バラシクロビルって?
バラシクロビル (Valaciclovir) は、ヘルペスウイルス感染症治療薬のひとつ。塩酸塩の塩酸バラシクロビルがグラクソ・スミスクライン社から商品名バルトレックス®として販売されている。
薬理
バラシクロビルはアシクロビル(商品名ゾビラックス等)のプロドラッグである。バラシクロビルはバリンとアシクロビルがエステル結合されておりエステラーゼによって抗ウイルス作用を持つアシクロビルに変換される。
バリンとの結合によって体内への吸収率が高まることにより、経口アシクロビルより生体利用率が高くなっている。
効能
1型および2型単純ヘルペスおよび水痘・帯状疱疹ウイルスに対して活性を有する。口唇ヘルペスや性器ヘルペスに代表される単純疱疹、あるいは帯状疱疹の発症時の他、再発を繰り返す性器ヘルペス患者に対して、症状の再発をあらかじめ抑制するための投与法の他、水痘に対しても承認されている。
関連項目
[はらしくろひる]
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モントリオール・ロコモティブ・ワークスって?
モントリオール・ロコモティブ・ワークス(MLW)は、カナダにあった機関車を製造する会社である。1883年から1985年まで蒸気機関車とディーゼル機関車を製造していた。本社と工場はケベック州モントリオールにあった。
年表
- 1883年 ロコモティブ・アンド・マシン・カンパニー・オブ・モントリオール設立
- 1901年 アメリカン・ロコモティブ(ALCO)設立
- 1904年 ALCOがロコモティブ・アンド・マシン・カンパニー・オブ・モントリオールを買収、MLWとなる
- 1949年 ALCOのディーゼル機関車を販売
- 1951年 大型ディーゼル機関車の製造を開始
- 1964年 ALCOがウォーシントンに買収され、MLWはMLWウォーシントンとなる
- 1967年 ウォーシントンがスチュードベーカーと合併し、ALCOはその子会社に
- 1970年 ディーゼルエンジン設計部門を売却
- 1975年 ボンバルディア・トランスポーテーションがMLWウォーシントンの株を大量取得
- 1985年 機関車製造から撤退
- 1988年 MLWの工場を売却
歴史
設立
1883年、成長しつつあったカナダ国内市場に向けて機関車を製造するために、ロコモティブ・アンド・マシン・カンパニー・オブ・モントリオール(Locomotive and Machine Company of Montreal Limited)として設立された。当時のカナダ国内では、カナダ太平洋鉄道、グランド・トランク鉄道、インターコロニアル鉄道がとくに有力な購買者とみられていた。アルコによる買収
1901年、アメリカにおいて、いくつかの機関車製造会社が合併してアメリカン・ロコモティブ(ALCO)がニューヨーク州スケネクタディに設立された。1904年、ALCOはカナダ市場への進出を目論んでロコモティブ・アンド・マシン・カンパニー・オブ・モントリオールを買収。在モントリオールの子会社とし、数年後、会社名をモントリオール・ロコモティブ・ワークス(以下MLWと記述)と改称した。MLWはALCOが設計した機関車を製造する唯一の工場となり、カナダ市場で大きな勢力を占めた。鉄道の大発展期となった1900年から1915年にかけて、前例のないほどの大量の受注を受けた。というのも、アメリカで製造した機関車をカナダの鉄道が輸入して使用するには関税がかかるため、カナダ国内で製造する機関車に注文が殺到したのである。その後、いくつかの鉄道会社が破綻し、それらを救済・統合した国有鉄道であるカナディアン・ナショナル鉄道(CNR)が1918年に成立すると、カナダの連邦政府は機関車を1社だけから購入するのではなく、国内の各メーカーから購入するような方針を立てた。
1920年代から1940年代にかけて、CNRは前身となった各鉄道から継承した機関車の更新の時期にかかった。この時期、MLWは多くの機関車を納入し、継いで第二次世界大戦がはじまると、MLWの工場は連合国向けの軍需物資製造に転換され、生産を拡大していった。
戦後のディーゼル機関車製造業界
第二次世界大戦の終結後、MLWをはじめとするメーカーは機関車製造に復帰した。MLWはアメリカからの輸入に制限を加える保護貿易政策により、利益を計上し続けた。製造する機関車は蒸気機関車からディーゼル機関車へと替わり、新たな競合メーカーも現れた。1949年、ゼネラル・モーターズの機関車製造部門のカナダでの子会社としてゼネラル・モーターズ・ディーゼル(GMD。GM-EMDのカナダ子会社)がオンタリオ州ロンドンに設立された。
長年、MLWにとって蒸気機関車製造の競合者であったカナディアン・ロコモティブ・カンパニー(CLC)はボールドウィンの協力を得てボールドウィンやその子会社のホイットコムの機関車を輸入、製造した。ボールドウィンがゼネラル・エレクトリック(GE)に買収された後、CLCはフェアバンクス・モース(FM)の機関車をライセンス生産した。なかでも有名なものはトレインマスターである。またGEがアメリカでのロードスイッチャー(入換や列車組成を主とする、純入換用機関車よりも広範囲に使用されるもの)市場に参入する前は、GEの機関車も製造した。
旅客車の製造
MLWはトロント市地下鉄のM1系という車両も製造した。製造期間は短く、1960年代半ばからはホーカー・シドレー・カナダが受注するようになった。ディーゼル機関車への転向
1949年、MLWはGMDに対抗してALCOのディーゼル機関車の販売を始めた。主にスイッチャーで、ALCOのものとは多少の意匠の変更を行った。1951年、貨客兼用の大型機関車の製造を開始した。アメリカでは既にディーゼル化が相当に進んでいたアメリカとは対照的に、1950年代のカナダの鉄道は、まだ蒸気機関車が多く使われていたが、一部を除いて1960年早々にはディーゼル化を完了。1960年代には全盛期となった。機関車メーカーの合従連衡があったアメリカに遅れること15年であった。
1960年代を通じて、CN(旧CNR、MLWの最大の顧客)はいまだに機関車調達は各メーカー満遍なく、という方針のもとにいた。当時、ケベック人のナショナリズムが高揚し、政治的に重要な地域であるケベックに本拠地があるMLWは、ケベック人から好意的な印象を持たれていた。
MLWのスイッチャーは、とくに低速での粘着(レールと車輪のグリップの具合)のよさに主眼を置いて設計されていた。MLWとALCOの車両設計は、電気機器においてGEの協力を経ていた。MLWはカナダの貿易政策による恩恵を被り、輸出を拡大した。カナダの貿易政策は、第三世界を通じての共産主義政府や地域との貿易を制限するアメリカのものよりゆるやかであった。
MLWウォーシントン時代
MLWの親会社であるALCOは、1960年代に業績が悪化していった。理由は、以前は協業していたGEがアメリカでのスイッチャー製造事業に進出したためである。ALCOは1964年に経営的に行き詰まり、ウォーシントンに買収された。ALCOの子会社であるMLWの社名はMLWウォーシントンと変更された。1967年、ウォーシントンはスチュードベーカーと合併し、社名をスチュードベーカー・ウォーシントンと変更。ALCOはその子会社となった。1968年、ALCOの各部門は独立採算の子会社となり、翌年、改組されてスケネクタディ工場は閉鎖された。機関車の設計はMLWウォーシントンに引き継がれ、ディーゼルエンジンの設計は翌1970年にホワイト・モーターに売却。その後、ディーゼルエンジンの設計はホワイト・インダストリー・パワーを経て1977年にGEC(イギリスのゼネラル・エレクトリック。アメリカのGEとは無関係で、混同を避けるためBGECともいう)の手に渡り、ALCOパワーと改名され、さらに設計部門は1994年にフェアバンクス・モースに譲渡された。
1970年代早期を通じて、MLWウォーシントンはカナダの鉄道向けに第二世代というべき機関車を製造していた。CLCは1969年に撤退し、競合相手は急速に業務規模を拡大していたGMDとなった。この時期のMLWウォーシントンはトレンドの先端を走っており、現代の北米の機関車に見られるカナディアン・セーフティ・キャブにその影響を見ることができる。その最初のものはM-420形で、W(wide nose、すなわち前頭部が左右に広いデザイン)が特徴であった。すぐに、安全性の高い運転室という設計はカナダの鉄道において重要なものとなった。この運転室のスタイルはアメリカの会社であるEMDやGEは1980年代まで採用しなかったが、現代では標準的なものとなっている。
ボンバルディアによる買収
1975年、ケベックに本拠地を置くコングロマリット、ボンバルディアの交通輸送部門、ボンバルディア・トランスポーテーションがMLWウォーシントンの株の大部分を取得した。ボンバルディアの傘下で、「MLW」は1980年代はじめまで革新的な機関車設計を続け、その地理的要因と、モントリオールでの重要な雇用企業としての政策的現実から業績を上げてきた。1970年代、ボンバルディアは鉄道車両の製造に進出してきた。主にカナダ国内の通勤列車や地下鉄のものである。1980年、「MLW」はVIA鉄道のためにディーゼルエンジンによる高速鉄道LRCを製造。機関車は2005年まで、客車は2008年現在も使用され続けている。MLWはまた機関車の駆動方式の研究を進め、初期の交流トラクションモータを使用した試作車両、M-640形を1984年にCPRに収めた。現在は完全にボンバルディア傘下にあるが、MLWの工場と設計セクションはCNの要請による信頼性の高い(High reliable=HR)貨物用機関車の設計・製造の最終段階にあった。その機関車は前述の「安全な運転室」を備えたもので、4動軸のM-420形に似たHR-412形と車幅を限界まで広げた6動軸のHR-616形である。HR-616形は、CNの要請で後方視界を向上させたドラッパー・テーパーと呼ばれる特異な形態をしていた。これらの機関車の設計は、CNが1960年代から1970年代初期にかけて導入した30組のMLWとGMDの機関車の老朽取り替え用であった。その老朽化した機関車とは、1990年代半ばまで使用する想定であったにもかかわらず機械的にも電気的にも信頼性が乏しく、失敗作ととらえられており、それがALCO/MLWの評判でもあった。
1985年、会社組織として再編成され、ボンバルディアは機関車製造事業から撤退し、旅客車製造に専念することとした。休眠中のMLWの工場は1988年にGEに売却され、皮肉にも1960年代製のスイッチャーの取り替え用機関車製造に使用されたが、1993年にはその工場は閉鎖され、2001年には火事で半分が焼け落ちた。残る半分はカナダ自然調査局が使用していた。
2004年、残りの部分が取り壊された。すぐ近くにあったカナダ唯一の家電メーカー、GEカムコ・ウエスチングハウスの工場が、その半分の土地を購入し、倉庫兼店舗とした。残りの半分は、いまだガレキの山のある空き地として、高速道路から眺めることができる。
なお、ボンバルディアは2001年にアドトランツを買収し、その技術で機関車製造を再開したが、ALCOやMLWの流れとは無関係のヨーロッパの旅客向け機関車の設計手法が採用された。工場は、カナダのケベック州ラポカティエレ、オンタリオ州のサンダー・ベイ、アメリカのバーモント州にある。
納入した鉄道会社
関連項目
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削除依頼/ゾイド関連って?
(*)ゾイド関連
それぞれ以下のサイトからの転載。- バーサークヒューラー - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-03-EZ_049.html
- レイズタイガー - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-02-RZ_075.html
- ライガーゼロ - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-02-RZ_041.html
- ワイツウルフ - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-02-RZ_073.html
- 凱龍輝 - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-02-RZ_070.html
- (特)ゴジュラス - ノート
- :http://www.zoids-fan.net/zoids/index.php/02-02-RZ_064.html
- :[ 2005年6月14日 (火) 18:27の版]
--2005年6月14日 (火) 09:26 (UTC)
- (削除)一致を確認。ゴジュラスは追加なので特定版削除。ついでに言えばバーサークヒューラーは記事名も間違えてます。--Charon 2005年6月14日 (火) 11:40 (UTC)
- (対処)それぞれ削除および特定版削除を行いました。--Snow steed 2005年6月22日 (水) 01:37 (UTC)
- (確認)KMT 2005年6月22日 (水) 11:00 (UTC)
- (コメント)最初に指摘したノートは転載記事が既に削除され、無意味になったのでこれもついでに消してください。--Charon 2005年6月24日 (金) 12:27 (UTC)
- (対処)それぞれ削除および特定版削除を行いました。--Snow steed 2005年6月22日 (水) 01:37 (UTC)
- (改めて削除)バーサークヒューラーがふたたびコピペ投稿されています。転載元はここ。実際の名前は「バーサークフューラー」ですが、このページも同様にヒューラーとなっており、間違いを引き継いだ模様です。--Charon 2005年6月25日 (土) 04:25 (UTC)
- (ログより・対処)Lusheetaさんにより即時削除されています。たね 2005年6月25日 (土) 04:26 (UTC)
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硬音って?
硬音(こうおん)は、音声学において調音器官の筋肉の緊張(テンス)をともなう音のことをいう。これに対する弛緩(ラックス)した音は軟音(なんおん)という。どのような器官であるかは言語によって異なっている。
ロシア語学習においても同様の用語が存在するが意味は全く異なり、口蓋化していない音を指す。
朝鮮語
朝鮮語の破裂音( [p, t, k] )及び破擦音( [ʧ] )は帯気の有無と喉頭の緊張の有無によって三系統に、摩擦音( [s] )は喉頭緊張の有無で二系統に分かれる。弛緩した(喉頭での緊張を伴わない)子音のうち無気音は平音、帯気音は激音、喉頭での緊張を伴う子音(無気音)は日本語で濃音、朝鮮語で硬音( [경음] )と呼ばれている。朝鮮語では [된소리] (テンソリ)ともいう。「 [된] (テン)」とは「(水分が少なくて)固い、濃い、窮屈な」という意味であり、「 [소리] (ソリ)」とは「音、声」という意味である。朝鮮語において濃音は音節の頭にのみ表れ音節末には現れない。なお、朝鮮語の子音に有声音と無声音の対立は見られないが、濃音・激音は無声、語中で有声音間の平音は有声で発音するのが自然である。IPAには濃音の適切な表記法がないため、朝鮮語における濃音の音声表記は研究者によってまちまちである。 [k] の濃音(ハングルでは [ㄲ] )を例にとると:
- [ʔk] もしくは [ˀk] : [ʔ] は声門閉鎖音を表す。
- [kʼ] : [ʼ] は放出音を表す。
- [kˤ] : [ˤ] は咽頭化(咽頭における二次的調音)を表す。
- [k⁼] : [⁼] は拡張IPAにおいて無気音であることを明示する。
- [k*] :アスタリスクは拡張IPAにおいて適切な記号が無い場合に用いるとされる記号である。
濃音は単一の子音であり、声門閉鎖音と子音の連続音ではない。また、放出音は濃音とは全く異なる音である。濃音は咽頭化を伴うことがあり、また無気音であるが、この二つの特徴は濃音を他の系統の子音(すなわち平音と激音)から区別する本質的な性質ではない。よって、喉頭における緊張を表すIPAが制定されない限り [k*] のような表記が唯一IPAに沿った表記となる。ただし、音声表記は必ずIPAで書かれなければならないわけではないため、他の表記は単にIPAではないというだけで、音声表記として間違っているわけではない。
日本語
日本語では促音が硬音に相当する。但し、促音の前にその子音と同じ閉音節子音を伴うため、発音のリズムでは促音そのものにワンテンポ与えられているように聞こえる(1モーラ)。また朝鮮語とは異なり、促音が文節の頭に立つ事はない。開音節を基本としている日本語にもこのように例外的に閉音節が存在している。ドイツ語
ドイツ語では破裂音、摩擦音、破擦音に硬音と軟音の区別がある。硬音は主に無声音字で表され、破裂音・破擦音では常に帯気する。軟音は通常有声だが、語末になると無声化する。[こうおん]
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ロックマンエグゼ_N1バトルって?
『ロックマンエグゼ バトルチップGP』( - グランプリ)は、2003年8月8日にカプコンから発売されたゲームボーイアドバンス専用のカードプログラミングバトルである。
『ロックマンエグゼ N1バトル』( - エヌワン - )についても、対応機種がワンダースワンカラー、スワンクリスタルである点を除けば発売日、内容ともに同じ作品のため、本項で説明する。
概要
ロックマンエグゼシリーズに登場したバトルチップに焦点が絞られており、シリーズにあったアクション性は排されている。プレイヤーはネットナビとバトルチップで構成された「プログラムデッキ」を使って、バトルグランプリを戦い抜いていく。戦闘は全て自動で行なわれるので、デッキをどのように組むかが最重要となる。また、戦闘中に「スロットイン」が2回でき、プレイヤーが指定したバトルチップを任意のタイミングでネットナビに使わせて戦闘に介入できる。特徴
主人公は必ずしも熱斗とロックマンとは限らない。ゲームを始めると、熱斗を含んだ6人の中からプレイヤーを選択することができ、キャラクターによってシナリオやネットナビの性能が異なる。なお、セーブデータは2つ作成できる。主な登場人物とネットナビ
プレイヤーとなるのは以下の6人とそのナビである。- 光 熱斗
- エグゼシリーズの主人公。
- ロックマン
- 熱斗のネットナビ。
- 桜井 メイル
- 熱斗の幼なじみの女の子。
- ロール
- メイルのネットナビ。
- 伊集院 炎山
- 政府公認のオフィシャルネットバトラーの小学生。
- ブルース
- 炎山のネットナビ。なお、作中では「Bluce」と記されているが、正しくは「Blues」である。
- 轟 快太
- 本作のオリジナルキャラクター。熱斗に憧れている小学生。
- ターボマン
- 快太のネットナビ。
- 都輪 マリィ
- 本作のオリジナルキャラクター。やいとの家に滞在している交換留学生。
- リング
- マリィのネットナビ。マリィとは対照的な性格。
外部リンク
- ロックマンエグゼシリーズ - カプコンによる公式サイト。
- ロックマンエグゼ バトルチップGP - 任天堂による紹介ページ。
- ロックマンエグゼ N1バトル - バンダイレーベルによる紹介ページ。
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高齢・障害者雇用支援機構って?
独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(どくりつぎょうせいほうじんこうれい・しょうがいしゃこようしえんきこう)は2003年10月1日、「独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構法」に基づき設置された厚生労働省所管の独立行政法人。英名はJapan Organization for Employment of the Elderly and Persons with Disabilities(JEED)である。日本障害者雇用促進協会の業務に国及び財団法人高年齢者雇用開発協会の業務の一部を加えて活動する。
概要
- 目的
高年齢者等を雇用する事業主等に対する給付金の支給、障害者の職業生活における自立を促進するための施設の設置及び運営その他高年齢者等及び障害者の雇用を支援するための業務等を行うことにより、高年齢者等及び障害者の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構法第3条)。
- 理事長
戸苅 利和
- 所在地
沿革
- 1971年5月26日 社団法人障害者雇用促進協会が発足する。
- 1974年5月30日 社団法人全国心身障害者雇用促進協会に改組される。
- 1977年3月1日 社団法人全国心身障害者雇用促進協会が解散し、労働大臣の認可法人として身体障害者雇用促進協会が発足する。
- 1978年9月1日 財団法人高年齢者雇用開発協会が設立される。
- 1979年7月1日 国が国立職業リハビリテーションセンターを設置・運営する。
- 1987年5月21日 国が国立吉備高原職業リハビリテーションセンターを設置・運営する。
- 1988年4月1日 日本障害者雇用促進協会(厚生労働省所管の認可法人)に改名する。同時に国から国立職業リハビリテーションセンターと国立吉備高原職業リハビリテーションセンターの運営が委託される。雇用促進事業団(現・独立行政法人雇用・能力開発機構)から地域障害者職業センター及びせき髄損傷者職業センターが移管される。
- 1991年11月18日 障害者職業総合センターを開所する。
- 2003年10月1日 日本障害者雇用促進協会と業務と、国及び高年齢者雇用開発協会の業務の一部を加えて独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構として発足する。
- 2007年12月24日 閣議決定(独立行政法人整理合理化計画)において、せき髄損傷者職業センターと駐在事務所の廃止が決定される。
主な業務
- 障害者事業
- 全国障害者技能競技大会(愛称:アビリンピック)の主催
- 障害者職業能力開発校における職業訓練
- 障害者職業センターの設置・運営
- 高齢者事業
- 高齢者等の雇用に関する相談・援助・給付金支給
- 高齢期の職業生活設計に必要な助言・指導
運営施設
- 障害者職業総合センター
- 広域センター
- 国立職業リハビリテーションセンター
- 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター
- せき髄損傷者職業センター
- 地域障害者職業センター(全国47都道府県に設置)
- 駐在事務所(仙台、東京、名古屋、大阪、福岡の5箇所)<ref name="haishi"/>
関連項目
外部リンク
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