目覚めていなければならない、またはボディワーカーによるオートポイエーシスのための序詩
2 月 12th, 2010 by
baucafe
目覚めていなければならない
それはすでに始まっているから
生まれ来るもののどれが、
未来に意味を成すのか分からずとも、
ともかくそれは始まっている
目覚めていなけらばならない
視線を固定せず、
見張っているしかない
ただしそれ自身は見えず、
その残滓を追うしかないけれど
目覚めていなければならない
それが自己を知るとき、
その自己の片割れとして、
立ち会わなければならないから
目覚めていなければならない
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2 月 12th, 2010 at 10:39 AM
真珠は、糞なんだそうです。
ずいぶんと美しい糞です。
そうとしらずに生成した糞が、
いつか輝きを持って変容することを願いつつ
日々、意図を持たずに先に進む。
それが私たちの生きる方向性なのだろうと
おぼろに見えてきているところです。
(実感したところで、それは間違えている)
2 月 12th, 2010 at 11:28 AM
生み出されたもの(産出物)がいつか輝くか(構成素となるか)、
どこに閉域ができるか、
分からないからこそ(実感したところで、それは間違えている)、
私たちは行い、また行って、目覚めていなけれがなりません。