小田急線って?

[[[湘南急行]]の快速急行への統合議論についてのお知らせ]

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小田原線(おだわらせん)は、東京都新宿区新宿駅から神奈川県小田原市小田原駅を結ぶ小田急電鉄鉄道路線である。


小田原線自体に対する案内や呼称としては、単に小田急線と表現されることが多い。



路線データ



概要

利用者数世界一といわれるターミナル新宿駅と神奈川県西部地方の小田原駅を短絡する路線で、同駅からは箱根登山鉄道線に直通し、有料特急「ロマンスカー」も頻繁に運転されている。江ノ島線多摩線に直通する列車も多く、東京地下鉄千代田線・JR常磐緩行線とも相互直通運転する一方で、一部の特急がJR御殿場線と相互直通運転を行っている。通勤・通学路線と観光路線という2つの顔を持つ路線で、新宿寄りは東京への通勤圏だが、一部区間で複々線化も進められている。また、海老名以西は相鉄線を使っての横浜への通勤圏と広大な鉄道空白地帯が重なるため、他の路線と比べてターミナル駅からの距離が長いところでも利用率は高い。

路線は武蔵野台地から出て多摩川を渡り、多摩丘陵を鶴川まで津久井道に沿った谷で越えて相模野台地に入る。台地を下ると相模平野に入り、相模川を越えてもしばらく平野と台地が続く。丹沢山地の麓が近づくと勾配と曲線がきつくなり、登り切ると秦野盆地に入る。トンネルを通過して酒匂川支流の四十八瀬川沿いの渓谷を走り、急カーブが多く速度は低下する。新松田駅からは、酒匂川の本流沿いの足柄平野を走り、再び速度を上げて一路小田原駅を目指す。


線形台地平地では直線区間が多く、丘陵地帯では曲線が多くなるが、半径は緩めにとってある。急行は直線部では100km/hで走行し、曲線部では80~90km/h程度で通過する。


本厚木駅から新松田駅まで国道246号線(大山街道矢倉沢往還)が並行する。

[詳細な路線の概要については#路線概要を]



列車種別


特急ロマンスカー




快速急行

  • 2004年12月11日のダイヤ改正で定期列車として初めて登場した速達列車である。
  • 主に新宿駅~江ノ島線藤沢駅間で毎時2本(ただし平日の1本は片瀬江ノ島駅まで、土曜・休日にも同駅始発あり)運転するほか、平日は毎時1本、土曜・休日は上下合わせて3本の新宿駅~小田原駅間の列車もある。また、臨時列車として東京地下鉄千代田線に直通する列車もある(後述)。
  • 快速急行が登場した背景としては、複々線区間の延長により高速運転が可能になったことと、JR東日本湘南新宿ラインの充実による新宿駅~藤沢駅間の速達サービスに対抗する意図があると考えられる。現在、新宿駅~藤沢駅間の所要時間(昼間)はJRが48~50分(毎時2本・950円)、小田急の快速急行が53分(毎時2本・570円)と伯仲している。また、これに伴って特急ロマンスカー「えのしま」の利用者も減少に転じ、本数も減少した。
  • 全区間を10両編成で運転する。使用車種は従来の急行と同じで、5000形3000形が使用されることが多い。
  • 快速急行は原則的に特急ロマンスカーの待ち合わせや待避はしないが、平日の18:51の小田原行のみは秦野でホームウェイ5号の待ち合わせを行う。
  • 複々線区間を活用して下北沢駅新百合ヶ丘駅の間をノンストップで運行することが最大の特徴となっている。
  • 快速急行の登場に伴い通過駅となった急行停車駅は減便になり、これらの駅と下り側の急行停車駅とを結ぶ優等列車も同様に減便となったが、これを補完するために新百合ヶ丘駅で多摩急行と連絡しているものが多い(主に藤沢発。ただし各駅停車との連絡もあり、その各駅停車が待避線に停車しているために、快速急行と多摩急行は相互に連絡できず、上りは快速急行から多摩急行に、下りは多摩急行から快速急行にそれぞれ連絡している。なお、代々木上原駅では多摩急行の1つ前または1つ後の同駅始発の千代田線列車に接続する)。また、同駅で多摩急行と連絡していない快速急行には、相模大野駅で新宿発着の急行との連絡にて補完するものもある(主に小田原発)。
  • 日中運行される藤沢行の下りは相模大野駅で町田または相模大野発箱根湯本行急行に連絡し、藤沢発の上りは相模大野駅で箱根湯本発相模大野行または町田行急行に連絡する。



急行

  • 1927年10月15日の小田原線全線複線化により登場した。1944年11月には太平洋戦争の戦況悪化に伴い運行が中止されたが、1949年10月1日に運行が再開され、現在に至っている。
  • 特別料金不要の速達列車で、快速急行が登場する前は小田原線内で料金不要の定期列車の中で最も停車駅が少なかった。
  • 日中は主に新宿駅町田駅小田原駅箱根湯本駅間の運転で、箱根湯本行は小田原から箱根登山鉄道に直通運転するほか、快速急行とともに本厚木駅以西に向かう種別として設定されている。また、朝夕には新宿駅~江ノ島線藤沢駅(一部片瀬江ノ島駅)間の直通が、平日の日中には新宿~江ノ島線片瀬江ノ島間の直通がある。
  • 平日の朝方に多摩線唐木田から東京地下鉄千代田線綾瀬JR東日本常磐緩行線松戸駅我孫子駅まで運転するものもある。なお、逆方向は終日多摩急行を運転しているため、小田原線から多摩線に直通する急行の運転はない。
  • 夕方を中心に相模大野以西の種別を各駅停車に変更する列車がある。これは下りの場合種別が途中で各駅停車に変更されることから「種別が化ける」や「種別が~に成る」という意味合いで俗に「化け急行」「化け急」「なり急」「なり各」「変身急行」などと言われる。行先は本厚木行が多く、他にも伊勢原・秦野・小田原行きも少数ながら存在する。
  • 以前は朝方上りに新百合ヶ丘まで各駅停車、同駅~新宿間は急行となる列車があった(後述の通称スキップ準急と停車駅は同一)。
  • 2004年12月11日のダイヤ改正以来、日中の本厚木以西では各駅停車がほとんど走らず、この区間では急行が各駅停車の役割も果たしている。また、平日の本厚木~新松田間では快速急行も各駅停車の役割を果たしている。


  • 前述のダイヤ改正で毎時4本運行されている日中の急行のうち平日は1本を片瀬江ノ島行1本を小田原行、土曜・休日は2本を小田原行に変更するとともに、毎時2本町田・相模大野発着の箱根湯本行を増発した。これは基本的に6両編成・本厚木以遠各駅停車で、相模大野もしくは町田で快速急行から乗り継ぎできるようになっている。かつての相模大野以西の速達列車の20分の穴をなくして10分間隔にすることで快速急行による利便性を海老名以西にも確保できるようにしたものである。
  • 湘南急行の登場により、日中は1時間に2本の急行が湘南急行に置き換えられる形で減らされた。
  • 一部を除き、そのまま種別を変更せず本厚木以西は各駅に停車する。この場合、駅のアナウンスでも「急行」と放送される。駅に掲示されている時刻表や小田原駅の発車案内板では当該列車に「赤い丸」が付けられているため、これを「赤丸急行」や「赤丸」と呼ぶ人もいる。


  • 一部は相模大野・海老名・新松田・小田原の各駅で分割・併合を行い、各駅以西を6両編成で運転する。また、前述の各駅で分割・併合を行い、新宿に近い方の4両(7~10号車)が分割・併合駅~小田原寄りの始発・終着駅間を各駅停車に変更して運転するものがある。その列車は7~10号車部分の停車駅も前述の本厚木以西各駅停車の急行と同一になる。なお、箱根登山線直通列車は小田原寄り6両が急行箱根湯本行となる場合が多いが、新宿に近い方の4両(7~10号車)が箱根湯本行の場合は小田原方の6両が急行小田原行となる。従って新宿~新松田間の急行停車駅および小田原、そして急行通過駅の鶴川と相武台前(かつて一部急行が停車)に分割案内板Aが設置されている。

    • 以前は小田原方より4両+6両という組み合わせ(愛称:「逆10両」)などがあり、「分割案内板B」などが設置されていたが、現在はそのような分割・併合を行わないので、撤去または使用停止となっている。

  • 以前は相模大野や海老名で分割・併合を行う列車がほとんどであったが、2002年3月23日のダイヤ改正以降新松田で行うようになってから同駅で分割・併合を行う列車が増えたため、現在ではほとんどの列車が同駅での分割・併合である。

    • かつて相模大野で分割・併合を行っていた時期には、小田原線・江ノ島線とも急行運転する列車(1~6号車急行箱根湯本行、7~10号車急行片瀬江ノ島行)や、急行箱根湯本行きと表示しているものの、1~6号車急行箱根湯本行、7~10号車は江ノ島線内各駅停車(前記「化け急行」)の片瀬江ノ島(あるいは藤沢)行が多く設定されていた。

  • 上記の分割後を除き基本的に10両編成で運転される。またかつて2000形による8両編成の急行が存在していたが、箱根登山鉄道への乗り入れができないため、小田原行での運用であった。そのため、ホーム有効長が6両分しかない新松田~小田原間の各駅は通過していた。
  • 新宿発着の早朝の一部や町田・相模大野発着(以西のみの運転)には6両編成で運転される列車もある。
  • 向ヶ丘遊園、町田、相模大野、海老名、秦野などで特急ロマンスカーの通過待ちまたは待ち合わせを行うことがある。
  • 平日の夜には代々木上原発新宿行急行が2本運転される。
  • 2008年3月15日のダイヤ改正で、箱根登山鉄道風祭駅の新駅舎と小田原駅に箱根登山鉄道用の折り返し線の完成に伴い、小田原~箱根湯本間は4両編成の列車が折り返し運転を行うことから、現在箱根湯本行きとして運転している列車はすべて小田原行きとなる。そのため、基本的に新宿~小田原間は10両編成となり、分割併合をする列車は大幅に減少する。


  • 停車駅の変遷

    • 1927年10月15日(急行の運行開始時):新宿駅 - 経堂駅 - 稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅) - 新原町田駅(現・町田駅) - 相模厚木駅(現・本厚木駅) - 伊勢原駅 - 大秦野駅(現・秦野駅) - 新松田駅 - 小田原駅
    • 1934年4月:経堂駅が通過駅となる。
    • 1937年9月1日:士官学校前駅(現・相武台前駅)と鶴巻温泉駅が停車駅に追加。
    • 1938年4月1日:通信学校駅(現・相模大野駅)と相模原駅(現・小田急相模原駅)が停車駅に追加。
    • 1944年11月太平洋戦争の戦況悪化に伴い運転休止。
    • 1949年10月1日(急行運転の復活):新宿駅 - 下北沢駅 - 稲田多摩川駅(現・登戸駅) - 新原町田駅(現・町田駅) - 本厚木駅 - 伊勢原駅 - 鶴巻駅(現・鶴巻温泉駅) - 大秦野駅(現・秦野駅) - 渋沢駅 - 新松田駅 - 小田原駅
    • 1951年4月1日:相模大野駅が停車駅に追加。
    • 1952年12月:稲田多摩川駅(現・登戸駅)の停車を中止し、稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)が停車駅に追加。
    • 1960年3月25日:一部列車に限り相武台前駅が停車駅に追加。時刻表では該当列車に「ソ停」という注記が付記された。
    • 1970年11月:登戸駅が停車駅に追加。
    • 1971年4月:成城学園前駅が停車駅に追加(通勤急行の廃止)。
    • 1972年3月14日:夕方ラッシュ時の下り列車に限り海老名駅が停車駅に追加。
    • 1972年12月:愛甲石田駅と大根駅(現・東海大学前駅)が停車駅に追加され、同時に海老名駅に全列車が停車。
    • 1974年6月1日:新百合ヶ丘駅が停車駅に追加。
    • 1978年3月31日:代々木上原駅が停車駅に追加。
    • 1983年:一部列車に限り栢山~足柄間の各駅が停車駅に追加。
    • 1985年3月14日:開成駅が開設され、一部の列車に限り停車駅に追加。
    • 1999年7月16日:相武台前駅の一部列車の停車を中止。
    • 2004年12月11日:平日の10時~17時30分と土曜・休日の終日に限り経堂駅が停車駅に追加。



多摩急行



準急

  • 1946年10月1日に登場した。
  • 登戸駅を境に、新宿方面は急行停車駅に、小田原方面は各駅に停車する。

    • 上りの平日の朝方ラッシュ時は経堂駅を通過する。なお、同駅を通過するのは1960年代に存在していた「通勤準急」運用の名残りとされるが、複々線化事業前の同駅のホームの有効長が8両編成までとなっており、その関係で千代田線直通を中心に10両で編成された準急が停車できないこともあったための措置である。

  • 朝ラッシュ時には綾瀬駅までの東京地下鉄千代田線直通もある。以前は夕方にも綾瀬からの直通電車もあったが、2004年12月11日のダイヤ改正で朝のみに変更されている。現在は平日の朝上り5本(うち1本が海老名始発、それ以外は本厚木始発)と土曜・休日の朝上り2本(本厚木始発)が設定されている。なお同線からは平日の朝2本(本厚木行)のみである。
  • 現在は千代田線以外の他線への直通はない。
  • 1978年3月31日から1990年3月27日までは、朝ラッシュ時に経堂駅に加えて百合ヶ丘駅読売ランド前駅生田駅を通過する準急(通称・スキップ準急)もあった。これは当時あった前述の新百合ヶ丘以西が各駅停車となる急行と小田原線内は停車駅が同一であった。この通過駅3駅は現在の多摩急行の通過駅に相当する。
  • 10両編成の運転が基本だが、相模大野で分割して前6両が本厚木行に、後ろ4両が相模大野止まりになるものもある(2006年3月18日ダイヤ改正現在)。
  • 千代田線直通には1000形または4000形が使用される。
  • 以前は新宿発着・千代田線直通ともに日中も運転していたが、2001年に経堂駅の下りホームが10両編成対応になると新宿発着の準急が千代田線直通となり、2000年12月2日のダイヤ改正から行先が本厚木行から大半が相模大野行となった。そして2002年3月23日のダイヤ改正から多摩急行の登場により日中の列車が消滅した。その後、ダイヤ改正の度に多摩急行への振り替えという形が取られ、準急の本数は減少の一途を辿っている。
  • 土曜・休日の下りでは、2004年12月以降の現行ダイヤでは早朝と深夜に各1本ずつしか設定されていない(上りは本厚木駅発6時台2本〈千代田線直通〉と9時台に2本〈新宿行〉が運転されている)。
  • 経堂駅の高架化以前は、同駅のホーム長の関係で10両編成である千代田線直通と朝ラッシュ時および深夜の新宿発着はすべて同駅を通過していたが、2000年に上りホームが、2001年に下りホームがそれぞれ高架となり、10両編成対応になったため、2000年より上りの準急が、2001年よりすべての準急がそれぞれ朝ラッシュ時の上りを除き同駅に停車するようになった。

    • 代々木上原駅から東京地下鉄千代田線、小田原駅から箱根登山線箱根湯本方面に乗り入れるものがある。
    • 箱根湯本始発の準急新宿行が平日ダイヤの夕方に1本存在する(新松田で前4両増結)。

  • 停車駅の変遷

    • 1946年10月1日(準急の運行開始時):新宿駅 - 下北沢駅 - 経堂駅 - 成城学園前駅 - 稲田多摩川駅(現・登戸駅)~小田原駅間の各駅
    • 1951年4月1日:喜多見~和泉多摩川間の各駅が停車駅に追加(これにより成城学園前駅~小田原駅間は各駅停車化)。
    • 1964年11月5日:喜多見~和泉多摩川間の各駅が通過駅化(これにより登戸~小田原間の各駅に停車となる)。
    • 1972年3月14日:平日の朝ラッシュ時に限り経堂駅が通過駅化。
    • 1974年6月1日:平日の朝ラッシュ時の上りに限り代々木八幡駅が停車駅に追加(営団千代田線〈当時〉代々木公園駅への乗り換え客向けのサービス)。
    • 1978年3月31日営団地下鉄千代田線との相互直通運転開始に伴い代々木上原駅が停車駅に追加。同時に同線乗り入れ列車の運用の都合から朝の一部に限り生田~百合ヶ丘間の各駅を通過する列車(通称:スキップ準急)が登場する。
    • 1990年3月28日:スキップ準急(後述)が廃止され、全列車が生田~百合ヶ丘間の各駅に停車するようになる。



区間準急

  • 2004年12月11日のダイヤ改正で快速急行とともに新設された。
  • 代々木上原駅梅ヶ丘駅間の複々線化に伴う東北沢駅の地下化工事の過程における待避設備撤去により、下り各駅停車がすでに完成している複々線区間の東端である梅ヶ丘駅まで優等列車の待避ができなくなったことから、同駅まで優等列車より先行するために新宿駅~梅ヶ丘駅間を速達する列車であり、すべての列車が新宿発着となっている。

    • しかし、元々の列車設定の経緯や、すぐ前や後に各駅停車が運行されている場合が多いことから、結果的に速達性は多摩急行連絡でしか発揮されない。
    • 日中の唐木田発新宿行列車のほとんどは登戸を過ぎると(登戸含まず)新宿まで先着の列車となる。

      • 上記のことが起こる理由として、急行が成城学園前で連絡しない(連絡すると後発の快速急行の運行に影響が出る)、快速急行が下北沢まで停車しない、多摩急行が代々木上原から千代田線に入るため追い着かれても抜かれることはない、などが挙げられる。

  • また、同改正では快速急行の登場により日中での成城学園前・登戸~新宿間の実質的な優等列車が毎時4本に減じたが、これを補完するために代々木上原駅で多摩急行と接続を図り、急行とほぼ同等の所要時間で新宿との間を結んでいる。
  • 原則として8両編成で運行されるが、ダイヤが乱れている時は6両編成で運行されることもある。この場合、車両数の関係上各駅停車と同じ扱いで運転される。
  • 主に唐木田発着での運行だが、一部に向ヶ丘遊園・成城学園前・本厚木発着および町田・新松田発の列車も存在する。



各駅停車

  • 開業と同時に登場した。当初は新宿駅~稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)間のみ運行され、小田原駅までの運行は行われなかったが、1945年6月に実施されたダイヤ改正以後は全線にわたって運行されている。
  • 路線図や時刻表などでは「各駅停車」と表記されているが、列車の種別表示幕やLED、発車案内板などでは「各停」と表記されている。
  • 各駅に停車する。
  • 主に新宿駅~本厚木駅での運行が多い。
  • 全線を通して運行される列車はほとんどない。
  • 途中駅で種別が急行に変わるものや途中駅で急行から種別が変わるものがある。
  • 新宿駅発着では8両編成が多いが、6両編成のものもある。また、1000形の一部には4両編成を2本つないだ8両編成もある(以前は9000形4両や8000形4000形各4両の2本つなぎもあった)。

    • ホームの長さの関係で、南新宿駅梅ヶ丘駅間および和泉多摩川駅に停車・多摩線に直通するのは8両編成以下、開成駅足柄駅間への停車と江ノ島線に直通するのは6両編成以下となる。また、10両編成で走るものが経堂駅成城学園前駅間と向ヶ丘遊園駅新松田駅間のみにある(経堂・向ヶ丘遊園の両駅と本厚木駅以東は回送または相模大野駅以東は急行となるものも多い)。なお、2004年12月改正のダイヤでは平日のみ箱根湯本発本厚木行の各駅停車の1本(6両編成)が新松田で4両増結して10両編成となっている。また、新宿駅~新松田駅間を急行として併結運転する新松田駅~小田原駅間・箱根登山線の各駅停車は4両編成である。

  • 梅ヶ丘駅~和泉多摩川駅間は複々線区間であり、急行などに抜かれることがある(経堂・成城学園前の両駅で乗り継ぐこともある)。
  • 鶴川駅(上りのみ)や相武台前駅などで急行などの通過待ちをすることがある。
  • 向ヶ丘遊園・新百合ヶ丘・町田・相模大野・海老名・本厚木・新松田の各駅で急行などの待ち合わせをすることがある(一部通過待ちとなる駅もある)。
  • 朝や夕方に代々木上原駅新百合ヶ丘駅で多摩急行の待ち合わせをすることがある(多摩急行と同時発車の場合が多い)。
  • 2008年3月15日のダイヤ改正より急行の新松田駅での分割併合作業が基本的にはなくなるために、新松田~小田原・箱根湯本は4両編成での折り返し運転が実施される。なお日中の新松田~小田原間の途中駅各駅に停車する列車は、新松田発着の各駅停車と町田・相模大野発着で本厚木以西各駅停車の急行との交互運転になっている。



過去の列車種別

直通

  • 開業時に登場した種別。
  • 開業当初は新宿駅~稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)間のみの運行であった「各駅停車」に対し、直通は全線で運転した。新宿駅~稲田登戸駅間は経堂駅のみに停車し、稲田登戸駅以降の小田原駅までは各駅に停車した。
  • 登場時の停車駅

    • 新宿駅 - 経堂駅 - 稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)~小田原駅間の各駅
    • 1929年4月1日に江ノ島線が開業すると次のようになる。
    • 小田原線内のみ運行の「直通」の停車駅(愛称:「小田原直通」

      • 新宿駅 - 下北沢駅 - 経堂駅 - 稲田多摩川駅(現・登戸駅)~小田原駅間の各駅

    • 江ノ島線に乗り入れる「直通」の停車駅(愛称:「江ノ島直通」

      • 新宿駅 - 下北沢駅 - 経堂駅~稲田登戸駅(現・向ヶ丘遊園駅)間の各駅 - 玉川学園前駅~片瀬江ノ島駅間の各駅

  • 1945年6月のダイヤ改正で「各駅停車」に統合され、廃止された。


準特急(サービス急行)

  • 多客時に特急を補完する形で運行されていた。1953年〜1959年までは「サービス急行」、1959年〜1963年までは「準特急」を名乗っていた。1963年に3100形(NSE)の登場により廃止された。
  • 停車駅は当時の特急と同様、新宿〜小田原間は無停車だった。特急との違いは特急は全席指定(これは現在も同じ)だったのに対し、準特急は自由席があった。



桜準急

  • 1948年9月~1950年2月という短期間の間だけ存在していた種別であった。
  • 運行区間は新宿駅~新原町田駅(現・町田駅)間。
  • 停車駅

    • 新宿駅 - 下北沢駅 - 豪徳寺駅~新原町田駅間の各駅
    • パターンとしては現在運転中の区間準急に近い。



快速準急

  • 1964年から1972年まで昼間時に急行と準急の間の「快速準急」という列車が運転されていた。同年に急行に統合され消滅した。当初は新宿駅~相模大野駅間であったが、後に小田原まで延長された。
  • 停車駅

    • 新宿駅 - 下北沢駅 - 経堂駅 - 成城学園前駅 - 登戸駅 - 向ヶ丘遊園駅 - 新原町田駅(現・町田駅)- 相模大野駅 - 本厚木駅 - 伊勢原駅 - 鶴巻駅(現・鶴巻温泉駅) - 大秦野駅(現・秦野駅) - 渋沢駅 - 新松田駅 - 小田原駅
    • 休日には行楽地へのアクセスのために読売ランド前(よみうりランド最寄り)と鶴川(こどもの国最寄り)の両駅にも停車していた。

  • 通勤急行が廃止され、成城学園前駅に急行が停車するようになると、急行が直通とほぼ変わらなくなるため、1972年3月のダイヤ改正で廃止され、急行に統合された。



通勤急行

  • 1955年のダイヤ改正で登場した種別であった。当初の停車駅は小田原線内では当時の急行の停車駅に稲田多摩川駅(現・登戸駅)が追加されたもので、江ノ島線内では現在の急行停車駅からまだ東急田園都市線が開通していなかった中央林間駅と当時はまだ開業していなかった湘南台駅を除いた設定となっていた。
  • その後、1960年のダイヤ改正で朝の上りのみ成城学園前駅に停車するようになり、1964年をもって完全に停車駅化される。
  • 1970年に登戸駅に急行が停車し、翌1971年に成城学園前駅にも急行が停車するようになると、上記の快速準急と同じように急行に統合される形で廃止となった。



土曜急行

  • 1970年代に運用された種別であった。土曜急行の名の通り、土曜の半ドン帰宅の足として設定されていた。昼過ぎから夕方の間に何本か通常の急行を増発する形として、さらには相武台前に停車するという停車パターンで運用されていた。



通勤準急

  • 1960年3月25日から1964年11月4日まで運用された種別であった。停車駅は現在の経堂駅通過の準急と同じであった。当時は準急が喜多見~和泉多摩川間の各駅にも停車していた。同年11月5日のダイヤ改正で快速準急が新設され、準急は朝ラッシュ時のみの運転となり、通勤準急そのものが準急となってしまった。



湘南急行

  • 2002年3月23日から2004年12月10日まで運用された種別であった。
  • 新宿駅~江ノ島線藤沢駅間で運転し、小田原線内では急行と同じ停車駅となっていた。
  • 2004年12月11日のダイヤ改正で快速急行に格上げされたため、前日の10日で廃止になった。詳細は快速急行および湘南急行の項を参照。
  • 停車駅

    • 新宿駅 - 代々木上原駅 - 下北沢駅 - 成城学園前駅 - 登戸駅 - 向ヶ丘遊園駅 - 新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅 - 江ノ島線へ



特別準急連絡急行

  • 特急ロマンスカーあさぎりの前身の種別である。あさぎりを参照。



その他、多摩線向けに快速の種別があったが、結局使用は中止され、方向幕には湘南急行登場前頃まで存在していた。



臨時列車


特急ロマンスカー

白銀号

  • 1963年3月3日にスケート特急として運行された。3000形SEが充当された。


初詣号



ORANGE EXPRESS



你好つかさ号



め組エクスプレス

  • 1983年7月、新宿駅~江ノ島線片瀬江ノ島駅間にて運行された。こちらも3000形SSEが充当された。



小田急箱根クイズラリー号



江ノ島・鎌倉エクスプレス

  • 1990年4月5月に多摩線唐木田駅~新百合ヶ丘・相模大野駅経由~江ノ島線片瀬江ノ島駅間にて運行された。



湘南マリンエクスプレス

  • 1990年7月8月に多摩線唐木田駅~新百合ヶ丘・相模大野駅経由~江ノ島線片瀬江ノ島駅間にて運行された。



ビア・エクスプレス納涼号



サンリオピューロランド号



あじさい号

  • 1992年6月に運行された。



グリーンウェーブ相模原号

  • 1992年10月3日に第9回全国緑化かながわフェアの開催を記念して運行された。7000形LSEが充当された。



フラワー号

  • 向ヶ丘遊園への遠足列車として運行された。



秦野たばこ祭号

  • 神奈川県秦野市にて開催される「秦野たばこ祭り」に併せて運行された。




通勤車両による臨時列車

あゆ電

  • 毎年6月1日に行われる漁の解禁に合わせて前日の5月31日の深夜に運転された列車で、1949年から1980年代後半まで新宿発小田原行(年により箱根湯本行)の下りのみ運転された。


丹沢号

  • 丹沢への登山客向けの列車で、1956年秋から1984年まで新宿発新松田行きとして下りのみ運転されたその後、1987年には休日も新宿発7時11分発の定期急行を「丹沢号」として運行したことがある。



猪電猪鍋号

  • 1955年1月七沢温泉および広沢寺温泉の「猪鍋と日帰り入浴会」の団体専用列車として運行したのが始まりで、後年に一般利用者も乗れる臨時列車となった。運転区間は新宿~伊勢原間で、この列車は往復とも設定されていたが、1980年代後半に廃止された。




千代田線直通臨時列車

秋のレジャートレイン 箱根・江の島号

  • 2004年秋に東京地下鉄千代田線綾瀬駅箱根登山線箱根湯本駅間で運転された臨時列車であり、千代田線綾瀬駅~相模大野駅間は秋のレジャートレイン 江の島号(千代田線綾瀬駅~江ノ島線片瀬江ノ島駅間を運転する臨時列車)と併結運転された。なお、相模大野駅~箱根湯本駅間では秋のレジャートレイン 箱根号と称した。
  • 2004年は10月10日30日11月21日の土・日曜日に運転された(祝日である10月11日および11月3日は運転されなかった)。

    • 2004年の秋のレジャートレイン 箱根・(江の島)号の停車駅

      • 代々木上原駅 - 成城学園前駅 - 向ヶ丘遊園駅 - 新百合ヶ丘駅 - 相模大野駅 - 相武台前駅 - 海老名駅 - 伊勢原駅 - 秦野駅 - 小田原駅

  • 2005年10月29日11月23日の土・日曜日・祝日に「秋のレジャートレイン号」として綾瀬駅~秦野駅間を運転していた。

    • 2005年の秋のレジャートレインの停車駅

      • 代々木上原駅 - 下北沢駅 - 新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅 - 海老名駅 - 本厚木駅 - 伊勢原駅 - 秦野駅


箱根湯~ゆう号

  • 2003年と2004年の夏に営団地下鉄→東京地下鉄千代田線綾瀬駅~箱根登山線箱根湯本駅間で運転された臨時列車である。
  • 千代田線綾瀬駅~相模大野駅間は江の島マリン号(千代田線綾瀬駅~江ノ島線片瀬江ノ島駅間を運転する臨時列車)と併結運転された。
  • 2003年は7月26日8月16日の土曜日に、2004年は7月24日8月22日の土・日曜日に運転された。

    • 2003年の箱根湯~ゆう号の停車駅

      • 代々木上原駅 - 相模大野駅 - 海老名駅 - 秦野駅 - 小田原駅

    • 2004年の箱根湯~ゆう号の停車駅

      • 代々木上原駅 - 成城学園前駅 - 向ヶ丘遊園駅 - 新百合ヶ丘駅 - 相模大野駅 - 相武台前駅 - 海老名駅 - 秦野駅 - 小田原駅



箱根・湘南あじさい号

  • 2004年6月19日27日の土・日曜日には箱根湯~ゆう号と同じルートで箱根・湘南あじさい号が運転された。
  • 千代田線綾瀬駅~相模大野駅間は片瀬江ノ島行と併結運転された。
  • 2005年は6月11日~26日のの土・日曜日に「湘南・鎌倉あじさい号」として運転された。この場合は相模大野で接続する新宿発箱根湯本行の急行が「あじさいリレー号」として運転されていた。

    • 2004年6月19日~27日の土・日曜日に運転された箱根あじさい号の停車駅

      • 代々木上原駅 - 成城学園前駅 - 向ヶ丘遊園駅 - 新百合ヶ丘駅 - 相模大野駅 - 相武台前駅 - 海老名駅 - 秦野駅 - 開成駅(6月19・20日のみ) - 小田原駅

    • 2005年6月11日~26日の土・日曜日に運転された湘南・鎌倉あじさい号の停車駅(千代田線を含む)



箱根駅伝応援号

  • 箱根駅伝の開催に合わせて2004年から毎年1月2日3日に東京地下鉄千代田線~箱根登山線箱根湯本駅および江ノ島線藤沢駅で運転される臨時列車である。2日は千代田線大手町駅→箱根湯本駅・藤沢駅の運転で、3日は箱根湯本駅→綾瀬駅の運転である。また、箱根湯本駅で2日は箱根町行、3日は箱根町発の連絡バスと接続する。2008年は運転されなかった。
  • 往路は大手町駅から相模大野駅まで藤沢行と併結運転される(2004年は復路でも併結運転)。
  • 往路は8時丁度に読売新聞東京本社前をスタートした各大学の走者を見送った後に本列車と連絡バスを乗り継いでゴールの芦ノ湖へ先回りするように組まれている。復路も同様に芦ノ湖のスタート後にゴールの読売新聞東京本社前へ先回りできる。つまり、スタートとゴールが両方観戦できる。

    • 2004年1月2日・3日に運転された箱根駅伝応援号の停車駅

      • 往路:代々木上原駅 - 新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅 - 相武台前駅 - 伊勢原駅 - 秦野駅 - 小田原駅
      • 復路:小田原駅 - 秦野駅 - 相武台前駅 - 相模大野駅 - 代々木上原駅

    • 2005年1月2日・3日以降に運転された箱根駅伝応援号の停車駅(千代田線・箱根登山線を含む)

      • 往路

        • 箱根湯本行:大手町駅 - 二重橋前駅 - 日比谷駅 - 表参道駅 - 代々木上原駅 - 経堂駅 - 成城学園前駅 - 新百合ヶ丘駅 - 相模大野駅 - 相武台前駅 - 海老名駅 - 伊勢原駅 - 秦野駅 - 新松田駅から箱根湯本駅までの各駅
        • 藤沢行:(相模大野までは箱根湯本行と併結) - 中央林間駅 - 大和駅 - 湘南台駅 - 藤沢本町駅 - 藤沢駅

      • 復路:箱根湯本駅から本厚木駅までの各駅 - 海老名駅 - 相模大野駅 - 成城学園前駅 - 代々木上原駅 - 表参道駅 - 霞ケ関駅 - 大手町駅 - 西日暮里駅 - 北千住駅 - 綾瀬駅



丹沢もみじ号


  • 2006年11月11日18日19日・23日・25日に東京地下鉄千代田線綾瀬駅~秦野駅間で運転された臨時列車である。

    • 停車駅(千代田線を含む)

      • 綾瀬駅 - 北千住駅 - 西日暮里駅 - 大手町駅 - 霞ケ関駅 - 表参道駅 - 代々木上原駅 - 下北沢駅 - 新百合ヶ丘駅 - 町田駅 - 相模大野駅 - 海老名駅 - 本厚木駅~秦野駅間の各駅

  • 2007年11月23日~25日と12月1日2日にも運転された。停車駅は2006年と同じであるが、車両は2007年9月に就役した4000形が充当された。



歴史

[連続立体交差化・複々線化事業]]を]

  • 1927年昭和2年)4月1日 - 小田原急行鉄道の手により全線を一度に開業した。
  • 1927年(昭和2年)5月27日 - 狛江駅開業。
  • 1927年(昭和2年)7月28日 - 新座間駅(現在の座間駅)開業。
  • 1927年(昭和2年)10月15日 - 全線複線化完成。
  • 1929年(昭和4年)4月1日 - 玉川学園前駅開業。
  • 1930年(昭和5年)9月15日 - 鶴巻駅を鶴巻温泉駅に改称。
  • 1934年(昭和9年)4月1日 - 梅ヶ丘駅開業。
  • 1937年(昭和12年)6月1日 - 座間駅(現在の相武台前駅)を士官学校前駅に改称。
  • 1937年(昭和12年)7月1日 - 千駄ヶ谷新田駅(現在の南新宿駅)を小田急本社前駅に、新座間駅を座間遊園駅に改称。
  • 1937年(昭和12年)7月16日 - 四十八瀬川築堤流失に伴い上下線が不通になる(11月29日に完全復旧)。
  • 1938年(昭和13年)3月1日 - 相模原駅(現在の小田急相模原駅)開業。
  • 1938年(昭和13年)4月1日 - 大野信号所を駅に格上げし通信学校駅(現在の相模大野駅)開業。
  • 1941年(昭和16年)1月1日 - 通信学校駅を相模大野駅に、士官学校前駅を相武台前駅に改称。
  • 1941年(昭和16年)4月5日 - 国鉄相模原駅の開業に伴い、相模原駅を小田急相模原駅に改称。
  • 1941年(昭和16年)10月15日 - 代々幡上原駅を代々木上原駅に、座間遊園を座間駅に改称。
  • 1941年(昭和16年)11月25日 - 海老名駅が神中鉄道(現在の相模鉄道)の駅として開業。海老名駅から相模厚木駅(現在の本厚木駅)まで神中鉄道が直通運転開始。
  • 1942年(昭和17年)5月1日 - 東京急行電鉄に合併。「小田原線」の呼称が生まれる。

    • この時期には東海道本線被災時の代替ルートとして小田原線が重要視され、国鉄の電気機関車や電車による試運転が行われた。

  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 海老名駅が小田原線の駅として開業、海老名国分駅廃止。神中鉄道の本厚木駅直通運転中止。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 河原口駅を厚木駅に、相模厚木駅を本厚木駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)10月20日 - 鶴巻温泉駅を鶴巻駅に改称。
  • 1945年(昭和20年)7月1日 - 山谷駅休止。
  • 1946年(昭和20年)2月 - 相模鉄道からの海老名駅~本厚木駅間直通運転再開。
  • 1946年(昭和21年)1月28日 - 大秦野駅付近でブレーキ故障を起こした小田原行きの電車が勾配を逆走して鶴巻駅で脱線転覆。30名死亡(東急小田原線列車脱線転覆事故)。
  • 1946年(昭和21年)6月1日 - 休止中の山谷駅廃止。
  • 1946年(昭和21年)8月20日 - 世田谷中原駅を世田谷代田駅に改称。
  • 1948年(昭和23年)6月1日 - 小田急電鉄が発足。
  • 1950年(昭和25年)8月1日 - 箱根登山鉄道箱根湯本駅まで直通運転を開始。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 螢田駅開業。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 稲田多摩川駅(現在の登戸駅)を登戸多摩川駅に、稲田登戸駅を向ヶ丘遊園駅に改称。
  • 1955年(昭和30年)10月1日 - 新松田駅松田駅間の連絡線が完成し、国鉄(現・JR東海御殿場線への直通運転を開始。
  • 1957年(昭和32年)6月 - 3000形(SE車)登場。後年のロマンスカーの礎となった車両。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 登戸多摩川駅を登戸駅に、鶴巻駅を鶴巻温泉駅に改称。
  • 1960年(昭和35年)3月25日 - 百合ヶ丘駅開業。
  • 1964年(昭和39年)2月17日 - 新宿駅1次大改良工事が完成。地上3線・地下2線の立体式ターミナルとなる。
  • 1964年(昭和39年)3月1日 - 東生田駅を生田駅に、西生田駅を読売ランド前駅に改称。
  • 1964年(昭和39年)11月5日 - 相模鉄道からの海老名駅~本厚木駅間直通運転廃止。
  • 1974年(昭和49年)6月1日 - 同日開業の多摩線分岐駅として新百合ヶ丘駅開業。
  • 1976年(昭和51年)4月11日 - 新原町田駅を町田駅に改称。
  • 1977年(昭和52年)7月1日 - 新宿駅~本厚木駅間にて急行の10両編成運転を開始。
  • 1978年(昭和53年)3月31日 - 営団地下鉄(現・東京地下鉄千代田線と相互乗り入れを開始。
  • 1982年(昭和57年)3月31日 - 新宿駅2次大改良工事が完成。地上・地下5線を10両・210mホームとする。
  • 1982年(昭和57年)7月12日 - 箱根登山線に大型(20m車)6両編成乗り入れ開始。
  • 1987年(昭和62年)3月9日 - 大根駅を東海大学前駅に、大秦野駅を秦野駅に改称。
  • 1985年(昭和60年)3月14日 - 開成駅開業。
  • 1991年平成3年)3月16日 - JR東海と新宿~沼津間で相互直通運転開始。「あさぎり」を連絡急行から特急に格上げ。
  • 1997年(平成9年)12月28日 - 運賃改定に伴い相模大野駅が営業キロ上で新宿側に0.2km移転(実際の移転・新駅舎の供用は1996年)。江ノ島線分岐位置である旧駅位置は相模大野分岐点となる。
  • 2002年(平成14年)3月23日 - 湘南急行多摩急行を新設。
  • 2004年(平成16年)12月11日 - 湘南急行を廃止、快速急行と区間準急を新設。
  • 2008年(平成20年)3月15日 - 東京地下鉄千代田線(不定期で有楽町線)への直通ロマンスカーを運転開始予定。



朝ラッシュ時の激しい混雑

2006年度の小田原線の最混雑区間は世田谷代田~下北沢間で、最混雑時間帯1時間の平均混雑率は190%に達する。これは東京メトロ東西線(199%)・東急田園都市線(196%)に次ぎ、日本の大手私鉄で3番目に高い数字となっている。なおこの数値はあくまでも平均値であるため、車両や列車によってはこれよりも高くなる。

朝ラッシュ時は向ヶ丘遊園~代々木上原間で1時間当たり27本(平均2分10秒間隔)で運転されている。このうち8両編成で運転される各駅停車が9本、10両編成で運転される準急・急行が合計で18本運転されている。なお、代々木上原~新宿間は千代田線直通電車の分が抜けるため、運転間隔は若干ではあるが緩和される。


ちなみに現状ではこれ以上間隔を縮めることは難しい。これは後述する連続立体交差化・複々線化事業が梅ヶ丘~代々木上原間で工事をしており、これに伴う徐行運転とその区間またはその近くにある下北沢・代々木上原での乗降が多いため、後続列車がホームに進入できず駅手前で待機を強いられるためである。また梅ヶ丘から先は急行が先行する各駅停車に追い付くためノロノロ運転が発生する。これらによる列車遅延が起こりやすく、多くの場合は遅延証明書が発行されるほどになる。また設備の関係上、これ以上の長編成化はできない。



混雑の推移

以前から混雑は激しく、和泉多摩川~喜多見間の連続立体交差化・複々線化事業の工事に着手した1989年度の混雑率は208%に達していた。その後工事の進捗により188%に緩和され、この数年間は混雑率の横ばいが続いた。しかし2006年度は前年度よりも2ポイント悪化した。

連続立体交差化・複々線化事業

[section=1]

代々木上原~向ヶ丘遊園間では小田急電鉄が複々線化、東京都連続立体交差化の各事業を実施しており、ラッシュ時間帯の所要時間短縮と混雑緩和を目指している。現在、梅ヶ丘~和泉多摩川間が完成している。ただし、登戸~向ヶ丘遊園間は沿線の都市計画事業との兼ね合いにより、暫定的に上り2線・下り1線で整備される。また、新百合ヶ丘駅までの複々線化事業も検討されている(http://www.yomiuri.co.jp/tabi/news/20051031tb10.htm)。

詳細は小田急電鉄・複々線化工事のページおよびシモチカ ナビを参照のこと。



区間別概要

  • 代々木上原~東北沢間(詳細は代々木上原駅に譲る)

    • 現在、工事用地の関係から工事の進捗に応じて平行する千代田線の引き上げ線共々線路配置が複雑に変遷している。

  • 東北沢~梅ヶ丘間

    • 2004年9月7日に着工した。下北沢駅で京王井の頭線がオーバークロスしていること、地価の高い商店街を通り用地買収費が嵩むこと、駅前広場整備の必要性も考慮し、用地買収が少なく早期完成が見込める地下化(下北沢付近は用地取得の関係などから2層式で緩急分離の線路別)による方法を採用した。なお、東北沢駅は緩行線が内側の島式ホーム、世田谷代田駅のやや先からは急行線が内側となる予定である。
    • 下北沢駅には、この区間の複々線化工事の状況や概要を紹介するギャラリーが設置されている。

  • 梅ヶ丘~喜多見間(完成区間)

    • 沿線地権者や後援者などによる反対運動が起き、工事は非常に遅れた(下記参照)。特に梅ヶ丘駅周辺では根強い反対があり、着工が最も遅れた地域である。この反対運動の一環として1992年5月7日公害等調整委員会に対する責任裁定申請がなされ、1998年に小田急が申請者に解決金を支払うことなどを内容とした調停が一部成立して終結した。



小田急訴訟

梅ヶ丘~喜多見間については、周辺住民などによって騒音、振動、日照などによって著しい健康被害を及ぼすおそれがあるとして、建設大臣(当時)による連続立体交差とそれに付属する街路事業の事業認可の取り消しを求める訴訟1994年に提起された。これに対して第一審東京地方裁判所藤山雅行裁判長)は事業認可の前提となる1993年の都市計画決定を違法とし、事業認可を取り消す判決を出した(2001年10月3日判決)。控訴審東京高等裁判所は、従来の最高裁判所の判例(1999年11月25日第一小法廷判決・民集195号387頁)を根拠に原告すべての原告適格を否定して、一審判決を一部破棄、訴え却下(原告全面敗訴)の判決を出した(2003年12月18日)。原告側は上告。最高裁判所大法廷は従来の判例を変更、原告の一部については原告適格を認める中間判決を出した(2005年12月7日http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=24969&hanreiKbn=01)。この中間判決は、住民などによる行政機関の活動のチェックなどをより重視する近時の行政事件訴訟法改正(同法9条2項の新設)に拠るもので、一般新聞各社が紙面で大きく取り上げるなど注目を集めた。そのため、却下とはならず本案判決に進んだが、最高裁第一小法廷判決(2006年11月2日)により原告の敗訴が確定した(http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=33756&hanreiKbn=01)。

歴史

  • 1978年(昭和53年)3月31日 - 代々木上原駅~東北沢駅間複々線化
  • 1997年(平成9年)6月23日 - 喜多見駅~和泉多摩川駅間複々線化
  • 2004年(平成16年)5月23日 - 経堂駅~喜多見駅間上り2線化
  • 2004年(平成16年)9月26日 - 経堂駅~喜多見駅間下り2線化(経堂~和泉多摩川間複々線開通)
  • 2004年(平成16年)10月24日 - 梅ヶ丘駅~経堂駅間上り2線化(上りのみ梅ヶ丘~和泉多摩川間複々線開通)
  • 2004年(平成16年)11月21日 - 梅ヶ丘駅~経堂駅間複々線化(梅ヶ丘~和泉多摩川間複々線開通、同年12月11日に使用開始に伴うダイヤ改正を行った)
  • 2005年(平成17年)10月1日 - 代々木上原駅~東北沢駅間の複々線を工事用地捻出のため一旦複線化
  • 2008年(平成20年) - 和泉多摩川駅~向ヶ丘遊園駅間改良工事が完成予定(多摩川橋梁の複々線化、登戸~向ヶ丘遊園は上り2線・下り1線の3線化)
  • 2013年(平成25年) - 東北沢駅~梅ヶ丘駅間複々線化、代々木上原~東北沢間再複々線化予定(代々木上原~登戸間上下線立体複々線開通)



車両

[小田急電鉄#車両]

女性専用車

以下の時間帯・区間にて女性専用車が設定されている。

  • 平日7:30~9:30に新宿駅に到着する上り快速急行・急行・準急の進行方向最後尾車両(実施区間は小田原~新宿間)
  • 平日7:10~9:30に代々木上原駅に到着する上り東京地下鉄千代田線直通急行・準急の進行方向最後尾車両(実施区間は始発駅~千代田線綾瀬駅間。同線内は9:30を過ぎた時点で女性専用車の扱いは終了するが、同線のダイヤが乱れた場合は代々木上原までとなることがある)



駅一覧

  • 各駅停車は各駅に停車するため省略(相模大野分岐点は通過)。
  • 江ノ島線との運賃計算は相模大野分岐点経由で行う。小田原方面と江ノ島線方面の運賃は相模大野駅~相模大野分岐点間のキロ程を含めずに計算する。
  • 複々線区間の梅ヶ丘~和泉多摩川間では、区間準急・各駅停車は緩行線を、その他の種別は急行線を走行。また当該区間では経堂駅・成城学園前駅には急行線・緩行線の両方に、その他は緩行線のみにホームがある。


接続路線の括弧内は接続路線の駅番号や補足などである。


廃止駅



路線概要


新宿~新百合ヶ丘

小田急百貨店新宿店の1階、地上4面3線・地下3面2線の新宿駅を発車すると、すぐに地上線と地下線が合流して渋谷区に入る。合流地点には大きな踏切開かずの踏切として悪評が高い)があり、踏切を通過すると南新宿駅へ到着する。この付近は副都心の新宿から1km程度しか離れていないにも関わらず大変閑静な住宅街であり、そのせいか同駅はターミナル駅の隣とはとても思えないぐらい利用客が少なくなっている。戦前には同駅~参宮橋間に山谷駅があったが戦災を受けたのを機に廃止され、現在では跡形もなくなっている。明治神宮への参道がある参宮橋駅を発車すると、しばらく直線区間を走り、代々木八幡駅へ。この駅は急カーブ(同線で最も急な半径200メートル)上にあり、制限速度45km/hで徐行しながら、西へと向きを変える。直後に東京都道317号環状六号線(山手通り)と交差し、さらに東京地下鉄千代田線が地上に出て合流、そのまま高架を上り2面4線の代々木上原駅に到着する。

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画像:OER Odawara Line Shinjuku Terminal.jpg|新宿駅を発車した5000形。新宿2号踏切手前で、地上線と地下線が合流する(2008年3月8日撮影)

画像:Odakyu2000.jpg|南新宿駅に停車している2000形(2004年8月4日撮影)

画像:OER Odawara Line & Tokyo Metro Chiyoda Line.jpg|代々木上原駅手前の小田原線と千代田線の併走区間。内側2線が千代田線の線路、外側が小田原線の線路

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代々木上原駅を発車すると複々線区間に入るが、同駅~梅ヶ丘間の複々線・立体交差化工事で現在は複線に戻っている。高架から地平に変わり世田谷区に入って東北沢駅へ到着。将来この区間が地下化されるとこの風景は一変するであろう。ここで一旦複々線は終わり、勾配を下り京王井の頭線と交差して変則2面2線の下北沢駅へ到着する。


下北沢駅を発車するとしばらくの間地上を走行しそのまま世田谷代田駅へ到着、終戦直後この駅から京王井の頭線新代田駅まで代田連絡線が分岐して車両搬出・入に使われていたが、周辺の宅地化が急速に進んだ現在では同線の廃線跡はほぼ消滅し、最後まで残っている世田谷代田駅裏の廃線跡も複々線化によって消滅する予定である。その後、東京都道318号環状七号線(環七通り)を跨ぎ、高架・複々線区間となって梅ヶ丘駅へ。通常、優等列車はこの複々線区間に入ると、時速100km/h前後の高速運転を開始する。同駅の近くに羽根木公園があり、梅のシーズンには大変賑わっている。その後、東急世田谷線と交差して豪徳寺駅に到着する。さらに小田原線開業時に車庫があった通過線を含む2面5線の経堂駅を発車すると、千歳船橋駅、その先で東京都道311号環状八号線(環八通り)・東京都道428号高円寺砧浄水場線荒玉水道道路)と交差して祖師ヶ谷大蔵駅に至り、その後仙川を渡ると高架から一気に地下に潜り、2面4線の成城学園前駅に到着する。この駅の真上には、2006年9月29日に成城コルティという駅ビルが完成した。


成城学園前駅を発車すると再び地上へ戻り、喜多見検車区への引き込み線を分岐し高架を上り、野川を渡るとすぐに喜多見駅に到着。ここで東京23区を抜け狛江市に入り、すぐに狛江駅へ、さらに和泉多摩川駅に到着。ここで複々線区間は終わり、3線化工事が行われている脇を走りながら多摩川を渡る。ここから神奈川県川崎市多摩区)に入り、を渡り終えるとJR南武線と交差し2面2線(工事中で暫定配線、2008年中に上りは2線化され、将来的に下りも2線となる予定)の登戸駅に到着する。


登戸駅を発車すると3線化工事の脇をゆっくり走りながら高架を下り、工事の足場などが見えなくなると多摩区の中心部である2面4線の向ヶ丘遊園駅に到着する。登戸~向ヶ丘遊園間の駅間距離は小田急全線で最短の0.6km。向ヶ丘遊園駅は2002年まであった向ヶ丘遊園の最寄り駅で、2000年までは駅前から向ヶ丘遊園まで向ヶ丘遊園モノレールが運行されていた。


向ヶ丘遊園駅を発車すると東京都道・神奈川県道9号川崎府中線(府中街道)と交差し、さらに二ヶ領用水五反田川を渡り右へカーブし再び西へと向きを変える。ここから多摩丘陵の谷を縫うように走り、それまで密集した市街地が続いていた車窓はぐっと緑が増えた印象となって、しばらくの間畑と住宅が混在した区間を走る。その後神奈川県道13号横浜生田線と交差する。この神奈川県道13号の陸橋は東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線(津久井道)と交差しているが、交差する津久井道の側道は本線を挟む構造ではなく、本線に挟まれる構造になっている。その後は津久井道・五反田川と並行し左には明治大学生田キャンパスが見えてくる。住宅が込んでくると間もなく生田駅へ、その先で地下を走る武蔵野線(貨物線)と交差し、読売ランド前駅に到着。この先百合ヶ丘駅手前まで津久井道と歩道一つを挟んで完全に並行する。その後左へ急カーブ南西を向き、川崎市麻生区に入って切通しに入り百合ヶ丘駅へ、その先でS字カーブを描きながら勾配を下り、留置線2線が見えてくると間もなく3面6線の新百合ヶ丘駅に到着する。


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画像:画像-150.jpg|和泉多摩川駅に進入する5200形5000形

画像:Model 06 of Teito Rapid Transit Authority.JPG|向ヶ丘遊園駅を通過している東京地下鉄06系(2006年5月5日撮影)

画像:Odakyu7000newcolor.jpg|向ヶ丘遊園~生田間を走る7000形「LSE」(2005年9月11日撮影)

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新百合ヶ丘~相模大野

新百合ヶ丘駅を発車すると多摩線を分岐して勾配を下り、右手に小田急電鉄の保線施設を見ながら右へカーブし南に向きを変え、畑も少し残る住宅地を抜け柿生駅へ到着。その先で再び東京都(町田市)に入るとしばらくの間町田市と川崎市麻生区(飛地)の市境を直線で抜け、2面3線の鶴川駅へ到着。ここで津久井道を分け、その先少し走ると左手から住宅は消え森林となり完全に町田市に入る。さらに和光大学が見えると東京都内では唯一(地下区間を除く)のトンネルを抜ける。トンネルを出ると玉川学園に挟まれながら左へカーブを切り、玉川学園前駅に到着。そこからしばらくの間高級住宅街を走り、しばらくすると一旦市街地がとぎれて恩田川を渡り、築堤上を走りながらカーブを切り東京都道47号八王子町田線町田街道)と交差し、市街地へ入っていく。切り通しを抜けると小田急百貨店町田店の中2階、小田急線第2の規模を持つ2面4線の町田駅に滑り込む。


町田駅を発車するとJR横浜線と交差し、カーブを切りながら境川を渡る。ここで再び神奈川県(相模原市)に入り、切り通しを抜ける。切り通しを抜けるときれいな装飾が施されたコンクリート壁を見ながら通過線を含む2面6線の相模大野駅に到着する。なお、この区間は複々線化用地が一部確保されている。


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相模大野~本厚木

相模大野駅を発車すると江ノ島線を分岐し、しばらくの間左手に大野工場海老名検車区大野出張所を見る。その後は住宅地を直線で抜け、小田急相模原駅へ。その先で座間市に入り、勾配を下っていく。その後今度は勾配を上っていき、2面4線の相武台前駅へ到着。かつて大野工場に移転するまで工場があり、駅構内東側に広がる留置線はその名残である。その先しばらくは直線で抜ける。座間谷戸山公園が見えて森林が増えてくると左へカーブし南を向き、右に神奈川県道42号藤沢座間厚木線のバイパスが見えてくる。左手から森林が消えて市街地が見えてくると間もなく座間駅へ。その先は住宅街を直線で抜け、海老名市に入る。国道246号(大和厚木バイパス)と交差すると南西に向きを変え、相鉄厚木線(貨物線)と交差し、相鉄本線とも並行し海老名検車区が併設された2面4線の海老名駅に到着する。

海老名駅を発車すると左手には再開発の風景が見えるが、間もなく立体交差工事のために線路は右側にそれていたが、工事の進捗により、2007年7月1日始発からは下り線は高架を上っている。工事区間が終わりに差し掛かると、右にカーブしてJR相模線と交差して厚木駅へ。その先で相模川を渡り厚木市に入る。を渡り終えると高架で市街地へ入って行き、2面4線の本厚木駅に到着する。


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画像:Odakyu9000-1.JPG|相武台前~座間間を走る9000形(2004年5月4日撮影)

画像:Odakyu-Sagamigawa-Bridge.jpg|厚木~本厚木間の相模川橋梁を渡る1000形(2007年3月2日撮影)

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本厚木~小田原

本厚木駅を発車するとそのまま市街地を通る。高架を降り右手の国道246号線と並走する区間になると水田が混在するが、それもすぐ終わり住宅地になって勾配を登りきったところが愛甲石田駅。駅構内に厚木市と伊勢原市の市境がある。


愛甲石田駅を発車すると並行していた国道246号が別れる。しばらくは住宅地を走るが、高架区間に入ると水田地帯に入り、右手には大山が、左手には平塚市街や湘南平まで見渡せるほど視野が開ける。現在、第二東名高速道路県道バイパス整備に関連した造成工事が行われているので将来この景色が変わる可能性がある。伊勢原台地へ向かう登り勾配になると住宅地に入り、登りきったところが2面4線の伊勢原駅となる。下り待避線は本厚木駅の折り返し容量不足のため、同駅発着電車が伊勢原駅まで回送して折り返しするためによく使っている。


伊勢原駅を発車するとしばらくは住宅地のままだが、右手に見える工業団地を抜けると水田が一面に広がり、線路の周囲には人家がほとんどなくなる。小さな踏切を通過すると秦野市に入り、突然住宅地になるとまもなく鶴巻温泉駅。


鶴巻温泉駅を発車すると畑が混在する住宅地を通りながら東海大学前駅へ到着する。両駅間は1.1kmと私鉄の駅間距離としては標準的だが、伊勢原駅~鶴巻温泉駅、東海大学前駅~秦野駅の駅間距離が約4~5kmあるので特に短く感じる。


東海大学前駅を発車すると右手に小高い山を見ながら走る。しばらく住宅地のままだが、2kmほど進んだところにあるトンネルを抜けると秦野盆地へ入る。急勾配と急カーブで盆地の中心部へと進んでいく。畑と雑木林の風景のすき間から右手には丹沢と秦野市街地が見え、盆地内で市街地が完結する姿は東京から60~70kmの距離にしてさながら地方都市を連想させる。


2面4線の秦野駅を発車すると右から水無川が別れ、畑が混在する住宅地をきつめの登り勾配で小田原線の駅で最も標高の高い渋沢駅まで駆け上がる。ここから愛甲石田駅付近から山を挟んで北側を走っていた国道246号と再び並行することになる。


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画像:JRC-EC371-Odakyu-Line.jpg|本厚木~愛甲石田間を走るJR東海371系(2007年6月9日撮影)

画像:OER Tsurumaki-Onsen Sta overview.jpg|鶴巻温泉~東海大学前間を走る8000形(2007年11月7日撮影)

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渋沢駅を発車するとトンネルを抜け、うねりながら流れる四十八瀬川(酒匂川の水系)の谷に沿って線路もルーティングされているため急勾配と急カーブの連続で降りて盆地を抜け出す。この谷の間も周囲には人家がないが、秦野市と松田町の市町境付近には孤島のような形で湯ノ沢団地がある。東名高速道路国道255号を相次いで潜ると並行していた国道246号から別れ、左手の神奈川県立足柄上病院を過ぎたところに特急「あさぎり号」と新車の搬入などで使われるJR御殿場線へ向かう連絡線が右手に現われる。御殿場線をくぐると2面4線の新松田駅に到着する。渋沢~新松田間の駅間距離は小田急全線で最長の6.2kmである。


新松田~小田原間は水田が広がる足柄平野を通るため利用客が比較的少なく、新松田駅と小田原駅を除く途中5駅はホーム有効長が最大6両分と短く設定されており、10両編成の急行は停車できない。開成駅手前から螢田駅の先までは足柄平野の水田地帯を抜けるが、線形も良く高速運転向きで、優等列車は最高速度で走ることも多い。線路脇の防護柵もない場所が多く、鉄道ファンには有名な撮影地であり、小田急の広報用や雑誌などの写真撮影もこの近辺で撮影されることが多い。


新松田駅を発車すると酒匂川を渡り、を渡り切ると大きく左にカーブして開成町へ入る。開成駅は2面4線化も可能な2面2線の駅で、駅の東側(進行左手)には電留線と小田急電鉄と小田急不動産が開発した庭園の杜という新興住宅地がある。開成駅から400m程南下すると小田原市に入る。駅周辺には商店や住宅がコンパクトにまとまっているが、駅を離れるとすぐに水田地帯となる。このあたりはかつて酒匂川が洪水を頻繁に起こしていたためもとから人口が少ない。足柄平野一帯では小田原線沿線よりも御殿場線や伊豆箱根鉄道大雄山線沿線の方に人口が集まっている。


螢田駅を過ぎると小田原市中心部へ進路をとるため右にカーブを曲がり狩川を渡る。伊豆箱根鉄道大雄山線をオーバークロスし、切通しを抜けて2面3線の足柄駅となる。付近にJT小田原工場があり、かつては足柄駅から専用線が延び小田原駅経由で貨物輸送が行われていた名残で右手ヤード奥には電留線がある。上りのみ設置された待避線は小田原駅の発着容量不足を補うものとして朝夕を中心に各駅停車が急行や特急の通過待ちを行っている(ダイヤ改正によりその本数はわずかであったり十数本設定されていたりと差が出る)。東海道新幹線をくぐり、JR東海道本線に右カーブで合流すると2面3線の小田原駅に到着する。ここから先は箱根登山線が延び、特急ロマンスカー「さがみ」や快速急行など小田原折り返しの列車を除き箱根登山線に直通する。


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画像:OER-7000-Luxury-Super-Express.jpg|渋沢~新松田間を走る7000形「LSE」(2007年11月7日撮影)

画像:Odakyu-Sakawagawa-Bridge.jpg|新松田~開成間の酒匂川橋梁を渡る30000形「EXE」(2007年3月9日撮影)

画像:OER-10001.jpg|栢山~富水間を走る10000形「HiSE」。新松田以南は田園風景が広がる箇所が多い(2007年6月2日撮影)。

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関連項目



外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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