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Archive for 5 月 8th, 2008

レシプロエンジン(Reciprocating engine)は、往復動機関あるいはピストンエンジンピストン機関ともいう熱機関燃料燃焼による熱エネルギー作動流体圧力としてまず往復運動に変換し、ついで回転運動力学的エネルギーとして取り出す原動機である。自動車用エンジンとしては最も一般的なもの。ほかに、発電機航空機などにも用いられる。



歴史


垂直の作用

[蒸気機関]

往復動型の最初の記録はホイヘンスで、1680年に火薬を使って動力を発生させる考えを発表したと伝えられる。ホイヘンスはピストン真空とを熱機関として利用しようとする祖と認められている。ホイヘンスの案はシリンダー(筒)の最下部に燃焼部、最上部にピストンがおかれていた。燃焼部で火薬を燃やすが爆発ではなく燃焼であり、この燃焼により発生した高温の空気が上部の弁から抜けていくだけのものだった。弁は一方通行の不還弁であり、抜けたのちシリンダーが冷えれば空気は圧力が薄くなり、当時発見されたばかりの真空の力により最上部のピストンが下降する際に力を及ぼすというものである。当時は火薬の爆発は危険なものとされておりホイヘンスの考えも真空利用の静粛性が特徴である。当時は内燃と外燃の区別はされず「熱から動力が生み出される」ということに考えがあった。その後、フランスのアッべ・フォートフュイユやイギリスのモアランドらの創案があるがこれらも試作はされていない。


ピストンエンジンは蒸気機関で実現した。ドニ・パパンがピストン型蒸気機関の祖といわれる。ホイヘンスとも親交がありホイヘンスの案を試作し検証したが当時の技術では火薬の燃焼、ピストンや不還弁の製作は難しかった。そのためパパンは直接火薬を燃やすことではなく、外部で発生させた蒸気によって圧力を高める蒸気機関とした。蒸気を使う以外の発想はホイヘンスのものと変わらないがパパンは実際に。その後、セイヴァリが英国で特許を取得するが、1705年になってニューコメンにより実用的な蒸気機関となった。英国で炭鉱の水を抜き取るためのポンプ用途に使用された。炭鉱に据付で使われた。ニューコメンが最初に機関を発明した時代はバルブの開閉は人手でおこなわれた。エンジンにおけるバルブの進歩が蒸気機関の普及を促した。ニューコメンの「大気圧機関 (atmospheric engine)」のバルブの改良は、バルブの開閉オペレーターをしていたハンフリー・ポッター (Humphrey Potter) という少年により1713年に自動化の工夫がなされ、これにヘンリー・バイトン (Henry Beighton) が1718年、さらに工夫を重ねた。ジョン・スミートン (John Smeaton) はさらにさまざまな改良を施し1770年頃まで広く使われていた。これは50年以上もの間改良されながら使われたニューコメン式の蒸気機関だったがジェームズ・ワットがさらに改良を加え1769年に英国で特許を取得した。ここまでの蒸気機関は、往復運動をそのまま利用するものであり、しかもその力は往復以前に往だけの片道通行の利用だった。



回転の作用

ピストンの往復の動きを回転運動として利用した最初のエンジンはワットの特許と同年の1769年、フランスでのキュニョーの砲車である。これはピストンロッドの先のクランクラチェットを用いて回転運動に変換するものだった。次いで英国でワットの元で働いていたウィリアム・マードック遊星ギアを利用し回転運動とし蒸気自動車を作成した。この往復運動を回転運動にする特許はマードックではなくワットが取得している。ワットらはクランクシャフトを利用したかったが特許がすでに取得されており、その使用にはワットの蒸気機関の特許との交換条件を持ち出されたために使用しなかった。後年、特許使用可能になったクランクシャフトに乗り換えている。1801年にトレビシックが蒸気自動車を製作し運転した。ジョージ・スチーブンソンがジェームズ・ワットの蒸気機関を元に1814年に蒸気機関車「ブリュヘル号」を走らせた。

1820年、イギリスのW・セシルが水素ガスを燃料とした真空利用の大気圧機関を製作し1分間に60回転の動きを実現した。爆発時の騒音が問題となったがこれが世界最古のガス機関として認められている。しかし当時は蒸気機関の実用化の時代となりガスエンジンはその後の研究があまりすすまなかった。イギリスでサミュエル・ブラウンガス真空機関を1823年に開発に成功。内燃機関だったが、爆発の後に生じる真空によりピストンを引き戻すことにより往復運動をおこなうものであり、トマス・ニューコメンの蒸気機関そのままの原理であった。1825年には車に載せられ1826年には10.5分の1の勾配をたやすく登った。1827年にはテムズ川で船にエンジンを載せ公式試運転をおこない11km~13kmを記録している。これらの実績によりブラウンは内燃機関の歴史において功績が認められており、また、ブラウンのエンジンは実用になった最初のガス機関と認められている。1833年には、イギリスのW.L.ライトがガス爆発機関の特許を取得している。実際に製作されたかどうかは確認されていないが、後年、ガス爆発機関としてはこの設計は完璧であり製作されていればブラウン以上の能力がだせたと評価されている。ウィリアム・バーネットが1838年に2サイクル圧縮型エンジンと独特の点火コックを開発。イタリアのバルサンチとマテゥチが1855年に世界初のフリー・ピストン・エンジンを創案する。爆発により上方に上がったピストンが重力により自然落下することを利用した。



往復動型内燃機関の実用化

フランスでルノアールが1860年ガスエンジンを商用化し、大規模でなければ使えなかった当時の蒸気機関と比べ中規模工場などでも一般に使用されるようになった。1860年が内燃機関の実用化の年とされる。ルノアールは自動車も製作し走行している。またセーヌ川でのモーターボートにも使用された。このエンジンは往復動の内燃機関であるが無圧縮であり通常は内燃機関の祖とは見られず、富塚清は「内燃機関の歴史」で「多少気の毒」と評している。ルノアールのエンジンまではさまざまな案が試されていたがルノアールの成功により明確な目標ができたため、内燃機関の研究が急速にすすむことになった。1862年、フランスのボー・ド・ロシャが、内燃機関としての4サイクルエンジンを提唱した。1867年、ドイツでオットーランゲンフリー・ピストン機関を製作する。1873年、アメリカでブレートンが新型を開発。ブレートン機関とよばれる。1876年、オットーが4サイクルエンジンを完成させた。

20世紀

レシプロエンジンは航空機の発達と切り離すことは困難である。航空機の性能はエンジンによってほぼ決定されるため各国はより高性能の航空機を作りあげるために高性能なエンジンを必要とした。そのためにエンジンの性能をあげるためのさまざまな研究は第一次世界大戦から第二次世界大戦においてその多くがなされている。

レシプロエンジンの仕組み


外燃機関

一般に蒸気機関スターリングエンジンで使われる(詳細はそれぞれの項目を参照)。

蒸気機関では高温の蒸気を駆動に使う。初期はトーマス・ニューコメンが作った大気圧の負圧を利用する方法がある。

当時から高い蒸気圧を利用することは考えられていたが、まだ工作技術が十分でなかった頃はそれに耐えうるボイラーを作ることができなかったため負圧を利用していた。


ニューコメンの蒸気機関は効率が悪かったため、それをジェームズ・ワット復水器を組み合わせて使うことで効率を上げ、産業革命の原動力となり、石炭を当時の主要なエネルギー源にした。

ワットが老いた頃は工作技術も上がり、高い圧力に耐えられるボイラーやシリンダーが作られる。するとその効率の良さから、負圧を使った蒸気機関ではなく、そちらを用いて蒸気自動車蒸気機関車が広まった。


また、蒸気圧を高めて使う蒸気機関が現れて間もない頃は、シリンダーが蒸気圧に耐えられず爆発する事故が相次いだ。これを見たスコットランドロバート・スターリングはより安全な熱機関を作ろうと、スターリングエンジンを作成した。こちらは高出力には向かないが、非常に高い熱効率を持つ。



内燃機関

まず、ガソリンアルコール等の揮発性の高い液体をエンジン内部の燃焼室内に空気と適当な混合比になるように噴霧して、着火してエンジン内で爆発を起こさせる。通常、爆発力は着火場所を中心にして放射状に拡散するが、エンジンという機械はその爆発力を効率良く取り出す必要がある。爆発に十分に耐えられる構造のシリンダー内で起きた爆発力は、逃げ道を探してシリンダー内を行き来するピストンと呼ばれる部品を押す力となる。そこで、放射状に拡散する爆発力が往復運動に変わる。次にコネクティングロッド(コンロッド)とクランクシャフトが連動して往復運動を回転運動に変え、結果エンジンが動力を出力する。



レシプロエンジンの分類


気筒配置による分類


カム・バルブ配置による分類

  • SV(サイドバルブ)
  • OHV(オーバーヘッドバルブ)
  • OHC(オーバーヘッドカムシャフト)

    • SOHC(シングルオーバーヘッドカムシャフト)
    • DOHC(ダブルオーバーヘッドカムシャフト)

  • スリーブバルブ



空燃比による分類

特に空燃比を向上させたガソリンエンジンの場合。()内は空燃比。



補機類



関連項目


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

自作の譜例。アヴェイラブルノートスケール、ドリアンをDm7と対応させたもの。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

長者ヶ原廃寺跡(ちょうじゃがはらはいじあと)は岩手県奥州市衣川区にある寺院跡。


藤原秀衡の御用商人金売吉次の屋敷跡と伝えられてきたが、伽藍配置、出土した土師器などから、奥州藤原氏の祖先の安倍氏が建立されたと考えられている。


2001年世界遺産登録の前提となる暫定リストに記載され、2008年には「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の一部としてユネスコ世界遺産委員会の審査を受ける。



外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハーバープリンスは、兵庫県神戸市三木市小野市加古川市姫路市たつの市相生市赤穂市岡山県岡山市倉敷市を結ぶ、中鉄バス高速バス路線である。

同一区間に、神姫バスが運行するハーバーライナーが存在する。

前者はノンストップ便、後者は一般便として運行される。


類似の路線に、両備ホールディングス(両備バス)が兵庫県神戸市岡山県赤磐市岡山市を結ぶリョービエクスプレスがある。また、かつては姫路市・たつの市・相生市・赤穂市と岡山市を結ぶ、播備ライナーも存在した。これらについても本項で解説する。


  • 席は全便座席指定制。乗車前にあらかじめ乗車券を購入しなければならない(ローソンファミリーマートでも予約ができる)。
  • ただし、ハーバーライナー(一般便)については、乗車区間が兵庫県内(三ノ宮駅~赤穂間)のみの場合に限り自由席で、予約は不要。



歴史



運行会社


ハーバープリンス・ハーバーライナー

  • 神姫バス(ハーバープリンス、一般便)

  • 中鉄バス(ハーバーライナー、ノンストップ便)

    • 岡山営業所が平日の昼行1往復、土曜・休日の昼行2往復を、岡山営業所総社出張所が昼行1往復を担当。
    • 土曜・休日のみ運行の、岡山駅前〜三ノ宮駅間昼行1往復はプレミアムシート(3列シート)車を使用。
    • 神姫バスの岡山側の運行支援は、岡山営業所総社出張所が担当。



リョービエクスプレス

  • 両備ホールディングス(両備バス)

    • 両備観光カンパニー岡山支店が昼行2往復、土曜・休日の昼行3往復を担当。

  • 神戸での発券・運行支援業務は日交シティバスが担当(神戸営業所が運行支援業務を担当、電話予約は取り扱わない)。
  • 岡山での予約・発券業務は岡山電気軌道でも可能。



停車停留所

▼…下りは乗車のみ、上りは降車のみの扱い
▲…上りは乗車のみ、下りは降車のみの扱い
△…下り便のみ停車、降車のみの扱い
◆…双方向乗降可能
|…通過
∥…経路外

※ハーバープリンセス・ハーバーライナーは、岡山・倉敷方面行は福石PA、三ノ宮駅行は白鳥PAで約10分間休憩。<br/>

※リョービエクスプレスは、岡山駅前行は白鳥PA、神戸ポートピアホテル行は権現湖PAで約10分間休憩。



運行経路


ハーバープリンス・ハーバーライナー



リョービエクスプレス



所要時間・運賃

神戸ポートピアホテル~岡山駅前

  • 2時間55分
  • 片道2,750円 往復3,260円 4枚回数券6,520円


三ノ宮駅(神姫バスターミナル)~倉敷駅北口

  • ノンストップ便3時間8分~3時間30分 一般便3時間23分
  • 片道2,900円 往復3,460円 4枚回数券6,920円



三ノ宮駅(神姫バスターミナル)~岡山駅前

  • ノンストップ便2時間30分 一般便2時間41分
  • 片道2,750円 往復3,260円 4枚回数券6,520円



三ノ宮駅(三宮バスターミナル)~岡山駅前

  • 2時間35分~2時間40分
  • 片道2,750円 往復3,260円 4枚回数券6,520円




運行回数


ハーバープリンス・ハーバーライナー

  • 昼行

    • 平日3往復
    • 土曜・休日4往復



リョービエクスプレス

  • 昼行

    • 平日2往復
    • 土曜・休日3往復



車内設備

  • 4列シート
  • トイレ(ハーバープリンセス、ハーバーライナーのプレミアムシート車使用便、リョービエクスプレス)
  • ドリンクサービス(ハーバーライナーのプレミアムシート車使用便、リョービエクスプレス)
  • 以下は、ハーバーライナーのプレミアムシート車使用便のみの装備

    • 3列シート
    • レッグレスト
    • オーディオサービス



運行車両


ハーバープリンス・ハーバーライナー




リョービエクスプレス



補足



外部リンク


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(緊特)中村学園女子中学校・高等学校 - ノート

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジル・ヴィセンテ

  1. ジル・ヴィセンテ(Gil Vicente)、1465年 - 1536年): ポルトガル演劇の父と賞されるポルトガル劇作家。ポルトガル王マヌエル1世(Manuel I)およびヨハンネス3世(John III)の宮廷に仕えた。
  2. ジル・ヴィセンテFC(Gil Vicente Futebol Clube):ポルトガルのプロサッカーチーム。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

モバイルカメラで撮影


(撮影・編集:ゴリラッパ)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

静岡交響楽団(しずおかこうきょうがくだん)は、静岡県静岡市に本拠地があるオーケストラである。


1988年に設立された「カペレ・シズオカ」を前身として1994年に現在名で発足。静岡県初のプロ・オーケストラとして活動を続け、2007年に組織をNPO化して新たなスタートを切る。定期公演のほか、学校などでの鑑賞会を積極的に行っている。1994年発足時より堤俊作が音楽監督を務めている。



外部リンク


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粕川村



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


(*)香住町 - ノート

地理と観光シンボルマークの説明が町の公式サイト60.36.117.76] 2005年2月15日 (火) 13:21 (UTC)

  • (削除)一部改変があるものの地理と観光シンボルマークの両方とも転載。Revth 2005年2月15日 (火) 23:32 (UTC)

    • (対処)内容確認の上、削除しました。--Suisui 2005年3月3日 (木) 14:13 (UTC)


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