梨
小さい頃、わたしは甘いものが苦手で、嫌いなものはホイップクリーム、好きなものは梅干しという子供だった。でも、果物は大好きだった。特に好きなものは、プラムだった。いつも母の目を盗んで3つも4つも食べてはお腹を下していた。あんまりそんなことを続けたせいか、いつの頃からか、プラムは冷蔵庫にあらわれることがなくなった。そのかわりに、梨や林檎がよく出るようになった。わたしは林檎より梨のほうが好きだった。梨の水気たっぷりな感じが齧り付いたときにとても心地よかった。
あるとき、東京に母と行くことになった。母の実家に行くのだ。東京には、母の父と母がいた。わたしにとっての祖父と祖母に当たるわけだけれども、父方の祖父はもうとうに亡くなってしまっていて、自分におじいちゃんがいるということが理解できなかったし(祖父母が2人いることがわからなかった)、祖母はちょっと怖い感じの人だったから、おばあちゃんなんてこれ以上いらなかった。それに東京というところは、飛行機で行くところで、とてもとても遠いところで、言葉が通じるのか、ましてやパスポートなんて持っていないぞ、とわたしの心の中は心配事でいっぱいだった。実際には、そんな心配もちろん必要ではなく、それよりも小さなわたしは、冬なのに雪がない東京に、びっくり仰天してしまった。
おばあちゃんは、やっぱり怖かった。とてもよくしゃべり、わたしのこともばしばし怒った。特別扱いはしなかった。わたしはいったいどうすればいいのかわからず、母の顔ばかり見ていたが、母もいつもの母ではなく、わたしと同じ顔をしていた。
おじいちゃんはとても静かだった。というよりも、おじいちゃんとわたしの間には共通の話題というものがなかった。母はわたしはおじいちゃんとよくしゃべっていたという。それはきっと間に困ってのことだったのさ、と今のわたしはおもう。
ある日の朝食のとき、皆はいつものように朝の短い時間を濃い時間を過ごしていたが、わたしにはそんな時間など関係なく、またおじいちゃんもそうであった。
「梨を剥いてみろ」
とおじいちゃんは果物ナイフとナイフをよこした。うまく剥けないよ。そういったが、わたしは剥き始めた。いびつな梨を2人で食べた。
それから毎日毎朝わたしは梨を剥いた。毎日少しずつ上達していき、毎日少しずつおいしくなっていくように感じた。おじいちゃんはあまりほめなかったように思う。でもとても温かかったように思う。2人はどうつきあったらいいのかまだわからなかった。
梨がうまく剥け始めると、母や親戚のおばさんなんかが「あら、梨」とぱくっとかっさらっていくようになった。とても現金なひとびとめ。おじいちゃん以外にあげていいなんて言ってないぞ、と心の中で思った。が、おじいちゃんがもう1個梨を持ってきたので、まぁいっか、という気持ちになった。
帰る頃には、梨も上手に剥けるようになり、おじいちゃんとも仲良くなった。おじいちゃんはわたしに卵焼きを焼いてくれた。台所に立ったことのないおじいちゃんだったらしい。おじいちゃんはわたしの髪をドライヤーで乾かしてくれもした。これにはわたしもちょっと驚いたが、おじいちゃんというものはこういうものかもしれない、とされるがままになった。すると、おじいちゃんの娘達が驚いていた。おじいちゃんは娘達にそんなことはしなかったようで、「父さん、どうしたの」と言われる始末。どうしたも、こうしたもない。わたしはかわいい孫なのだ。
梨は水気があっておいしい。水気をこぼさないように齧り付くと顔がほころぶ。毎日笑って過ごしたあの温かな日々。