Posted by a6hootazemi in 外国研究
あさのさんから、演奏会は一月前くらいに教えて欲しいということだったので、今年の演奏会をお知らせします。
まずは11月29日(日)2時から、柏交響楽団の演奏会があります。ホームページは
http://www.kashiwa-symphony.com/
です。
この演奏会の曲目は有名曲ですが、何せ会場が駅から遠く不便なので、ここらに詳しい人じゃないとちょっとお勧めではないですね。
曲目を解説しておくと、
最初のベートーヴェンのレオノーレ序曲は、ベートーヴェン唯一のオペラフィデリオの序曲として作られたのですが、このオペラをベートーヴェンは何度も書き直したので、その都度序曲を作り直し、結局今は別のフィデリオ序曲という曲が使われています。従って、オペラでは使われないのですが、あまりに名曲なので、マーラーという作曲家が2幕と3幕の間に間奏曲として演奏したと言われ、現在でもそのように演奏されることがあります。しかし、オペラとは関係なしに、演奏会でも頻繁に取り上げられる曲で、いかにもベートーヴェンらしい劇的な曲です。
フィデリオというオペラは、政治的敵に牢に入れられている夫を、妻レオノーラが男装して救いにいくという、いかにも「道徳家」らしい話で、ベートーヴェンはモーツァルトのドン・ジョバンニ(とにかく手あたり次第に女性にアタックする)が嫌いで、それに対抗する意味でこのオペラを作ったと言われています。しかし、オペラとしては、ドン・ジョバンニの方が断然優れています。
次のグリークのピアノ協奏曲は、ピアノ協奏曲の代表的な名曲のひとつです。ノルウェーの作曲家だったグリークは、この曲をもって、歴史的な大ピアニストであるリストを訪問したそうです。そのとき、リストはこの曲を大変褒め励ましたと言われています。
全編みずみずしい感じの曲で、特にティンパニのクレッシェンドからの始まりは大変印象的です。
最後のブラームスの交響曲第一番は、ベートーヴェン以後の最大の交響曲です。ブラームスは恩人であるシューマンが自殺未遂をして、精神病院に入ってから、ずっとシューマンの妻のクララの世話をし、かつ相思相愛の関係でした。ベートーヴェンに負けない曲を、という意気込みと、クララへの愛情が濃厚に反映した曲で、劇的であると同時にロマンティックな曲です。
次に12月20日(日)に、松戸シティフィルの市民コンサートがあります。これは市民合唱団との共同の演奏会で、毎年12月に大規模な合唱入の曲を演奏します。今回は実にマイナーなロッシーニのスターバトマーテルをやります。団員もほとんど知らなかった曲で、僕もまったく知りませんでした。まだ曲のよさを掴むには至っていないほどです。
他に最初にワーグナーのローリングリン3幕前奏曲をやります。これは非常に有名な曲で、誰でも知っていると思います。そして、この曲の後にすぐ有名な結婚行進曲(婚礼の合唱)に続きます。
次にメンデルスゾーンの交響曲5番宗教改革というのをやります。これもメンデルスゾーンの中ではマイナーな曲で、今回はマイナー曲がほとんどということになります。
ただ、こちらが僕のメインのオケであること、駅から近いこと、合唱入であることなどから、聴くならこちらの方がお勧めです。
http://homepage1.nifty.com/MatsudoCPO/index.htm
そして、最後が大学オケの演奏会で12月26日(土)です。これは6時からだと思います。どうも卒業生が足りなかったらしく、急遽出演依頼がきて、しかも全部出るので大変です。まだ一度も練習に出ていませんが。
曲はヨハン・シュトラウスのオペレッタ蝙蝠の序曲。誰でも知っている曲です。
次に、グリークのペールギュントの組曲です。
そして、最後にチャイコフスキーの交響曲6番悲愴です。これは心理学科の小林先生も出ます。(わけい)
Posted by a6hootazemi in りえ, 外国研究
今晩は☆
桜の話題で盛り上がっていますね♪
私は、4月から千葉県教職インターンシップが始まり、今日は研修先の小学校の入学式でした☆今日は、比較的風もなく、桜が満開の中での入学式で、保護者の方々もとてもよい写真がとれたのではないか、と思います☆ただ、入学式では、1年生が入場してくるなり、激しいフラッシュとカメラの数に圧倒されました。
まるで、何かの取材のように、保護者の方々が立ち上がってビデオを回したり、カメラを撮ることに夢中でした。また、保護者の方々の熱い思いを感じ、子どもを預かる教師の責任を感じました。
話は変わりますが、私は今日、パソコンの技術を身につける必要性を改めて感じました。私の現在行っている学校は、HPが全く進んでいない状態でしたが、今年度から来た教頭先生がパソコンに強い方で、HPも改正することを意気込んでいました。
教頭先生は、HP作成をし、単身赴任のお父様から大変喜ばれたそうです。そのため、前任校ではHPを毎日更新していたそうです。現在単身赴任や、離婚して子どもと別々に暮らしている方もたくさんいるため、学校HPが毎日更新されることにより、毎日自分の子どもの写真が出ていなくても、学校の様子や、今日の出来事などがわかり、保護者の方々にとっては大変ありがたいことだと思いました。また、たまに更新するのではなく、毎日更新することで、アクセスをする習慣がつくのだと思いました。たまにしか更新をしなければ、保護者も頻繁にはアクセスはしなくなると思いますが、見るたびに更新されていると、頻繁にアクセスしてみようという気分にもなるからです。しかし、実際に実行することは大変なことであると思うので、HPを更新し続けた教頭先生はすごいなと思いました。
今日、入学式で、保護者の方々の熱い思いを感じ、細やかな情報提供をすることは、教師の義務でもあることを感じました。
より、良い情報、より喜ばれる情報を提供できるよう、情報機器の技術は学生中に少しづつでも身につけていこうと思いました。
今日は、卒論の話はありませんが、これで終りにします。おやすみなさい。(りえ)
Posted by a6hootazemi in りえ, 外国研究
今晩は☆
水曜のりえです♪
「博士の愛した数式」、私もすこーーし前に読みました♪
おっくんが言うように、難しい表現が多々あり、博士が感じる数学の面白さは理解に苦しむところもありましたが、物語的にとても面白い本でした☆よね?おっくん♪(笑)
この本で博士がたびたび「5や7といった素数は、自分と1しか割れないなんて美しい数字なんだ」と言っています。私は?と思ったのでですが、塾で中一の女の子に数学を教えている時、余談で、この話をしてみました。そしたら、何と「おもしろいね!!今度その本貸して!!」と言われ、その後の数学の計算でも素数が出てくるたびに、「これ美しい数?」と面白半分に聞いてきて、いつもよりも計算問題を多く解くことができました。
子どもは何に興味を持つのか本当にわからないなと思いました。
そして、だからこそ教師はいろいろな知識をもっていることが大切なんだなと思いました☆
さて、私は「子どもの発見」を読み終わり、「なぜ、今モンテッソーリ教育なのか」という本を卒論のために読んでいます。
また、卒論とは別に「だいじょうぶ」という本を読みました。
この本は、夜回り先生で有名な水谷修さんと地域医療の鎌田実医師との手紙のやり取りの形式でできあがっています。
この国の憂いを嘆くだけでは何も変わらない。厳しい現実の中でも残っている人々の優しさを大切にすればこの国は「だいじょうぶ」だと言い続けています。この往復書簡の掲載は「読売ウィーク」で好評であり、同誌が廃刊になったことにより、惜しむ声も多く、書籍にされました。私が、この本の存在をしったのも読売新聞の教育ルネサンスという記事の中で鎌田医師が、高校を訪問し、命を授業をしたことが取り上げており、そこで紹介されていたためです。
水谷先生は、日本で夜をうろつく若者たちの現状を、鎌田先生はピースボードで世界中を回ったことや、イラクの難民キャンプでのことなどが書かれています。
とてもいい本だったので、みなさんもぜひ読んでみてください☆
ゼミの話ではありませんが、今日はこのお話で終りにします☆
それではまたー★(りえ)
Posted by a6hootazemi in わけい, 外国研究
たっちの投稿があったので、1月に別のブログに投稿した文章を掲載しておきます。参考にしてください。(わけい)
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経団連や連合がワークシェアリングを前向きに考えているということが、この間話題になっている。しかし、オランダやドイツで行われたことが、日本で実現できるかというと、そんなに単純ではない。特に、かなり大規模にワークシェアリングが行われ、経済の回復に実効性があったとされるオランダの就業形態や社会保険のあり方が異なるので、結局のところ、労働者の不利な状況が繰り返される危惧が強いと考えられる。また、メディアの報道をみても、あまり切り込んでいないように思われる。
まず単純に考えても、欧米はある職務をすることで契約し、職務給として賃金が支払われるのが一般的である。ところが、日本では、企業に雇用されて、年齢給となっている例がまだまだ多いだろう。職務給である場合には、Aさんの仕事をBさんに3分の1分けたとしたら、賃金を3分の1分ければよい。(この場合単純化しているので、現実にはそのようにいかない場合もあるだろうが。)
しかし、日本のような形態の場合、40歳で勤続20年のAさんの仕事を、30歳で勤続10年のBさんに分ける、あるいは、25歳の新人に分けるというような場合には、賃金をどのように分割すればいいのか。また、日本の場合には、ボーナスや有給、各種手当等々が、企業によって異なる。こうした要素を考えれば更に仕事の分割と賃金の分割は一義的に決まらないことになる。そして、正規雇用と非正規雇用では、様々な違いがある。
オランダでうまくいったのは、こうした複雑な状況が日本よりずっと少なかったからであると考えられる。社会保険は基本的に公的保険であるし、ボーナスなどは日本のようにないし、また、もともと正規雇用と非正規雇用を厳格に分けるというシステムではなかった。パートとフルの違いもそれほど重視されず、週何日働くという形で雇用されているから、ワークシェエリングをする場合に、分割しやすい状況だったといえる。
また、まったく逆の側面から考えると、日本は本来かなりのワークシェアリング社会であったのが、その形態を壊してきたのが近年の傾向であるという点である。
特に日本の流通は、生産者と消費者の間にいくつかの業者が介在し、その過程でかなりの流通費が発生していた。だから、生産者の取り分が低い割に、消費者の払う代金は高めであったわけだ。つまり、消費者や生産者が流通業者に対して、ワークシェアリング効果を与えており、それで生活していた人たちが多数存在したことを意味する。
しかし、流通革命で、こうした中間業者が減らされ、消費者物価は安くなったわけだが、そこで仕事を失った人たちも大量に発生した。
正規雇用を少なくし(大量のリストラ)、非正規雇用を増加させたのも、ワークシェアリングの逆の流れであったといえる。
次にオランダの政策決定プロセスと日本の大きな違いを考慮しなければならない。日本ではよく「政・官・使」というが、オランダでは、「官」ではなく「労」になっている。しかも、「労」は市民団体も含んでいる。実際に、政治家代表と経営者代表と労働者・市民代表が、平等な立場で話し合い、試行錯誤しながら政策を決めていくことが、通常行われている。
しかし、日本では労働組合は比較にならないくらい、圧迫され弱体化しているし、政策決定プロセスに市民団体(NGO/NPO)が恒常的に参加するということは、極めて少ない。だから、出てくる政策が誰の利益を代表しているかが、同じ「題目」であっても、ずいぶんと違うのだ。今回のワークシェアリングでは、連合も賛成しているので、メディアは「政・労・使」などといっているが、労の意味が異なるし、また実態も違う。
現在のように、非正規雇用が劣悪な労働条件におかれ、また、簡単に解雇されるような状況は無くさねばならないから、ワークシェアリングがある面で必要であることは確かだろう。しかし、それを可能にする条件を正確に認識しないと、結局逆効果(経営の本当の目的なのかも知れないが)になる危険性がある。十分注意すべきだろう。
Posted by a6hootazemi in りえ, 外国研究
今晩は☆
水曜担当のりえです。
WBCすごかったですね!!!
昨日は自宅に着いてから、ずっと試合のVYRやインタビューや、シャンパンファイトなどを弟と一緒にずっと見てしまいました☆本当に素晴らしかったですね!!今夜帰国というこなので、また今夜もテレビの前にいるような気がします(笑)
さて、ゼミの内容ですが、コロディ著の「ピッノキオの冒険」が、モンテッソーリ教育に大きく関係しているようなので、「ピッノキオの冒険」を読んでみようと思っています。ディズニーの「ピノキオ」は、読んだことも、ディズニーランドのアトラクションにも乗ったことがあるのですが、原作である、「ピッノキオの冒険」とは、少し違うようなので、原作を読んでみたいと思っています。
また、モンテッソーリの苦悩として、息子のマリオの存在があることがわかりました。モンテッソーリは、研究所生活時代、2個上の先輩モンテサーの子どもを産んでいます。しかし、モンテサーが結婚に踏み切らなかったため、当時イタリアでは未婚の女性が出産することは、厳しく罰せられるとともに、知名度が上がっていたモンテッソーリにとってスキャンダルになることは間違いがなかったため、国外で出産し、匿名で乳母に引き渡し、息子マリオの存在についても知っているのは、双方の両親だけであり、ひた隠しにされたそうです。モンテサーのが結婚に踏み切らなかった理由は分からず、2人が決別した理由も謎に包まれているようですが、モンテッソーリは、息子マリオの望ましい成長に手助けすることも、彼の内部的な自然の衝動に応じた人間形成を援助することもできず、ただ養母を信頼し、その手に息子を委ねることしかできなかったため、悩み苦しんでいたようです。
調べていくにつれて、モンテッソーリの生涯の謎も多くなってきました。情報が錯乱しつつあるので、少しづつまとめていこうと思っています。
今日のブログはここまでにします★
今日は、サムライJAPANの帰国を待ちましょう♪(笑)
(りえ)
Posted by a6hootazemi in りえ, 外国研究
今晩は、水曜担当のりえです☆
先週、ずっと伸ばしていた髪をばっさりと切りました!!
ショートカットにしたのは、中学生以来のような気がします。
なんか、すっきりして心機一転な気分です☆
今日は、主に3つのことを書きたいと思います。
まず医師資格についてですが、ブログを読み、なるほど!!と思いました。
確かに、モンテッソーリの時代はイタリアが統一する複雑な時代なので、制度の面で変わっているということは考えられると思いました。
イタリアの教育制度の変遷についても調べていきたいと思います。
そして、わかったことからここにアップしていきたいと思います。
次に、モンテッソーリの教育器具についてです。
モンテッソーリは、教育方法として、様々な教育器具を発明しています。
スウェーデンの幼稚園を見学した時に見たものは、本を読んでいくと、体の仕組みがわかるようになっていたり、パズルを完成すると、世界地図が完成するようになっていたり、まさに遊びと教育が一体になったものでした。
私は、そんな教育器具に興味を持って調べ始めました。
ただ、モンテッソーリ教育器具は大変高いため、とても研究材料として買うには手が出せません。ただ、去年の夏に広島に行った際、子どもの知育パズルという日本地図のパズルが売っていました。少し、モンテッソーリの器具と似ていると思い、手軽な値段だったこともあり、購入してきました。
それを、この前塾の一年生に使う機会がありました。
私の塾では、小学一年生の女の子が来ています。
普段は、別の講師が見ているのですが、先日は私が頼まれ、受け持ちました。90分の個別授業は、1年生では集中力が持つわけがなく、塾に来ても、走り回ったり、絵本を見たり、絵を切ったり張ったりとして勉強どころではありません。毎回、90分を無事終えるのに講師はいっぱいいっぱいです。そのため、私の授業にも何も指示はなかったため、自宅から、知育パズルを試しに持って行きました。すると、いつも机に3分も付いていることもできないのに、パズルに大変興味を示し、何と30分も机に向ってじっくりとパズルを完成させていきました。ただでさえ、これは驚く出来事であったのですが、そのあと、30分かけて完成させたパズルを全部崩して、もう一度やろうとしたことは本当に驚く出来事でした。ただし、2回目は先生がやってといっていたので、自分で何回もやるということではなかったのですが…。
ただ、それは、他にもいろいろな道具を持ってきていたので、他の道具に目を取られていたということが大きかったと思います。また、本人一人にしていたら、結果もまた変っていたと思います。モンテッソーリが言う、子どもが興味を持ったことを何回も繰り返す行為は考えられると思いました。
最後に、今年の4月から神奈川県にモンテッソーリ小学校が開設される話についてです。去年、教師を募集していたこともあり、興味を持ち、小学校にメールを送ってみました。すると、だいぶたってから丁寧に返信をくださり、モンテッソーリの小学校の教員募集は来年になってみないとわからないということや、このような場所で働くには、モンテッソーリの教員資格を持っていたほうが有利であるということを教えてくださいました。そして、モンテッソーリの資格取得の講座案内を送ってくださいました。しかし、講座を受けるのにはすごくお金がかかってしまうので、プレコースだけでも無理だとは思いますが。。。
とりあえず、連絡がきたので、その報告です。
以上、今日は3つのことをお話させてもらいました。
それではまたー☆(りえ)
Posted by a6hootazemi in わけい, 外国研究
りえさんの昨日の文章についてです。
僕はイタリアの当時の大学・高等教育制度について、よく知らないので、確定的なことはいえませんが、りえさんの調べた内容で、モンテッソーリが最初の大学医学部卒業で女医一号だということが、否定されるかどうかも、また慎重に考える必要があるかと思います。
伝統的にヨーロッパでは、大学とはマスターの学位を授与する機関であり、その後何年間か勉強して、博士論文合格で博士になります。もっとも、各国でこの呼び方が違い、似た名前が国が違うと意味が違うということもあり、慎重に考える必要があります。
まず、医者ということですが、戦前の日本では、帝国大学医学部と、医学専門学校がありました。戦後はこれが統一されて、新制大学医学部になっているのですが、戦前はまったく地位の違う学校だったのです。もちろん、両方とも医者には違いないのですが、ステータスには大きな相違がありました。(例えば、医学専門学校卒では、帝大医学部教授にはなれませんでした。)
現在ヨーロッパでは、この専門学校レベルの卒業生を「学士」と呼ぶ場合がたくさんあります。イタリアの dottore も基本的にそうでしょう。しかし、日本もそうですが、これを「大学」と呼んでいるわけです。
しかし、ヨーロッパの伝統的な大学は、修士で、また医学部は特別な課程になっています。今の日本の大学でも医学部だけは6年制ですね。(最近薬学部もそうなりましたが。) つまり、りえさんの書いたとおりかも知れないのですが、異なる可能性としては、最初の女性の医者は、学士であって、日本の医学専門学校に当たる学校の卒業生で、モンテッソーリは、帝国大学医学部にあたる卒業生としての医者で、女性としては第一号であるという可能性もあるのではないでしょうか。ローマ大学医学部ですから、その可能性は高いと思います。
あるいは、ウィキペディアでも、イタリア語バージョンには、「イタリア統一後の最初の女医」となっています。つまり、イタリア統一によって、大学制度が整備され、医学専門学校と帝大医学部的な二重の制度になって、後者の最初という可能性ですね。
少なくともローマ大学医学部の第一号であることは確かでしょうし、それまでは低いレベルの資格だったというように考えるのが、多分妥当でしょう。
もう少し調べてみるつもりですが、りえさんも、そこらに踏み込んで調べてみてください。
日本でも帝大にすべて医学部があったわけではなく、魯迅が在学していたことで有名な仙台医学専門学校も、その当時は東北大学医学部だったわけではありません。その後東北大学医学部になりましたが。(わけい)
Posted by a6hootazemi in おっくん, 外国研究
こんばんは。月曜担当おっくんです。
今日は鎌田ゼミの卒業研究発表会でした。鎌田ゼミには4年生16人、3年生8人の合計24人いて、1日では全員が発表しきれないということで、2日に分けて発表会を開催します。私は明日発表します。ドキドキします。まだしてませんが。どうにか乗り切ってやろうと思います!!!!!!!!
卒業研究については、鎌田ゼミ発表会の準備や試験勉強の息抜きとして、卒アルを読みつつ質問に対して良い答えというか、自森生らしい答えを見つけてはノートに書き出すという作業をしていました。しかし、まだ全員分読み切れていないので、読み切ったら自森生の答えをここに載せたいなーと思っています。
とりあえず、質問項目を載せておきます。
基本の質問
①好きな言葉
②自森でがんばったコト
③自分を変えたモノ・コト・ヒト
④将来の夢
⑤自森で得たモノ・失ったモノ
⑥自分にとって自森とは
選択の質問
⑦誕生日、血液型、星座は?
⑧好きな○○、嫌いな○○
⑨自森で学んだこと
⑩クラスはどうだった?
⑪自森に校則をつくるとしたら
⑫自森で見つけた意外なモノ
⑬写真を撮った場所と理由
⑭自森の下を掘ったら何が出て来る?
⑮教員へ一言
⑯自分のライバルは?
⑰3年間でどう変わった?
⑱もし自分にリングネームをつけるとしたら
⑲自分の格言・座右の銘は?
⑳自分のポリシーは?
21自分・友達へのメッセージ
22自分に起こったスゴイ事件
23もし明日死ぬとしたら何をする?
24自由になれる瞬間
25地震の時まず先に何を持っていく?
26最近みた夢
27今だから言えるぶっちゃけ話し
こんな感じです。
各質問項目の「自森」の部分を卒業した高校の名前や「文教大学」に変えたら皆さんでも答えることが出来ます。気が向いたり暇だったらぜひ答えてみて下さい。強制はしません。自由なんで。
ではでは、私はこれから明日の発表の練習をします。PowerPointとにらめっこです。また来週の月曜日にお会いしましょーー(*・∀・)ノ"(おっくん)
Posted by a6hootazemi in 外国研究
久しぶりに海外の新聞を見ていたら、ヨーロッパは今年は寒いのでしょうか、オランダの新聞には、各紙、運河や池が凍ってスケートをする人たちの写真が掲載されています。 みなさん、さんざん聞かされている(?)ように、オランダは運河が国中に流れており(もっとも運河は流れていません。水門で高さ調節がなされているだけですけど。他の表現がないので。)冬になると寒さの程度によりますが、凍って、オランダ人の最大の楽しみであるスケートリンクに早変わりします。すごく寒くなると、国中の運河が凍り、オランダ縦断スケート大会が開かれるのですが、最近は、暖冬のせいでしょう、ずっと開かれていません。でも新聞では、今年への期待が高まっているようです。全国縦断スケート大会では、7、8時間でオランダを縦断するそうです。もちろん、そういう人はオリンピック選手で、普通の人たちは、そんなに早くすべりませんが、これはたぶん、オランダ最大の国民的体育行事でしょう。
オランダ人たちは、職場にスケート靴を用意していて、昼休みなどに、気軽にスケートを楽しむといっていました。何しろ、どんな職場でも、すぐ近くに運河がありますから。
思い出すのは、1992年に始めてオランダに留学したとき、初めて池が凍ったときのことです。オランダ人たちは、さっそく幸い土日が挟まっていたので、スケートを始めました。急いで子どもたちにスケート靴を買ってやり、子どもたちも、こわごわアイススケートを初めてやりました。ちなみに、スケート靴は、オランダでは自転車屋で売っていました。もっとも国民に普及している品物という点で、自転車とスケート靴が同じ店で売っているというのも、オランダ的です。
まあ、我々は月曜日でいいか、(日曜日は店は閉まっています。)と呑気に構えて、月曜日に購入し、さて、明日やろうと思っていたところ、火曜日には凍りは滑るのには危険なまでに薄くなっており、とうとう、その後は暖冬が続いて、わずか3日だけのスケート可能日になってしまい、わざわざ買ったスケート靴は虚しくはかれないままに、持ち帰り、日本でも使用することなく、いつか処分されてしまったようです。
オランダ人に「オランダ人はどのくらいスケートができるんですか?」とうつかにも質問したことがあって、スケートができないオランダ人はいません、と当たり前のように答えがかえってきたのが印象的でした。あと、自転車に乗れないオランダ人はいないようです。オランダではかなりの高齢者でも普通に自転車に乗っています。(写真はオランダの Volkskrant 紙2009.1.12 )
日本で、国民全員ができる「遊び」、それもある程度の練習が必要な遊びは何かあるでしょうか。(わけい)

- 池が凍ってスケート
Posted by a6hootazemi in おっくん, 外国研究
こんにちは。月曜担当のおっくんです。昨日は予備校の新年会に参加してきました。予備校卒業してから会っていない人がほとんどだったのに、居心地が良くて、素でいられて、めちゃくちゃ楽しくて.....良かったです( ´ー`)新宿で飲んでいたので終電が23時40分頃で1次会で帰りました。本当は2次会も参加したかったのですが、2次会を途中で抜けられる程の強い意志を持てそうにもなかったので.....悔しいですっ!!!!!!!!!!!!
さて、先程『自由の森学園 その出発』を読み終えました。この本には自由の森学園を創り、また最初の学園長であった遠藤豊氏が明星学園を辞め自由の森学園を創ろうとした背景から、学校の建設、入学試験、開校、入学式、生徒たちの学校生活や寮生活ついて書かれていました。その中で遠藤氏は「人間らしい人間になるために"学ぶ"」ということについて 『例えば今、学校で普通に行われている勉強は、すでに出来上がった知識、あるいは答えが決まっている知識をたくさん頭の中に溜め込んで、テストの時にそれを間違いなく、早く取り出すように訓練をする事になっている、それがふつうの学校教育の姿です。そういう学び方が人間らしく育つために本当に必要かどうかといえば、必ずしもそうはいえない、と私は思うのです。頭の中にたくさん知識を溜め込んで、ただ物知りになることが必ずしも人間として育つことにはならないのです。それでは、いったい人間らしい人間とはなにか。もっとも大切なことは想像力の豊かな人間になることだ、と私は考えています。また、自分自身で何かを考え出して、勇敢にそのことに挑んでいくことです。それから人間のやさしさや健康なからだ、豊かな感受性をもつ人間が人間らしい人間と考え、それを持つ人間に育てるために教育がある』と述べていました。
さぁ、ここで注目したいのが、1996年に文部省(現在の文部科学省)の中央教育審議会が「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」という諮問に対する第1次答申の中で『我々はこれからの子供たちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と称することとし、これらをバランスよくはぐくんでいくことが重要であると考えた。 』と述べていました。
この[生きる力]は「豊かな人間性」「健康・体力」「確かな学力」の3つの要素からなる力ですね。「豊かな人間性」は[生きる力]の定義の中の『自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など』にあたり、「健康・体力」は『たくましく生きるための健康や体力』、「確かな学力」は『知識・技能に加え、学ぶ意欲や自分で課題を見つけ、自ら学び、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力など』の部分に当たり、基礎・基本を中心に、思考力・判断力・表現力・問題解決能力・学ぶ意欲・知識・技能・学び方・課題発見能力のことを指します。
遠藤氏が述べた教育のほとんどに[生きる力]が当てはまってるのではないかと本を読んでいて思いました。自森の開校は1985年です。中央教育審議会の第1次答申は1996年です。ということは、遠藤氏は中教審の答申よりも早く[生きる力]についての教育を実践してきたということになります。
自由の森学園の話を友達から聞いて、そんな学校があったんだと感動し、今本を読んで改めて自森はスゴイと思いましたし、さらに興味を持ちました。だからといって、良いところばかりではないのです。これは良くないんじゃないのか、問題なんじゃないのかと疑問に思うところも少なくありません。だからこそ面白いし興味がわくんだなと思います。
やっと1冊目の本を読み終えたので次の本に取り掛かろうと思います。試験勉強やレポート課題と両立して読めたらいいですね。ではではまた月曜日に(おっくん)
Posted by a6hootazemi in おっくん, 外国研究
こんにちは。新年明けましておめでとうございます。月曜担当のおっくんです。年越しは北越谷の笑笑でした。サークルの仲間と飲みつつ新年を向かえ、鏡月で酔っ払いあまり記憶がありません。
さて、以前太田先生が「教育を考えるときには少数派意識がとても重要」とここに書き込んでいました。これを読んで、私は2008年3月28日に放送された「筑紫哲也News23」の多事争論を思い出しました。ここで筑紫哲也さんは「とかく一つの方向に流れやすいこの国の中で、少数派であることを恐れないこと、多様な意見や立場をなるだけ投票させることでこの社会に自由の気風を保つこと」と言っていました。何を主題としてこれを語ったのかはちょっと分かりません。「少数派」という言葉が頭の中に残っていたのでさっきYouTubeで見て書き出してみました。
筑紫哲也さんは自由の森学園と関係があります。自森の「進路サポート」として年に数回社会の第一線で活躍している人を招き進路講演会というのを実施していて、ここに筑紫さんは何度か訪れているそうです。またNews23でも自森を特集したことがあり、そこで「学校だの教育だのは必要ないと思います」と発言されていたみたいです。Wikipediaに書いてありました。どういう意味の言葉なのでしょうか。
News23のホームページで特集のバックナンバーを検索してみました。2003年3月5日に「日本とイラクの高校生 インターネット対話」が放送されています。「自由の森学園の高校生たちが、2月26日バグダットの高校生とインターネットを使い、ビデオカメラで撮影したお互いの顔を見ながら平和について語り合った」とありました。これについては、私は友達から自森でこういうことをしたと聞いていました。まさかテレビで取り上げられているとは思いませんでした。他にも取り上げられていないか調べましたがありませんでした。残念です。
こんな感じです。本は読み進めています。その内容については来週にします。
今日は新年最初のサークルがあります。代持ちである2年生が何か起こしてくれるみたいです。ワクワク楽しみであります。ではでは(おっくん)
Posted by a6hootazemi in おっくん, 外国研究
こんばんは。月曜担当おっくんです。完全に寝起きです。冬休みに読もうと決めた本を読んでいたらいつの間にか寝てしまいました。昨日も一昨日もそんな感じだったので全然先に進みません。
今私が読んでいる本は『自由の森学園 その出発』というタイトルで著者は自由の森学園を創り、また最初の学園長であった遠藤豊氏です。遠藤氏は自由の森学園を設立する以前は東京都にある私立明星学園小中学校の校長だったんです。とりあえず、さっきまで読んだ時点では明星学園についての記述が主だったので、これからこのブログ書き終わってからまた先を読み進めたいと思ってます。
今日は、自由の森学園の卒業アルバムについて書きたいと思いました。
私には自由の森学園を卒業したお友達がいるんです。彼女に勧められて卒業アルバムを借りて見てみました。それが2年くらい前のことなので記憶が曖昧ですが、たしか一人の生徒につき見開き2ページだったと思います。左のページにでっかく個人写真、右のページには質問の回答と、その生徒の絵やら写真やら....なんか、もう自由でした。一人につき見開き2ページを使用するということで厚さは、もう辞書並みでした。大きさは....一般サイズ??覚えてません( ´д`)
左ページの個人写真の写り方も自由で、落ち葉に埋もれてる生徒、木に登って写っている生徒、椅子を振り上げて今にも投げつけそうな感じで写っている生徒などなど....自由でした。写真を載せるか載せないかも自由なので名前だけ書かれてあるページもありました。ちょっぴり寂しい印象をうけましたね。
右ページの質問項目には「自森に入って変わった事は?」とか「自森はどんなところ?」とか「好きな言葉は?」などなど20項目くらい?ありました。そこに書かれていたことで印象に残った言葉たちをメモしてて、それを見つけたので紹介します。
「自森は空気が淀んでいて息苦しいところ」誰もが自森大好きっ!!!!ってスッキリ卒業するもんじゃないんだなぁと、自由が窮屈に感じる人もいるんだなぁと.....
「自森で生活していて変わったんじゃなくて、自分にくっついてくる感じ」自分っていう根本は何も変わらない。その自分に良いものや悪いもの、色々なものがぴたっとくっついてそれが今の自分で感じですかね。
「自森は人生の第三歩目」.....理解に苦しむ言葉です。
「将来の夢は新しい人」大江健三郎の『「新しい人」の方へ』のことだと思うよって私の親友は言ってました。私はこの本読んだことないので機会があったら読んでみたいと思います。そうすれば意味が少しでも分かるかしら。
「不自由、疑う心を得て自信を失った」何でーーーっっ!!???分かりません。
こんな感じでした。あと私自身の感想で「自森の教師に対しての一言にあまりいい印象の言葉は見られなかった」とメモ書きしてあるんで、その理由を探るためまた卒アル借りてみようかなーーーと思う次第であります。
以上です!!!!!!!!!!
明日明後日と9:30~21:40までバイトです。稼ぎます!!!!!!!!!皆様良いお年をーーーーー(*・∀・)ノ"(おっくん)
Posted by a6hootazemi in 外国研究, 授業論・教育方法
みなさんは、お子さまランチは好きだったのでしょうか。僕自身は食べた記憶がなく、好きも嫌いもないのですが、ウィキペディアによると、1930年に三越で考案されたそうなので、僕の子ども時代にもあったはずですが、そういうレストランなどには連れていかれた経験がないので、知らなかったのです。かなり高級なレストランにしか、お子さまランチはなかったと思います。今風のフィミレスはなく、外食といえば、普通はそば屋、ラーメン屋、食堂であり、贅沢なときには寿司屋という感じだったし、そこにはお子さまランチはありませんでしたね。
こんな話をするのは、マナブ君の「発達段階」ということに触発されてのことです。教科書のことを考えていたときに、日本の教科書とヨーロッパの教科書の考え方の相違が、お子さまランチに対する相違と似たところがあるのではないか、というのが、きっかけです。みなさんも考えてみてください。
日本の教育というのは、ものすごく「発達段階」を意識していると思います。その最たるものが教科書で、とにかく、漢字の配列や単元の内容について、習ったか、習っていないかを厳密にチェックした上での記述がなされています。
また、歴史に典型的なのですが、小学校ではごく簡単に、中学校で少々詳しく、高校ですごく詳しく、というように、同心円的に「発達段階」が「考慮」された内容になっています。しかし、これって、本当に発達段階への適切なる配慮であるかは、別問題で、他の国と比較すると、違う考え方もできるのだということがわかります。
ヨーロッパの歴史教育は、こんな「配慮」はありません。教科書は学校段階でそんなに違うことがないのです。むしろ、「歴史教科書」というのは、年齢にあまり限定されないように作成されている気がします。そして、小学校段階では、古代、中学で中世、高校で近代というように、時代を追って学ぶので、教科書は一般的に詳しいのです。
そして、思い出したのがお子さまランチです。
ヨーロッパでは、そもそも子どもはレストランに入ることができません。日本のファミレス風の店もあり、そうしたところではたまに見かけるのですが、特に高級でもないけど、とりあえずちゃんとしたレストランは、子どもの入場を厳しく制限していると思いますし、そもそも連れて行く親がほとんどいないと思います。従って、お子さまランチなるものが、存在しないわけです。もちろん、見たこともありません。
どんな民族でも子どもの味覚と大人の味覚は違いますから、ヨーロッパだって子ども用の、あるいは子どもが好むような食べ物や飲み物はあります。でも、日本ほどではないような気がします。つまり、日本の方が、子ども用の食べ物が豊富な気がするのです。もともと、日本では子どもが大切にされ、ヨーロッパでは、子どもは小さな大人と考えられていたと言われています。つまり、発達段階という考え方が、ヨーロッパでは近代まで極めて弱かったわけです。しかし、子どもの発見、青年の発見、発達段階の研究などは、欧米で進みました。シュタイナー教育など、発達段階への独特な考察に基づいて、教育内容を構成する学校も栄えていますが、それはドイツ産です。
あまり堅いことではなく、みなさんは、お子さまランチをいつころまで食べていたでしょう。お子さまランチの思い出など紹介してみてください。意外と深い意味があるかも知れません。(わけい)
to: マナブ
発達段階の基礎理論としては、やはり、ピアジェを短いものでいいので、一度しっかり勉強しておいてください。
Posted by a6hootazemi in おっくん, 外国研究
太田ゼミで唯一の心理学コースのおっくんと呼ばれる女子です。これから月曜担当です。
人教コースの中でポツンと1人心理学コースということでちょっとアウェイ感を感じています.....。みなさん、仲良くしてくださいっ!!!!!!!!!これからどーぞよろしくお願いします。
さて、私は今鎌田ゼミに所属しており、そこでの研究の為ちょっと前に質問紙調査を実施しました。質問紙を作って配って回収してそのデータをにExcelに入力する。そこまでは全然苦ではなかったのですが、SPSSで分析、レポート作成、ゼミの合同発表会がこれから待ち受けていて、心理学コースならではの苦労を抱えることになりそうです.....。冬休みには鎌田ゼミのレポート作成と太田ゼミの卒業研究に関する本を読むということを両立出来るように頑張りたいと思いますっ!!!!!!!寝正月なんて言葉は知らんっ!!!!!!!!!
ここでみなさんに紹介したい歌があります。
「1.押さえ切れない怒り こらえ切れない悲しみ
そんなことのくり返しだけど 決して負けはしないさ
ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ
僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ
2.泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ
涙の乾くときはないけど 決して倒れはしないさ
ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ
僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ
3.いつも思い出すのさ 自由のために死を選んだ
グェン・バンチョイ ジョー・ヒル ビクトル・ハラを
決して忘れはしないさ
ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ
僕たちの人生は 平和と自由もとめて 生きてゆけばいいのさ
4.広く高く大きく 明日に向かって力強く
人間のやさしさをうたえ うたえ うたえ うたえ うたえ
うたえ うたえ うたえ 人間のやさしさをうたえ うたえ
明日に向かって力強く 広く高く大きく」
私の卒業研究テーマである「自由の森学園」の校歌です。正式に言えば、自由の森学園には校歌がないので校歌代わりに歌われる曲で「ケ・サラ (CHE SARA)」というタイトルです。ちなみに作詞・作曲はJ.フォンタナ C.ペス N.イタロ F.ミグリアッチ、訳詞はにしむらよしあきとありました。外国の方が作った曲だったんですね。何語なのかこれから調べていきたいと思います。
ちなみにちなみに、私が卒業した高校の校歌↓
「黎明告げる 赤城の嶺は 光に満ちて 天空遥か.....(省略)」
堅いですね( ´ー`)つまらんです。そしてすっかり忘れちゃっている自分にビックリです。歌おうと思えば歌えるかもしれませんが、私にとってはそんな大切な歌ではないです。校歌なんてそんなもんじゃないでしょうか。よく行事で「校歌斉唱」がありますが、しっかり歌った覚えはありません。
しかし!!!!!この自由の森学園の「ケ・サラ」は生徒にとってとても大切な歌で、各行事では全校生徒で大合唱するそうです。自由の森学園の中学1年生の音楽科の授業ではひたすら合唱をするそうです。歌うことの喜びを感じることで、内面的な豊かさを育むそうです。自由の森学園にいると歌うことが大好きになるみたいですよ。素敵ですね♪
あまり長く書きすぎると今後書くことがなくなってしまう恐れがあるのでこの辺にします。
これから今年最後のサークルに行ってまいります!!!!!We are B-KIDS!!!!!!!!!(おっくん)
Posted by a6hootazemi in 外国研究
はじめまして☆今日は、皆さん集中講義お疲れ様でした。今日、なるべく卒論に関することが好ましいといわれましたので、私は自分の卒論について書きたいと思います♪
私は、イタリア初の女医さんであり、教育者であるマリアモンテッソ―リについて調べています。きっかけは、北欧研修にいった際、スウェーデンやノルウェーの幼稚園がモンテッソーリ教育を推進していたことです。イタリアの人ということで、現在イタリア語も少し勉強しています。初めは難しくて理解できないだろうと思っていましたが、始めてみると、あら不思議♪今、イタリア語にすごくはまっています。現在、大人気アーティストであるEXILEの歌っている"Ti amo"もイタリア語ですよーー☆ディズニーシーにもべネティアをイメージした町並みがあり、流れる運河をゴンドラに乗って旅する”べネティアゴンドラ”というアトラクションもありますね☆新しい言語を学ぶのは大変だけど、こうして身近な歌やテレビなどでも自然に使われていると、新しい言語も身近に感じますよ☆
第一回目の日記なので、今日はこのへんにいておこうと思います。みなさんこれからよろしくお願いします☆
りえ