Archive for 5 月 22nd, 2008
atwordhighend @ 10:10pm
未分類
アルシオン (Arsion) はかつて存在した日本の女子プロレス団体である。
概要
全日本女子プロレスの広報であった、小川宏(ロッシー小川)が、全女の経営難による給料の不払い等の不満から退社後、同じく全女の経営難から退団した、
アジャ・コング・
吉田万里子・玉田りえ(後に
玉田凛映に改名)・府川由美(後に
府川唯未に改名)・
レジー・ベネットを所属選手として確保、さらに
LLPWから二上美紀子(現
GAMI)・
大向美智子を引き抜き、怪我の為引退していた元
JWPの
キャンディー奥津をスカウトし旗揚げする(アジャに関しては、団体所属では無く、『ファイティング・プロデューサー』の肩書きで
フリーランスとして契約している)。
当時、女子プロレスにおいては、団体同士で選手の引き抜きを行う事は無かった為、二上と大向をLLPWから引き抜いた事で、LLPWとの間に大きな遺恨を残す事になる(後に、一応和解は成立している。ただし、現在でも二上や大向がLLPWのリングに上がる事は殆ど無い為、多少なりともシコリは残っている様子)。
旗揚げは1998年2月18日・後楽園ホールにて、ファッションブランドとのタイアップで華々しく行われる。
その後、新人選手としてAKINOや門恵美子が入団し、グラン浜田の娘である浜田文子も入団するなど、団体として注目される。
だが、大会場での興行の失敗や、地方興行での観客動員に苦戦し、徐々に苦しい経営を強いられる事になる(これについては、社長である小川が、全女の広報ではあったが、全女時代は殆ど地方興行に行かなかった為、地方での興行のやり方や、松永家から興行のノウハウを学ぶ事が無かったからだと思われ、全女を退社した後に執筆した本で、全女の事を辛辣に批判していたものの、いざ自分で興行を行った際に、その難しさを身をもって実感している)。
さらにリング上での所属選手(門恵美子)の死亡事故という不幸もあり、その際の対応に疑問を持ったレジー・ベネットが離脱、さらに府川や奥津の引退、ファイティングプロデューサーであったアジャも、小川との確執から団体を離れると云った、知名度のある選手が引退もしくは離脱で苦しい経営がさらに苦しくなる。アジャの退団を巡っては裁判となり小川宏がアジャに退団騒動を起こすように指示した、と台本(ブック)の存在を東京地方裁判所が公的に認める結果となった。
このような苦しい状況の中で、メキシコにてデビュー戦を行い、プロレス誌に取り上げられていた藤田愛と契約し、浜田文子をエースに再出発を図るが、エースとして団体を引っ張っていた浜田が離脱、さらに旗揚げメンバーだった大向も離脱し、残されたメンバーで興行を行っていく事になる。
その後、全女を退団した堀田祐美子が数名を引き連れアルシオンに参戦したが、状況は改善されず、ついに力尽き倒産。2003年6月22日の興行をもって活動を終え、所属選手達は経営権を譲られた堀田と共にAtoZとして再出発する事になる。
所属選手
アルシオンのリングに上がるにはライセンスナンバーが必要となる。ここではそのライセンスナンバー順に紹介する。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 10:00pm
未分類
北海道帯広農業高等学校(ほっかいどうおびひろのうぎょうこうとうがっこう、Hokkaido Obihiro Agricultural High School)は、北海道帯広市にある公立(道立)の農業高等学校。
沿革
著名な卒業生
関連項目
外部リンク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 09:40pm
未分類
隣組(となりぐみ)は戦前の歌の一つ。
岡本一平作詞(作詞著作権消滅)、飯田信夫作曲で、徳山璉が歌った。1940年(昭和15年)6月17日、国民歌謡で放送。レコードは、同年10月ビクターレコードから発売。
当時の何気ない近所づきあい(隣組)を歌にしたもので、歌詞を見ると「味噌醤油の貸し借り、御飯の炊き方を教えられたり教えたり」と今では考えられない地域コミュニティの形を見ることができる。本曲は陽気なメロディと詞からなっており表面上は隣近所との連帯を謳っているが、隣組の項にもあるとおり、あくまで内務省が布告した「部落会町内会等調整整備要綱」に基づく5軒から10軒の世帯を一組とし、団結や地方自治の進行を促したもので、その最大の目的の一つが「思想統制(アカ・非国民的言動=監視)」であったことに留意しなければならない。
隣組制度は廃止されたが、メロディが陽気であるため戦後も歌われ、「お笑い三人組」の主題歌にも使用された模様。「ドリフ大爆笑」のテーマの元歌として知られている。
外部リンク
[隣組の歌詞]
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 09:30pm
未分類
茨城県道56号つくば古河線(いばらきけんどう56ごう つくばこがせん)は、茨城県つくば市から古河市までを結ぶ県道(主要地方道)である。
通過自治体
特徴
つくば市から国道125号、国道354号に並行する形で古河市の国道4号線利根川橋へ至る道路。周囲に
筑波サーキットがある。
終点の古河市中田は古河市中心部からは離れた埼玉県境の利根川縁に位置しており、古河市とつくば市を結ぶというよりは、利根川橋を介して埼玉県東北部とつくば市を結ぶ性格が強い。
交差する道路
沿線
関連項目
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 09:20pm
未分類
宇都宮証券(うつのみやしょうけん)は、栃木県宇都宮市に本店を置く日本の証券会社。 特徴は60年の歴史と栃木県唯一の地場証券。地域密着を大切に栃木県から全国、全市場を見渡そうと考えている。東海東京証券傘下の証券会社である。
概要
- 会社名 宇都宮証券株式会社
- 本店 栃木県宇都宮市池上町4-4
支店一覧
- 本 店
- 宇都宮東支店 栃木県宇都宮市東宿郷3丁目2-18
- 今市支店 栃木県日光市今市474
- 鹿沼支店 栃木県鹿沼市久保町1864-9
- 真岡支店 栃木県真岡市並木町4丁目5-10
- 西那須野支店 栃木県那須塩原市五軒町6-4
外部リンク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 09:10pm
未分類
我が黄金のベンガルよ(わがおうごん-)はバングラデシュの国歌。作詞はラビンドラナート・タゴールで、彼はインド国歌も作詞している。下記に歌詞と曲を掲載する。
歌詞
আমার সোনার বাংলা, আমি তোমায় ভালবাসি
চিরদিন তোমার আকাশ, তোমার বাতাস
আমার প্রাণে বাজায় বাঁশি
ওমা ফাগুনে তোর আমের বোলের ঘ্রাণে পাগল করে
মরি হায় হায় রে
ওমা অঘ্রাণে তোর ভরা ক্ষেতে কি দেখেছি,
আমি কি দেখেছি মধুর হাসি
মা তোর মুখের বাণী আমার কানে লাগে সুধার মত
মরি হায় হায় রে
মা তোর বদন খানি মলিন হলে
আমি নয়ন জলে ভাসি
ベンガル語歌詞をアルファベットに表記
amar sonar Bangla, ami tomay bhalobasi<br/>
chirodin tomar akash, tomar batas<br/>
amar prane bajay banshi
oma fagune tor amer boler ghrane pagol kore<br/>
mori hay hay re<br/>
oma oghrane tor bhora kshete ki dekhechhi,<br/>
ami ki dekhechhi modhur hasi
ma tor mukher bani amar kane lage sudhar moto<br/>
mori hay hay re<br/>
ma tor bodon khani molin hole<br/>
ami noyon jole bhasi
英語訳歌詞
- My Bengal of gold, I love you.
- Forever your skies, your air set my heart in tune
- As if it were a flute.
- In spring, O mother mine, the fragrance from your mango groves
- Makes me wild with joy
- Ah, what a thrill!
- In autumn, O mother mine,
- In the full blossomed paddy fields
- I have seen spread all over sweet smiles.
- Ah, what a beauty, what shades, what an affection
- And what a tenderness!
- What a quilt have you spread at the feet of Banyan trees
- And along the banks of rivers!
- O mother mine, words from your lips
- Are like nectar to my ears.
- Ah, what a thrill!
- If sadness, O mother mine, casts a gloom on your face,
- eyes are filled with tears!
外部サイト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 09:00pm
未分類
[%]
[‰]
[‱]
パーセント記号 (%) は、パーセンテージ(百分率)を表すときに使用する記号で、数字の値の後ろに表記することで100分の1をあらわす。
同じような記号にパーミル記号 (‰) もあり、この記号は千分率をあらわし、1000分の1を意味する。また、殆ど見かけることはないが、10000分の1を意味するパーミリアド記号(‱)も存在する(Permyriad)。
用途
経済学における用途
会計などでは、税を表す場合に「税率 %」と表記する。また、値引きなどをする場合に「割引率 % 引き」のように表記する。
経済の情報においては円高などの情報、
消費者物価指数などさまざまな分野で使用される。
数学における用途
数学の場合は一般には百分率ではなく通常の倍率で表記することが多いが、初等数学では % が使用されることも多い。
自然科学における用途
科学においては、
濃度、
密度などの割合を示す場合に % で表記することが多い。
社会科学における用途
人口密度や
乗車率などを表す場合に使用される。また視聴率などの評価基準として使用される。
- 例: ラッシュアワーで乗車率が 300 % を超えた
その他の用途
何らかの基準を 100 % とし、その値に対し 100 % と表記した場合には、最大値の状態であることを示す。また、100 % 未満の数値の場合は最大値に対しどれだけの状態であるかを示し、100 % より多い場合は限界を超えていることを示す。
- 例:
- 100 % がんばります。
- 120 % の力量で優勝した
- 1 % もその気配がない
コンピュータにおける用途
ASCIIコードに収録されていて入出力しやすいことから、
プログラミング言語や
CUIシェルなどで、本来の意味を超えて特別な意味を持たせていることがある。
書式設定
C言語の書式付入出力
関数(
printfなど)では書式指定を示す。たとえば、%d で整数、%c で1文字などの出力となる。他の言語でも同様のものが見られる。
剰余演算子
剰余の
演算子として使用する言語もある。C言語の例:
25 を 7 で割った余りの 4 が a に代入される。C言語では整数型のみだが、Javaでは実数も扱うことができる。
環境変数
MS-DOSや
Microsoft Windowsなどでは、標準の
コマンドラインインタプリタにおいて
環境変数をあらわす記号として使用されている。
「%PATH%」が環境変数 PATH の値に置換された後に echo コマンドが実行されて PATH の値が表示される。
コマーシャル・マイナス
漢数字の
大字のように、ミスや改竄を防ぐため
マイナス記号(-)の代わりに使われる。ただし
Unicodeでは、この用途には別の符号点 U+2052 ⁒ が用意されている。
符号位置
関連項目
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 08:40pm
未分類
現代音楽(げんだいおんがく)とは、西洋クラシック音楽の流れにあり20世紀後半から現在に至る音楽を指す。ただし他の時代の西洋音楽史の区分のように、様式によって区分されたものではない。現代音楽は調性をはじめとする従来の音楽様式を否定した前衛的な音楽を指すことが多い。
現代音楽という言葉が一般的に指し示す範疇にとらわれない、ポップやジャズ、ロックなど現代における音楽全般については、現代の音楽の項を参照のこと(隣接他分野の音楽については後述)。また地域別の動向も参照のこと。
総論
20世紀以降のクラシック音楽は、時代的に見て大まかに
近代音楽と現代音楽に分けられる。近代音楽と現代音楽の境界をどこに設けるか、統一的な見解はない。場合によっては近代音楽と現代音楽の区分を設けず20世紀初頭からのクラシック音楽の流れを現代音楽ととらえる考え方もある。しかし一般的には
第二次世界大戦をもって近代音楽との境界とし、戦後を現代音楽として取り扱うことが多い。
- ただし、戦前でも新ヴィーン楽派、バルトーク、ヴァレーズ、アイヴズなど一部の先鋭的な作曲家や潮流は現代音楽に含む意見もある。
- さらに、新ヴィーン楽派の無調以降だがしかしヒンデミットやオネゲルらの後発音楽は近代とみなす、または逆にブーレーズのようにドビュッシ-の「牧神の午後への前奏曲」をもって現代音楽は始まったと言う人もいる。
本項では、特に記述すべき事項のみ戦前も扱うが基本的には戦後からの記述とし、19世紀末あるいは20世紀初頭から1945年までの事項については近代音楽の項に譲ることとする。
本項で取り扱う第二次世界大戦後の音楽は、一般に1960年代末ごろまでが「前衛の時代」とされる。
この時代は、戦前においては最も前衛的な語法とされていた十二音音楽が多くの作曲家によって取り上げられるようになり、またその十二音音楽の理論をさらに発展させたトータル・セリエリズム(セリ・アンテグラル)、電子的な発音技術を取り入れた電子音楽や録音技術によるミュジーク・コンクレート、サイコロやくじなどランダムな現象を取り入れ、あらかじめ決定された意思としての音楽を否定した偶然性の音楽、音域の密集したたくさんの音を塊のように同時に鳴らすトーン・クラスター、わずかな音形を執拗に繰り返しながら徐々にその形を変えるミニマル・ミュージック、楽譜でも図形譜や言語による楽譜など、それまでの音楽史の諸様式の範ちゅうを大きく塗り替えるさまざまな音楽が登場した。
また、「楽譜そのものを芸術としてみる」概念もダダの時代に開発された。
- エルヴィン・シュールホフの「五つのピトレスケ」の第三曲は、全く意味をなさない顔文字と休符だけで全曲が構成された最初の音楽作品である。
- 同時期にアルフォンス・アレーの「耳の不自由なある偉人の葬儀のために作曲された葬送行進曲」という空白の小節のみで書かれた作品もある。
- ジョン・ケージはこれらの作品を知らなかったにもかかわらず、後年独力で無音の「4分33秒」を書き上げることになった。
- ディター・シュネーベルの「モノ」は本を見て音楽を感じる本・楽譜であって演奏するものではない。
- 最近ではデスワルツのように、前衛の時代の図形譜のパロディがインターネット上で話題になることもあった。
1970年代(一説には1968年)以降のいわゆる「前衛の停滞期」以降は、調性感および音楽が喚起させる感情の復権を目指した新ロマン主義や新しい単純性など、過去の音楽への回帰をめざすマニエリスムと呼ばれる風潮が強まった。
しかしさらにそれへの反動として西ヨーロッパを中心に、聴き手により複雑な事象の認識を要求させる新しい複雑性やポスト構造主義、音波を科学的に分析して音楽に応用するスペクトル楽派など、エクスペリメンタリズムの音楽と呼ばれる前衛的な作曲傾向も見られる。
このように様式は様々であるが、それまでのクラシック音楽の常識であった調性(協和音)的な音響や規則的なリズムなど、一般に認知されている音楽言語から大きく逸脱したものが多い(ただしマニエリスムの音楽はその逸脱からの帰還を目指している)。
そのため一般的なイメージとして「聞きにくい」、「わけがわからない」などネガティブなものが多く、好んでこれらの音楽を聴く層はある程度限られる。しかし、芸術や人文科学の進歩としての活動、文化教育的な活動として、周辺芸術や人文科学関係(哲学など)にかかわる芸術家、学者、また愛好家たちを中心に、新たな音楽を求める活動を支持する厚い層が存在する。演奏家や演奏団体も、自分たちの演奏表現として新たな音楽の発信にかかわりたいという考えから進んで現代音楽を取り上げる奏者も多い。また各国の文化政府や、芸術を支援する財団、あるいは公共放送局などからの保護と育成も受けており、作曲家たちの活動を支えている。
作曲家たちもまた、それらの知性の積み重ねと進歩に対して自らの新しいメッセージを付加すべく新たな音楽を開拓し発信していくことで、それらの文化的あるいは経済的な支援や聴衆の期待に応えている。聴衆の期待に応えるということは決して聴衆の好みに合わせて作風を曲げたり必要以上にわかりやすすぎる音楽を作るということではなく、作曲を通しての知性への問題提起という行為によって果たされるのである。
また現代音楽の分野は、現代美術など同時代の他の芸術の分野とも無縁ではなく、並行しながら動いている。近代音楽が印象派絵画に触発されたように、ジョン・ケージはロバート・ラウシェンバーグをはじめネオダダ、フルクサスの芸術家など多くの現代美術家に影響を与えた。フルクサスに所属した芸術家は音楽家や美術家、詩人など多数のジャンルにまたがり、たとえばビデオ・アートのナムジュン・パイクも当初は現代音楽家であった。ミニマル・ミュージックやミニマル・アートなど、ミニマリズムも音楽と美術で同時期に起こっている。1970年代以降のサウンド・アートやメディア・アートなどでも、両者の共同作業が行われることは珍しくない。
他分野の音楽、およびそれらとの相互の影響
今日、クラシック音楽の流れとしては見なされない他分野の音楽(例えばポップ、ジャズ、ロックなど、主に商業音楽と位置づけられている音楽分野)は、クラシック音楽とは分けて考える認識が一般的である(この定義・問題についての詳細は
現代の音楽の項で扱うこととする)。
これら他分野の音楽への現代音楽の影響としては、1960年代後半頃以降、フリー・ジャズやコンテンポラリー・ジャズ、あるいはプログレッシブ・ロック、ノイズミュージックなどのジャンルに影響を与えた。
また先に述べた「マニエリスムの音楽」の一部には、こうした他分野の商業音楽の語法を取り入れた音楽もある。
商業音楽との境界
ドイツ語では、まじめな音楽"Ernste Musik(E-Musik)"と娯楽音楽"Unterhaltungsmusik(U-Musik)"という分類があり、この「まじめな音楽」がクラシック音楽および現代音楽を指す(他民族の音楽においても伝統にのっとった厳粛なものや宮廷音楽などの場合はE-Musikに相当すると考える)。現代においては、主に商業の流通に直接のっとった音楽商業音楽をU-Musikと呼び習わしている。他の国での考え方もほぼこれと同類であると見てよい。日本語では大雑把にいってクラシック音楽が前者(E-Musik)、ポピュラー音楽が後者(U-Musik)に当たる。
ただしこの(ドイツ語を借りれば)E-MusikとU-Musikのいわゆる中間に位置する音楽というものも多数存在する。これらはU-Musikの範疇としては進歩的・先鋭的な立場にあるが、E-Musikの範疇では(一般的な価値観では)扱われない音楽を指す。これらの音楽はアヴァン・ポップ(avant pops)とも呼ばれている。
- パブロ・メルクは一時期E-MusikとU-Musikの混血児のような作風に没頭しており、アンリ・プスールの作品に「E-Musik?それともU-Musik?」という題名の作品がある。
セミ・クラシックと呼ばれる音楽もこれに該当する。この領域の音楽が、最も著作権問題にうるさい音楽になっている。
映画音楽
映画音楽については、そのほとんどが前項の娯楽音楽に含まれるという認識が一般的だが、現代音楽の作曲家が映画音楽を手がける例もあり、そのうちのいくつかは(その映画作品そのものの芸術的・先鋭的な姿勢に呼応して)先鋭的な音楽をつける場合がある。こうした音楽は現代音楽と認識される場合がある。こうした例は現代音楽に限らず、
トーキー映画が登場した
20世紀初頭の
近代音楽においても見られる(あるいは
サイレント映画の伴奏も含む)。
- 近代での具体例
- 現代での具体例
また、現代音楽の既存の作品が映画のBGMとして流用される場合もある。
- 具体例
現代音楽やそれに近い先鋭的な音楽が当てはめられる映画は、往々にしてホラー映画ほか恐怖を題材とした映画が多く、またホラー映画製作中に最適なBGMや作曲家を求めて現代音楽にたどり着く例もある。「エクソシスト」を監督したウィリアム・フリードキンは、当初予定されていたラロ・シフリンのメロドラマ的な映画音楽を起用せず、プログレッシヴ・ロックと現代音楽の境に位置するマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」を起用して観客に強い印象を与えた。
現代音楽の作曲家が映画音楽の仕事を手がける場合は、その理由に収入もあるが、演奏会用純音楽ではなかなか実験できない新しいアイデアを、映画音楽において試みる場とすることがある。オーケストレーションの実践であったり、あるいはそれまで作曲家にとって使ったことのない楽器や音響技術を試みる場合もある。
日本での例では伊福部昭、早坂文雄などの先例に続き、武満徹、池辺晋一郎などが映画音楽に多くかかわっている。武満の例では、琵琶や尺八を最初に用いたのは映画音楽の中であり、その後に代表作「ノヴェンバー・ステップス」など純音楽でも邦楽器を進んで用いるようになった(詳細は武満徹の項を参照)。また映画音楽に限らず、演劇の舞台音楽やテレビ番組(特にドラマやドキュメンタリー番組など)の音楽などを手がける場合もある。珍しい例ではないが、ベルント・アロイス・ツィンマーマンは一時期、収入がそのような音楽の仕事のみになったことがある。
近年のマニエリスムの音楽の作曲家は、映画音楽そのものを純音楽として演奏会で上演する場合も多い。映画用の音楽だから普段の作風とは別にわかりやすいものを作るという考えではなく、もはや映画音楽と自己の純音楽との作風がほとんど大差ないといえる。
- 具体例
映画音楽が折衷主義的なポジションを得た最大の要因は、亡命したエーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルトがハリウッドで後期ロマン派の様式による音楽を書き続けたことが非常に大きい。彼がこのような仕事をもし引き受けていなかったら、映画音楽はマニエリスムの音楽の巣窟にはならなかったという可能性が指摘されている。カリフォルニアで教鞭をとったアルノルト・シェーンベルクのレッスンを受けた者の多くが、ハリウッドで映画音楽の製作に関わっているのではないかという説があるのは興味深い。原則的に未聴感ではなく既聴感に訴えかける産業がこのような経緯で成立している。
具体音の導入
ミュジーク・コンクレートにおけるサンプリング手法はその後、電子的な
サンプラーにより、一般的なポップミュージックにも応用されるようになった。これは具体音の録音を音楽の一部として認識するという意味において特筆すべき事項である。音を録音してさらにそれを電子的な技術により変調させたものを使うという発想が一般に定着したのは、ミュジーク・コンクレートの功績が大きい。
ただしクラシック音楽の歴史において具体音を効果として盛り込む試みはすでに多く見られる。例えばレオポルト・モーツァルトの「おもちゃの交響曲」での鳥笛など音の出るおもちゃ、ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」での鉄のレールをハンマーで叩く音、マーラーの交響曲で使われる木づちや鎖など特殊な打楽器などである。セミクラシックと呼ばれるルロイ・アンダーソンの「タイプライター」では、題名どおりそのものを打楽器として用いている。
音楽劇の中で劇中の小道具を音楽に取り込む用法としてはワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で、主役の靴職人ハンス・ザックスが宿敵ベックメッサーの歌の練習を邪魔して靴を叩く音を挿入したり、サティの舞台音楽「パラード」で大騒ぎの挙句ピストルやサイレンの音を挿入したりするなどの例が挙げられる(サイレンの音は、後にエドガー・ヴァレーズが「イオニザシオン」などで純音楽的効果として用いている)。これらは録音技術以前において具体音を音楽として取り込んでいる例である。
また具体音を楽音で模した例となると無数にある。シャルル=ヴァランタン・アルカン、アルチュール・オネゲル、ルエド・ランゴーが鉄道の音を模倣しているが、アルカンのころには既存の音楽の枠に具体音を押し込めていたのが、ランゴーのころには忠実な具体音の模写そのものが音楽になっている。直接的な音響効果を求めるだけでなく、その音響を聴き手が認識することによってその音から別の事象が連想されるという意味合いがある。
これら具体音の導入は、商業音楽などの分野にも決定的な影響を与えた。日本における前衛的音響はテレビ番組の効果音からJ-POPのバックトラック、果てはアニメのサウンドトラックまで幅広く浸透しており、「作品としてなら聞けないが、効果としては聞ける」受容へ至っている。簡単に受け入れられた例として「ゴジラ」の鳴き声を挙げておく。伊福部昭の発案によるこの音は、コントラバスの特殊奏法を最大限に増幅して得られた。本来微小な音響を最大限に増幅する手法は小杉武久や池田亮司の作品においてしばしば現れるものである。
現代音楽における他分野の音楽の引用
この試みについては古くは20世紀初頭でのアイヴスの異なる音楽同士の組み合わせや、ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」におけるジャズの語法の導入、さらにさかのぼれば18世紀にベートーヴェンが当時の流行歌を主旋律に取り込んで変奏曲に用いたピアノ三重奏曲「街の歌」などにも見られる。これらは単に語法を取り込んだという事実だけでなく、その語法を取り込むことによって聴き手に既聴感を想起させ喜ばせるという意味合いも生まれる。
主に近年のマニエリスムの音楽の作曲家の間では、こうした手法は広く行われている。現代音楽の古典としての地位を占める作曲家ルチアーノ・ベリオの一部の作品では、例えばテープ音楽「迷宮」において、フリー・ジャズ的な語法およびポップ音楽のバックコーラス的なスキャット唱法などがかいま見えるが、これは後のマニエリスムの音楽の潮流の到来を予感させるとも言える。
その最大の立役者はドイツのケルンのシュトックハウゼンの先輩にあたるベルント・アロイス・ツィンマーマンであろう。彼のクラシック音楽のほとんどまたは常に登場するジャズの語法と引用の頻度の多さでのコラージュ手法は、他の作曲家の追従を許さない反面、プロコフィエフやヤナーチェク、カール・オルフの繰り返しの技法のように常にその一定の作法に頼ってしまうという危険性も併せ持っている。引用音楽の王者とも言われる。
参考文献
- ポール・グリフィス・著、石田一志・佐藤みどり・共訳『現代音楽 1945年以後の前衛』音楽之友社、1987-12-20出版。ISBN 4276113520
- 船山隆・著『現代音楽』(全2巻)小沢書店、1983年4月。
- 松平頼暁・著『現代音楽のパサージュ(20.5世紀の音楽増補版)』青土社、1995年。ASIN 4791753585
関連項目
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 08:30pm
未分類
モッツァレッラ(伊語: Mozzarella)は、イタリア産のチーズの一種である。モッツァレラ、モザレラとも表記される。イタリア南西部のカンパニア州が原産。くせの無い味わいで、独特の弾力ある歯ごたえが特徴である。熟成工程を経ないため、フレッシュチーズに分類される。
種類
使用する原料によって名称に区別がある。本来の原料は
水牛の乳であるが、
牛乳で代用したものもある。水牛の乳を原料とするものの方が良質とされる。
水牛の乳を原料とするものを区別する場合、モッツァレッラ・ディ・ブーファラ(Mozzarella di Bufala)と呼ぶ。ウシの乳で代用したものはフィオル・ディ・ラッテ(Fior di Latte)と言う。
「モッツァレラ」は「引きちぎる」という意味。
製法
「パスタフィラーラ」と呼ばれるイタリア南部独特の製法によってつくられる。乳が凝集した状態である
カード(
イタリア語ではパスタ(Pasta)と呼ぶ)に湯を注いで練り、
餅のような弾力がでてきたところで、引きちぎって整形する。モッツァレッラという名前は、「引きちぎる」を意味するイタリア語「mozzare」に由来する(硬い表面が無いため、「シャツを着ない」を意味する「scamozzata」を
語源とする説もある)。重さはひとつ約280グラムが標準である。
食べ方
そのまま食べてもよいが、味や香りにくせがないので
パスタや
ピザ、
グラタンなどの料理に広く使われる。
生のモッツァレッラのスライスとトマトのスライスを合わせてバジリコを添えたサラダは、インサラータ・カプレーゼ(Insalata Caprese)と呼ばれ、カンパニアの前菜の定番である。
関連項目
LINKS
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
atwordhighend @ 08:20pm
未分類
中川 李枝子(なかがわ りえこ、1935年9月29日 - )は北海道札幌市生まれの児童文学作家。
東京都立高等保母学院(現・都立高等保育学院)卒業。保母として働きながら執筆活動を行い、1962年「いやいやえん」で厚生大臣賞・サンケイ児童出版文化賞など数々の賞を受賞。その後も実妹の画家・山脇百合子とコンビで、数多くの作品を発表。代表作に「ぐりとぐら」「そらいろのたね」「ももいろのきりん」など。エッセイ集に「本・子ども・絵本」がある。
書籍
童話
- いやいやえん
- ぐりとぐら
- そらいろのたね
- かえるのエルタ
- ももいろのきりん
- たんたのたんけん
- らいおんみどりの日ようび
- とらたとおおゆき
- たからさがし
- くまさんくまさん
- かみさまおねがいチチンプイ
- なぞなぞえほん
- おひさまはらっぱ
- わんわん村のおはなし
- 森おばけ
- おばあさんぐまと
- とらたとヨット
- くじらぐも(教科書に掲載)
エッセイ
その他
- さんぽ - 映画「となりのトトロ」オープニングテーマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』