つまらないわたし
うた歌ってるひとを見ると、よく思うのだけど、よくもまぁそんなに気持ちをさらけ出しますなぁと引いている自分と、それに魅せられて興奮している自分の、両方を目撃します。早い話、自分もそうしたいと思ってるんだと思うのですが。しかし、その歌われている詩なり、メロディなり、ひとなり、情景に、陶酔してうたを楽しみたいときも、そんな自分を発見してしまい、そっちばかり興味がいってしまうから困ったもんです。とてもナルシストなんですかね。
歌ってるひとだけが表現者じゃないのに、詩を作ったひと、曲を作ったひとがいるのに、きっと歌い手さんのお顔が見えてしまうから、こんなこと感じてしまうんだと。シンガーソングライターのひとには、引いてしまうことがあまりない、と思います。とても色眼鏡で見ています。歌っているひとが作った歌ではないのに、その歌の気持ちをどこまでわかっているのかな、などど偉そうに考えているんです。偉そうだわ。おごってるわ。
そしてよく考えてみると、詩なんかを読んでみて、その詩人に興味を持って調べてみたりすると、あの詩は誰々に捧げた詩だとか、この詩はこの時に書かれた詩だとか、わかってみると、妙に腑に落ちてしまってつまらなくなることがあったりします。だから、全部理解することが必ずしもいいことではない気もするのです。
それに私は、その人自身のことばでないものを歌うという行為に疑問を感じているんでしょう。あぁ、えらそう。あぁ、いやだ。こんな色眼鏡、取ってしまいましょう。だって本当はあこがれてるんですもん。