SUPER_STARって?
マルト_(チェーンストア)って?
株式会社マルトは、福島県いわき市及び茨城県日立市・北茨城市にスーパーマーケットチェーンを展開する福島県いわき市の企業。CGCグループに加盟している。
食品スーパーマーケットで、店舗数は28店舗(2007年9月末現在)。福島県いわき市、および茨城県日立市(4店舗)北茨城市(2007年12月13日SC磯原開店)に出店している。
沿革
- 1964年(昭和39年)10月 - 株式会社マルト設立。雑貨商から食品スーパーマーケットに業態転換。
- 1979年(昭和54年)4月 - CGCジャパンへ加盟。
- 2001年(平成13年) - 社長継承交代。安島祐司会長就任、安島浩司社長就任。
関連会社
- 株式会社くすりのマルト
- 株式会社ファミリー
- 株式会社ハロー
- 株式会社マルト丸光
- 株式会社マルト商事
- 株式会社マルトグループホールディングス
外部リンク
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広平親王って?
広平親王(ひろひらしんのう、天暦4年(950年) - 天禄2年9月10日(971年10月1日))は平安時代の皇族で村上天皇第一皇子。母は大納言藤原元方の娘で更衣の祐姫。同母妹に緝子内親王がいる。
誕生直後、同年生まれで右大臣藤原師輔の娘で中宮安子が生んだ異母弟で第二皇子の憲平親王と東宮の地位を争ったが、外戚の力関係で憲平親王が立太子し、後の冷泉天皇となる。
外祖父元方は無念の思いで天暦7年(953年)に病死する。後ろ盾を失った広平親王は政界では蚊帳の外に置かれた。963年(応和3年)に元服し、三品に叙任され、のち兵部卿などを歴任したが、971年に22歳で没する。後代、元方と広平親王の恨みが冷泉天皇とその子である花山天皇の奇行や三条天皇の病となって現れたと噂された。
系図
関連項目
- 『栄花物語』
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ヴィッツ豊田タウンって?
VITS豊田タウン(ヴィッツとよたタウン)は、愛知県豊田市にある、商業施設である。
概要
- 1969年10月25日 - 開店。
テナント
- BF、1Fが店舗で2~4Fがオフィスとして使用している。
- 開店当初は同市の大型商業施設の先駆けとなった。
- 24時間営業で700台の収納可能な有料駐車場がある。3時間無料になるフリーパーキングに加盟している。
外部リンク
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エルネスト・マルセルって?
エルネスト・マルセル(Ernesto Marcel、 1948年5月23日 - )は、パナマ出身の元プロボクサー。元WBA世界フェザー級チャンピオン。スピードと技巧で王座4度防衛を達成。
経歴
長身、スピーディな試合巧者で、1971年、時のWBC世界フェザー級チャンピオン柴田国明に挑戦、柴田の強打を巧みに封じたが、引分けで涙を呑む。しかし翌1972年、アントニオ・ゴメスに判定勝ちしてWBA世界フェザー級世界王者となる。前王者ゴメスや日本のスパイダー根本らを相手にタイトルを4度防衛後した後、チャンピオンのまま引退。これは母の希望に従ったものだという。最後の防衛戦で後の名王者アレクシス・アルゲリョを判定に退けた試合が光る。
通算戦績
47戦41勝(24KO)4敗2引分け関連項目
[まるせる えるねすと]
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パントンって?
パントーン(Pantone)はアメリカ・ニュージャージー州に本社がある企業。「パントーン・マッチング・システム」と呼ばれる、グラフィックデザインや印刷、テキスタイル、プラスチックなどの業界でデファクトスタンダードとなっている色見本で有名である。
2007年8月、測色機器メーカーのエックスライト社(X-Rite)がパントーン社を1億8000万ドルで買収することを発表した。
沿革
- パントーン社は、化粧品メーカーに色見本帳を印刷する会社を母体に、1962年に創業。
- 1963年に初めて、印刷会社用に「パントーン・マッチング・システム」を発売した。
- 1974年にはコンピューター用の「パントン・カラー・データ・システム」を発表した。
- 1985年、パントン・カラー研究所(Pantone Color Institute)を設立。
- 2007年2月には日本の携帯電話会社ソフトバンクモバイルとのコラボレーションにより、20色の外装をもつ端末SoftBank 812SHが「PANTONEケータイ」として発売された。
外部リンク
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陸上自衛隊の廃止部隊等一覧って?
陸上自衛隊の廃止部隊等一覧は、防衛計画の大綱(防衛力整備計画)に基づき廃止あるいは改編された陸上自衛隊の部隊・機関等の一覧である。
旅団以上の部隊等
普通科
機甲科
野戦特科
- 第3特科群
- 第2混成団特科大隊
高射特科
- 当該師団の旅団化に伴い、大隊編制から中隊編制に縮小。
- 第5高射特科大隊
- 第12高射特科大隊
- 第13高射特科大隊
後方支援
- 第2混成団後方支援隊
施設科
- 当該師団の旅団化に伴い、大隊編制から中隊編制に縮小。
- 第5施設大隊
- 第12施設大隊
- 第13施設大隊
- 施設団組織改編に伴い廃止。
- 第1施設群
- 第3施設群
- 第8施設群
通信科
- 方面通信群隷下の基地通信大隊と統合され、「基地システム通信大隊」へ改編(詳細は基地システム通信部隊を参照)。
- 第101システム管理隊
- 第102システム管理隊
- 第103システム管理隊
- 第104システム管理隊
- 第105システム管理隊
- 当該師団の旅団化に伴い、大隊編制から中隊編制に縮小。
- 第5通信大隊
- 第12通信大隊
- 第13通信大隊
情報
その他
- 第1教育連隊:東北方面混成団隷下の第119教育大隊となり、同連隊は廃止。
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東急1000系電車って?
東急1000系電車(とうきゅう1000けいでんしゃ)は1988年(昭和63年)12月26日に営業運転を開始した東京急行電鉄の通勤形電車。
概要
9000系の構造を基本にして開発された、18m級片側3扉の軽量ステンレス車両。扉数や扉間の窓数は異なるものの、車体構造や客用扉、窓、前面形状などは9000系と共通化されている。ただし、区別のため、前面の種別・行先表示器周りは黒色に塗装された。同一形式内で、帝都高速度交通営団(以下「営団」、現・東京地下鉄(以下「東京メトロ」))日比谷線乗り入れ用の7000系の後継として東横線に投入されたグループと、追って7200系の後継として池上線に投入されたグループに大別される。1988年(昭和63年)から1992年(平成4年)にかけて東横線向けに8両編成9本(72両)、池上線向けに3両編成11本(33両)、合わせて113両が東急車輛製造で製造された。
構造
9000系に置換え対象の7000系、7200系の窓配置を組み合わせた車両となっている。主回路は9000系同様のVVVFインバータ制御で、電動車のうち「M1車」にGTOサイリスタ素子を用いた東洋電機製造製の制御装置が搭載されている。この制御装置は、世界初のヒートパイプ冷却式制御装置であり、後に京急1500形1700番台・600形、京成3700形、阪急8300系など全国各地の電車に普及した。東横線投入分は営団との乗り入れ協定の性能を満たすために編成中の中間車全てが電動車とされ、1台の制御器で2両分8台の電動機を制御する「1C8M」式の制御装置が搭載されている。「1C4M」制御9000系と比して電動車比率(MT比)が高いものの、制御器の個数の減少でコストダウンが図られている。ただし、1990年製造の最終2本は目蒲線(現・東急多摩川線)との共通予備車として4両編成を2本連結する形で製造され、同時に製造された1008Fとともに4両運転時の冗長化のために1C4M制御兼用の制御装置が搭載され、1010Fと1012Fのデハ1200形は1C4M制御で、その他は1C8M制御で使用されていた。なお、これら2本の中間に組み込まれる先頭車計4両は、連結時に貫通幌が繋げられるように、通常右側にオフセット配置される前面貫通扉が車体中央に配置されており、1000N系とも呼ばれる。
一方、池上線投入分は、冗長化の他、床下スペースの確保のためデハ1200形のみ1C4M制御専用の小型のものが採用されている。先頭車のデハ1310形は大型の1C4M制御兼用のものが搭載されている。このグループは1000N’系とも呼ばれる。電動車による制御装置の有無が無いため、記号後の数字は付けられていない。
全車とも主電動機は定格出力130kWで、歯車比は85:14=6.07である。補助電源装置(静止形インバータ・写真1)は9000系と同一の、容量は120kVA、出力は三相交流440Vのものを搭載する。台車も9000系と同様のボルスタレス台車であるが、床面高さを低くするために設計変更が行われた、TS-1006形(電動車)と用TS-1007形(付随車・写真1)となっている。
冷房装置は、10,000kcal/hのインバータ制御の能力可変のものとなり、床下にインバータ制御装置が1両あたり1台、屋根上に冷房装置本体が1両あたり3台搭載されている。なお、東横線5本目の1005Fまでと6本目の1006F以降では形式が異なる。車内は冷房ダクト方式に変更となり、車体全長にわたり冷風の吹出口と整風板がある。
車内の座席は9000系で採用された車端部のクロスシートは設置されず、すべてロングシートとされた。客用扉間の座席には、9000系同様の袖仕切りが3-3-3人掛けとなるように設置されている。東横線の車両には、後に9000系とほぼ同型のLED式の車内案内表示器が1両あたり4ヵ所設置された。
1992年度に新製された池上線用の1000N'系(1019F以降)では、新製時より座席仕切部にスタンションポールを2本設置、ワンマン運転化を想定して自動放送にメニュー放送を追加、運転台にサービス機器の操作スイッチを新設したほか、対話式非常通報器の設置が行われている。また、3両編成で新製された1024Fは当初より車いすスペースが設置され、試験的にドア上部に戸挟み検知センサーが新設された。1014F~1018Fも後にワンマン化改造を施行している。このほかにドア開閉スイッチは押しボタン式に変更されている。
池上線用1000N'系は2000年までにデハ1200形の座席を撤去して車いすスペースを設置した。東横線所属車は2004年までに2・7号車に車いすスペースの設置が完了した。
運転台は9000系とほぼ同じ配置である。主幹制御器はデッドマン装置付のワンハンドルマスコンである。東横線用は左側に誘導無線の送受話器が、また速度計や表示灯の周囲を緑色に着色し、9000系と区別している。池上線用はワンマン運転用にドア開閉ボタン、車内/車外放送マイク、サービス機器の手元スイッチやホーム監視モニターなどが追加されている。なお、1000N系は貫通式のために横方向の幅が縮小されたタイプである。
運転台と客室の仕切は前面窓と同じく仕切窓が3枚あり、仕切窓は遮光幕の代わりに下降式遮光板が使用されている。なお、池上線用の車両は左側2枚の窓に遮光フィルムが貼られている。
車内放送は9000系に続いて自動放送装置が設置された。東横線投入分は当初、日比谷線の自動放送には対応していなかったが、その後の東横線の音声が英語放送対応のものに更新された際に、2本の編成については日比谷線の自動放送にも対応するようになった。
落成時から乗降促進放送などを流すことができる車外スピーカーが設置されている。乗降促進放送は池上線投入分は他形式と同じであるが、東横線用は旧営団のままの内容である。東横線用は2007年よりドア開閉スイッチ(車掌スイッチ)を間接制御式に変更している。
保安装置は東横線用は東急形・営団形ATCと長津田工場への回送用に東急形ATSを搭載する。池上線用は東急形ATSとTASCを搭載する。
池上線投入分は2005年(平成17年)3月より、東横線投入分は2006年(平成18年)12月より、先頭車に補助排障器(スカート)の設置が始まった。また、池上線投入分はパンタグラフを菱形からシングルアーム式に順次交換されている。
運用
東横線・日比谷線
- 東横線用の8両編成9本(72両)は元住吉検車区に在籍し、同線から日比谷線への直通運用に使用する。なお、走行距離の調整で同線内を往復し東横線に戻らない運用や日比谷線の千住検車区へ入庫する運用も存在するが、乗り入れ協定や装備の関係で東武伊勢崎線には乗り入れない(東横線所属車両の東横線~日比谷線~東武伊勢崎線への直通運転は行っていない)。また、「みなとみらい号」などの不定期列車として日比谷線の北千住から東横線を介してみなとみらい線の元町・中華街までの直通運転も行われている。ダイヤが混乱した際には通常は入線しない中目黒以東:渋谷駅にも入線する他、過去の車両不足時に本線系統の運用に充当した事例がある。
- 種別・行先表示器は、東横線→日比谷線方面の運用の際は種別表示器に「日比谷線直通」と表示する。逆に日比谷線→東横線方面の場合は日比谷線内は種別は無表示・行先のみの表示を行い、中目黒から東横線に入る際に「各停」表示に変更(一部北千住から各停表示して走行する列車もあり)する。
池上線・多摩川線
編成
- 東横線(日比谷線直通)用の8両編成9本は、乗り入れ協定に基づき高加速性能を得るため、MT比6M2Tの電動車比率の高い編成となっている。
- 1002Fは昭和64年(1989年1月1日~7日)に落成したため、銘板表記は"東急車輛 昭和64年"である(同時期に日本車輌製造で落成した小田急電鉄1000形の6両固定第2編成も同様)。
- 1991年(平成3年)製の1014F~1018Fは池上線用であったが、暫定的に旧目蒲線用として4両編成で落成し、同線で運用したが、翌1992年(平成4年)に3両編成化するとともに予定通り池上線に転属した。抜き取った車両には両先頭車を製造して3両編成化の上池上線に配属した。
- 2000年(平成12年)1月には1012F+1013Fを分割して目蒲線に転属させた。その際に両編成の下り方先頭車(1312・1313)を交換し、編成両端の運転台構造を揃えた。その後、1013Fは同年2月~6月、1012Fは同年4月~6月に目蒲線運転系統分離後の池上・多摩川線での使用に備えてワンマン運転対応改造と3両編成化を行った。これにより、余った中間車の1362と1363は休車となった。
- 2003年(平成15年)7月~8月には目蒲線の運転系統分離により編成を分割する必要性がなくなったため、1010F+1011Fの中間に挟まれた先頭車(1310・1011)を休車となっていた中間車(1362・1363)と交換した。この際に1363が電装解除した上で1051に改番した。編成から外れた1310と1011は2008年現在休車となっている。
- 凡例
車体装飾
2007年8月から、池上線全通80周年を記念して1012Fと1023Fに記念ステッカーを貼付して運転している。また、2004年8月頃に日比谷線直通40周年を記念して1001Fと1002Fに記念ステッカーを張付して運転した。
今後
2007年(平成19年)2月12日からの数か月間、池上・多摩川線の各駅に5000系をベースとした新型車両導入のポスターが掲示された。それによると、同年度から新型車両の導入を開始し、2011年度には両線用として在籍する3両編成28本(1000系13本、7600系3本、7700系12本)のうち19本がこの新型車両に置き換わるとされている。その後、新型車両の形式称号は「7000系」であることが発表され、同年12月25日から営業運転を開始した。7000系の導入にともない2008年1月までに2編成(1015F・1018F)が営業運転から離脱した。このうち3編成が上田電鉄に譲渡されることが決まり、2008年5月より営業運転を開始する予定である。[http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/ipro/01/20080308150027568.html ]
なお、東横線~日比谷線直通用の編成には動きは見られない。
関連商品
参考文献
- 1000系
- *川口雄二 「東京急行電鉄1000系」『鉄道ピクトリアル』1989年1月号(通巻506号)、鉄道図書刊行会。
- *川口雄二 「東京急行電鉄1000系」『鉄道ピクトリアル』1989年05月臨時増刊号(通巻512号)特集・新車年鑑1989年版、鉄道図書刊行会。
- *東京急行電鉄(株)車両部車両課 「東京急行電鉄1000系の概要」『電気車の科学』1989年1月号(通巻489号)、電気車研究会。
- *尾崎正明 「新車ガイド 東急1000系デビュー」『鉄道ファン』1989年1月号(通巻333号)、交友社。
- 1000N系
- *川口雄二 「東京急行電鉄1000系増備車(4両対応、1000N系)」『鉄道ピクトリアル』1990年10月臨時増刊号(通巻534号)、鉄道図書刊行会。
- *交友社編集部 「CAR INFO 東急1000系4+4連車」『鉄道ファン』1990年6月号(通巻350号)、交友社。
- 1000N'系
- *尾崎正明 「東京急行電鉄1000系池上線用増備車」『鉄道ピクトリアル』1993年10月臨時増刊号(通巻582号)特集・新車年鑑1993年版、鉄道図書刊行会。
- *交友社編集部 「CAR INFO 東急 池上線用1000系」『鉄道ファン』1993年5月号(通巻385号)、交友社。