さんこの町

沿線に「さんこの町」という駅ができた。できたと言っても、駅名があらためられたのだ。さんこはなんだかけっこう知られている。でも、さんこは誰も知らない。

わたしがさんこと会ったのは幼稚園の頃。わたしはいじめられっこで、お泊まり会にふたり一組で眠るのに、私は相手を見つけられずにいた。
「あきちゃん、一緒にねよう」
さんこだった。わたしはその時、さんこを知らなかった。なぜさんこがわたしのことを知っていたのか不思議に思ったけれど、どうでもいいことに感じて、特に聞かなかった。わたしとさんこは昔から親友だったかのように一緒にいた。とてもふつうに暮らし、一緒に眠った。さんこのタオルケットはバンビだった。とてもさんこに似合っていて、そのさんこと一緒に眠るわたしまで、羨望のまなざしを受けた。そのまなざしにわたしはどぎまぎしたけれど、さんこはふつうにわたしと一緒に眠った。さんこの匂いに包まれてわたしは深く眠った。

「さんこの町」という駅名を聞いたとき、きっとあのさんこのことだと思った。さんこのことをわたしはよく知らないけれど、さんこはさんこしかなかった。そして、どうやらやはり「さんこの町」はさんこのことだった。
さんこはあまり覚えることができなくなったようで、毎日いろいろと忘れてしまうらしいのだ。むかしあったこと、昨日あったこと、とにかくいろんなことを順不同で忘れてしまうらしいのだ。病気とか、怪我とか、原因はわからないが、とにかくすべてを忘れていっているようで、ある時期、さんこは泣いて暮らした。泣いても泣いても、やっぱりそれも忘れて、泣いて。そしてとうとうすべてを忘れたときに、さんこは自分の名前だけは覚えていたんだって。さんこ。さんこという名前はさんこ自身にも強烈に刻み込まれていて、それだけは忘れなかったって。さんこは、さんこのお父さんが付けた名前で、漢字で書くと、燦子。太陽が燦々と輝くように、その光を一心に受けて、そしてそれをまわりに振りまくようにと、付けられた名前。さんこはそれだけ覚えているようになったとき、泣かなくなった。そしてふつうに振る舞うようになった、さんこらしく。
さんこはみんなが知っていた。なんでかは知らないけれど、きっとわたしがさんこを知っているように、みんなもさんこと時間を暮らしたんだろうと思う。だからさんこがいろいろ忘れてしまうということを知って、さんこの話をするうちに、さんこの町のひとたちは住所よりもさんこが住んでいる町といった方がわかりやすいと、地名を変えてしまった。地名を変えたら、なんと駅名も変わった。

さんこはどうしてわすれてしまうんだろう。さんこは今日もわすれてしまったのかな。わたしのことも覚えていないんだろうな。どうしてわたしはさんこのこと、こんなにもはっきりと覚えているのかな。あのときのことしか覚えていないわたし。それ以外、さんこのことは知らない。忘れてしまう原因も知らない。

さんこ、今日は誰かと知り合ったのかな。きっと知り合ったと思う。さんこはわたしとは違うふうを知っているのかもしれない。信号の渡り方、覚えているかな。お金の単位、覚えているかな。ご飯、覚えているかな。
会いに、行こうかな。

もしかしたら、たくさんの昔の知り合いが、さんこのところに来ているかもしれない。さんこはそのたびに、ふつうに接してるんだろう。

今度の日曜、「さんこの町」に降りてみようと思う。昔の友達に知り合いに。


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