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新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)は、大阪府茨木市にある神社である。式内社名神大社)。


茨木市内には同名の神社が福井・上河原・西河原に3社あるが、延喜式神名帳には「新屋坐天照御魂神社三座」と記載されており、それぞれが1座づつに対応するものとみられる。福井の新屋坐天照御魂神社が3社のうちの中心的な神社とされ、単に「福井神社」とも称されるが、一般的には「新屋神社」と略称される。



祭神

社名から、元は当地の太陽神を祀っていたものとみられる。福井の新屋坐天照御魂神社から見ると、西河原・上河原はそれぞれ冬至における日の出・日の入りの方角に位置している。逆に西河原から見ると福井は夏至の日の入りの方角に、上河原から見ると福井は夏至の日の出の方角にあることになる。

現在の祭神は以下のようになっている。福井と上河原は同じ神であるが、西河原だけが異なっている。




歴史

社伝によれば、崇神天皇7年(紀元前91年)に天照御魂皇大神が当地に降臨したので、伊香色雄命に勅して祀らせたのに始まるという。景行天皇20年(90年)には、皇女五百野媛に祀らせた。神功皇后の三韓出兵の際、新屋川原で禊をして現在の福井の社を祀り、凱戦後、荒魂と和魂を西の川上(現在の上河原の社)と東の川下(現在の西河原の社)に祀った。

延喜式神名帳には「新屋坐天照御魂神社 三座 並名神大。月次新嘗。就中天照御魂神一座預相嘗祭」と記載されている。すなわち名神大社に列し、さらに祭神のうちの天照御魂神は相嘗祭に預るということである。相嘗祭に朝廷より幣帛を奉られる神社は全国で40社71座のみである。かつては3社とも広大な神域を有していたが、中世以降、次第に社領を失い、社勢が衰えて行った。


西河原の新屋坐天照御魂神社は、現在の磯良神社(疣水神社)の位置にあった。磯良神社は元は新屋坐天照御魂神社の境内社であったが、磯良神社の玉の井(疣水)は取りに霊験があるとして崇敬を集めるようになり、ついにはこちらが本社のようになった。寛文9年(1669年)、新屋坐天照御魂神社は旧社地の西北の隅の現在地に遷座され、同12年に社殿が造営された。


福井の新屋坐天照御魂神社は明治5年(1872年)に郷社に列せられている。



外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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