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親爺の拘り!
Posted by kome111 on 4 月 29, 2010
本来であれば、肥料ふりと田起こしをする予定でしたが生憎の雨。急遽「籾摺り」に予定変更となりました。
殆んどの稲作農家では、飯米(自給米)分の保存は籾殻のついた状態で保存するところが一般的だろうと思います。
その方が保存状態も良く、風味を損なわないとも云われています。
我が家でも例外に洩れず、籾の状態で土蔵に保存し、食卓に上る白米の在庫量に応じてつど精米します。
今日はお盆頃まで間に合うぐらいの量を玄米にし、1月程でなくなる程度の量を白米にしました。それ以外の玄米はコガに入れ保存します。そしてまた1ヶ月後に、再び白米に精米するといった面倒な工程を繰り返しています。
今では至る所にコイン精米機があって、食べる分だけ持って行って精米した方が効率的です。しかしながら、やはり親爺は親爺の意地や拘りがあるようです。昔気質というのでしょうか。
今ではあちらこちらで「効率」を追求するあまり、無駄を省いているのが現状です。ただ、よくよく考えてみると、いったい何が無駄で何が無駄じゃないか分からなくなったりする時があります。
確かに、「生産性を高める」という観点からすると、「時間の無駄を省き、合理的であった方が良い」ということは分かります。
しかしながら、人間の一生で考えた場合、例え「寝ていようが、起きていようが」同じ一生には違いないのです。
限りのない無限という概念、空間?の中で、植物や昆虫、魚や空を飛んでいる鳥しかり、勿論我々人間も必ず終わりの時を迎えます。
無限という観念の下で全ての事象を観るならば、無駄を省こうが無駄だろうがそれ程の違いは無いと言えるのではないでしょうか。
無駄の無い合理的な一生を過ごすことを、決して否定するつもりはありませんが、無駄があるからこそ楽しいと感じたりするものです。現に遊びは全て無駄なことだと言えるかも知れませんが、遊びこそ楽しいものです。勿論「節度」は肝要ですが!
つい2・3日前まで、政府による「事業仕分け」を侃侃諤諤、戦戦兢兢とやっておりましたが、個人の無駄遣いは世の中の為になると思います。
但し、天下りなど、官僚や公務員の温床になるような税金の無駄遣いだけは、世の為・人の為・国の為には決してならないという事だけは確かです。徹底的に追求してもらいたいものですね。・・・
- フォト短歌「もみじ」
- 籾摺りの様子
- 苗の育ち具合










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