。お客様を大切にする事を一番の優先順位にし、ニーズを満たすように商品セレクションの探求を続けているようです。

事務所にこんな言葉を見つけました。



‘ In the final analysis, the success of any bussiness depends entirely upon the character of the people conducting it. ’
Charles  R.  Walgreens Sr.   Company  Founder
Management  seminar 2005

「分析の結果、結局のところどんな事業の成功も、全てはそれに携わっている人々の質にかかっている。」創設者:Charles R. Walgreen

仕事をしている人達の人となりと姿勢が、会社の印象、商品のイメージ、などなどに関わっているという事。これは私も全く同じように感じる部分です。

車はこわいんだよ

日本都市郊外大阪福岡)からカリフォルニアのサンフランシスコ郊外イーストベイに引越して来てびっくりしたことの1つに、そんなに田舎でもないのに、けっこう野生の動物がたくさん生息しているという事です。ちょっと緑の多いところではあらい熊やたぬき、鹿などが出没しますし、家の周りにはたくさんリスを見かけます。その動物たちが道路に飛び出し、車に引かれていることが多いのです。リスが犠牲になっていることが特に多く、いかに交通の多いところに住んでいるかという証拠でしょう。


日本では飼い犬や飼い猫が時たま事故に会っているところを見かけたことはありますが、けっこう郊外に住んでいても野生の動物は見かけませんでした。どちらにせよ見るたびに心が痛みます。

ベイエリアならではの景色を楽しむリスたち



サンフランススコを眺めているの? 気のせいか背中に哀愁が...

「マリーナはこちらですよ」  「ちょっと太りぎみなの・・・」  「飽きない景色だな~」

衝撃の処理方法

私のはじめてのアメリカ体験というと、ハワイでの短期滞在なのですが、そのときに受けたカルチャーショックの1つにごみのシステムがあります。
住んでいたコンドミニアムはけっこう上の階だったのですが、その時はビンも生ごみも一緒にごみ袋に入れて捨てるということだったので、それぞれの階にあるごみ捨て場から下に落とす時に本当に戸惑いました。そのまま下に落下したらビンが砕けて粉々になる事は間違いありません。それでもそれが普通だというのですから、燃えないごみ・ビン類・プラスティック・小型危険物・リサイクル容器・新聞紙類・等などにきちんと分けて捨てる日本から来た私にとって、それはそれは信じ難いやり方でした。

今アメリカは、スーパーなどでのビニール袋使用を減らしエコバッグを使ったり、プラスティックボトルの廃止をする都市ができてきたりと、ようやく少しエコ(環境保護)に目覚め始めていますが、それでもごみに関してはまだまだ日本とは比べ物にならないほど大雑把です。
ビン・プラスティックなど、2~3種類に分けるのがいいとこで、日本みたいに細かく分けるところまでいっていません。分けると決まっても、果たしてそれに従う人がどれだけいるのでしょうか?そう疑いたくなるほど、めちゃくちゃなごみの出し方をする人が多いのです。

アパートやコンドミニアムでは、共同で皆がごみを入れる大きな容器がゴミ捨て場に置いてあるのですが、その容器に捨てるマナーの悪さは目を見張るばかりです。
ビニールの口を閉めずにあけたまま捨てる人、ピザの残りがありべたべたになっている容器をそのまま投げ捨てる人、土が入った大型植物を捨てる人、雑草を刈って袋に入れず捨てる人、食べかけのバーガーやお菓子をそのまま捨てる人、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本から来た私など、紙のバッグにごみを入れて捨てるとしても、口がふさがらないと中が出てしまうと気が気ではなく、ガムテープで上を封じて出していたものでした。ビニール袋の口を閉めず出すことは未だに出来ませんが、今ではビニール袋にいれたごみを紙袋に入れて、その後に出た紙くずを紙袋とビニール袋の間につっこんで、紙袋を封じずに出す事もたまにあります。というのも、日本のように人が手でごみを集めて回るというのではなくて、ごみトラックがその大型容器をそのまま持ち上げて中身をトラックに移す方法が主流だからです。

又、当然のように汚れるゴミ捨て場の容器は丸ごと洗っているようです。皆はみ出たごみを出し、汚れたら丸ごと中を洗う、というやり方なのでしょうか。
だからといってはみ出したごみを出してよいということではないですが、生ごみでもない限り、まあそこまで神経質に密封しなくても大丈夫だと思うようになりました。

本当になんでも大雑把でドデカイやり方だな~とごみ車を見るたびに今でも思います。

黒い小物たち-9月6日「黒(クロ)の日」企画参加-

家の中はモノトーンのインテリアではないのですが、シンプルはとっても好きです。モノトーン倶楽部の「黒(クロ)の日」という企画 http://blogs.yahoo.co.jp/tuulituulituuli/44358348.html を知り、少ないながら黒いものを集めてみました。
陰陽の形のキャンドルホルダー
コーンホルダー ソルト&ペッパー容器
ついでに焼酎のボトルとお皿
そして、ついでについでにご主人様のクロちゃんと私。冷蔵庫マグネットです。手足の裏にマグネットがついていて、好きなように形を変えれます。ちなみにこれは私が働いているウォルグリーンに売っていました。お店のレジのカウンター横に置いてあった商品で、これは普通、常時取り扱っている商品ではなく一回きりの仕入れの場合が多いので、これは買うっきゃない!と即買ってしまいました。いろいろな種類の犬猫がありましたが、私が迷いに迷って選んだのがこのペア。時々主人がポーズを変えたりして楽しんでいますが、基本はこのラブラブのかたち。いつまでもこうありたいという願いを込めて。。。。。

損した!値段の調整お願い!

特に西洋文化と東洋文化では何かにつけ大きな違いがありますので、アメリカで暮らし始めていろいろなことでカルチャーショックを受けました。

小売業ですのでお客さんの様子を現場で見てきた中で驚いたことの1つに、多くの大人の人々(特に年配の人々)が日本人に比べて、品物の値段に細かいという事です。もちろん「値切る」という文化も大阪にあるなどと言われますが、そういう次元ではなくて、たとえばクーポンの使い忘れやらレジでのミスで値引きがなかった時などにわざわざ戻ってきて文句を言い、差額をうけとりに来る人が多いと言うことです。小さければ5セントから、25セントなら普通、1ドルにでもなればおおごとです。

あと、ウォルグリーンでは毎週セールの対象商品が変るのですが、セールになっていなかった時期に買ったものをセールになった時期に持って来て、セールじゃない値段で買ったのに今セールになっていてこの値段じゃないですか`´!!と持ってくる人の多さ。
そして3ドルやら5ドル、時には10ドルの差額を堂々と後から調整返金してもらうのですから、すごいな~と思いました。
日本で生まれ育った私から考えると、セールじゃない時に欲しかったり必要だったりして買おうと決断したのだから、セールになったからと言ってセールの値段じゃなかったというのは、ちょっとおかしいのではないかと考えるのですが、アメリカ人はそうではないようです。

セールになっていなかったのに今セールになっていてセールでない時に買ったのでセール値ではなかったので損した、セールでない時はセール値ではないのはあたりまえでセール値になるからセールするのであって、・・・・と何やらこんがらがりますが。

理屈で言えば、セールではなかった時に買ったものを一旦返品して、再度その時点でそのときのセール値で買いなおすということなのでしょうが。

とにかくとにかく毎日毎日来る日も来る日も値段の調整に来るお客さん大変多いという事実。最初は本当にこの感覚にビックリしました! 今ではもう感覚が麻痺してしまい、ほとんどの場合何とも思わなくなりましたが、それでも日本でいうと15円くらいの事で家から引き返して来てマネージャーを呼び延々と訴える年配の方などを見ると、やはり「日本なら......」 と比較してしまうのを止められません。

私も値段の調整まではさすがにためらわれますが、最初はどんな理由でもためらわれた返品交換については、いつからか使えない商品や色が合わなかった化粧品など返品や交換したいという気になり、けっこうしてしまっています。 「朱に交われば赤くなる」 ということなのでしょうか。やっぱり環境ってすごい影響力だなと感じずにはいられません。

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