削除依頼/旅の贈りもの_0:00発って?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue


(*)旅の贈りもの 0:00発 - ノート

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初版のあらすじが、公式サイトのストーリー解説文に酷似。削除に相当するか検討ください。 --竃馬 2007年2月7日 (水) 03:14 (UTC)

  • (削除)あらすじは酷似していません。しかし、登場人物の「胸を膨らませていた」などが公式サイトからの転載です。初版から削除を。--fromm 2007年2月11日 (日) 07:42 (UTC)

    • (対処)削除しました。--nnh 2007年2月15日 (木) 01:37 (UTC)





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パックランドって?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

パックランド』(PAC-LAND)は1984年8月にナムコ(現・バンダイナムコゲームス)から発売されたアーケードゲーム


ファミリーコンピュータPCエンジン等数々の家庭用ゲーム機に移植された。パソコンでは、PC-8001mkII SRX68000に移植されている。近年はWindows版(発売元:メディアカイト)が発売されたほか、プレイステーション版『ナムコミュージアム Vol.4』にも収録されている。



ストーリー

迷子の妖精をフェアリーの国に送り届けるため、パックマンは冒険旅行に出かけます。森を抜け、山を越えて……。

概要

業務用の『パックマン』シリーズ5作品の中で唯一ドットイートゲームではない、横スクロールアクションゲーム。キャッチフレーズの「不思議なことが当たり前」のとおり、進行と共に様々に変化する冒険心を感じさせる色彩豊かなステージや、ちょっとしたことで発生するほどの非常に多くの隠しフィーチャーを盛り込んでいるのが特徴。

横スクロールアクションゲームの礎となった作品とも言われており、一つの完成形ともいわれるスーパーマリオブラザーズの制作にも大きく影響を与えたと製作者の宮本茂が公言している。その一方で、現在ではレバーを使わない操作方法が問題視されることも多い。



ゲーム内容

  • 3つのボタン(右移動・左移動・ジャンプ)で主人公パックマンを操作する。
  • 移動ボタンは連打する事でスピードアップする事ができる。またボタンを押したままにするとそのままの速度を保つ。
  • ジャンプ台を使ったジャンプの場合、移動ボタンを連打する事で飛距離を延ばす事ができる。
  • 今までのシリーズ同様、パワーエサを取った場合のみ一定時間モンスターに反撃が可能になる。それ以外はひたすらモンスターから逃げるしかない。
  • 1つのトリップ(ステージ)が4つのラウンドで構成され、前半の3ラウンドで迷子の妖精をフェアリーまで送り届けに行き、残り1ラウンドで家に戻る。
  • トリップは8まであり、トリップ9以降はトリップ5のマップに戻り以後はループとなる。ただし、トリップ9以降は制限時間が短くなる。
  • 迷子の妖精をフェアリーまで送り届けると魔法のくつをもらえる。魔法のくつを履くと空中でもジャンプが可能になる。
  • 制限時間内にラウンドのゴールまでたどりつけなかった場合、ミスにはならないが、スー(敵キャラクター、後述)が高速で追いかけて来る。また、ヘルメットや魔法の靴などのアイテムをすべて失う。
  • モンスターの頭に乗ることができる。またこれを利用しないとクリアできないラウンドも在る。



キャラクター

  • パックマン:本作ではただの半円形でなく、アニメ調のキャラクターとなっている。初代パックマンが大ヒットしたアメリカではこのキャラクターでハンナ・バーベラ・プロダクションの手によりアニメ化されており、ゲーム中のメインBGMはアニメ版のオープニングテーマの流用である。そのため、BGMの版権がナムコ側にないため、これまでサントラ化が実現していない。


モンスター

  • クライド(CLYDE):オレンジ
  • ピンキー(PINKY):ピンク
  • インキー(INKY):青
  • ブリンキー(BLINKY):茶
  • スー(SUE):通常はゆっくり追いかけてくるが、タイムアップで高速になる。一種の永久パターン防止キャラクター。
  • 小モンスター:飛行機に乗ったモンスターと建物の2階にいるモンスターから落とされる。



隠しフィーチャー

障害物を進行方向と反対に押す事で出現するもの

  • ヘルメット:小モンスターを頭で受ける事ができる様になる。これを利用して点稼ぎを行う事が可能。ミスするか現トリップ終了時まで有効。
  • ワープ:ラウンド2のみ可能。トリップ3までワープし、70,000点入る。
  • 透明パックマン:一定時間モンスターに触れてもミスにならなくなる。
  • 風船:6個出現する中で、1つが7,650点(全て7,650点とする事も可能)。


その他

  • ラッキー・パックマン:パワーエサを取り、3,200点の時(5匹目)にスーを食べると出現。残りタイムが点になり、さらにタイムがフルに戻る。
  • スペシャル・パックマン:特定の場所で出現。パックマンが1人増える。
  • ギャラクシアン:まれに小モンスターの代わりに落とされる事がある。取ると7,650点。
  • 花:特定の場所でジャンプすると出現する。
  • アーティスティック・ボーナス:各ラウンドの最後に、ラウンドの終わった瞬間のポーズで10点~7,650点(7,650点は、ナムコ=765の意味)のボーナス点が入る。ラウンドの終わる瞬間を見計らってジャンプを行い、着地寸前であるほど高得点が得られる。ただ着地してしまうと0点となってしまうため、簡単な1,000点を確実に取りに行くか、無得点となるリスクを冒して7,650点を取りに行くかでプレイヤーのスタイルが分かれた。また各トリップのラウンド3はフェアリーの国へと落下する途中で、必ず1000点のポーズでラウンドが終了する。


  • ファミコン版も操作方法が非常に独特だが、IIコンではオーソドックス(十字が移動、ボタンでジャンプ)に操作できる。家庭用ゲームであることを考慮した処置と思われる。


[はつくらんと]


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ミュンヘン・フィルって?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団Münchener Philharmoniker)はドイツミュンヘンを本拠として活動しているオーケストラである。略称はMPhil。

本拠地はミュンヘン市内の複合文化施設内にあるフィルハーモニー・ガスタイク。1893年に創立されたカイム管弦楽団がその前進であり、1928年にミュンヘン市のオーケストラとなったことに伴い現在の名称に変更された。


戦前は、ブルックナーの弟子で、その交響曲の「改訂版」に名を残すフェルディナント・レーヴェや、その交響曲の「原典版」の演奏の普及に努めたジークムント・フォン・ハウゼッガーオズヴァルト・カバスタらが首席指揮者を務めた。また1906年には、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーがこの楽団を指揮して楽壇デビューを果たした。

グスタフ・マーラーとも深い縁があり、マーラー自身の指揮で1901年交響曲第4番を、また1910年には交響曲第8番を初演している。1911年にはブルーノ・ワルターの指揮のもとで、大地の歌の初演も行った。


戦後、1967年にはルドルフ・ケンペが首席指揮者に就任。堅実な指揮ぶりと長身で紳士的な振る舞いを見せ続けた彼の人気もあいまって、最初の全盛期と呼べる時期をこの時迎えた。彼が1976年に死去した後、1979年セルジュ・チェリビダッケが首席指揮者となり、重厚だが柔和さと緻密さを兼ね備えた合奏能力を深めて、楽団の名声をさらに高めた。ただ、録音嫌いのチェリビダッケの方針のため、当時はほとんどレコードを世に出さず、オイゲン・ヨッフムラファエル・クーベリックの治世下で続々と名演奏を録音してきたミュンヘンのもう一方の雄・バイエルン放送交響楽団とは対照的に、メディア受けとは一線を画した活動を貫き続けた。2001年にはジェームズ・レヴァインが首席指揮者に迎えられたが、わずか3年でその職を退いた。


現在の首席指揮者はクリスティアン・ティーレマンが務めている。彼の就任記念コンサート(2004年11月)で演奏されたアントン・ブルックナー交響曲第5番は、現在ドイツ・グラモフォンCDで聴くことができる。次世代のドイツ正統派巨匠指揮者と目されている彼が「最もドイツ的なオーケストラの1つ」とされるミュンヘン・フィル首席指揮者に就任したことには、ドイツ語圏内クラシック音楽界は大きな期待をかけている。また、マリス・ヤンソンス率いるバイエルン放送交響楽団とのハイレベルな競合関係も、ミュンヘン市民の大きな誇りとなっている。


初演曲や歴代首席指揮者の得意曲、さらには地元が生んだ作曲家という点ゆえ、マーラーやブルックナー、リヒャルト・ワーグナー、そしてリヒャルト・シュトラウスを非常に得意としている。中でもブルックナーはミュンヘン・フィルの十八番と言ってよく、歴代首席指揮者それぞれが歴史に残る演奏を残しているだけでなく、やはりミュンヘン・フィルと縁が深かったハンス・クナッパーツブッシュの指揮で交響曲第8番の巨大な超名演も成し遂げている。



外部リンク


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鈴木茂三郎って?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

鈴木 茂三郎(すずきも さぶろう、1893年2月7日 - 1970年5月7日)は、日本政治家である。第2代日本社会党委員長ジャーナリストエッセイストとしても知られた。愛知県蒲郡市出身。



生い立ち

鈴木家は旗本・竹本家の代官の家柄だったが、茂三郎の父の代にはすっかり零落しており、そのため幼少期の茂三郎は非常に苦学しながら中・高等教育を修め、旧制海城中学を経て1915年早稲田大学専門部政治経済科を卒業した。

ジャーナリスト時代

大学卒業後は、ジャーナリストとなり、報知新聞社・大正日日新聞社・毎日新聞社などの記者となり、主に経済部に所属して、経済ジャーナリストとして知られた。1918年に特派員としてシベリアにわたるが、その際、シベリア出兵を企てる軍部の陰謀を目の当たりにしたことで、軍部に対する不信を強め、以後、一貫して戦争反対を主張していくことになる。その後も度々、特派員としてソ連を訪れてソ連の社会主義を目の当たりにしたことと幼少期に極貧生活を実体験したことから、次第に社会主義思想を身に着けるようになった。

戦争への抵抗

1928年、新聞記者を辞めた鈴木は社会主義運動に専念するようになった。社会大衆党が軍部との関係を深め、国家社会主義的な路線をとるようになると、あくまでも戦争とファシズムに対する反対を貫き、加藤勘十らとともに1936年に労農無産協議会、1937年に日本無産党を結成した。しかし、あくまでも戦争反対の立場を貫く鈴木は政府の弾圧の対象となり、1937年の第1次人民戦線事件に連座して、検挙され、以後、1945年の日本の敗戦まで、政治的な活動の余地を奪われた。

日本社会党の指導者として

1945年、日本の敗戦直後、日本社会党が結成されると、鈴木は左派の中心人物としてそれに加わった。1946年総選挙衆議院議員に初当選(以後、9回当選)し、1947年に政策審議会長、1949年に書記長、1951年に委員長と順調に党内での地位を固めていった。1948年衆議院予算委員長だったときに、与党調整が整わないうちに社会党左派の了承無く強行採決を行って政府予算案撤回の動議を可決させて、片山哲内閣崩壊の原因をつくった。彼自身には内閣を崩壊させるつもりはなく、度重なる左派の造反に辟易した西尾末広に、片山内閣総辞職の口実として使われたのが真相のようである。

1951年に日本社会党委員長に就任した際の党大会で、最終日の1月21日、委員長就任演説で戦争反対を訴え、次のように演説した。「青年の諸君に対しましては、ただいま再武装論がございます。再武装を主張する当年六十余歳の芦田均氏が鉄砲を持ったり背嚢を背負うのではないのでございます。再武装をするとすればいわゆる青年の諸君が再武装しなければならないことは当然でございます。私は青年諸君はこの大会の決定を生かすために断じて銃を持ってはならない。断じて背嚢をしよってはならない」この演説は大きな反響を引き起こし、鈴木の演説は「青年よ再び銃をとるな」として標語となり、以後、日本の平和運動の象徴的な存在となった。実は、鈴木が平和運動を盛り上げ、それを口実にして、当時の首相・吉田茂がアメリカからの再軍備要求を退けるという役割分担が両者の間で出来ていたと言われている。この標語は、日本教職員組合にも取り入れられた。


1951年サンフランシスコ講和条約の批准をめぐって、左右両派が分裂すると、鈴木は左派社会党委員長となり、分裂時、衆議院に16議席しかなかった左派社会党を1955年総選挙では89議席にまで躍進させた。その背景には、総評の支援を得ることが出来たことが大きかったが、厭戦感情の強かった当時の有権者の意識に、彼の非武装中立論がうまく適合したことも左派社会党の躍進に大きく貢献したと思われる。


1955年の社会党再統一にあたって、統一社会党の委員長となった鈴木は、右派の河上派と協力しながら、穏健な路線を追及し、自由民主党に代わる政権政党へと日本社会党を脱皮させようと努力した。しかし、1958年総選挙での伸び悩み・1959年参議院選挙での敗北を期に、左右両派の対立が再び党内で高まり、ついに1960年には西尾末広らが脱党して、民主社会党(のちの民社党)を結成した。その責任をとり、委員長を辞任した。


その後の鈴木は、構造改革論に反対するなど、教条主義的な言動が目立つようになり、1962年には社会主義理論委員会委員長に就任して、「日本における社会主義への道」の策定に携わり、日本社会党の路線の左傾化を推し進めた。1967年に政界を引退した。



評価

戦前から戦後にかけて、戦争反対の立場を貫き、戦後の日本の平和運動の高揚に尽くした功績は大きい。社会主義を日本の現状に合わせるのではなく、従来のマルクス主義の解釈を無理やり高度経済成長期の日本社会に当てはめようとして日本社会党の路線の左傾化を招いたことを政治家としての鈴木茂三郎の失策とする声もある。だが、社会党の左傾化こそが、東西冷戦対決構造の中で、日本が東西超大国の代理戦争の戦場となることを回避する原動力のひとつとなり、それが結果的に日本の高度経済成長期を支えたことは、政治家として最大の功績である。

著書

  • 『労農露西亜の国賓として』日本評論社出版部、1923年。
  • 『日本型独占資本の展望』白揚社、1931年。
  • 『新聞批判』大畑書店、1933年。
  • 『日本財閥論』改造社、1934年。
  • 『日本型独占資本の解剖』学芸社、1935年。
  • 『財界人物評論』改造社、1936年。
  • 『転換期を行く日本財閥の解剖』今日の問題社、1936年。
  • 『財界人物評論』春秋社、1937年。
  • 『男爵郷誠之助君伝』郷男爵記念会、1943年。
  • 『愛と闘争』労働文化社、1949年。
  • 『財政読本』実業教科書、1949年。
  • 『ある社会主義者の半生』文芸春秋新社、1958年。
  • 『私の歩んだ道』河出書房新社、1960年。
  • 『忘れえぬ人々』中央公論社、1961年。




参考文献


  • 鈴木茂三郎『ある社会主義者の半生』文藝春秋新社、1958年。


  • 大内兵衛・向坂逸郎監修『鈴木茂三郎選集』全4巻、労働大学、1970年。


  • 鈴木徹三『鈴木茂三郎<戦前編>-社会主義運動史の一断面』日本社会党機関紙局、1982年。



外部リンク

青年よ再び銃をとるな

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顔ちぇき!って?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

顔ちぇき!とは、携帯電話で撮影した顔写真をもとに、その顔がどの有名人に似ているかを鑑定する携帯用ウェブサイトのこと。ジェイマジック株式会社が提供している。


顔画像の認識には沖電気の顔画像処理ソフト、FSE(Face Sensing Engine)が活用されている。


2007年4月26日にサービスが開始され、ニュースやブログなどで取り上げられ話題を呼び、6月23日には利用者が3000万人を超えた。



外部リンク


類似サイト。携帯電話で有名人の顔との類似度を判定してくれる。


類似サイト。携帯ではなくPC上で有名人の顔との類似度を判定してくれる。


海外の類似サイト。


[かおちえき]


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Kyushu-rs-kumamoto-kikusui.jpgって?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

道の駅きくすい(熊本県玉名郡和水町・2007年10月自身撮影}}


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Turumai-Line-Irinaka-Sta.jpgって?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

名古屋市昭和区隼人町に所在する名古屋市営地下鉄鶴舞線いりなか駅の1番出入口。


この1番口の南東側には学校法人南山学園の短大・高等学部・中等学部があり。


北側には聖霊病院・聖霊病院附属看護専門学校・中京大学附属中京高等学校がある。


投稿者 Gnsin 撮影日&場所 2005年2月9日(水) 名古屋市昭和区のいりなか駅1番口前にて撮影。


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不動ノ峰って?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

{{Infobox 山|名称=不動ノ峰|画像=


不動ノ峰(ふどうのみね)は丹沢山地丹沢主脈にある標高1,614mの山である。神奈川県相模原市足柄上郡山北町の境界線上に位置し、丹沢大山国定公園に属す。


丹沢山蛭ヶ岳の間にあり、丹沢山地で蛭ヶ岳に次ぎ2番目に高い山であるが、周辺の高低差が少ないので気付かずに通り過ぎる人も多い。



山名の由来

奈良時代に丹沢を開山した山岳仏教徒が修行の道場とした事から、不動像を祭り仏教用語で「不動ノ峰」と名付けられたと言われている。なお、この不動像は現在も山頂直下に残っている。

周辺の山


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不動ノ峰からの眺望

<div class="NavFrame" style="border: none; text-align: left; font-size: 100%">


※ 不動ノ峰からの眺望を表示するには、右の [表示] をクリックしてください

<div class="NavContent">

<div style="position: relative; margin: auto; width: 800px;">


[text=<small>箱根山</small>]

[text=<small>檜岳</small>]

[text=<small>弁当沢ノ頭</small>]

[text=<small>愛鷹山</small>]

[text=<small>同角ノ頭</small>]

[text=<small>富士山</small>]

[text=<small>檜洞丸</small>]

[南アルプス]]</small>]

[大室山]]</small>]

[text=<small>蛭ヶ岳</small>]

</div>

<div style="position: relative; margin: auto; width: 800px;">


[text=<small>丹沢山</small>]

[大山]]</small>]

[text=<small>竜ヶ馬場</small>]

[日高]]</small>]

[text=<small>塔ノ岳</small>]

[大丸]]</small>]

</div></div></div>



関連画像

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Image:Mt.Hudohnomine-ohudohsama.JPG|山頂直下の避難小屋隣にある不動像(手前)と観音像(奥)

Image:Tanzawa-shumyaku from Mt.Tohnodake.JPG|塔ノ岳下部より不動ノ峰(左)と丹沢山(右)

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関連項目



外部リンク


※ 不動ノ峰の表示は無いが、蛭ヶ岳と丹沢山の間の1614mピークが不動ノ峰である。

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PFLP旅客機同時ハイジャック事件って?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

PFLP旅客機同時ハイジャック事件(ぴーえふえるぴーりょかくきどうじ-じけん)は、パレスチナ解放機構(PLO)の下部組織であるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が1970年9月に起こした旅客機に対する同時ハイジャック事件



概要


4機同時ハイジャック

1970年9月6日に、ヨーロッパの各都市からアメリカニューヨークジョン・F・ケネディ国際空港に向かった西側諸国航空会社の4機の旅客機が、1960年代後半より数回のハイジャック事件や旅客機爆破事件を起こしていたパレスチナのPFLP率いる犯人グループに同時にハイジャックされた。

その後ヨルダン首都アンマンから約50キロの距離にある砂漠地帯に作られ、当時は廃墟となっていた旧イギリス軍のドーソン基地を転用した「革命空港」(命名者はPFLP創設者の1人のワディ・ハダド)に向かうように命ざれたことからこの事件が始まった。






トランス・ワールド航空のボーイング707型機とスイス航空のダグラスDC-8型機に対するハイジャックは成功し、まもなくPFLPの別動部隊が待ち受ける「革命空港」に強制着陸させられた。なお、「革命空港」とその一帯はヨルダン国内にあったものの、当時は同国の元首であるフセイン1世国王の黙認の元に独自の軍隊を置き、一部地域の統治を無断で行うなどヨルダン国内において我が物顔で活動を行っていたPFLPとその一派が統治しており、ヨルダン政府および政府軍の統治は及んでいなかった。



2機のハイジャックの失敗

しかし、エル・アル航空のボーイング707型機においては、ハイジャック活動が行われることが事前に客室乗務員らに感知された上に、同乗していた私服警備員が客室乗務員からの通報を受けて2人のハイジャック犯の内1人を射殺し、残る1人も銃撃戦の末に乗客らが取り押さえロンドンヒースロー国際空港に緊急着陸したことにより失敗に終わった。


さらに、パンアメリカン航空のボーイング747型機も、機体重量がかさむために滑走路が舗装されていない「革命空港」に着陸できないと判断されてエジプトカイロ国際空港に向かい、そこで爆破された後に犯人グループが投降し直ちに現地の警察に逮捕されたことで失敗に終わった。


なお、エル・アル航空機の犯人グループ2人の内の生き残り捕らえられた1人は、1969年8月29日に発生したローマアテネ行きのトランス・ワールド航空840便に対するハイジャックの成功により、PFLPの女性活動家として世界的に著名になったライラ・カリドであった。なお、射殺されたもう1人も、サンディニスタ民族解放戦線の活動家として世界的に著名なニカラグア系アメリカ人のパトリック・アルゲーロであった。



5機目のハイジャック

ハイジャックが成功し「革命空港」へ強制着陸させられたトランス・ワールド航空機とスイス航空機の人質の内、イスラエル西ドイツイギリスアメリカスイス人とユダヤ系、さらに乗務員を除く125人は、翌7日にアンマン市内にあるインターコンチネンタルホテルへと移送された。

その後の9月9日には、バーレーンベイルート経由ロンドン行きの英国海外航空775便(ヴィッカースVC-10型機)も同じくPFLP率いる犯人グループにハイジャックされて、他の2機と同じく「革命空港」に強制着陸させられ、乗客乗員が人質にされた。



交渉

PFLPは、「革命空港」周辺に集まった各国のメディアに対して、パレスチナ問題に対する自らの主張を述べた上で、イスラエルや西ドイツ、スイス、イギリスなどに捕らえられているPFLPメンバーを含む「同胞」(ハイジャックに失敗したエル・アル航空機の犯人のライラ・カリドを含む)の解放を訴え、「要求が聞き入られない場合は人質もろとも航空機を爆破する」と通告した。


これに対して、PFLPの存在を公式に認めていないイスラエルは交渉のテーブルにつくことを拒否したために、国際赤十字委員会らがPFLPとの交渉にあたることになった。またアメリカはリチャード・ニクソン大統領ヘンリー・キッシンジャー国務長官の指示の元、アメリカ海軍第6艦隊トルコアメリカ軍基地に展開する航空部隊を臨戦状態に置いたことをあえて発表し、PFLPに対して軍事的恫喝を行ったが、実際には攻撃を行わなかった。


同時に、フセイン1世国王の庇護下でアンマンに活動拠点を置き、ヨルダン国内で軍事的行動を含む好き勝手な活動を行うと同時に、マルクス・レーニン主義を標榜し、「社会主義革命によるパレスチナ解放」を目標としてヨルダン国内でも反王政的な態度を取り続けていた挙句、このような世界的に問題を起こすような行動を起こしヨルダンを窮地に落とし込んだPFLPとPLOに対して激怒したフセイン1世国王が、これまでの態度を一変し、ヨルダン陸軍と国王守備隊を中心とした軍隊を「革命空港」の周辺に配置し、PFLPに対して軍事力を背景にした交渉を行った。


なお、9月11日には残る人質の内女性と子供を中心とした人質が解放され、先に解放された人質たちと同じくアンマン市内のインターコンチネンタルホテルへ移送されたが、イスラエル人及びユダヤ系の人質と乗務員の計56人は、「政治的な側面」から解放されなかった。



爆破

その後も国際赤十字委員会のみならず、ヨルダンやシリア、スイスやアメリカ、イギリスなどの当事国やPFLPの実質的な「後見人」であるソビエト連邦政府まで巻き込んだ交渉が行われた結果、9月12日に、「各国に収監されているPFLPの活動家とエル・アル航空ハイジャックの実行犯が釈放される」と発表された後に、残る全ての乗客、乗務員が解放された。

しかし、「イスラエルと国際社会の対応に対する抗議」として、「革命空港」に強制着陸させられ駐機していた3機の旅客機が、その後各国のメディアの目前で同時爆破された。その映像は世界各国で放映され、1970年代に起きた一連のPFLPによるハイジャック活動を象徴する映像として長く記憶にとどめられることになる。



その後


ヨルダン内戦勃発

同時ハイジャック事件は解決したものの、この様な事件を自国内で起こしたPLO及びPFLPに対する怒りが収まらないフセイン1世国王は、9月14日にヨルダン全土に戒厳令を敷き、17日にはヨルダン陸軍と国王守備隊が首都アンマンに進出し、事件発生以前より市内の一部を占拠していたPLO及びPFLPへの攻撃を開始したことで、ここにヨルダン内戦が開戦した。その後両者の戦闘はヨルダン各地に波及し、圧倒的な軍事力を持つヨルダン軍に対してPLOは敗走を重ねる。


これに対して、PLO及びPFLPに対する支援に積極的な上、ヨルダンと対立していた隣国のシリアが、自国の陸軍をヨルダンに侵入させるなどヨルダン国内は混乱状態に陥った。この様な状況に対応して、アメリカは再び空母を中心とする艦隊を地中海のイスラエル沖に派遣し、ヨルダンを援護する姿勢を見せるとともにシリアを牽制し、同時にイスラエルは陸軍部隊をゴラン高原に展開しシリア軍に対しての警戒を強めるとともにシリアに対しプレッシャーを与えたが、両軍ともに戦闘を行うことは無かった。



停戦とPLO追放

その後、事態の拡大を恐れたアメリカやソビエト連邦の意を汲んだエジプトのガマール・アブドゥン=ナーセル大統領がヨルダンとシリア、PLOの仲介に入り、その結果、PLOの受け入れを表明したレバノンへPLOが本部を移転させることに合意したことで27日に停戦となった。


また、この決定を受けて、長年フセイン1世国王の庇護の元に本拠地を置いていたヨルダン国内から追放されたPLOおよびPFLPは、その後暫くの間活動の縮小を余儀なくされた。



「黒い九月」

その後、移転先のレバノンで活動を始めたPLOはこの一連の事件を「黒い九月」(ブラックセプテンバー)と呼び、その最大派閥ファタハが結成した秘密テロ組織のグループ名とした。その後「黒い九月」はこの事件に対する「報復」として、1972年ミュンヘンオリンピックにおいてイスラエル選手団を襲撃、選手団全員を殺害するいわゆる「ミュンヘンオリンピック事件」を起こしたほか、1977年10月13日にはドイツ赤軍バーダー・マインホフ・グループ)と共謀してルフトハンザ航空機ハイジャック事件を起こした。

またその後活動を復活させたPFLPも、1973年7月20日日本赤軍丸岡修を含む混成メンバーが日本航空機をハイジャックした「ドバイ日航機ハイジャック事件」を起こすなど、その後も西側諸国の航空機に対する数件のハイジャック事件を行っている。



関連項目



外部リンク


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ナイトライダーって?

5 月 14th, 2008 by atwordlgblue

ナイトライダー』(原題:Knight Rider)は、1982年9月26日から1986年8月8日米国で放映された特撮テレビドラマ。全84話。日本ではその中から全74話が放映され、また第4シーズンのほとんどは『新ナイトライダー』のタイトルで放映された。日本での放映のキー局はテレビ朝日系列。


本項目では、特に断りが無い限り、日本において『ナイトライダー』及び『新ナイトライダー』として放映された作品を中心に記述する。


内容

民間の犯罪捜査員マイケル・ナイトが人間の言葉を話し特殊装備を搭載したドリーム・カーナイト2000と共にさまざまな事件を解決するカーアクションドラマ。




物語のあらまし

陰謀と破壊と犯罪の渦巻く現代に蘇る正義の騎士……”と言う印象的なナレーションで始まるこの物語。ある産業スパイ一味を追跡していた敏腕刑事マイケル・ロングは、内通者に同僚を殺され自らもまた凶弾に倒れた。だがマイケルは、ナイト財団の総帥ウィルトン・ナイトにより辛くも命を救われ、その身分も新たにマイケル・ナイトとなる一方、病魔に冒され他界したウィルトン・ナイトの遺志を継ぎ、密かに財団が開発していたドリーム・カー「ナイト2000」と共に、世の中の不正や巨悪と戦うことになった。


ナイト財団

ナイト財団は、マイクロエレクトロニクス事業で巨万の富を築いた実業家、ウィルトン・ナイトがその収益を投じて設立した組織で、正式名称は「法と政府のためのウィルトン・ナイト記念財団Wilton Knight Memorial Foundation for Law And Government)」。「法と政府のための……財団」だけを抜き出して「F.L.A.G.」と称される事もある。様々な団体・個人が表沙汰にしたくない事件の調査を請け負っている、いわば私立探偵・興信所。しかしその能力は定評があり、軍隊や官庁、各種大企業からも依頼を受けるほど。財団の総帥となったウィルトン・ナイトはかねてより、犯罪を撲滅するためには自らも直接行動を取る必要性を痛感しており、そのためにドリーム・カー・ナイト2000が製作されることとなった。


ドラマの中で、マイケルがしばしば「民間の調査機関でナイト財団」と名乗っているように、ナイト財団の調査部門そのものに強制権・捜査権は一切ない。そのため、捜査の際には警察や軍との連携を図る場合もある。


日本語版ではナイト財団と呼ばれているが、オリジナルでは「F.L.A.G.」と呼ばれ、ナイト財団の一部門となっている。


ナイト2000(K.I.T.T.

ナイト2000(KNIGHT 2000)はK.I.T.T.という高性能人工知能を搭載したドリーム・カー。ナイト2000を指すのは車の部分であり、K.I.T.T.ではない。この二者は混同して考えられがちだが、実は違う。


外観は黒で統一されたポンティアックファイヤーバードのトップグレードにあたるトランザム。日本では単に「トランザム」という名前で有名。本編ではかつてのマイケル・ロング刑事の愛車を改造したものとされているが、第1シーズン第8話「激闘!善と悪2台のナイト2000」ではナイト2000のプロトタイプK.A.R.R.(カール)が登場している。K.A.R.R.はK.I.T.T.のプロトタイプという意味合いではなく、あくまでも「ドリーム・カー・ナイト2000」のプロトタイプである。


ナイト2000のボディは一般的な車両と違い、新開発の特殊セラミックに分子結合殻を組み込んだもので、その構造上黒い車体色となっている。この分子結合殻は普通の鉄板を装甲車以上の強靱な装甲に変えてしまうため、銃はもちろんロケットやレーザーを用いても破壊は困難。基本がファイヤーバードなので後輪駆動。最高速度はノーマルモード時で時速322マイル(約520キロメートル)、最高速度を40%向上させるスーパー追跡モード時は時速450マイル(約720キロメートル)となる。トランスミッションは8段フルオートマチックトランスミッション


燃料についてはエンジンが“完全無公害”とされる必要から「水素」とされているが、シーズンを通して水素燃料について記述されたことがない。第1シーズンで一度だけ、ガソリンスタンドで給油する貴重なカットがある。「決して安いガソリンを入れないで下さい。あなただっていい物食べてるでしょ?」とK.I.T.T.が暗にハイオクと思われる燃料の補給を要求していたり、第3シーズンの「恐怖の高電圧・消えたナイト2000」では、爆弾を盗み出した2人組がニトロ噴射でマイケルの追跡から逃れようとした際に、マイケル自身が「ハイオクの加速を見せてやる(字幕表記)」と言った台詞がある(日本語吹き替えでは「奴らにこっちの加速を見せてやろう」になっていた)。燃料についてはただ一度、エンジンを液体水素用に載せ替えたというエピソードがあるのみ。このことからも解るように、ナイト2000の燃料が水素であるということは、はっきりと明記されていない。


K.I.T.T.とは、正式名称“ナイト・インダストリー2000”英文字表記でKnight Industries Two Thousand。それぞれの頭文字でキットと呼ぶ。日本では一部のゲームブックでK.I.T.T.の正式呼称を「Knight Industry Total Think System 2000」と表記していたが、これは誤りであり公式ではない。


既販の映像メディア「ザ・ベスト・オブ・ナイトライダー」およびコンプリートDVDボックス・シーズン1に収録のパイロット版「電子頭脳スーパーカー誕生」では、K.I.T.T.を演じたウィリアム・ダニエルズが、劇中において「喋る車に慄くマイケル」に対し、自身をI am the voice of Knight Industry Two Thousand's microprocessor. K-I-T-T for easy reference "K.I.T.T." if you prefer(私はナイト2000に搭載されているコンピュータの声です。K.I.T.T.と呼んでください。キットでも結構。:日本語吹き替え版のセリフ).

と紹介した。


K.I.T.T.についての詳細は別項を参照の事。


放映開始当初は、ナイト2000とK.I.T.T.を混同して考えられていたが、放映が進むにつれて両者はそれぞれ独立したものであるという描写となった。第2シーズン8話「盗まれたナイト2000 知能戦!天才マイコン少年VSキット」では、ナイト2000の車部分のみが盗まれK.I.T.T.は外されて放置されるという事態となり、K.I.T.T.はポータブルテレビに組み込まれた形の「仮の姿」で登場している。また、盗まれたナイト2000は遠隔操作で操縦されていることから、K.I.T.T.とナイト2000の機能はそれぞれが独立して稼働していることが伺える。第4シーズン1話(ビデオ版のタイトルは「激突! 装甲戦車」、日本で『ナイトライダー』の最終回として前後編に分けて放映された際のタイトルは、「無敵装甲車ジャガーノート大激突! 破壊編/大勝負!再生編」)では、劇中ジャガーノートの奇襲によって大破したK.I.T.T.とナイト2000の修理を引き受けることとなったボニーの台詞から、「車体が“ナイト2000”で、人工知能が“K.I.T.T.”である」と言うことが明確になった。またこのエピソードでも、再生過程においてポータブルテレビに組み込まれたK.I.T.T.が登場している。さらにあるエピソードでは潜入捜査の為にクラシックカーに組み込まれたらしい事もある(相手がクラシックカーの売買専門家集団である事を考慮すれば車体の徹底的な偽装よりも本物のクラシックカーに組み込んだと考える方が妥当。但しガレージクルーは素人に近かった為か正体がバレそうになった“K.I.T.T.”の説明を鵜呑みにして見逃してしまっている)。なおその際、待機電力の確保の為に車体からプラグを伸ばし電気泥棒まがいの事も行っている。


また、アメリカ本土ではナイトライダーの放映が始まるまで「黒」は不吉の象徴とされ、個人が「黒塗りの車」を所有する事などはアメリカ国民の通念になかったが、ナイトライダー放映開始と同時に黒のファイヤーバードが爆発的に売れ出し、「黒=不吉の象徴」という概念をも払拭させた。第3世代ファイヤーバードの宣伝のために作られたとされるナイトライダーだったが、あまりの売れ行きの過熱ぶりに「ポンティアックのロゴをエンドロールから消してくれ」と車両を提供していたGMサイドからナイトライダー製作陣へ直接要請があったほどである。日本国内においても、ファイヤーバードやナイト2000のデザインが、その後のスポーツカーに強いインパクトを与え、今現在でも多くのナイト2000レプリカオーナーが存在するほどの人気を博した。また、日本での本放映時には、ナイト2000のベースである第3世代ファイヤーバード・トランザムのCMが流れていた(日本国内の正規販売ディーラーヤナセで、番組スポンサーのうちの1社だった)。


関連は不明だが、第1第2シーズンまでのナイト2000を指す台詞回しが「原語:New Black Trans-am(吹替:黒のトランザム)」だったのに対し、第3シーズン後半から第4シーズンにかけては「原語:Black T-Top(吹替:黒のスポーツカー)」と全般的に改められている。


ナイト2000プロトタイプ(K.A.R.R.)

K.A.R.R.(カール)とは、K.I.T.T.同様に高度な人工知能を搭載したナイト2000のプロトタイプ。正式名称はKnight Automated Roving Robot。「自分で走り回れる車の原型モデル」として、K.I.T.T.より先に開発された。K.I.T.T.の基本プログラムにおける最優先事項が「人間(特にマイケル)への奉仕および命の尊守」であるのに対し、K.A.R.R.のそれは「自己の保存」であり、ほとんど野生の動物の本能に近い(デボンによれば、「実弾の入った拳銃をおもちゃにしている赤ん坊のようなもので、いつ引き金を引くかは時間の問題」とのこと)。自分を守るためならば乗車しているパイロットをも躊躇なく犠牲にしてしまうことから、K.I.T.T.とは正反対の存在といえる。ウィルトン・ナイトはK.A.R.R.のプログラミングに欠陥がある事に気付いてはいたものの、自身の身体が既に病魔に冒されていた事、新たなドリーム・カーを製作する事および自らの後継者を探す事にかかりっきりとなり、K.A.R.R.は放置される事となった。デボンは、ウィルトン・ナイトがK.A.R.R.を既に解体したものと誤認していた。その後K.A.R.R.は、ナイト工業博物館の3番研究室に完全に機能を停止した状態で放置されていたが、お宝を目当てにナイト工業博物館に忍び込んだ2人組によって誤って再起動された(第1シーズン第8話)。なお、このエピソードは日曜洋画劇場『ナイトライダー6』の後半1時間部分として放送され、以後、このエピソードのみの再放送はされていない。


二度目の登場はそれから2年後の夏、宝探しに夢中のカップルがある海岸でK.A.R.R.を掘り起こした。最初の登場では全くの初期状態であり社会に順応できずにいたK.A.R.R.も、このときは「駆け引き」を身につけており、オーナーとなった人間の心理を巧みに操った。この再登場時には、K.I.T.T.との対決に備えて財団のトレーラーを襲撃し、同乗者を人質としてボニーにアルファ回路の調整や、自分に対抗するために用意されていたレーザーの取付け、2トーンカラー(ブラックとシルバー)の「強化外装」への変更(K.I.T.T.と区別するため)などをさせている(第3シーズン第5話)。


自分が製作されたその直後に新たなナイト2000を製作したナイト財団、とりわけウィルトン・ナイト、K.I.T.T.、マイケルに対しては憎悪と言っても過言ではない感情を抱き、虎視眈々と復讐の機会をうかがっていた。K.A.R.R.にとって、ウィルトン・ナイトは「自分をこの世に生み出しながら、すぐに消し去ろうとした憎い人物」であり、新たなナイト2000となったK.I.T.T.は「自分の存在を全否定した亜流のコピー」であると思っていることから、K.A.R.R.とK.I.T.T.双方にとって相手がこの世にあってはならない存在として映った。


K.A.R.R.の外観・基本的機能は、K.I.T.T.とほぼ同等の性能を有する。両者の基本プログラムの違いにより互いのAIの思考は大きく異なる。同じボディーでありながら、過去に2度登場するそのいずれも、K.I.T.T.との対決に敗れている。


K.I.T.T.とK.A.R.R.を見分ける事は、第3シーズンの再登場ではずいぶん容易になったものの、初登場時には容易に外観の見分けが付かなかった。インテリアは第1シーズンの「前期型」となっており、口の動きを表現する部分のLED配列と発光色(黄色)がK.I.T.T.と異なるのみ。再登場時にはスキャナーの発光色も赤から黄色に変更され、ライセンスプレートも追加されていた。


登場回数がシーズンを通して二度のみにもかかわらず、そのインパクトの強さや見事な悪役っぷりから、K.A.R.R.のファンは多く、わざわざ2トーンカラーの外装をレプリカしているオーナーもいるほどである。


K.A.R.R.の声はピーター・カレンPeter Cullen)によるもの。日本語吹替えは麦人が担当した。



レギュラー・キャスト

マイケル・ナイト:デビッド・ハッセルホフ(日本語吹替えの声:佐々木功
本作の主人公。シーズン全編を通して活躍する。ナイト財団の最重要顧問としてウィルトン・ナイトの遺志を継ぐ。K.I.T.T.とコンビを組み、数々の難事件に立ち向かった。元々はマイケル・アーサー・ロングという名の敏腕刑事であったが、産業スパイ事件の捜査中に顔を撃たれて瀕死の重傷を負い、ウィルトンによって救出される。その際、負わされた怪我の治療と合わせてウィルトンの息子ガースをモデルに顔の整形手術も行われ、更にウィルトンの養子として名前もマイケル・ナイトに改められる。ナイトとしてのプロフィールは創作されたものであるため、悪党達がコネを使って経歴を調べ、「3年前には存在さえしていなかった男だ」と驚かれる事もしばしばである。
K.I.T.T.(ナイト2000):ウィリアム・ダニエルズ(声:野島昭生
ナイトライダーの本当の主役と言える存在。マイケルの性格を良くも悪くもいちばん理解している相棒。だが怒ると若干怖い。一度路肩の石が車体の底に当たったショックでK.I.T.T.の回線が切れた(言葉のプログラムが、粗暴なブルックリン訛りに切り替わった)時に、マイケルを「マイキー」と呼んだ事もある。また、ジャガーノートの攻撃で破壊され再プログラミングの際にも、ガレージで作業しているRC3達の会話を拾ったため、同様にマイケルの事を「兄弟」と呼んでいる。
デボン・マイルズ(日本語版ではデボン・シャイアー):エドワード・マルヘアー(声:中村正
財団の責任者(専務理事?)。在りし日のウィルトンとは戦友同士であり、普段は紳士的且つ温厚な性格。イギリス人。強い愛国心の持ち主でもある。軍を始めとして非常に広い人脈を持ち、大統領とも面識がある。一見事務方に見えるが実は博士号を持つ科学者であり、ナイト2000のボディを覆う分子結合殻の構造式を知る3人の人物の1人。本編ではあまり語られていないが、過激な過去を持つという逸話もある(第二次大戦中に捕虜収容所から3度も脱走に成功した、ドイツ軍占領下のフランスにナイフ投げの芸人として潜入した、若い頃バイクレースのチャンピオンだった、等。なお、第二次世界大戦中はSASにいた事もあるとか)。マイケルと意見が対立する事もしばしばあるものの、マイケル自身が持つ正義の心と忠誠心から、マイケルに対して全幅の信頼を置く。マイケルの行動を全面的にサポートしてくれる良き理解者。
なおマイルズというファミリーネームはパイロット版のみで使用されたが、実はシリーズ中マイケルがデボンの訪問先で彼を探す際に「デボン・シャイアー・マイルズ」といって所在を尋ねるシーンがあった(吹替え音声)。この“マイルズ”というミドルネームが製作サイドの公式設定かどうかは不明。
ボニー・バーストウ(第1、3、4シーズン):パトリシア・マクファーソン(声:小山茉美
ナイト2000製作チームのうちの一人。技術屋の典型のような女性。K.I.T.T.に対しては母親のように接する。一時的に財団から離れサンフランシスコの大学に研究生(?)として在籍していたが、ある事件をきっかけにナイト2000担当メカニックとして復帰。一度K.I.T.T.に身長、体重、スリーサイズをこっそり計測された事がある。
エイプリル・カーティス(第2シーズン):レベッカ・ホールデン(声:潘恵子
ボニーが財団を離れていた間のK.I.T.T.担当メカニック。K.I.T.T.に「技術者と言うよりはまるで母親のようです」と言わせるほど。メカニックの他にも、デボンの秘書的な役割や看護婦の仕事もこなせる才女。財団に参加する以前、旅行代理店で働いていた事もある。第2シーズン15話「死線48時間リミット寸前! 決死のレール・ウェイ大走破!!」ではエイプリルに焦点が当てられ、彼女の義理の姉と姪も登場している。なお、米国のあるノベライズにおいてデボンの実子であるという描写がされているが、正式な設定の中でその扱いをしているものはない。
レジナルド・コーネリアス3世(日本語版では“コルネリウス”)(通称:RC3):ピーター・パロス(声:水島裕
ナイト財団のメカニックとして第4シーズンから登場。シカゴのスラム街で「ストリート・アベンジャー(字幕は「復讐者」と表記)」と名乗って自警団的な活動をしていたが、ある偶然からマイケルと出会い、その後デボンのスカウトで財団に参加する。普段は移動本部トレーラーのドライバーとしての仕事がメインであり、それ以外のときはトレーラー内で自分のバイクをいじっている(因みに、移動本部トレーラーにはK.I.T.T.と同等の自動走行装置が搭載されており、緊急時に限り使用が許可されている)。だが、装甲車ジャガーノートによって大破したナイト2000を復活させる際には、スラム街に住むメカニック達と共にボニーに協力して活躍し、「コンバーチブルモード」、「スーパー追跡モード(S.P.M.、車体形状が大きく変形し、それまで以上の超高速走行が可能となる)」、「緊急ブレーキシステム(E.B.S.、前出のS.P.M.での超高速走行から減速する際に、車体各所に組み込まれているスポイラーが一斉に立ち上がり、空気抵抗で急減速させる装置。つまり空力ブレーキ装置である)」等の新機能まで追加した。また第4シーズン後半ではマイケル自身のサポート役に回る事もあった。
ナレーション - 小林清志
全シーズンでナレーションを担当し、番組本編ではゲストキャラの吹き替えとして出演した事もある。


スタッフ

  • 製作総指揮 - グレン・A・ラーソン
  • 音楽 - ステュー・フィリップス → ドン・ピーク
  • テーマ音楽 - グレン・A・ラーソン、ステュー・フィリップス
  • 製作 - グレン・A・ラーソン・プロダクションズ、ユニバーサルTV
  • 放映 - 米国NBC



日本語版スタッフ

  • 演出 - 壺井正
  • 翻訳 - 平田勝茂
  • 効果 - PAG
  • 調整 - 高橋久義
  • テレビ朝日担当 - 猪谷敬二



日本での放送

  • 日本では第1シーズンから第3シーズンまでの2時間の作品(5本)を『日曜洋画劇場』などの映画枠で放映。シリーズ放映開始に合わせ、1987年1月上旬に第1シーズンの2作品を2時間に編集し、『ナイトライダー6』として『日曜洋画劇場』で放映。
  • 1987年1月TVシリーズが始まるが、ボニーとエイプリルの2人の女性メカニックの登場順に関する混乱(第1、3、4シーズンがボニー、第2シーズンのみエイプリル)を防ぐという理由から、第2シーズンが第1シーズンより先に放映され、第1シーズン初回の次回予告で、ボニーは新メンバーとして紹介された。その結果、先に放映された第2シーズンに比べて出演者が若干若返った印象となった他、ナイト2000の機能追加の順序等に関する矛盾といった別の混乱が生じた。
  • 日本でのシリーズ初放送時の1987年夏に放送された日本独自の特別編成番組『ナイトライダー・スペシャル』内で放映されたエピソード2本は再放送時には順番が変更されている。また、同番組内のナイト2000の機能紹介、及び当時まだ放映されていなかった新しいエピソードの見所を紹介する『ナイトライダー最新情報』のコーナーはこれ以降、放送されていない貴重映像である。
  • 1988年2月、第4シーズン第1話(2時間)を2週に分けて放送し、『ナイトライダー』シリーズは終了。
  • 時間帯を変えて(関東地区では、1988年11月~1989年3月毎週土曜日15:00~15:55)、第4シーズンを『新ナイトライダー』として放映。
  • 『新ナイトライダー』は関東地区での初放映の際、「ハイジャック!人質ボニーを救え」をもって打ち切られ、約1年後の『ナイトライダー』シリーズの再放送後に残りの未放映分を含めたエピソードが初放映された。
  • 2007年現在スカイパーフェクTV!などで展開されているSuper! drama TVで第1シーズンから順次放映されている。



続編


新ナイトライダー2000

『新ナイトライダー2000(原題:Knight Rider 2000)』が1991年に製作された。

当時から見て未来である2000年、警官の実弾銃使用が撤廃され、代わりに超音波銃の携行が義務付けられたアメリカのある都市を舞台にした物語。頭部に銃撃を受けた影響による記憶の欠落を補うため、かつてK.I.T.T.に使用されていたチップが組み込まれた元警官の女性ショーン・マコーミックが主人公である。ナイト財団はナイト2000の発展型、ナイト4000を完成させ、紆余曲折を経て、復帰したマイケル・ナイトによってK.I.T.T.が搭載される。2人は共に銃使用撤廃派市会議員の暗殺事件の真相に迫ろうとするが…。


この作品はパイロット版のみの製作にとどまってしまったが、CICビクター株式会社からビデオソフトがリリースされた他、『ナイトライダー』シーズン1 DVD-BOXに特典として収録されている。また、テレビ朝日系を中心とした各地方局で深夜映画として放映された。日本語吹替え版は製作されていない。


以後も、『ナイトライダー』の続編・新作と思われる日本未公開の作品がいくつか製作されている。詳細は参考リンクのリンク先を参照のこと。



ナイトライダー(2008年)

2008年2月17日夜(米現地時間)にNBC系列で『Knight Rider』新作のパイロット版が放映された(日本での放映については同年3月現在不明である)。

同作では、ナイト3000(2000や4000ではない)のベース車両はシェルビー・マスタングGT500KRとなっている。NBCでは同年秋に新番組として連続ドラマ化する予定であるという。


ゲスト出演

日本でも放映された人気ホームコメディ『アーノルド坊やは人気者』の第6シーズン第8~9話『ハリウッド大事件(前・後篇)』にナイト役のハッセルホフとK.I.T.T.がゲスト出演した。このエピソードの中でのK.I.T.T.は、ひがみっぽくて性格が悪く、ナイト2000によりかかったアーノルド坊やを「触るな! 私はスターだ」と言って怒鳴りつけた。


DVD

DVD がユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパンから発売されている。第1シーズンから第4シーズンまで(2008年1月現在)。


放映当時に日本語吹き替えがあった話は全て吹き替えが収録されているが、日本での放送時にカットされていたシーンは吹き替えが行われていない。また、日本未放映話は英語のみである。


第1シーズンの前にパイロット版が発売されたが、それには吹き替えは収録されていない。またシーズン4のオープニングにも日本語吹き替えが収録されていない。

  • シーズン1,2パック コンプリートDVD-BOX 2006年6月23日発売(14枚組、税込28,000円)
  • シーズン3 コンプリートDVD-BOX 2006年6月23日発売(8枚組、税込17,800円)
  • シーズン4 コンプリートDVD-BOX 2006年9月21日発売(8枚組、税込17,800円)




サウンドトラック


当時、日本国内で同時期に放送され人気を二分していた『エアーウルフ』とのカップリング盤。日本独自の企画によるもので、オリジナル音源ではなく川井憲次らの編曲により新規録音されたメインテーマや劇中BGMが収録されている。

  • Original Television Soundtrack Recordings:"KNIGHT RIDER" Volume 1(HI-TECH RECORDS/2000年発売)
  • "KNIGHT RIDER" The Best of DON PEAKE Volume 1(Hitchcock Media/2004年発売)


上記二枚はドン・ピーク作曲による劇中BGMをエピソード毎に抜粋し収録。ステュー・フィリップスによるメインテーマは未収録だが、劇中でのアレンジ曲は多数収録されている。共にVolume 1との表記があるが、以降のリリースは行われていない模様である(2008年3月現在)。

  • Original Television Soundtrack "KNIGHT RIDER"(Film Score Monthly/2005年発売)


公式なものとしては初となるサウンドトラック。パイロット版を含めたステュー・フィリップス担当の劇中BGMをエピソード毎に抜粋し収録。プロデューサーのグレン・A・ラーソンとの共作によるメインテーマも収録されている。マスター音源からステュー・フィリップス本人の手によりリミックスが行われ、3,000枚限定にてリリースされた。


ゲームソフト


発売日:1988年9月30日/価格:5500円/ジャンル:アクション/媒体:ロムカセット


発売日:1989年12月22日/価格:5800円/ジャンル:レース/媒体:HuCARD

その他、日本以外ではプレイステーション2Xboxニンテンドーゲームキューブ、PC用ゲームとして、オランダのDavilex社から『KNIGHT RIDER THE GAME』および続編の『KNIGHT RIDER 2 THE GAME』が発売されている。前者は日本でも輸入販売されたが、後者は日本未発売のようである。



関連商品

  • セルオート ユニバーサル・スタジオ正規プレミアムレーザー探知機「KNIGHT2000」(ナイトライダーの世界観を彷彿させるデザイン、オープニングムービーと警告画面、吹替版KITT=野島昭生の声による完全オリジナル音声案内、2007年発売)
  • スカイネット ラジコンカー「ナイト2000」(1/15スケール、送信機からの操作で、吹替版KITT=野島昭生の声で喋る機構つき、2007年10月発売)
  • 銀座「パチスロ ナイトライダー」(2008年4月稼動予定)
  • ユニバーサル公認「ナイトライダー」カーナビゲーション(2008年秋発売予定)



関連事項



外部リンク



参考リンク



日本国内地上波放送時の前後番組

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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