ひとつの事象に対する、たとえば、よっつの行動
その①『漏』
ふふふふふふ
ふははははは
あははははは
やばい
やばいなぁ
あれはやばい
いや
やヴぁい
やヴぁいねぇ
やヴぁいわ
超やヴぁいよ
あ、これ、江古田ちゃんのお姉ちゃんな感じね
いや~、まったくやヴぁい
ふぇっふぇっふぇっ
むっふっふ
むふっふっふ
ふは~ん
ふは~んふほ~んふはふほ~ん
ふは~んふほ~んふはふほ~ん
ふは~んふほ~んふはふほ~ん
いやぁ、やヴぁい
その②『空』
風が冷たくなればなるほど、空気が澄んでいくのがわかる。
木々からこぼれる光が、まっすぐな線となって幾筋も土に指す、朝の瞬間。
光が集まるその先を見る。
光さえも彼に触れようと集まっている。
あたたかなさわやかな光の中
彼はこちらを向いて微笑んでいる。
いつからそこにいて
何のためにそこにいるのか
わたしにはわかりかねるが
そんなことは重要ではないということだけはわかる。
今ここに居合わせたことに感謝し
彼が微笑んでいるということに安心する。
世界は今日も静かに始まっている。
何が起こるかわからない。
だけど、悪くない、世界だ。
神様を信じる強さが戻ってくる。
その③『頷』
友人曰く、『高野寛は「抱かれたい」、小池徹平は「抱きたい」』。
前者はひとそれぞれだろうが、後者は強く肯定。
その④『瞬』
見た瞬間、それが何かと理解するが早いか
脳が「ホカクセヨ!ホカクセヨ!」と発信。
もしくは「生け捕りにするのじゃあ!」と信長様 in my heart。
「ズキューン」と射抜かれるというのはありがち。
そうではなくて、こちらから罠を仕掛けたい感じ。
射抜きたくないはない。
傷つけるつもりなんてぜんぜんないの。
キャッチしたらすぐにリリースするから!
ちょっとだけでいいから!
って誰におねがいしてるのかわからないけど。
見た瞬間、「沸点!」、血が沸く。
わたしにも血があった。
忘れていた感覚をガバっと強く意識まで引き上げられる。
地団駄踏んで手に入るなら、いくらでも踏もう。
肉食肉食肉食肉食!
朝までステップ刻む、君が笑ってくれるなら!
ハイリハイリハイリフーハイリハイリホー!
巣に戻って、大きな大きな籠を持って、
林の中、ぽっかりと光射すステキな空間にそっと、
ばかでっかい胡桃とかピーナッツを置く。
「わ~こんなおおきなナッツみたことないよ!
ぼくの顔よりおおきいよ~!」
ってニコっと笑ったところで、上からかごが落ちてきて
「わ~、助けて~、こわいよ~!」って徹平君泣いちゃって
おい、だれだ~!泣かせたやつ!しょっぴいてやる!
見た瞬間、あぁ、もう、何をいいましょう。
あの目、あの髪、あの佇まい!
例えることの無意味さを知る。
しかし、しかし、だがしかし、
あえて例えてるとするならば
森の中 巨木の足元にいる 瞳のクリクリした、小さなモフモフのリス
それが、小池徹平なのだよ、諸君。
つまり、何が言いたいかというと、小池徹平を見かけたよ、ということ。