@WORDデザインサンプル

ツィガーヌTzigane)は、クラシック音楽の作品。モーリス・ラヴェルによるものとディヌ・リパッティによるものがある。「ツィガーヌ」は「ロマ」を意味するフランス語



モーリス・ラヴェルによる作品

ラヴェルによる演奏会用狂詩曲「ツィガーヌ」はヴァイオリンピアノ・リュテアル(またはピアノ)の編成で最初に仕上げられてはいるが、晩年の彼がよく好んだように、ピアノ・パートが管弦楽化された版も後にラヴェル自身によって仕上げられている。

フランス語において“Tzigane”(ツィガーヌ)は、“Tsigane”, “Gitan”ともいう。これらは、日本で馴染み深い言葉に置き換えると、「ジプシー」を意味する。「ジプシー」とは英語のgypsyからの外来語であるが、かつては「定住しない放浪者」などの意味合いをもって口にされてきたという側面を配慮し、現在では偏見的・差別的表現としてその使用が自粛されており、新しく“Roma”という呼び名が広く使われるようになっている。ロマは、特定の地域の人々を指すというよりも、生活拠点を移動させながら集団で過ごすスタイルの人たちのことを指すため、一概に同じような文化やある一定の地域性を限定することは困難である。しかしながらラヴェルの作品「ツィガーヌ」においては、ハンガリーの地域性を持ったロマの音楽として構想されている。それは、献呈者である女流ヴァイオリニストがハンガリー出身である事実と、彼女から得たハンガリー音楽のヒントを膨らませながら作曲されたという事実から決定づけられている。


晩年に至ったラヴェルは、ロンドンで催されるラヴェル・フェスティヴァルのために、当初ヴァイオリン・ソナタを書くつもりであった。しかし、女流ヴァイオリニストイェリー・ダラニイ(Jelly d'ARÁNYI:フランス名, 1893 - 1966)の演奏を聴いていたく感銘を受けたラヴェルは、ハンガリー出身の彼女のためにハンガリー的な曲を書こうと思い立った。腕利きのヴァイオリニストとして名が知れていた彼女ならどんな曲でも演奏できると期待し、ラヴェルは構想を、ハンガリー狂詩曲風の即興的で名人芸的な曲として進めた。


名ヴァイオリニストとしてパリで活躍していたイェリーとアディラ(Adila)の姉妹はブダペストの警察本部長の娘であり、高名なヴァイオリニストであるヨーゼフ・ヨアヒムの姪でもあった。イェリーは、バルトークヴァイオリン・ソナタ第1番第2番ホルストの『2つのヴァイオリンと管弦楽のための二重協奏曲 作品49]』などの献呈者初演者でもあることから、彼女の地位と音楽界における知名度、そして技量と音楽性に対する作曲家からの信頼度が窺えよう。


ある晩、ラヴェルとその仲間たちの集まりにイェリーは呼ばれた。遅い時間になって、ハンガリー本場の音楽やその旋律を彼女に弾いて欲しいとラヴェルは求めた。それらに彼の好奇心はたちまち膨らみ、もっと、もっと、と次々ねだるうちに朝になってしまい、2人を除いた周りの者は皆、すっかり疲れきっていたと伝えられている。


その時得た着想を基に、ラヴェルはこの作品の構想を1922年から進めていたが、後にヴァイオリン・ソナタSonate_pour_violon_et_piano_%28Ravel%29)の被献呈者となった女流ヴァイオリニストエレーヌ・ジュルダン=モランジュ(Hélène JOURDAN-MORHANGE, 1892 - 1961)がパガニーニの難曲『24のカプリース(奇想曲)』を『ツィガーヌ』構想中の彼に弾いて見せたことが契機となり、それを越える特別な超絶技巧を駆使した難曲に『ツィガーヌ』を仕上げたいとラヴェルは強く思うようになった。そうして、様々な意匠を凝らすうちに当初の計画よりも書き込みが大幅に延びてしまい、最終的にイェリーがこの難曲の楽譜を受け取ったのは初演の3日前だったと伝えられている。この経緯の一部については、モランジュがその著作の中で触れている。ちなみに、モランジュはラヴェルの最後の20年において最も親密な友人とされていて、ラヴェルの家から3Kmの近くに住み、求婚までされたが断ったという過去を持っており、またラヴェルはヴァイオリン協奏曲を彼女に献呈しようと構想していたという。


スペインバスク人の血を引くラヴェルは、『スペインの時』、『スペイン狂詩曲』、『ボレロ』、『道化師の朝の歌』などとスペインへの憧れを次々と自作品に打ち出していったが、スペインの作曲家ファリャをして「スペイン人以上だ」と言わしめたほどであった。ラヴェルの生まれたバスク地方一帯は、スペイン系ロマが生活の場を置いてきた地域であったが、音楽の民族性に強い憧れを描いたラヴェルは、ここではハンガリー系ロマの音楽を独自の感性で投影し、晩年の複雑な和声によって、非常に濃厚で熱狂的な表現が成功している。


この作品ではヴァイオリンの相手に、ピアノまたはピアノ・リュテアルをと指示されている。正式には“Luthéal”と単純に呼ばれるその楽器は、ベルギーオルガン製作者ジョルジュ・クルタン(Georges CLOETENS)が1919年特許を取得した新楽器で、文字どおりリュート(Luth)もどきの音色が特徴である。実際はグランド・ピアノ(クルタンはプレイエル製を使用)に一時的な装置を取り付けたものであり、オルガンのドロー・ノブに似た鍵盤上部の装置を操作しながら、演奏中に音色を変えながら楽しむことができる。その一つの「チェンバロ・ストップ」では、鉄材を弦上に触れさせることで、チェンバロに似た音を生み出すことができる。もう一つの「ハープ・ストップ」では、弦長の中心点に薄いフェルトを触れさせるもので、弦長が2分の1になるため、本来の音よりも1オクターヴ高い音が出ることになるが、ハープに似た音色となる。各ストップは、ピアノの全音域のうち、真ん中よりも高音域と低音域と別に操作できるように設計されているため、これらの2種のストップが2音域ごとに装備されて、計4箇所にストップがあることになるのだが、それらを常に使用しているというわけではなく、場面によってはピアノ本来の音も扱うことになる。また、各ストップの音色は、弱音と強音とで全く異なった表現を得ることとなり、実際には、ストップを使用しない状態も含めた計3種類よりももっと多くのストップがあるように多彩に聞こえる。


この作品中では、その楽器を使うことによって、まさにハンガリーの民族楽器ツィンバロムを連想させるのに大きな効果を発揮しているが、後のオーケストラ伴奏版(初演:1924年11月30日、被献呈者によるヴァイオリンガブリエル・ピエルネ指揮、コンセール・コロンヌ管弦楽団)では代わりにハープが大活躍していることから、彼がソロ・ヴァイオリン以外に、ツィンバロムの劇的な振る舞いにも表現上の多くを依存したという作曲的意図が窺える。リュテアルにいち早く注目したラヴェルは、『ツィガーヌ』発想前の1920年から手がけた歌劇『子供と魔法』の編成で既に採用し始めていたが、楽器がない場合には、アップライト・ピアノの弦とハンマーとの間に紙を設置して演奏するアイデアを、ラヴェル自身が提言している。この発想は、1940年ジョン・ケージが発明したプリペアド・ピアノの先駆に他ならないが、チャイコフスキーが『くるみ割り人形』でチェレスタを充分な効果を持って初めて作品に導入したように、ロンドンにおけるこの作品の世界初演(1924年4月26日、献呈者によるヴァイオリンとアンリ・ジル=マルシェックス(Henri Gil-Marchex)によるピアノ)後のパリ初演(1924年10月15日、献呈者によるヴァイオリンと作曲者によるリュテアル)では、その「リュテアル」が世界で初めて作品中に登場した記念的舞台となった。尚、当初の楽譜には、演奏中のどの箇所でどのストップを使用するかが指示されていたのだが、この楽器が普及しなかったことから、残念ながら現在の出版譜にそのような指示を見出すことはできない。しかしながら、ほんの数種の、リュテアルによるこの作品の貴重な録音の中でも、2003年11月5日-6日に録音されたダニエル・ホープ(Daniel Hope)によるCDでは、楽譜にあった指示に正確に従って演奏されており、曲中のストップ操作による多彩な音色の変化が、作曲者による驚くべき意図と効果によって楽しませてくれる。


ラヴェルは、サラサーテリストのようにハンガリー・ロマの民族舞踊であるチャールダーシュの形式を採って、緩やかな「ラッサン」と急速な「フリスカ」とで構成し、また多様な変奏で楽しませる。音楽の持つ力性を自由に操りながら立体的に場面展開が交錯する4年前の作品『ラ・ヴァルス』のように、この曲でも、怒涛のように押し寄せる動きが、ぶつかったり絡み合ったり、立ち戻ったり加速したり、緊張したり緩んだりしながら進められ、ソロが伴奏と織り成す流れに身を任せて飲み込まれてみると、そこに見えるこの作品の醍醐味に民族的な情熱を見出す。当時の批評家たちには「ラヴェルはここで、ツィガーヌ自身以上にツィガーヌ的である。」と賞賛され、晩年の彼にも筆に狂いがないという確固たる巨匠としての表現力を聴衆に改めて知らしめた。



ディヌ・リパッティによる作品

1934年にオーケストラのための組曲“Tziganes”として完成されたが、今や忘れ去られてしまった作品である。リパッティの作曲家としての活動は、概して、当時の作曲界における流行を模倣した二番煎じ的なものであり、作曲を本業とする作曲家のような職人的な書法は見られず、多くの時間は雰囲気に流された音楽である。印象主義音楽の新しい響きを僅かに採り入れながらも、大部分は新古典主義音楽の潮流に乗った軽やかな作風で、リパッティの僅かな作曲活動に対する評価は、ピアニストとしてのリパッティよりも随分と目立たないものである。この作品も、ラヴェルを意識するところがあって書かれたが、特筆すべきところは見出しにくい。

参考文献


書籍情報: ISBN 1871082781


外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Comments are closed.

ホットワード @WORD サンプル ツィガーヌ 紹介
割引クーポンまとめ情報 - クー割