脈絡はない
ものごと、好きになると掘って掘って、それがなくなったことにも気がつかずに、掘り続けるわたしです、どーも。小さい頃から「しつこい」とか「理屈っぽい」と言われているわけですが、三つ子の魂百までとはよく言ったもんで、それは悪化を辿るばかり。
「ありとあらゆる種類のことばを知って何も言えなくなるなんてそんな馬鹿な過ちはしない」と思い、とにかくことばを駆使しようと思っているものの、それには及ばず、ただただおしゃべりで、そのおしゃべりの主に速度のみが進化し、考えどころか口もついていかず、発音すらままならない今日、わたしは一周回ってぽかんとしています。一生分の「どうして」を使い果たしちゃったのでは、と0.3秒くらい考えて、何をおっしゃるウサギさん。というか本末転倒。小沢健二は口あんぐり。いや、あんぐりってことはないか、もう端から気に留めないでしょうね。いろんなことを考えることができず、しかも、飽きっぽい正確なので、脈絡がないのですが、それについてこれないと、怒るって言うのを直したい昨今です。
「そうさ、何かに凝らなくてはだめだ。ひとつのことに凝れば凝るほど、君は一人の人間として、幸せな道を歩いているだろう」ということばも強く信じてしまっているがため、わたしの本棚は大変に偏っており、わたしは、ど真ん中に居るつもりが、大変に極所に来てしまっているのかもしれません。たとえば、昨日、井上順に心ときめいていた人は果たして世界に何人いたかというと、そりゃ、もしかしたら、わたしだけなのかも知れず。かなりの可能性。でも、わたしは、それを中心に置いちゃう。それで、何か?なんて開き直る。知らない人のほうがおかしいんです。昨日までの私のほうがおかしいのです。ただいま、私、遅れを取り戻している最中ですから、どうぞお気になさらず。うん、誰もお気になさらないけど、どんどん世界はせばまっている気がしています。でも、辞める気もありませんが。さて、ここで、私の性格は神棚にでもさて置いて。
Amazon然り、Youtube然り、楽天然り、その他諸々然り。「あなたへのお勧め」を頼んでもいないのにお知らせしてくれる毎日です。そうすると、私のようなものでなくとも、どんどん深い人間ができあがるんじゃないでしょうか。げろげ~ろ。「ピチカートマニアの皆さん、こんばんは、ピチカートファイブです」てな、挨拶さえもう落ち着いたのは、そのせいですか?「どうもBUMP狂のみなさん、こんばんは、モトオです」って普通そうでしょ。わかんないけど。
「書を捨てよ、町に出」るどころか、パソコンを壊せ、町に出ろ、消費せよ、って言われかねないよな。「あと5分ともぐった布団の中に新しいものなどひとつもないんだ」うん、布団の中には何にもないのは知ってるんだけどさ。暖かな小春日和のような温もりに、いったい何を望むのか。それこそ一瞬の刹那的な平穏。迫りくる洗濯の山や解決しなくちゃいけない書類の山はいくら四次元ポケットに詰め込んだとしても、それさえ、夢の中まで追いかけてくるのであるからして~。
と、結局は目を開けながら、夢の中でパネルでぽんをしている、平和な金曜の午後。