私って愛されてるの?
私は一応親から愛されて(一応って変だけど)、普通に育ちました。ホント、普通に。けど、愛されたくてしょうがなかった。愛をいつも確認していたかった。
だから愛を確認するようなことをよくしました。「ここまでやってもゆるしてくれるかな」「ここまでだったら大丈夫かな」 そう思って、近しい友だちや親にちょっときつい言葉遣いになったり、行動になったり。けど、その直後に、「あ、だめかも。愛されないかも」って後悔して激しい自己嫌悪。そんなことのくり返しでした。はずかしながら、30年以上も…。
けど、結局何をしても、愛って確認できるもんじゃなかった。どんなに愛のある行為を恋人からされたとしたって、「愛されてるだろうか」っていう不安がつきまとってました。
I love you.
あなたなら 何と訳しますか?
「愛します」「愛してます」「愛してる」「だ〜〜〜〜〜い好き!」
いろんなことばが頭をよぎります。 その時々の状況で、きっと一番いいことばがあるでしょうね。
その昔、二葉亭四迷という人は、 I love you.をこう訳しました。
「シンデモイイ」
「シンデモイイ」
愛の深いところ…。それは「あなたのためならら死んでもいい」ということなのかもしれません。けど、そんなに簡単にはだれかのために死ねるわけがない。自分の夫や子どものためだってわからないもんでしょう。
私が愛されたいって願う気持ちは、私のために「死んでもいい」と思ってくれる(実際に死なないでいいから)だれかを探してるっていうことだったのかもしれません。
【きょうの名言!】
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)
いのちをささげるほど愛する。私はできないかもしれない。けど、私のためにいのちを捨てるほど愛してくれた人がいるって知ってから、私の考え方が変わり始めました。「愛されてるだろうか」っていう確認じゃなくって、「愛されてる」ってまず思うことにしたんです。そしたら、「愛されてる」証拠をたくさん発見することができました。不思議ね。今まで見えなかったものが見え出した。
Posted by blesseddays |
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