5 月
9

20人以上集めることについて

Posted by a6hootazemi in わけい

 前回ゼミで、人が対象になっている場合には、20名という条件を付けましたが、これについて説明しておきます。
 まず、ゼミでは、本当の意味での「研究」に近いことをしたいと考えています。「勉強」ではなく。研究とは、これまでの考えを再検討し、新たな材料を集めて、新しい考えを提起することです。それはなかなか難しいものです。これまでみなさんがやってきた勉強では、これまでの「考え」を基本的に正しいものとして学ぶ、その「考え」の「中」で、材料を集めて、あるいは、その考えの中にある材料で、再確認するような作業をしてきたと思います。しかし、それはでは研究になりません。
 時代はどんどん動いているのですから、新しい時代に則して、新しい考えを提起できる人が、創造的な仕事をするのです。そのためには、とにかく、既存の考えを吟味してみる、一端否定してみるとことが必要です。そのためには、これまでの研究で一切使われなかった「素材」「対象」を大量に集めて、既存の考えの枠から自由になって、材料そのものをじっくり考えてみる必要があるのです。
 既存の考えによって集められたものを超えるために、最低20名というハードルを設定してみました。もっと多いにこしたことはありません。
 大事なのは、それぞれの人を調べるときに、生データを網羅的に調べることです。例えば、新聞記事検索で、その人物の名前をいれ、扱っている記事を「全部」ダウンロードしてチェックしてみる等です。インターネット検索も網羅的にしましょう。大学図書館のサイトで使えるデータベース検索はフルに使いましょう。
 そうした生の材料から、丁寧に、この人は何故躓いたのか、どのようにもがき苦しみ、努力したのか、そして、どのように立ちあがったのか、確認していって、その中から、「考え」を自分のものとして構築してほしいわけです。
 集めたデータをできるだけ合理的に管理できるように、ネットを使ってください。そして、こういうデータ収集や処理ができるような能力を形成していってほしいと思います。

 確認
1 20人の有名人については、インターネット・新聞データベースなどで網羅的な検索をして事実を集める。知人等は録音をとる感じで丁寧にインタビュー。
2 それらの記録を自分作成のデータベースにして保存する。(スカイドライブを利用するのがよい。)


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5 月
6

発達障害と改善可能性

Posted by a6hootazemi in わけい

 すぎはらさんの書いた文章に、若干気になる点があるので、コメント的発言です。

 大阪維新の会については、基本的に教育的に大きな問題がたくさんあるので、それはここでは問題にしないことにしましょう。僕自身、個人ブログでかなり大量に、教育基本条例についてのコメントを書いたので、興味のある人はそちらをみてください。個人的にアドレスを教えます。
 そして、今回またまた家庭教育に関する条例案が出ているようで、それはそれで検討しなければならないでしょう。ただし、そこに間違いがあるからいって、対極の間違いをおかしてはいけません。

 「発達障害は先天性の脳の病気であり、予防や防止などをして治るものではありません。発達障害の子どもをもつ親は、長年「親の育て方が悪い、愛情不足」などと罵声を浴びさせられることさえありました。」

 前半と後半は異なる問題ですが、ここでは前半を検討しましょう。
 発達障害は
1 先天性の
2 脳の病気
3 予防や防止で治るものではない
という3つのことが書かれています。しかし、それは本当でしょうか。もし本当なら、「特別支援教育」というのは、成立しないことになります。また治療も成立しないことになります。医療行為も教育実践も意味がないことになってしまいますね。すると、大学で特別支援学校の教師になろうとしているということは、どうなるんでしょう。やはり、治療が可能であり、教育によって改善が可能だからこそ、意味があるんではないでしょうか。

 まず、先天性ということは、かなり注意する必要があります。かなり多様な意味をもっているからです。「教育学概論」でも重要な点として扱うのですが、通常「先天性」というのは、3つの異なる内容をもっています。
 第一に、遺伝的なものという意味です。あるいは、遺伝子によって規定されるといってもいいでしょう。血友病などは、遺伝子の構成によって男性に発病する遺伝的な病気です。最初から遺伝的構成によって受精で決定されるのかどうかはわかりませんが、ダウン症も遺伝子の構成上の病気であることがわかっています。こうしたことは、通常の治療では直しようがないわけですが、将来的には、遺伝子組み替え技術などによって治る可能性もあるのです。

 第二に、胎児のときになんらかの原因でなったという意味です。母親が喫煙したり、過度のアルコール摂取、薬害、過度のストレスや疲労を伴う生活等で、胎児に障害が生じることがあることは、統計的に明らかになっていると思います。これは母親が健康的な生活をすることで、ある程度は防げることは間違いないのです。こうしたことを改善することで、障害の発生を減少させることができると考えるのは、不当ではありません。

 第三に、出産時の問題です。難産で出産時に脳が圧迫されることで何らかの障害が生じることも、昔から知られています。医療技術の進歩によって滅多にないわけではありませんが、昔は少なくなかったし、また、現在でも皆無ではありません。これらも医療技術の進歩によって改善できる余地があるといえるでしょう。

 先天的なものだから、治せるものではないし、また予防も不可能というものではありません。過度に親を責めるのは酷であることは確かでしょうが、全く批判される余地のないわけではない親が存在していることは、事実なのではないでしょうか。

 更に育て方の問題が全くないかというと、それを0とすることはまた逆の誤解を生じさせることにならないでしょうか。
 人間の脳は、誕生後の様々な刺激を取り入れて発達していきます。逆に刺激がなければ脳は発達しないのです。乳児に親が全く話しかけることがなかったり、ずっと嫌悪の感情を抱いて接していたら、正常な人間関係を結ぶ感性や、言語能力が発達しません。つまり、それは後に発達障害として現れる可能性は十分にあるのです。
 責任論的に責めるのは間違っているとしても、育て方等に弱点があれば、それを指摘して、改善させることは重要な意味をもっているといえます。そうでなければ、最初に書いたように、特別支援教育そのものを否定することになってしまうのです。

 かなり前にみたアメリカの医師の事例なのですが、子どもが3歳のときに自閉症であることに気づき、子育ての際に通常行うような行為をあまりしなかったことに思い至り、誕生以来の通常の行為をすべてやりなおしたところ、自閉症が完全に治ったというドキュメントがありました。どこまで信頼できるかはわかりませんが、とりあえず医師であることは、全くの虚偽だととして退ける必要はないと思っています。
 やりなおしたこととは、抱っこするとか、ガラガラで遊ばせるとか、はいはいをやり直すとか、そういうごくごく単純な普通なことを、育児であまりやらなかったので、それを2~3年かけて、やりなおしたというのです。
 最近の研究では、赤ちゃんのころに、肌をさするような行為をたくさんすると、成長ホルモンがたくさんでて、身体の成長が促進されるというようなことが言われているようですが、それが100%事実であるかはわかりませんが、そうした子育てによって、子どもの発達が左右されることは間違いないところではないでしょうか。だからこそ、通常の刺激をきちんと与え、愛情をもって育てることの大切さを説くこと自体は、間違いではないと、僕は思っています。
 それと、そうなってしまっている状態で、当人を非難することとは別のこととしなければなりません。逆に非難するのは間違いだから、改善のための指摘をしたり、そのための努力を促すことも放棄するのは、間違っているはずです。

 差別というのは、とても難しい問題で、差別する側は、通常とんでもない安着な誤解をしていますし、傲慢な見方をしがちです。しかし、差別されている側が、冷静かつ正しくみているとは限らないのです。そこにも多くの偏見が生じる危険性があります。

 よく考えてみてください。


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4 月
28

天才ピアニストポリーニの躓きと立ち上がり

Posted by a6hootazemi in わけい

HMVのレビューに書いた文章の転載です。一般に文教の諸君は、能力のすごく高い人の教育について関心の低い人が多いのですが、教師になったときには、それでは困ると思っています。能力の高い子どもに対しても、適切な指導ができることが大切です。そこで、ゼミでは、そうしたグループがどうしても必要だと思いました。以下の文章は、そうした点で参考にしてください。

 このポリーニショパン集を評価するのは、実は音楽に何を求めるのかを問われることなのではないだろうか。若いころのポリーニは機械的だという評価と、近年円熟味を増して真に巨匠になったなどという評価は、個人的な受け取りだから、ありえないわけではないが、ポリーニが聞いたら驚くような、的外れなものだろう。
 ポリーニの若いころの演奏は、完璧な技巧だけではなく、作曲家に寄り添った高い音楽的解釈と、それを完全に表出するコントロール力という、すべての演奏家としての要素を極めて高いレベルで総合させた比類ないものだった。練習曲集につけられた「これ以上何をお望みですか?」というキャッチコピーはまさしく、この演奏を的確に表現したものだった。そのコピーが印刷された帯付きのLPレコードを購入し、散々聞いたものだ。しかし、そうした完璧さをもった演奏は、この中では4番目までである。5番目のスケルツォは過渡期であり、6番目のバラード以降は、ポリーニは全く別人になってしまった。しかし、それはよく書かれる練習不足とか、音楽家としての堕落では決してない。おそらく1990年前後、ポリーニの50歳代での腕の故障が原因である。私はプロの作曲家である知人から直接その情報を得たが、技術的な問題もそうだが、精神的な動揺が深刻であったという。その少し前だったと思うが、日本のテレビに登場していろいろと話をしていたのだが、ポリーニはとにかく時間がある限り練習をしており、すべての練習は作曲家の意思を正しく表すための解釈のためだと言っていた。この練習のしすぎが腕の故障の原因だろう。どんな人間でも決して逃れることのできない肉体的衰えと故障の時期が重なったために、さすがのポリーニも急速に技巧的な衰えを示すことになった。91年のスケルツォから99年のバラードまで、8年の空白があることが、この間のポリーニのもがき苦しむ精神を想像させる。ベートーヴェンなどはだしていたが、有無を言わせぬ名演は全く現れなくなった。

 私はポリーニ全盛時代にNHK交響楽団に登場したときのライブを実際に聴いたことがある。ショパンの2番の協奏曲であり、アンコールとしてバラード1番を弾いた。この演奏会は、人生の中でもっとも印象的な忘れることのできないものだった。カラヤンの第九やクライバーの薔薇の騎士、ボエームも聴いたが、感動の強烈さという点で、ポリーニの方が遥に上だった。あんなに美しいピアノの音は前にもあとにも聴いたことがないし、(数年間同じ席で様々なピアノ協奏曲と演奏家を聴いたが)特に第二楽章の夢見るような夜想曲には、恍惚となるような思いがした。そして、バラードは、神秘的な雰囲気の音から、強烈なダイナミズムまで、信じられないような完璧な技巧と解釈で惹きつけた。舞台上のオケの人たちが、完全に熱狂する聴衆と化してしまったが、あんなオケの人たちの反応は、映像を含めて一度もみたことがない。世界的な演奏家と頻繁に演奏している彼らがあれほど熱狂するのだから、そのすばらしさが想像できるだろう。
 しかし、私がCD時代になって買ったポリーニは、70年代の演奏ばかり集めた12枚組のボックスと、EMIのショパン名曲集だけだった。(LP時代には、練習曲集の他に、練習曲集・ポロネーズ・前奏曲の3枚組セットと18歳のときの協奏曲1番を買って、いずれもよく聴いていた。)これは、一枚とて駄作はなく、聴く者を圧倒するような演奏ばかりだ。しかし、80年代以降、特に90年代にはいってからの録音は、怖くて聴く気がせず、ずっと避けていた。故障後のポリーニの評価は散々であり、幻滅を感じたくなかったからである。
 しかし、バラード以降の演奏を好む人が少なくないこともあるが、私自身の大学での取り組みとして、「躓きと立ち上がり」というテーマでのゼミ活動を始めたことから、このセットを購入する気になった。50代で故障したポリーニには、決して以前のような完全な演奏ができないことは、本人も承知していただろう。生活に困ることはないはずだし、音楽大学の教授職はいくらでもあったろう。しかし、演奏家としての道を捨てず、罵倒のような批判を受けても、レコーディングもしてきた。その理由を探りたかったのである。

 このバラードを聴いたとき、自分が表現したいことを実現できない、もどかしさを感じているポリーニを強く意識せざるをえなかった。私が実演で聴いた1番のバラードの圧倒的な構えの大きさと繊細な表現を合体させた演奏に比較すると、多少スケールが小さいが、EMIの演奏は、ホロビッツ、アシュケナージ、アルゲリッチなどを寄せつけないほどのすばらしさだ。おそらく比肩するのは、ツィンマーマンだけだろう。99年のバラード1番は、EMIと比較すると、ポリーニの焦りがにじみ出た演奏になっている。表現意欲が空回りし、躓きそうになるのだ。

 世評の高い夜想曲集も、30代にいれてくれたら、ほんとうによかったと思う。超絶技巧を要求する曲ではないから、技術と表現意欲の破綻めいたところは感じないが、やはり、草書体的装飾句の滑らかさが破綻するところが少なくない。あまり違わない時期の同じグラモフォンでのピリスの夜想曲集の方がずっと魅力的だ。

 CD9には、唯一重なっているソナタ2番がはいっている。これも、84年の演奏では、実にきめ細かいニュアンス付けがなされているのに対して、そうしたコントロールが弱くなっている。

 結論的に、6以後のCDはポリーニという名前がなければ、会社が発売したかどうか、わからないと思う。だが、価値がないのか。演奏だけの価値なら、かなり低いといえよう。しかし、私たちが、音楽を聴くのは、単に演奏の純粋なすばらしさをえるためだけではないのかも知れない。
 ルツェルン音楽祭で、アバドとベートーヴェンの4番の協奏曲を演奏しているビデオをみたことがあるが、聴衆は本当に暖かい拍手を贈っていた。おそらくヨーロッパの聴衆、この会場には一流の演奏家もたくさんいたが、アバドも含めて身体的問題と闘ってきた二人の人生を知っている人も多いのだろう。そういう姿から、勇気を感じることができるのも確かだ。あれほど完璧な演奏家だった人が故障でどん底に陥り、以前の姿を取り戻すことは決してできないが、しかし、新しい何かを求めて努力している、その過程を示すものとであるがゆえに、確かに感動も与える、そういう性格のものなのだろう。

 このボックスはポリーニの栄光と挫折、そして、立ち上がりの苦悩の跡を確認するものとして、やはり大きな意味をもっているとと思う。


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4 月
23

落第・飛び級についての論文に関するコメント

Posted by a6hootazemi in わけい

 この10日間ほど、すごく忙しくて、なかなかコメントという形での対応ができなくて申し訳なく思っています。今後も、教育実習関連のことがたくさんあって、なかなかスムーズにはいかないと思いますが、今回は、とにかく、まとめて必要な観点を書いておきますので、それをもとに、自分で再度推敲・書き直しをしてください。

1 落第・飛び級というのは、まずは「制度」に関わることですから、制度がどうなっているのかという確認が必要でしょう。
 学校教育法施行規則は次のように定めています。

第五十七条
 小学校において、各学年の課程の修了又は卒業を認めるに当たつては、児童の平素の成績を評価して、これを定めなければならない。
第五十八条
 校長は、小学校の全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない。

 つまり、法的な規定では、少なくとも留年(単位制をとっていない学校においては「原級留置」という言葉が使用されることが多いようです。)が「原則」であって、現状のような運用は、法違反といえるのです。「平素の成績によって課程の修了」を認めるということは、成績が修了を認める上で不十分であるときには、認めるべきではないことが、この規則の原則であるといわざるをえません。
 すると、何故、このような規定をおいているのか、しかし、何故それが実行されていないのか。そのことの制度的な確認も必要でしょう。

2 義務教育制度には、「年齢主義」と「課程主義」のふたつがあると言われています。(これはもうじき、教育行政学の授業で扱いますので、この落第の問題もそこで扱う予定です。)
 年齢主義とは、義務教育を年齢で規定し、年齢が過ぎれば自動的に義務教育の条件を満たしたとする考え方です。課程主義とは、義務教育に想定される教育課程を一定の水準で修得したと認定されて初めて義務教育を修了したとする考え方です。すべての義務教育制度は、年齢を規定していますので、年齢主義をとっていると考えられますが、更に課程主義的なシステムを導入している国とそうでない国があるので、課程主義をとっている場合、課程主義の制度ということになります。明確に課程主義といえば、義務教育修了段階で、全国的なテストを実施するなどでしょう。デンマークなどはそういえます。また、家庭での教育を実施した場合に、テストがあるイギリスなどがそうでしょう。
 日本は、義務教育修了段階で、あるいはその途中でもいかなる意味でも課程の充足度合いを評価するシステムがありませんので、明らかに実態として年齢主義であり、その現れが落第を実施しないことだといえます。しかし、法的規定は、明らかに課程主義なのです。では、なぜ課程主義を原則としながら、実態としてそうでないのか。ここがとても重要な論点になります。
 行政的な指導では、実は、上記教育評価に基づいて、原級留置してもいいし、欠席が多く、成績認定できない場合であっても、進級させてもいい、それは学校の裁量権であるということになっています。(兼子仁『新版教育法』p443参照)つまり、学校が自由に決定してよいということなのです。神戸の小学校で、出席が足りないので、原級留置にしてほしいという保護者からの要請にもかかわらず、進級させた学校に対して、進級取り消しを求めた訴訟がありましたが、学校に裁量権の乱用はないとして、進級決定を正当とした裁判があります。(判決文を otazemi の skydrive に掲載しましたので興味のある人はみてください。)
 さて、こうしたことを踏まえて、制度的なことをまず考えてみましょう。以下は私見なので、みなさん、自由に調べて考察してください。

3 義務教育制度とは、ひとつには、国民国家の体制を作る上で、人材をより効果的に選抜していくことと、国民の一体感を醸成するために作られています。しかし、このふたつは実はけっこう矛盾する概念で、人材の効果的選抜を重視するならば、落第・飛び級をたくさん行った方が効率的だし、一体感を重視すれば、それはマイナスで、「貴様と俺とは同期の桜」精神のためには、「同期」形成が重要ということになります。
 戦前の制度は、このふたつを同時に最大限行うために、落第はほとんどないが、飛び級はどんどんやって、優秀な人材は早くから大学に入学できるようにして、かつ「同期」の一体感を保持するというシステムだったと理解できます。別の観点からいえば、優秀な人材の選抜と国民的一体感の醸成ができれば、国民の学力保障はあまり考えなかったといえます。
 ヨーロッパでは基本的に課程主義的な要素が強くはいっていますが、それは、義務教育で修得すべき学力水準を、できるたけ実効的に修得させることを意図していることを意味しているといえます。
 これは、実は進学制度と密接な関係をもっていると考えられます。課程主義的な制度の国では、進学が「入学試験」ではなく「卒業試験」によって行われます。ヨーロッパの大陸国家では、小学校から中学校(高校)、中学校(高校)から、大学への入学は、大学が行う試験ではなく、それぞれ小学校や中学校の行う成績認定(卒業認定)によって決まるのです。つまり、小学校や中学校は、自分たちの行う教育が、きちんと生徒によって理解されたか、修得されたかを正確に認定する社会的責任があるのです。
 ところが、日本のように、高校入試や大学入試によって進学が決まる場合には、修得すべき学力が、いくら学習指導要領で決まっていても、切実なのは、入試で出題されるレベルの学力水準ということになります。もちろん、入試問題を指導要領の水準で作るべきだという社会的な圧力がありますから、そこに大きな違いはないとしても、私立学校などの受験では、必ずしも指導要領の範囲で出題されるわけではないし、国立大学の難しいところでは、学習内容がより広くかつ深くなければなりません。結局、小学校段階、中学校(高校)段階で修得させるべき学力水準というよりは、入試に合格できる学力水準という発想に規定されるわけです。こうした態勢が、社会的に広範に作られたために、飛び級もあまり必要とされなくなったともいえるでしょう。つまり、人材選抜は入試制度に、国民的一体感を義務教育学校に、という機能の振り分けが成立したのが、戦後の教育制度だったし、今でもそれは続いているというわけです。

4 では何故、今落第・飛び級の要請が出てきたのか。
 それはたぶんふたつの流れがあるように思います。
 基本はひとつなのですが、日本の経済的競争力が弱体化してきたために、なんとかしなければという意識です。1980年代は、日本の経済がかなり強く、世界的に日本製品があふれていた時代です。92年にヨーロッパにいたのですが、電気屋に並んでいる製品は、多くが日本のものでした。しかし、2002年にいったときには、それが韓国製品に変わっていました。今はますますそうなっています。
 人材要請をもっと効率的にしなければならないということで、学力をしっかり身につけさせる、優秀な人材は早くから専門教育をさせ、とくに理系の研究者は技術者は早い時期の活躍が決定的に重要だということからの要請です。少子化によって、実は入学試験競争が弱くなってきたという背景もあるでしょう。
 そして、そうした人材だけではなく、不足していると考えられる(真実は別として)単純労働者も、外国からいれるという要請です。そういうときには、義務教育段階での国民的一体感などはあまり重要でないということになるかも知れません。
 そういう要請が、社会的にコンセンサスをえれば、日本全体として、落第や飛び級が拡大していくことになるでしょう。2004年に文部科学大臣が、落第の拡大を研究するという指示をだしたようですが、それもこうした流れの中にあると考えてよいでしょう。

5 では国民の意識はどうなのか。
 現在の国民の大多数は、人材選抜は入学試験で行い、一端同期として入学した生徒は、卒業まで一緒という制度の中で暮らしてきたので、そのことに対する「当たり前感」があると思われます。そういう当たり前だという感情を一端切り離して、合理的に考え直してみる必要があるということも確かです。
 60年続いた制度だから、合理的であるというのもひとつの考えでしょう。間違っているとは思いません。
 しかし、人材選抜が入学試験方式と卒業試験方式のどちらが、それぞれの段階の学校で合理的かは、検討される重要課題です。今の制度で、大学入試などは、半分以上が形骸化していますから、これでいいといえないことも事実です。では、卒業試験制度に移行するのがいいのか。簡単にはいえませんね。みなさん、よく吟味してみてください。
 卒業試験制度に移行するなら、必然的に課程主義の実行が必要になります。
 外国人労働者の受け入れを促進するのかどうかという、それ自体の問題もありますが、受け入れたら、外国人の子どもが学校にたくさんはいってくるわけで、その場合、「国民的一体感」が重要なのか、それもと意味がなくなるのか、あるいは違う「**的一体感」を醸成することになるのか、これも大変難しい課題です。

 そして、みなさんの多くが考えているように、落第させたら本人がショックで、かえってマイナスではないか、という感情的な問題も、決して軽視すべきではありませんね。もっとも、学力がついていないのに、進級させてしまい、ますますわからなくさせる方が、本当はかわいそう、という議論も成立しないわけではありません。個人によって違うということもあるし。

 ながながと書きましたが、以上のような観点を踏まえて、もう一度書いてみてください。もちろん、すべての論点を覆い尽くす必要はありません。自分が大事だと思うことをしっかり考えて、書き直しましょう。



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4 月
6

埼玉養成セミナー練習課題

Posted by a6hootazemi in わけい

埼玉教員養成セミナー練習用課題
 今回から論文的文章を書いてもらいます。

 昔から小学校・中学校でも落第させるべきだという意見があったが、最近橋下大阪市長がそう主張することで、社会的議論が起きた。義務教育における「落第・飛び級」について、できるだけ多面的に論じなさい。


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4 月
6

新しい教科書作成

Posted by a6hootazemi in わけい

 今年度は明日から授業で、僕は早速明日3コマもあります。4年生のゼミでは何人かが、明日からの授業で一緒ですね。もちろん、土曜日に授業をやるなど、初めてのことですが、どうしてもそうせざるをえない理由があって、春学期は毎土曜3コマです。昔は丹治先生という人が、ずっと土曜日に一般教養の心理学の授業をやっていました。文教大学最大の人気講義で、あの人気を超えるのは、いまだに出ていないでしょう。
 この間、ずっと教科書のチェックをやっていて、やっと今日最後の教科書をアップロードしました。

 今年から、まったく新しい形式での教科書作成をしたために、かなり面倒な、あまり知的ではない作業をずっとやっていました。それは、教科書掲載のホームページを見ればわかるのですが、同じ内容の教科書を、これまで同様のPDFと全く新しいEPUB形式による二種のものを作ったということです。みなさん、電子書籍はどの程度利用していますか?
 iPad が発売されて以来、電子書籍なるものが、社会的に脚光を浴びているわけですが、実はPDFというのは、電子書籍のひとつの形態なのです。だから、僕の教科書はずっと前から電子書籍として配布してきたわけです。しかし、iPad やスマートフォンが普及すると、PDFでは具合の悪い点が出てきました。特にスマートフォンは画面が小さいなので、通常のPDFでは読みにくいわけです。全体を見れるようにすると、小さいし、読みやすいように字を大きくすると、画面からはみ出してしまう。それを解決するのが、電子辞書などに利用されているファイル形式があるのですが、あれは、例によって日本独自規格なので、コンピューター的には普及しないのです。ちなみに欧米では電子辞書というのは、ほとんどありません。電子辞書って、文字の大きさを変えられますね。でも、ちゃんと画面の中で改行を変えて、納まるわけです。そういう風になっていることが、電子書籍には不可欠で、そのための国際規格がEPUBというわけです。
これまで教科書はごく当たり前のこととして、印刷するように言ってきましたが、これだけスマートフォンが普及してくれば、わざわざプリントアウトせずに、スマフォに読みこませ、授業中はプリントではなく、スマフォ画面で教科書を見ればよい、というのが、今回の変更理由だったわけです。

しかし、みなさん知っているかどうかわかりませんが、これまで教科書を作成するのは、ワープロソフトは使用せず、tex という組版ソフトを使ってきました。理由は、見栄えのいい文書が作成できるからで、ワードなどを使う気は全く起きないくらい、同じ文章で、同じ文字サイズ、一行の文字数にしても、全く見栄えが違うのです。
でも、これは本の出版に利用される本格的な印刷用ソフトなので、PDFは作成できるけれども、画面に合わせて改行などを変えて、自動的に読みやすいように表示されるようなものにはできません。紙の大きさを決め、字の大きさや字数を決めて、見栄えよく配置するためのソフトだからです。tex を使っている限り、スマフォ用のファイルはできない。そこで、一太郎という、日本製のワープロソフトがあるのですが、ワードよりはずっと日本語表示がよく、EPUBファイルで出力できるという最新バージョンが出たわけです。今年の2月。これだと思い、今回、すべて教科書を二種類のファイルで作成しました。内容は全く同じですが、画面での見え方が全く違います。
 できるだけ省資源ということで、プリントせずに、ファイルの形で教科書を読むというようにしてもらいたいものです。もちろん、正規バージョンはPDFなので、これはコンピューターで読み、授業用には、iPad やスマフォで、という使い分けをしたらどうでしょう。どうせ、どちらにしてもただなのだし。


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3 月
24

「教養」について考えましょう

Posted by a6hootazemi in わけい

 最近、教養について考えることがよくあります。
 心理学科ができて4年たつので、カリキュラム論議が教員の間でなされているのですが、教養の問題は、重要な論点です。新学科ができて、4年間はカリキュラム改訂ができないことになっているので、当然起きる議論なのですが、いつも、こうしたカリキュラム論議になると、教養の問題が議題になります。みなさん、いいと思っているか、あるいは嫌だなと思っているか、様々でしょうが、我が大学の中で、人間科学部だけが、格段に多くの一般教養の単位を学生に課しています。他の学部は語学や体育を除くと10単位前後なのに、人間科学部はその倍です。
 僕が大学に在学していたころは、もっと比較にならないくらい教養科目が重視されていました。最初の2年間は教養学部で、2年の秋からすこし専門が入ってくるのですが、それ以外は全部教養科目だったのです。語学も第二学国語の比重が極めて高く、外国語だけで、40単位、一般教養が、自然科学・社会科学・人文科学それぞれ最低12単位、合計36単位が必要でした。他に体育も2年間ありました。みなさんの求められている教養科目の量とは比較にならないと思います。
 しかし、当時から、専門学部の方からは、多すぎるという批判があり、なんとか教養科目を減らしたいという働きかけがあり、結局、大学設置基準の改訂で、教養科目はすべて大学独自の判断で、どうにでもなることになりました。従って、極端にいえば、ゼロでもいいわけです。そういう中で、人間科学部が教養科目を比較的多く保持していることは、極めて珍しいのです。
 僕自身は、教養はとても大事だと思っているし、アメリカの大学の優れている点は、4年間の学部はすべて「教養」を学ぶためのものであり、専門教育は大学院という体制になっていることだと思っています。
 しかし、人間科学部でも、もちろん、教養科目を減らして、専門を多くしたいという声があります。それは主に、資格関連の教員から出ています。資格をとるためには、一般教養などのような余計な負担は減らしたほうがいいというわけです。
 でも、教師やカウンセラーやソーシャルワーカーが、教養がなくてつとまるのかという問題があります。他の大学に移ってしまったある先生が、日頃いっていたのは、誰も教養なないカウンセラーなどに相談する気など起きないということでした。子どもの教育について真剣に考えている親ならば、当然教養豊かな教師を望むはずです。教養のない教師が本当に子どもに学力をつけてくれるんだろうか、という疑問をもつことは当然だからです。
 みなさん、これから、新学期が始まります。しっかり教養を身につけるように努力してください。そのためには、教科書以外にたくさん本を読みしまう。特に古典が重要です。古典ときいて、古文と思った人が多かったのですが、いかに古典を読んでいないかってことがわかってしまいます。古典をたくさん読んでください。

 すぎはらさんが、どんどんブログに書いていますが、みなさんも、もっともっと書きましょう。すぎはらさん、ブログは使いすぎということはありません。限られたスペースしかないことであれば、使いすぎを心配する必要がありますが、ブログは、いくら書いても制限はないのですから、全然気にしないでください。RTIについては、勉強させてもらいました。ただアメリカの連邦政府のやり方は、補助金で誘導するので、受け入れている州が多いからといって、本当に賛成しているかどうかはわかりません。受け入れないと補助金がもらえない状態になるために受け入れるという場合も、実は少なくないのです。多少吟味する姿勢はもっていてほしいと思います。


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3 月
21

ルール化する遊びは、楽しく安全なもので

Posted by a6hootazemi in わけい

 とりあえず、2度目の説明で切り上げることにしたので、せりさんの文章へのコメントを書いておきます。

 普段はどういう指導をしていたのか、ということで、書かれたような指導をしていました、ということなのですが、もちろん、これは創作の話なのでこれはこれでいいとしましょう。
 しかし、実際の遊びというのは、こういうものなのでしょうか。僕らとは時代が違うし、また、地方的なところも影響するだろうから、こういう遊び方もあるのかも知れませんが、平均台の上でヘビジャンケンをするという設定が、あまりリアリティが感じられません。ヘビジャンケンというゲームは知らなかったので、インターネットで調べたところ、だいたいは普通の地面の上でやるような説明でした。体育館や校庭でやり、2チームが普通だけど、4チームでやる場合もあるとか。そうすると、やはり、平均台でやる遊びではないですね。もちろん、平均台の上でやってもおかしくはないけど、もともとがかなり危険ですね。平均台というのは、通常の遊び道具ではなく、スポーツ競技の道具だし、「体操」というのは、かなり高度なスポーツなので、気軽に遊びに使っていいものではないはずなので、平均台が置いてあること自体が、学校としては珍しいのではないでしょうか。そのようなことがわかっていれば、平均台は、どのような遊び方をするのか、(やっていいことと、やってはいけないことを、きっちりとわける。やってはいけないことは、すべて決めることはなかなか難しいので、やっていいことだけを明確にしておくというようなことが考えられます)、年齢・学年のルールも必要かも知れない。
 クラスでのルールがあったということは、平均台でのヘビジャンケンを許していたということになりますから、実際のやり取りだったら、ここもつっこまれるかも知れません。遊具については、やはり、まずは安全な遊び方を奨励し、楽しみ方を教えるような習慣をしつつ、それをルール化するのが、基本ではないかと思います。そもそもが危険を伴うと考えられる、平均台でのヘビジャンケンのようなことを「ルール化」することは、疑問です。
 もちろん、子どもですから、勝手にどんどん違う遊びを考えるでしょうが、それは、ルール化していることとは違うので、また別の対応になるでしょう。

 要は、学校での遊びは楽しくかつ安全な遊びを、教師としては日常的には指導し、その範囲でルール化しておくことが大切ではないかということ。それを超えた危険な遊びをすることについては、やはり、最大限可能な注意力を払っておくことが必要だろうということです。


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3 月
20

報告文で感じたこと

Posted by a6hootazemi in わけい, 重要なお知らせ

 今回、学校での事故と怪我という想定で、報告文を書いてもらいました。これはなかなか難しかったようで、実際にそのような場面に遭遇したら、確かに難しいと思います。しかし、だからこそ、かなり慎重かつ正確な表現が可能なように、訓練しておく必要があるのではないかと感じました。また、単に文章表現だけの問題ではなく、問題把握的な能力の必要性も感じました。みなさん、学習指導要領を勉強して、「生きる力」とか、「確かな学力」とか、言葉は覚えていますが、その内容を、現実社会の中でしっかり把握できているか、かなり疑問です。もちろん、そうした概念が、本当に適切なものであるかは検討の余地がありますが、少なくとも現場で必要とされる能力の一部であることは間違いありません。そして、絶対に確かなことは、「生きる力」とか「確かな学力」を育てるためには、教師自身がそれをもっていなければならないということです。つまり、みなさんが、それを十分に意識的に向上させようとしていなければ、どうにもなりません。そういう観点から見ると、今回の報告文の練習では、かなり不十分であることと感じざるをえませんでした。もちろん、これから訓練すればいいので、現時点では、まだいいでしょうが(2年生の場合は)、自覚はなければ、向上させることはできないので、しっかり自覚してください。

 今回のみなさんの報告文で、最も欠けていた要素は、「普段どのような指導をしていたのか」ということを、予め書いた人がいないことです。だから、「これからの対策はわかりましたが、これまでどうやっていたのかについて説明してください」という返答をしました。もし、本当に、事故があって初めて危険性を認識したというのならば、かなりお粗末といわなければなりません。しかし、実際には、そのようなこともあるのです。
 僕自身の子どもで体験したことで、授業でも話したことがありますが、娘が小学校に入学した直後に、校庭のぶらんこで怪我をしました。それまでの公園にあるぶらんこと学校のぶらんこは、「柵」の有無で全く違いました。公園のぶらんこは、通常柵があるので、だれかが使っているときに、柵の中に入ることは危険性を認識できます。だから、まず入る子どもはいません。しかし、その学校には柵がありませんでした。だから、ふたりが使っているのを見ていた娘が、見ているのと反対側のぶらんこがあいたので、そちらに移動しているときに、こちら側のぶらんこにぶつかってしまったのです。小学校入学直後のことですから、それまでのぶらんことの相違について、きちんと認識していなかったし、また、指導も受けていなかったのです。それで対応をお願いしましたが、学校はなかなか動きませんでした。まるで、不注意な子どもが悪いかのような対応でした。しかし、その後も全く同じ事故が数件続き、やっと、学校は簡単な仕切りのようなものを設けました。何人もけが人が出たあとです。
 娘が最初の事例であったとは考えられないので、かなりの事故があっても、なお学校側はその危険性への対応を怠っていたのです。
 本当に問題を把握できる人であれば、事故が起きる前に、その危険性を認識し、何らかの対応をとることができたでしょう。そして、少なくとも多くの子どもを預かっている教師集団としては、そうした注意力をきちんともち、かつ危険であることがわかったら、何らかの対応措置をとる必要があります。残念ながら、そういう危険認識は、子どもに対する正確な認識をもっていなければ難しいのですが、子ども認識が教師に必要なことは明らかでしょう。

 つまり、どんな場合であっても、事前にどう指導していたのかが、必ず問題になるわけですから、日常的にそうした危険に関する認識をもち、指導しておく必要があります。そうした指導があってもなおかつ事故は起きると思いますが、それがあるかないかで、教師と保護者の信頼感は大きく違うはずです。

 何か起きなければ対応できない、というのは、残念ながら多くの人間の欠点なわけですが、みなさんには、ぜひそうしたことのないような努力をする人になってほしいと思います。

 次に、こういう報告をしたら、どういう反応があるのだろうか、という点についての予想を前もってもてるかどうか、という点です。今回の返事には、そうした配慮が欠けていると思われる点を主につくことにしました。本当に怪我をした生徒の保護者であれば、かなり怒ってしまうと思われる報告が多かったと思います。相手が知りたいと思われることを、指摘される前にきちんと報告内容に含める、これがとても大切です。それは、相手の立場になって考えてみるという姿勢でしょう。自分がこの文章を受け取る人間であったら、この文章で満足するだろうか、ということを、しっかり意識して、何度も読み返すことが必要です。
 普段みなさんは、こうしたフォーマルな文章を書いたことがないはずなので、そんなに簡単にできることではないので、現時点では深刻に考える必要はないでしょうが、そうした文章を書けるように、訓練はぜひしてください。それは、普段みなさんが交換しているメールとは、全く違うのだということも理解しておきましょう。


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3 月
20

怪我の判断は専門的であること

Posted by a6hootazemi in わけい

太田です。

 延々と続けることが可能ですが、あまり意味ないので、ゆうたろう先生とはこれで終了して、総括的コメントをしておきます。

 今回の回答は、確実に保護者を怒らせる危険性があります。「危険が伴うときには救急車」という原則があったということで、今回は危険性がなかったというのは、かなり無理があります。頭から血が出ていたら、かなり危険と考えるのではありませんか?教師として、意識や出血の量を判断して大丈夫と考えても、家族の立場からは、たぶん受け入れないと思います。もし、専門家の判断でそうしたなら、その判断をしっかりと書く必要があります。今回は、そういうことまで書けないのでいいとは思いますが、現場にいったら、そこらは、もっと「悪い場合を想定しての行動」が肝要で、説明もしっかりするようにしなければなりません。特に頭の怪我は、内部での出血が微量なので、そのときは大丈夫でも、少しずつ出血してしばらく(数日・数週間後等)して、内部に血がたまり大事に至るということも少なくありません。
 怪我をした家族というのは、とにかく心配なものなので、それを考慮した措置も可能な限りとる必要がある、そして、それを正確に報告することが大切です。


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3 月
18

普段どう指導していたのか説明してください

Posted by a6hootazemi in わけい

 新井先生

 翔子の母親でございます。連絡ありがとうございました。翔子が怪我をしたときの様子は、概ねわかりました。
 でも、どうしても納得できないことがございます。いろいろな本を読んだり、また友人の話を聞いて感じるのですが、学校の先生方は、いつも何か事故が起き、児童が怪我をしたりすると、今後はこのようなことが起きないように、いろいろと対策を考えるいうのですが、事故が起きないと考えないのでしょうか。今回のことについても、これからどうしようということはわかりましたが、これまでこうしたことが起きないように、どのように努力をされてきたのか、少しもわからないのです。
 今回翔子と言い合って、翔子を突き落としたという田中拓也君は男の子ですね。男の子が女の子を突き落とすというのは、普段の教育がどのようなものだったのか、疑ってしまいます。男女平等といっても、男の子と女の子とは、力が全然違うのですから、平均台の上で押し合いをしたら、どうなるか、男の子はわかるはずです。当然、普段から、そういうことは教えていなかったのでしょうか。
 それから、平均台は、あまり学校にはありません。それは危険なものであり、通常の遊具ではないからではないでしょうか。したがって、平均台を学校においておく以上、十分な安全対策や安全教育が必要であったはずです。そうしたことは行われていなかったのでしょうか。これからやることはわかりましたので、これまで何をなさってきたのか、説明をしていただきたいと思います。


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3 月
14

ひとつの器具しかないとき

Posted by a6hootazemi in わけい

なっちゃん先生への返事

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 木田先生、山田でございます。
 返事をいただきましたが、肝心のことがよくわかりません。

 ジャングルジムを含めて、休み時間等の指導をどのようにしているかをうかがいたかったのですが、今回の事故に関しての一番大切なことについては、学校として指導していないのかと、疑問に思いました。

 今回の事故の原因は、既に遊んでいるグループがいるのに、あとからきたグループが強引に割り込んでおきたことですね。器具はひとつしかないのですから、こういうことは、いくらでも起きる可能性があるのではないでしょうか。ジャングルジムそのものの使い方の注意について書かれていましたが、あれで十分かどうかは別として、今回の事故の原因に関わる指導、つまり、使いたい人だ重なって、両方はうまく割り振ることができない、そういう場合に、どのように対応すべきなのか、そういう指導はしていなかったのでしょうか。
 教師がみんな気づくなんてことは、絶対に無理なことはわかっているので、教師がみていなくても、注意を守ればうまくいく、そういうルールをつくって、どう指導するかが、大切なのではないでしょうか。もちろん、注意を守らない児童もいるかと思いますが、今回のはそういうレベルの話しではないように思います。


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3 月
14

どうして救急車を

Posted by a6hootazemi in わけい

太田です。
 ゆうたろう先生への保護者からの返事です。

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 ゆうたろう先生、丁寧な説明ありがとうございました。
 相手の生徒さんも反省し、謝罪に来て下さるということなので、来られたときに、保護者の方ともじっくりお話したいと思います。昼休みのことですから、先生方がすべて見るということはできないでしょうから、そこは理解したいと思います。
 しかし、一点、どうしても納得できないことがあります。
 ゆうたろう先生が駆けつけたとき、俊輔は、頭から血が出ていたということですが、今のところたいしたことはないということですが、頭のことですから、今後どういう症状が出てくるかわかりません。学校では、救急車を呼ばず、直接先生の車で病院に運んでも救急扱いされることは、私も承知していますが、頭から血が出ているような状況ですと、運ぶ間の治療も重要なことになり、先生ではそうしたこともできないのではないでしょうか。今の救急車にはそうした緊急措置ができる資格をもった人がのっているので、できることなら救急車を呼んでいただきたかったと思います。もし今後、俊輔に何か症状が出たときに、あのとき少しでも可能な治療をしてくれれば、と後悔することになるかも知れません。そうしたことは、学校としては、どのように処理されているでしょう。
 この点について納得できないので、もう少し説明していただければと思います。
 よろしくお願いします。


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3 月
10

同級生三郎の父親から

Posted by a6hootazemi in わけい

 太田です。
 今回は、被害者の親ということではなく、同級生の親という観点で書いてみました。
 なっちゃんも、ふじくんも、書き直しではなく、更なる「返信」という形で次のを書いてください。また、別のひとも、適当な役割を演じて参加してみるといいでしょう。かなりの勉強になりますよ。

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 藤田先生、文教三郎の父親です。たまたま三郎が太郎君と仲がいいものですから、太郎君から連絡帳を読ませてもらって、大体の話を聞きました。先生としても、大変なご苦労だと思います。ただ、少し疑問に思ったものですから、部外者ですが、意見を書かせていただきました。

 ふたつあります。
 ひとつは、次郎君や次郎君の保護者も含めた全体で状況の確認をするということですが、その目的は何でしょうか。先生の書かれた説明では、まだ不明な点があるのでしょうか。全体で状況の確認ということになると、加害的立場と被害的立場、あるいはとめられる立場、その他いろいろな立場があって、下手すると非難のしあいというようなことになる危険性はないのでしょうか。冷静になって話し合いが可能なのでしょう。たかがサッカーかドッチボールかで、階段から突き落としてしまうようなことが起きるクラスなのですから。
 それとも、今後の対応を考える会なのでしょうか。どうも趣旨がわかりませんし、うまくいくかどうか、どうも心配が拭えないのです。それに、次郎君や保護者とわざわざ断ってあることをみると、糾弾会のようになってしまう危険はないのでしょうか。

 もうひとつは、普段の先生の指導についてです。私たちの子どものことなので、大きなことはいえませんが、私は子どもに対して、いつも我をはるのではなく、譲るところは譲るようにして、お互いのしたいことは、もっと長い期間で実現する、つまり、今は譲って、あとで譲ってもらうとか、そういう姿勢でつきあいなさいと、子どもに躾けているつもりなのですが、サーカーとドッチボールを譲らないで、けんかになるというのは、普段の指導で、自分を主張しなさいというような指導をなさっているのでしょうか。
 休み時間の安全対策をしっかりしようと話していると書かれていますが、単に安全対策の問題ではないように思うのですが、どうでしょうか。

 えらそうなことを申し上げて申し訳ありません。子どもの安全の問題なので、やはり、子どもをもつ身として、他人事ではないので、失礼をお許しください。


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3 月
7

厳しい母親からの手紙

Posted by a6hootazemi in わけい

なっちゃん先生からの報告、いろいろと考えせさられるので、これは、いつものコメントではなく、オープンに、自由に言い合って、足りないところ、ここはこうした方がいいとか、文章の練習としてではなく、それこそ「教師の仕事」として、議論をしたいと思います。もちろん、設定そのものが、当人に任されているので、あいまいのところがあり、そこを自由につっこんで、こうしたトラブル対応について、いろいろと考えられれば、いいと思います。

 そこで、山田拓人の母として、かなり「厳格な」形での連絡帳にたいする返事を書いてみました。とくに、現3年生は、こうしたことは採用試験の面接や集団討議の話題になる可能性もあるので、自分ならこうする、あるいは、母親の立場でこう思うのではないか、あるいは、加害者の立場での対応等、いろいろと書いてみてください。

 以下、考えた母親からの返答文です。

 木田先生、山田拓人の母でございます。拓人のけがの状況について報告いただき、とりあえずはお礼を申し上げます。でも、あまり要領のえない報告で、いろいろとわからないことがありますので、率直に疑問や質問を書かせていただきます。

 先生のご報告を読む限りでは、拓人の方には責任がなく、田中君という、となりのクラスの生徒が無理やりに割り込んできて、一方的に悪いように思えます。しかし、ご本人はもちろん、田中君のご両親からも何の謝罪や説明がありません。ずいぶん非常識だと思いますが、学校としては、加害者である田中君の側に、どのような指導をなさっているのでしょう。

 それから、ジャングル・ジムは、ちゃんと使えばそんなに危険なものではなく、子どもたちも好きな遊具ですし、拓人もよく遊ぶといってました。でも、今回のように後から割り込んで、前に使っている人たちを押し退けてやるような者がでてきたら、かなり危険なものに違いありません。当然、学校としては十分注意して、ルールを作ったり、また、そのルールを守るように児童たちに指導しなければいけないと思いますが、今回の田中君たちのような行動をする児童がいるということは、学校としての指導がないか、あるいはあったとしても、きちんと機能していないのではないでしょうか。どのように、「普段」ジャングル・ジムの利用の仕方について、児童に指導しているのか、明らかにしてください。

 それから、昼休みは校庭で児童たちが自由に遊んでいるようですが、休み時間は何が起きるかわからない時間帯で、拓人たちのように、ちゃんと遊んでいる児童たちばかりではないようですから、先生たちも大変だとは思いますが、監視することも必要なのではないでしょうか。先生は校庭に出ていたということですが、一体何をなさっていたのですか?当然クラスの子どもたちが遊んでいるところを注意していたものと思っていたのですが、それなら、田中君たちが割り込んできた段階で、注意をしなかったのでしょうか。その段階で注意をしてくだされば、問題は起きなかったはずです。

 休み時間の過ごし方について見直されるということですが、抽象的な見直しなどしても、効果があるとは思えません。具体的にどんな改善をするのか、報告してください。
 拓人の怪我に関わって、クラスのみなさんが、いろいろと協力してくださることはありがたいと思いますが、どんなサポートをしてくださるのか、これも具体的にお知らせください。


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3 月
1

埼玉教員養成セミナー受験者用の課題3

Posted by a6hootazemi in わけい

埼玉教員養成セミナー受験者用の課題3

 以下の課題は主に受験する人のためですが、受験しない人も、また、新4年生で教員採用試験を受ける人も、練習のために書いて、ここにアップしてください。
 課題3は、「説明文・報告文」の練習です。

 生徒同士のけんかで、ある生徒が怪我をしてしまいました。学校として急いで病院に車で連れて行き(通常学校では、救急車を呼びません。)、治療を受けさせ、けっこう重い怪我でしたが、生命の心配はない程度だったとします。急いで被害者の母親がかけつけましたが、細かい事情を知りたいと要請されたので、その報告をすることになりました。その報告文を書いてください。具体的なことは、すべて自分で想定してください。母親は何も知らないわけですから、何も知らない人が、その状況がわかるように、書いてください。なお、その母親はモンスターペアレントではないけれども、筋を通す人で、あいまいなことはとことん追求する人であるということにします。

 以上。


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2 月
2

ポリーニのつまずきと立ち上がり

Posted by a6hootazemi in わけい

 個人ブログに書いた文章の転載です。

 HMVの読者レビューで、ポリーニのリストのソナタに関して、堕落が酷く、ちゃんと練習していない等の批判を読んだ。ポリーニに関しては、実に多彩な評価がある。しかし、事実とは異なる評価を読むと、好き嫌いでは済まないものも感じる。技術偏重とか、機械的等の批判は、ポリーニ全盛のときの演奏に対しても言われるが、一体何を聴いているのだろうかと思う。
 かなり前のことだが、来日したポリーニがテレビの視聴者参加番組に出て、インタビューのあと、参加者の質問を受けるということがあり、非常に興味深かったので、よく覚えている。そこで、練習の話しになり、自由な時間はすべて練習をしていると答え、どんな練習をするのか、技術的なこともやるのか、という質問に対して、技術的な練習は一切やらない、あくまでも作曲家の意図を探るための解釈のために練習すると答えていた。そして、実に驚くことに、技術的な困難というのは、感じたことがないとまで言っていた。6歳で平均律曲集を弾き、11歳でハンマークラビアを、そして、15歳のときには、ショパンの練習曲の演奏で、ミラノでは有名だったとされるほどだから、確かにそうなのかも知れない。アシュケナージも、先生から言われたことでできなかったことはなかったと答えていたのを読んだことがあるから、このくらいの天才になると、弾けないパッセージなどないというのも、ありそうなことだ。テレビでは、ワルトシュタインソナタのオクターブグリッサンドを弾いてみてくれと要請され、気軽に立ったまま、左右の手の双方向のオクターブグリッサンドを猛烈な速さと均質な音で弾いて見せ、一同びっくりする場面があった。ここは、ずっと前に、ある音楽雑誌で、どのように演奏するかについての専門家の座談会が載っており、結局ベートーヴェン時代のピアノなら機能的に弾けるのだが、現在のスタインウェイでは演奏は不可能である、などという結論だったのが、まったくのでたらめであることがよくわかった。
 つまり、ポリーニが練習不足というのはまったく筋違いな批判だということだ。そして、技術偏重というのも、的外れというべきだろう。
 機械的、無機的というのはどうか。これは、全盛期のポリーニの実演を聴いたことがあるので、これもまた全くのナンセンスだといいきることができる。どうせリサイタルのチケットは無理だと思ったので、必ず出演すると思われたNHK交響楽団の定期演奏会の会員になったのだ。ポリーニ出演は一度だけだったが、3年くらい会員を続けたので、かなりのピアニストを聴くことができたのだが、ポリーニの音は全く異なるものだった。NHKホールの3階席だったので、かなり遠い位置だったが、ポリーニの音だけは、完全にクリアに届いたし、ショパンのコンチェルトを実に多様多彩な音色と表情で演奏し、夢見るような趣があった。そして、アンコールのバラード一番は、信じられないようなテクニックとスケールの大きな表現、そして、神秘的な音色やダイナミックなエネルギーの放出で、完全に聴衆を魅了し、一流の演奏家に慣れているNHK交響楽団員たちも興奮の渦に巻き込んでいた。
 無機的な演奏という人たちは、テンポを揺らさず、きっちりとインテンポ、しかも速めに弾く演奏に、歌を感じにくいのだろう。しかし、実演の音を聴く限り、音そのものが歌っており、テンポの変化を伴わなくても、実に表情豊かなのだ。レコードやCDでもそれは明瞭に聴きとれる。他の演奏家でいえば、トスカニーニがそうだ。
 つまり、全盛期のポリーニは、テキニックと音楽的表現力、あらゆる面で、もっとも優れたピアニストだったし、ピアノの演奏の質を変えてしまい、ピアニストたちにこそ、極めて大きな影響を与えたといえる。

 しかし、1990年代後半以降のポリーニがもはや一流とはいえない、普通の上手なピアニストになってしまったこともまた否定しようのないことだろう。うわさにも聞いたし、部分的に聴いた録音でも明確に感じられた。そうなる前のポリーニボックスを購入したあと、新譜の購入をまったくしないまま、ずっと来たのも、幻滅を味わうことが嫌だったからだ。
 ところが、普通のピアニストになってからの演奏の方がいい、という人もいることに最近驚いたこともしばしばだった。ポリーニはアシュケナージと違って、録音の少ないピアニストだから、二度録音した曲は少ないのだが、それでもベートーヴェンとブラームスのコンチェルトとショパンの2番のソナタがある。私の耳では、最初のはまさしくポリーニだが、二度目のはいずれもテクニックが衰え、表現したいことが、十分にできないもどかしさを感じながら演奏していると思われるのだ。にもかかわらず、最初のショパンは嫌いだが、2度目のは好きだという人がいることに驚き、やはり聴いてみようと思って、最近出たショパンボックスを買って聴いた。
 実演のバラード一番をまず聴いたが、やはり、実演のすばらしさは跡形もないという感じだった。2番のソナタもバラードほどではないが、とても1度目よりいいなどとはいいがたい。つまり、明らかにコントロール能力が大きく低下しているのだ。

 ただ、もっとポリーニに拘ってみたいと思うようになった。それは、ポリーニの変貌が、堕落や練習不足ではまったくなく、その逆だからだ。ポリーニがテクニックを失ったのは、練習しすぎによる腕の故障が原因であることは、プロの音楽家に直接聞いたので、間違いないだろう。1995、6年に聞いたので、故障はその前に起きていたことになる。不幸なことに、その故障は、肉体的な衰えを避けることができない年齢において起きた。超絶技巧の持ち主が故障すると、精神的にも大きな壁にぶつかるのだそうだ。ピアニストというのは、アスリート的側面をもっている。妙な比較だが、巨人の投手だった桑田によく似た状況だと思う。桑田は日本を代表する投手だったが、単なる投手ではなく、抜群に守備のうまい人だったのが災いして、普通の投手なら取りにいかないフライを追いかけ、ダイビングキャッチをしたのだが、それで野球生命にかかわる怪我をしたのだった。その後手術をし、投手として復帰したが、往年の速球はついに戻らなかった。しかし、桑田のすばらしいところは、それでも精進を続け、ぎりぎり不可能になるまで、アメリカ大リーグまでいって、野球を続けたことである。その姿勢と野球理論は、大リーグの選手も感動させ、コーチとして残る要請があったという。

 ずっと長い間、ポリーニはなぜ引退しないのだろうと感じていた。教師としては引く手あまただろうし、生活にこまるようなことはありえない。相当きつい批評もあるし、何よりも、前のように弾けなくなったことは、ポリーニ自身が一番よく知っているのだから。全盛期のポリーニは、ドイツグラモフォンがほとんどの演奏会を発売の可能性を前提としてライブ録音していたと言われている。しかし、その発売をほとんど許可しなかったほど、自分に厳しい演奏家だ。

 ショパンボックスは、かの有名な練習曲から始まって、グラモフォンにいれたショパンが全部入っている。そして、1991年のスケルツォをはさんで、1999年のバラード集まで8年のブランクがあるのだ。これが故障によるブランクと精神的闘いの時期だったことは明らかだ。スケルツォのときには、まだ明確な故障が現れていなかったのだろうが、変調をきたしていることが感じられる。そして、復帰第一弾のバラード1番は、もはや私がNHKホールで聴き、聴衆を興奮の渦に巻き込んだものとは、全く違う。バラード1番は、20代で演奏会をあまりしなかった時期から、ロンドンで演奏会を開いたあと、EMIに録音したショパン名曲集に入っているので聴き比べれば、その違いは明瞭だ。まだ20代だったときの演奏は、カンペキなテクニックと曲の雰囲気を出し切った音楽性とで、圧倒的な印象を与える。ホロビッツのカーネギーホールでの演奏の影を薄くしてしまうほどのすばらしさだ。しかし、NHKホールでの演奏は、もっと表現のスケールが大きい圧倒的なものだったのだ。

 なぜ、以前のポリーニだったら絶対に発売許可しないようなものを出すようになったのか。真相は、本人が語らない限りわからないだろう。しかし、私は勝手に想像してみることにした。それは、故障という、本人に責任のない原因で、ある意味どん底に落ちるような状況になった人が、懸命な努力によって、どこまで立ち直ることができるのか、それを見せることによって、人々に勇気を与えることができるのではないか、という「納得」「決意」をしたからではないか、と。どんなに努力しても、50代末ころに故障した人が、60代、70代となるに従って、テクニックを取り戻すことはほとんど不可能だろう。しかし、一歩一歩回復していくことは可能に違いない。ポリーニはそういう決意を実践しているのではないか。そして、最近のポリーニの方に感動するという人がいるのは、ポリーニのそうした努力が、演奏に現れているのかも知れない。比較的評価の高いノクターン集は、ポリーニの「可能性」を表したものといえるし、流石にポリーニだと思わせるとともに、以前の彼なら、もっとバランスのよいコントロールをしたはずだと思わせる、両面をもった演奏だ。

 私は大学のゼミで4月から「つまずきとたちあがり」というテーマで共同研究をすることにしている。ポリーニを想定していたわけでは全くないが、しかし、ポリーニも「つまずきと立ち上がり」を実践しているように思えるのである。

 怪我をしたあとの桑田は、もはや一流の投手ではなくなったが、以前よりずっと、野球人として、あるいは人間として、人々に共感を呼び起こすようになった。
 ポリーニもそのような目で見ることが必要なのかも知れないと思うようになった。


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1 月
27

はじめての「自炊」

Posted by a6hootazemi in わけい

 今度の日曜日に四十九日の法事があるのて、妻が九州にいっています。だから、その間「自炊」しなければいけない。
 ということではなく、そっちの方はどういう風の吹き回しか、数日分の料理なんぞを作っていったので、全く心配なし。
 コンピューターと本に関心がある人は知っているかも知れないけど、最近、本をデジタル化して保存する人が増えています。iPad のようなマシンの普及によって、それが加速されました。ひとつは、出先で簡単に本をチェックできるということと、なんといっても、たまった本の置き場に困って、処分したいということから、流行しつつある減少です。多くの人はそれを自分でやるので、「自炊」というのですが、なんでそんな名前がついたのかは、よくわかりません。最近では、自炊を代わってやる業者も増えてきて、出版社との間で紛争なども起きています。

 僕の研究室を見た人はわかるように、これはずっと前からやりたかったことで、特に、昨年の春に父の蔵書を引き取って以降、切実な状況になっていました。そこで、ついに、裁断機を購入、先日届いたので、今日初めて「自炊」をしてみたのです。

 とりあえず簡単そうで、失敗してもいいような、父の雑誌を数冊やってみようということで、裁断機、ドキュメントスキャナ、パソコンを用意し、まず裁断機で、雑誌の背の部分を切り落とします。そして、スキャナにかけて、PDF化するのですが、最初はちょっと慣れないので、時間がかかりましたが、300ページ程度の雑誌なら、10分程度でデジタル化できる感じです。そうして、デジタル化した雑誌はごみ箱へ。そのうち、雑誌だけではなく、ハードカバーの本などもデジタル化しようと思っていますが、どういう本を選択するのか、まだ迷っています。大切な本なのか、大切じゃない本なのか。大切なものは、本として保存しておきたい気持ちもあるけど、出先でも読めるようにしておくのも、デジタル化の目的にかなっている。迷うところですね。

 とにかく、今後僕の研究室の本が目立って減っていくことを期待してください。


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1 月
5

文章上達の秘訣2

Posted by a6hootazemi in わけい, 重要なお知らせ

 前に書いた文章の補充として、文章力向上の秘訣第二弾です。
 常日頃言っていることですが、どんなことでも日常的に実践しないと、力は向上しないだけではなく、保持することもできません。スポーツで考えれば、みなさんはよくわかると思います。練習をさぼればすぐに実力が低下してしまうと思うのですね。そして、どんなスポーツをするにしても、必ず必要な鍛練があります。それは「ランニング」です。相撲などは、膝に負担がかかるので、ランニングの代わりに四股を踏むのですが、とにかく、基礎体力をつけるために、ランニングを毎日かかさないのが、スポーツ選手です。
 知的な能力については、それは「文章を書くこと」なのです。どんな職業であっても、それが知的なものである限り、文章能力が求められます。文章を書くことは知的作業の基礎であり、また到達でもあるのです。
 しかし、文章を書く力は、やはり意識的に鍛練しなければなりません。
 そのための秘訣の第一は、「小論文の書き方・練習の仕方」に書いてありますので、熟読してください。
 そして、もうひとつ大切なこと、それは「不特定多数が読む」ことを想定した文書をたくさん書くことなのです。日記や手紙を書くよりは、ずっと誰が読むかわからない文章の方が鍛練として効果的なのです。それは、女性の若いタレントが、しばらくテレビなどに出ていると格段にきれいになっていくことがよくあるのですが、それは、たくさんの人、不特定多数に「見られる」ことを意識して行動するようになるからだと言われています。スポーツ選手が本当にうまくなるためには、観衆のたくさんいる「試合」に出ることが必要であることと同じです。
 だからこそ、我がゼミではブログを設定しているのです。
 この意味をしっかり自覚して、大学で学んだというにふさわしい実力を身につけてください。

(なお第一弾は「重要なお知らせ」カテゴリーで検索してください。


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12 月
31

今年を振り返り、来年への抱負を

Posted by a6hootazemi in わけい

 今年は、確実に「歴史的な年」でしたね。我々日本人にとっては、311が長く、記憶に残るでしょうが、世界にとってみれば、アラブ革命、ユーロ危機(実は米英対ヨーロッパの金融・経済戦争)の年でした。311は我がゼミにとっても、研究対象として取り組んだテーマでもあり、また今後もずっと継続して考えたり、またできることを実践したりすることがらでしょう。
 ゼミとして、本当に久しぶりに統一テーマを掲げて、全体で研究し、非常に大部の報告書をまとめ、大学祭で発表できたことは、私にとっても、また、ゼミ員にとっても、今後の宝物になっていくと思います。表彰されたこともよかったですが、それよりも、学んだことの大きさが実感できたことが意味深いと思います。
 個人的にも、みなさんいろいろなことがあったと思います。
 私は義母が亡くなり、また、母が倒れたりしたので、否応なく高齢者問題を考えざるをえない日々でした。私の母は若いころ、親の反対を押し切って、看護婦として満州に渡り、終戦まで従軍看護婦をやっていたという、気骨の人といえるでしょう。来年90になりますが、これまでかなりたくさんの病気をし、全身がたがたのはずですが、人間歩けなくなったらお終いだ、といって、片道30分はかかる坂の多い道を歩いて、毎日お使いに行っていました。昨年暮れあたりから、今年の春先にかけて、父親の本を我が家と研究室に運ぶために、たびたび八王子の家に行ったのですが、その度に、弱音をはくことが多くなり、毎日の買物がつらいと行っていたので、運び出す本を置いてあるマンションに引っ越したらどうかと勧めたのですが、どういう事情かわかりませんが、実現しませんでした。そのマンションは、毎日行くスーパーに接しているので、つらい買物が断然楽になるわけで、母は乗り気だったのですが、今から思うと、もう少し、強く主張したほうがよかったのかも知れません。
 しかし、7月ころについに倒れてしまい、それから、おそらく心因性だろうと思いますが、体が動かなくなってしまいました。なにしろ、90歳の夫婦で、同居している兄夫婦も60代半ば、しかも兄は、体に爆弾を抱えている身、ということで、なんとも、大変な状況でした。
 我が家では、長年患っている義母のために、介護保険を極限まで使っているような状態だったのに、どう考えても、かなりの要介護の夫婦のために、保険は使えないと市役所の担当者はいっていたらしく、ヘルパーさんの派遣もなく、ずっとやってきていかのが実情です。制度を本当に活用するということが、すごく大事だということを、強く感じたところです。

 さて、来年への抱負です。
 来年は、3年ぶりくらいで、教員採用試験の本格的勉強会を開始しているので、最大限「全員合格」を実現すること。もちろん、試験なので、100%実力発揮は難しいけれども、そういう高い目標を掲げてやっていきましょう。特にゼミの人たちは頑張りましょう。
 3年生のゼミは、今後卒業研究に移行していくわけです。前半は全員統一テーマだったので、移行はかなり試行錯誤の連続だと思いますが、卒論は今後長く続く社会人としての礎となるものです。最大限の努力をしましょう。努力をしてこそ、将来役に立つような自己形成の資するものとなります。
 そして、新3年生であるb0ゼミを成功させることです。現在、「つまずきとたちあがり」というテーマを提案していますが、こうしたテーマで共同研究をぜひ成功させたいといろいろと考えています。新ゼミの人たち、ぜひ始まるまでに、テーマについていろいろと考えてみてください。
 そして、個人的には、いま進めている「研究」をだんだん「集約」していくことを考えています。これまで、ずっとテーマを拡散させながら、いろいろな論文を書いてきましたが、大学に勤める年月も少なくなってきましたから、少しずつまとめの段階に入っていかなければなりません。

 若いみなさんと切磋琢磨して、満足のできる一年にしたいですね。


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12 月
25

教職の人気低下(1)

Posted by a6hootazemi in わけい

 個人ブログに書いた文章の転載です。

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 少し前に、現在の学生が希望する(魅力を感じる)職種と希望しない(魅力を感じない)職種についてのアンケートが、インターネットに掲載されていた。そこで、「いよいよか」と感じたのは、私だけではないだろう。「教師・公務員」が、希望しない職種の2番目だったからである。
 私は、10年以上も前から、教職の人気がやがて落ちてくるだろう、優秀な学生があまり教職に就かないときが来るだろうと、いろいろな機会に書いてきた。明治以降、教職は人気のある職種であり続けてきたと思う。もちろん、社会のなかで最も尊敬される職業であったわけでもないだろうが、堅実な人気をずっと保持してきたことは確実だ。今から10数年前、教師の募集が極端に少ない時期には、教育学部の人気が下がったことがあるが、それは教職の人気が下がったわけではない。募集がほとんどないので希望が少なくなっただけと考えられる。大量募集時代になって、新たな教育学部を設ける私立大学がいくつかあるほどの人気が近年まであった。
 しかし、今度のアンケートは、希望しない職種の2位になったしまったのだ。そして、公務員も。
 これは、明らかに、これまでずっと勧められてきた文部行政と、メディアを中心とする教師批判の結果であると言えるだろう。メディアは報道の自由、表現の自由を活用して、自分たちの見解を表明してきたわけだから、そのこと自体批判しても意味がないだろう。しかし、文部科学省のとってきた政策は、自らが教育を破壊するかのようなものだった。教育が教師によって成り立っており、優れた資質をもった教師が、やる気を十分に発揮したときに、教育の効果が現れることは、誰にも否定できないはずである。文部科学省のとってきた方向は、この「逆」であると言わざるをえない。
 ただし、教職が人気がなくなったということと、教職の価値を人々が認識しなくなったこととは異なる。人を育てる仕事が、価値の低いものであると考える人は、ほとんどいないだろう。尊い仕事であるにもかかわらず、人気がなくなったのは、仕事に関わる条件が低下してきたからに他ならない。かつて、教職が人気があったのは、まずは、子どもを育てる重要な仕事であるという社会的評価とともに、特に男女平等で、産休等もきちんととれるという労働条件、夏休み等の休暇が十分にあり、それが教師としての仕事に必要な教養を積むことにも対しても有効であったこと、日本育英会の返済免除が認められていたこと、超過勤務手当てが支払われない代償として、5%の特別手当が支給されていたこと、等が大きな要因となっていたと考えられる。しかし、これらの有利な条件の多くが突き崩された来た。
 教職が重要な仕事であるにもかかわらず、この間、メディアを中心に、教師攻撃が頻繁になされ、「指導力不足教員」なるレッテル貼りをされて、担任から外され、研修センターにいれられるという屈辱を味わわされる教師があり、それが大々的に報道もされる。社会的評価を低下させる報道がずっとなされてきたわけである。
 そして、夏休み・春休み等は、現在では全く存在せず、仕事が特にないにもかかわらず、学校に毎日出勤しなければならなくなっている。このこと自体は、ある面合理的な措置なのかも知れない。しかし、教師が旅行したり、あるいは、自発的な学習を行うことは、学校に出勤して無為に過ごすよりは、ずっと教師の仕事にとって有用である。夏休みには、多くの民間教育研究団体が研究集会を開催する。しかし、教育委員会等の官製の研修会以外の、民間の団体の集会への出席は、管理職によって厳しく制限されているのが実情である。教師自身、日々研鑽しなければならないのは当然だが、最も効果的な研修は、こうした自発性に基づいた研究参加なのであって、決して、上から与えられた場なのではない。出勤日にするにせよ、授業に支障がない限り、研修の機会を保障することが、法的に決まっているのだから、現在行われている民間教育研究団体の集会への参加制限は、法の精神に反するだけではなく、教師の資質向上にも反することになる。
 奨学金の免除に関しては、戦前の師範学校以来の伝統であったが、これも廃止された。教師を実際に目指す青年は、多くが、それほど豊かではないが優秀な者だった。だから、奨学金の返済免除は大きな魅力であった。これは、決して、教職だけに特有の制度ではなかった。官庁の設置する学校では、授業料が免除されるだけではなく、むしろ給与が支払われることも多く、むしろ、奨学金返済免除だけの教職の方が、よほど控えめな特典といえるものだった。これからでも復活させたい仕組みである。
 現在、教職の魅力が低下した最大の要因と考えられるのは、仕事がますます大変なものとなり、膨大な仕事量を抱えていることだろう。確実に以前よりも、教師の仕事は膨大な量の増大分がある。しかも、その多くは、子どもを育てることとは直接関係ないと思われることだ。多くの報告書を書くこと、モンスターペアレントなどとの消耗な交渉に時間を割かれること、等。しかし、どんなに多くの時間が割かれて仕事をしても、教師はそれらに対する超過勤務手当てを得ることはできない。それには二つの問題がある。
 ひとつは、特別手当が5%から3%に引き下げられた点である。明らかに「残業」的仕事がかなり増えたにもかかわらず、手当てが減額されている。更に、この間、授業、つまり狭い意味での教育活動に関わらない教育公務員が増えてきた点である。教育活動に携わらない教師がいること自体、私自身、学校にとって好ましくないと考えるが、そういう教師がいたとして、基本的に授業を行う教師の、授業以外の業務を減らすための仕事を集中的に行うべきであろう。しかし、彼らの多く(校長、副校長、教頭、主幹)は、管理的業務に専念しており、管理者として振る舞い、管理者への報告書作成の仕事が、授業を行う教師の負担像となっている。そして、トラベル等への対処に関しても、必ずしも「有能」な管理職ぶりを発揮する者ばかりではない。
 主幹という管理職は、石原都政で始めて導入されたものだが、今では、全国的制度になっている。学校の管理強化の象徴的存在である。この管理強化もまた、教職の魅力を低下させた大きな要因といえる。(続く)


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12 月
21

この一週間

Posted by a6hootazemi in わけい

 この一週間は、意識の上で大学と関係ないような時間でした。
 いけなっぱさんが、「死」は私たちのすぐ近くにあることを振り返らなければならない、と書いていましたが、まさしく、すぐ近くに「死」が存在しました。おばあちゃん(義母)と同居を始めて15年。そして、この10年間は認知症でした。もちろん最初は軽いものでしたが、少しずつ進行し、治すことのできない病気ですから、確実に、しかし、ゆっくりと死に向かってきました。秋ごろからは、何度か危険な状態があり、その都度、妻の献身的な対応によって乗り越えてきたのですが、13日に逝きました。80歳を超えているので、昔流にいうと「大往生」ということになるでしょう。
 生前、本人の意思で、救命措置をとらないということだったので、病院に入院することは一度もなく、ずっと在宅で看護をし、在宅で亡くなるという、最近では非常に珍しいことらしいですが、そのようにかかりつけの医師との合意でそのようにしました。認知症だったので、別段緊急事態もなく、また、特に入院治療が必要だということもなし、徐々に体が弱っていくという状況なので、そういうことも可能でしたが、「在宅」で亡くなることは、多くの人が臨むにもかかわらず、非常に難しいことなのだ、ということもまた実感しました。かなりの覚悟が必要だということですね。
 以前、ベストセラーになった『病院で死ぬということ』という本がありますが、本当は家庭で家族に見守られながら最後を迎えたいと多くの人が思っているのに、そうなっていない状況を、非常に痛切に描いたドキュメントですが、具体的に何がそうさせないのか、ということは、今回実際を経験するまではわかりませんでした。
 端的にいうと、在宅で亡くなった場合、きちんとした手続がとられていないと、警察の介入を受け、酷いときには殺害したという疑いをもたれるのだそうです。一番いけないのが、危なくなったので、救急車を呼んだところ、救急車が着いたときには既に死んでいた、ということになると、確実に警察が呼ばれて、調べられるそうです。だから、医者からは、いろいろなケースを想定した場合の対応について、細かく指導があり、いよいよ危なくなったときには、医者が何度か往診してくれたし、また、訪問看護士がきてくれたりで、特に問題も生じなかったのですが、難しいものだなあ、と改めて感じたものです。
 僕自身の祖父が亡くなったときには、子どもや孫が揃って、在宅で看取ったものですが、今はそういう時代ではないのですね。
 今回、子どもといっても、遠方だから、詰めているわけでもなく、結局、我々だけだったのですが、病院だと病院関係者だけが看取るということも少なくないのではないでしょうか。
 次に、感じたのは、火葬するのもなかなか大変だということです。
 高齢者が亡くなりやすいのは、まずは寒い冬であり、次に酷暑の夏です。12月ということで、火葬場が満杯で、亡くなった翌日の朝一番だけが空いていて、そのあとは、数日後というので、翌朝には火葬ということになりました。しかも、朝9時。通常亡くなった翌日が通夜で、その次の日が葬式、そのあと火葬ですから、いかにも急な感じで、亡くなったら直ぐに葬儀屋さんを呼び、いろいろと打ち合わせをして、兄弟や近い親類に連絡、諸手続きをして、一段落すると、何人かの親族がやってくるけれども、交通が不便なところなので、送迎に追われ、そして、朝早くから火葬の準備と本番という具合に、目まぐるしく過ぎていきました。
 火葬もまた、驚きがありました。
 僕自身は、小さいころに父方の祖父が死に、母方の祖父母が中学のときに亡くなっているし、ずいぶんとおじさん、おばさん、いとこ等の葬式の経験があるので、火葬は何度も経験しましたが、今の火葬は、ずいぶん形式化しているなあと思わずにはおれませんでした。
 今までの経験では、火葬された状態で出てきて、参列者が思い思いに骨を拾ったのですが、今回のは、別のところで、係の人が骨を集めておき、そこから、参列した人が一緒に一骨ずつ拾うという、実に形だけの行為になっていました。一度やると、あとはすべて火葬場の係員が、骨壺に残りの骨を拾い集め、最後はほうきとちりとりみたいな道具で集めて終わり。一連の動作が、火葬場の決めたように、事務的に進行しているだけという感じが拭えませんでした。
 認知症の10年間というのは、ずいぶんと長いものでしたが、とても素直な病人で、徘徊なども一度もなく、認知症以外の病気はまったくないので、本当に少しずつ進行してきた感じでした。
 でも、認知症を見ていると、「人間とは何か」ということを深く考えざるをえない局面がたくさんありますね。


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12 月
11

今日は演奏会でした

Posted by a6hootazemi in わけい

 今日はオケの演奏会でした。
 予定した人はきてくれたでしょうか。
 「こうもり」序曲と「皇帝円舞曲」というふたつの有名なヨハン・シュトラウス二世の曲を前半に、オルフという、あまり有名ではない作曲家の、曲としては有名な「カルミナ・ブラーナ」という合唱曲をやりました。
 ワルツというのは、かなり世界的各地の作曲家が作っているのですが、ウィンナワルツだけは、とてもユニークな性格があり、元旦のウィーンのニューイヤーコンサートが話題になりますが、ウィーン人以外が演奏するのは、とても難しいのです。ウィーン訛りのようなものがあり、それを外国人が演奏すると、どうしても自然な感じで演奏できないのです。要は、1、2、3の2が若干前のめりになって強くなること、ひとつのメロディーは最初ゆっくり始まり、次第に速くなるけど、緩急を随時つけて演奏する、というのが、ふたつの訛りです。
 こういうことをきっちりやろうとすると、このふたつの曲はとても難しいのですが、まあまあだったのではないでしょうか。
 次のカルミナ・ブラーナは、合唱がとても大変で、男女の人数バランスが悪く、今日はエキストラが入ったようなので、なんとかなりましたが、最初に合唱とオケが合わせたときは、男声が走ってしまって、大丈夫だろうかと心配したほどです。
 でも、本番ではなんとかなってしまうものみたいです。
 ソロが非常にすばらしい出来で、テノールはすごく高い音域で歌うのですが、ちゃんと出ていたし、
バスは、かなり迫力がありました。ソプラノは力強い上に、非常に美しい繊細な表現で、すばらしかったです。まだ、オケを聴いたことがない人は、ぜひ次は聴きにきてください。


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12 月
2

新しいゼミのメンバーも決まりました。再出発です。

Posted by a6hootazemi in わけい

 新しいゼミのメンバーがほぼ決まりました。正式発表は来週ですが、事実上先週の段階で決めていて、個々に通知はしていたけど、とりあえず今週になってサインまでしました。今年は、今まで経験したことがない大人数が希望し、大変心苦しかったけど、何人か断らざるをえないということになってしまいました。今の3年生諸君と同じように、熱心かつ量の力で、また来年もみんなで協力しての成果をあげたいと思っています。今の4年生は、熱心であることは同様ですが、人数が半分だし、4年になるときに、震災が起きたので、少々混乱してしまいました。そこか少々残念だったですね。今卒論を書いていますが、みなさんは、これからテーマを徐々に温めていきましょう。でも、油断すると、直ぐに進路関連で身動きがとれなくなりますから、今から少しずつ、確実にやっていく必要があります。
 とにかく、大切なことは、少しずつでも、文章を書いて、それを蓄積していくことです。

 ところで、新しいゼミメンバーも、ここのブログを使うことにしました。ずっと使用するのもいいかと思っています。すると、名前を変える必要がありますね。今は、a6・a9hootazemi となっていますが、b0 b1 b2 と続けていくのか、いっそ bunkyo-otazemi とかに変えてしまうか。幸いにも、この看板は変えられます。みなさん、どう思いますか。

 いよいよ、企業就職の解禁となりました。我がゼミも企業就職の人がいるので、そういう人は、説明会とか面接に時間をとられることになるでしょう。しかし、最大限ゼミには出るようにしましょう。ゼミにでないと、一人で動くような感じになってしまいます。面接など避けられないことがあるでしょうが。就活の様子など、ブログで報告すると、多くの人にとってはなじみのないことを知ることができて、新鮮ですね。

 とにかく、採用試験受ける人も、大学院受ける人も、企業就職する人も、最大限の努力をしましょう。


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11 月
24

フォルケ・ホイ・スコレの文献

Posted by a6hootazemi in わけい

 フォルケ・ホイ・スコレですが、興味をもった人は、ぜひ、清水満氏の本を読んでください。「フォルケ・ホイ・スコレの世界」とその改訂版の「生のための学校」の2冊が図書館にありますので、手軽に読めると思います。清水氏は、日本にグルントヴィ協会を作った人でもあり、日本へのフォルケ紹介の第一人者です。僕も最初は彼の本から入りました。
 今日2年生の「国際教育論」で紹介したのですが、かなり興味をもってくれました。行ってみたいという人もいました。本当にいくかどうかはわかりませんが。日本人がたくさんいくIPCは英語で授業が行われ、世界各地から学生がやってくるので、非常にいい経験になると思います。もちろん行かなくても、いろいろと文献がありますから、研究はしやすいでしょうか。


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11 月
22

やる気スウィッチはとても面白い

Posted by a6hootazemi in わけい

 「やる気スウィッチ」というのは、面白い発想ですね。今日教授会で、となりに座った椎名先生に話したら、専門ではではないのでわからないけど、最近は、そういう行動の起こしやすさとか起こしにくさとかの人格的問題を栄養遺伝学的に研究している人たちがいるんだと言ってました。ある性格的特性が、どのような栄養状態、広くいえば、人体の状態と結びつきやすいか、そして、そういう人体の状態がどのような食事によって形成され、そうした食事の嗜好がどのように先天的に決まっているのか、あるいはまったく後天的なのか、というような研究なのだそうです。
 ゼミのときに、ざっと話したので、あまり理解できなかったかも知れないので、簡単にもう一度説明すると、ダマシオという人の脳の研究によると、あることを行った結果が、決断からの経緯とともに、前頭前皮質というところに記憶され、それが蓄積されて、決断が迫られたときに、その記憶が、決断のスピードと妥当性を援助するというものです。そして、その前頭前皮質を何らかの原因で喪失してしまうと、通常の記憶とか推理とかの知的作業はほとんど変化がないのに、そうしたことをもとに「決断」するときに、非常に妥当性を欠いた決断になってしまうことが多い。特に日々変化するようななかでの決断で、そうした弱点が現れる。それは、日々変化するなかでの決断というのは、じっくり時間をかけて決めることはできないので、過去のそうした経験の蓄積を無意識的に使用して、妥当な判断を引き出すのだが、その蓄積部分が欠落しているために、その機能が働かないというわけです。
 これは、直接「やる気スウィッチ」には関係ないと思いますが、直ぐにやる気になるとか、そうでないとかいうのは、やはり過去の記憶に規定されているのではないかと考えられるのですね。たぶん、やる気スウィッチが素早く入る人は、早くやって成功した経験が記憶され、遅い人は、ぎりぎりやっても成功したという記憶が蓄積されて引き出されるというような感じかも知れません。
 そうした身体的な研究を十分に勉強しつつ、一人一人の体験を注意深く分析することによって、何か面白い結果と、有効な指導法が引き出されるかも知れませんね。面白いテーマだと思います。とても面白い本なので、読んでみるといいでしょう。ダマシオ『デカルトの誤り』ちくま学芸文庫です。
 しかし、あのたんさん自身は、あまりにやる気スウィッチが遅いことが、このブログでは明らかになってしまっているので、とにかく、ブログのやる気スウィッチをいれてくださいね。最後が5月2日ですよ。


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11 月
18

ある日突然喫煙ということに関連して

Posted by a6hootazemi in わけい

 ゼミのときの、まるくんの「ある日突然、それまで真面目だった生徒たちが、喫煙しだす」という話は、なかなか興味深いというか、研究しがいのある課題ですね。
 ポール・ウィリスという人の書いた『ハマータウンの野郎ども』という本がありますが、この問題を考える上でとても示唆に富むものだと思います。
 日本ではあまり意識されていませんが、ヨーロッパは階級社会的要素がまだ残っていて、文化も階級的性格を残しているわけです。そうすると学校文化がどういう階級文化と関わっているのか、それがそれぞれの階級の人たちに対して、どのような影響を与えるのかという問題が出てきます。「マイフェア・レディ」という映画があるけど、これはまさしく階級文化、階級言語の問題を扱った物語です。クラシック音楽の世界でも、例えばポーランドの舞曲に、ポロネーズとマズルカという二つの種類がありますが、明確に前者が貴族、後者が農民の踊りとされています。オペラやバレイに使われるときにも、それは厳格に守られています。
 イギリスでは、文化も言語も階級的にかなり違います。学校は中産階級の文化が教えられ、中産階級の言語が使用されている。それは、労働者階級の子どもたちにとっては、そらぞらしい感じを与え、当然勉強する意欲が低下し、成績も悪くなる傾向があります。そして、ある程度の年齢になると、学校に反抗することが仲間として求められるようになり、自然と非行的文化に支配されるというわけです。
 このように、学校における文化の階級性と、それに疎外されがちな子どもたちの問題を分析した、非常に優れた研究書です。ぜひ読んでみるといいでしょう。
 イギリスの教育については、タイムズの教育版という非常に優れた週刊新聞をずっととっているので、材料はたくさんあります。
 ぜひやってみてほしいですね。


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11 月
13

巨人の内紛で考えること

Posted by a6hootazemi in わけい

 巨人軍の内紛は、突然のことでもありますが、驚きましたね。長島茂雄の登場に刺激されて野球を始めた人間としては、昨今の巨人の現状は、いろいろと考えさせるものがあります。端的に言うと、組織が落ち目になってしまうときの、ある種どうしようもないかのような悲惨さですね。
 今の人には、信じられないようなことですが、長島や王が活躍していた時代、巨人はV9、つまり、9年間、リーグ優勝と日本シリーズの優勝を一度も欠けることがなかったのです。巨人の経営者たちは、常にドラフトを非難し、巨人がかつてのような強さを誇ることができなくなったのは、ドラフトのためだと思い、なんとかドラフト制度の形骸化を図ってきました。
 しかし、巨人が9年間も日本一を続けることができたのは、実はドラフトのせいだったのです。これはあまり指摘されることがありませんが、事実だと思います。
 ドラフト制度が始まる前は、自由競争だったわけですが、セリーグには強いチームが3つありました。巨人と阪神、中日です。優勝はいつもこの3チームの回り持ちみたいな感じで、特に巨人と阪神の対決が中心でした。そして、新人の有力選手は、このふたつのチームにだいたい入団したので、巨人が一方的に勝ち続けるということはなかったのです。
 ところが、長島と王という絶対的な実力をもった選手が入った少し後に、ドラフト制度が始まったために、3チームに偏っていた有力選手が、6チームに平均的に入るようになりました。そのために、ドラフトが始まる前に抜群の人材を集めていた巨人以外のチームが平均化されることになり、むしろ阪神と中日の力が相対的に弱くなったのです。そして、残りの3弱チームが、ドラフトの恩恵を受けて、有力選手をとることができるようになり、チーム自体が強くなるまでに、時間がかかったのです。これが、巨人の絶対的な強さの秘密でした。V9時代のレギュラーのほとんどは、ドラフト以前の入団選手であり、彼らが年をとることで、巨人は弱くなったのです。そして、その間、新しい制度の下で、新人を有効に鍛えるシステムを構築することに失敗してしまったことで、どんどん弱くなっていきました。

 もっとも、人材を育てようという芽はあったのです。長島が監督になり、3年目くらいから、新人を鍛え上げ、少しずつ育っていきました。しかし、その間あまり勝つことができなかったために、長島ですら解雇されるということになってしまい、その後、巨人は人材を育てることより、他からとってくるようになりました。そのもっとも酷い時期が、長島の2度目の監督の時代であり、今回批判された渡辺恒雄が巨人を支配するようになって以来のことだったのです。
 巨人が人気があった時代には、テレビのCMのスポーツ選手は、多くが巨人の選手だったのですが、今や皆無です。野球人気自体が、スポーツの多様化によって相対的に低下していますが、CMに出ている現役選手はすべてがパリーグの選手になりました。

 なぜ、巨人の実力が低下し、また、人気も低下したのでしょう。ここに、組織がだめになる要因の多くがあると思うのですね。
 第一に人材を育てることを追求しなくなった。人気すら、他チームからの移籍選手に頼るようになった。しかし、ファンというものは、そこで育った人にまず愛着を感じるものだから、結局、巨人の人気選手自体がいないかのようになってしまった。
 第二に、経営者が、巨人の利害で野球界全体を動かそうとして、野球界全体の利益を省みなくなった。もっともこれは、ずっと以前からそういう体質があったかも知れません。このことが、特に表面化したのが、シドニーオリンピックの参加問題でした。この時期を境に、野球とサッカーの人気に大きな異変が起きたのです。
 第三に、親会社の人事の一環として、巨人という会社の人事が行われるようになったことです。そして、その中で、現場の力が非常に下がったことです。V9の川上監督時代は、オーナーが、現場を飛び越えて、選手の獲得やコーチ編成などをすることはなかったのです。現場の意思を無視して、経営陣がコーチを決めたのは、長島が監督になって、初めての年に、巨人が歴史上初めて最下位になったときでした。今回内紛している渡辺氏も清武氏も、野球など知らないのに、選手人事に大きな影響力を行使しています。

 こういうことって、例えば原発事故の際の問題などを考える上でも、大いに問題意識としてもつ必要がありそうです。
 みなさんは、今後多くの人が学校という組織に入っていくと思われますが、学校が発展するための組織のあり方など、考える参考になりそうですね。


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8 月
7

原発安全神話1

Posted by a6hootazemi in わけい

 311を考える課題は多数あるが、まず、原発安全神話について考えてみよう。

 原発が危険なものであることは、原発設置者が一番よく知っている。そのことは簡単に証明できるし、また、以前からずっと指摘されてきたことである。それは、すべての原発は大都市から離れている場所に設置されていることである。電気は遠ければ、それだけ送電ロスが大きくなる。したがって、できるだけ消費地に近い場所で発電することがよいにもかかわらず、遠くに設置されたのは、危険だからという以外の理由は全く存在しない。
 だから、設置したときの政府も、電力会社も、原発が安全な発電方式であるなどと、絶対に考えていなかったことは明らかである。

 にもかかわらず、ここまで安全神話が国民の間に浸透していたことは、それ自体詳細な検討の必要性を提起している。教師をしている卒業生がやってきたときに、原発をどのように教えているのかと聞いたら、「原発は安全なものなのよ!と教えています。」と、まったく屈託なく答えてくれた。もちろん、本当に原発が安全なものであることを信じて疑わなかったような口ぶりであった。
 学校では、文部科学省の作成したとされる原発関連の教材が教えられ、そこでは原発の安全性が強調されている。しかし、文部科学省はこの教材を事故のあと、学校から回収措置をとり、かつ文部科学省のホームページにあった部分も削除したという。ここにはふたつの問題を指摘することができる。

 まずは、安全に関する教材の内容である。そして、事故が起きると「回収」して、隠してしまうという体質の問題である。
 しかし、回収された教材の一部は、小波秀雄氏によってホームページ上で閲覧可能になっている。http://ruby.kyoto-wu.ac.jp/Files/Dokuhon2010/ ぜひ、実際のものをみて、判断すべきでしょう。ちなみに、公文書には著作権がなく、文部科学省著作物であることがどこにも書かれていないので、ここに掲示されている副教材は、コピーフリーであると解釈される。

 小学生のためのエネルギー副読本とされる「わくわく原子力ランド」という冊子は、小学生対象であるにもかかわらず、かなりつっこんだ記述がなされている。全体で41ページの内、半分以上が原子力関連で、電気や発電の一般的な説明はそれぞれ簡単なものである。
 その中の「原子力発電の安全を守る工夫」と「「事故の教訓から学ぶ」をみてみよう。

 まず「放射性物質をとじこめる対策」として、5つの壁があり、以上があっても自動にとまる。「過去の地震や地質調査によってしっかりした地盤の上にあり、地震のときには自動的にとまる」という二点が説明されている。もちろん、これらは、今回の地震と津波で打ち破られてしまった内容であることは周知のことである。
 そして、過去の教訓としては、チェルノブイリ、スリーマイル島、JCOの事故を教訓にして、「事故が起きないように、また起こったとしても人体や環境に悪影響をおよぼさないよう、何重にも対策がとられています」と書かれている。
 今となっては、いかにも虚しい記述である。
 
 ここで問題とすべきは、何重にも対策がとられてきたのではなく、国会で何度か指摘された危険性があったにもかかわらず、その対策が全くとられることなく311に至ったのであり、この記述自体が、まったく誤りであった点である。

 それから、次に「オフサイトセンター」の記述がある。災害が起きたときのために、すばやく対応できるよう、情報を集めたり、対策を話し合うオフサイトセンターが設置されているとして、そのシステムが図示され、いかにも安全対策が万全であるように書かれている。しかし、福島のオフサイトセンターは地震によって機能を完全に停止してしまい、全く機能しなかったことが確認されている。政府や東電の初動対応が不十分であったことが指摘されているが、初動対応のためのオフサイトセンターそのものが機能不全に陥っており、その理由も、福島原発の機能不全と基本的に同じであることもわかっている。(電源の喪失)

 こうした「安全」記述は、事実によって否定されたわけであり、しかも、決して誰も予想しなかったことではなく、何度か指摘されていた欠陥であった。そのような安全性に対する重大な欠点が、全国で使用されている文部科学省自身が作成した副教材によって、まったく隠され、安全であることだけが強調されてきたことが、まずは、安全神話の浸透に大きな要因となっていた。


8 月
6

311の問いかけるもの(序文の一部)

Posted by a6hootazemi in わけい

 311の震災とその後の原発事故について、教育的分野でのゼミとして研究する意味はなんだろうか。学生が研究するなどということは、おこがましいことであって、むしろボランティア等での活動こそが重要であるという意見もあるかも知れない。

 通常の自然災害では、そうかも知れない。しかし、311は、単に甚大な被害をもたらした自然災害であっただけではなく、社会全体に大きな影響を与え、かつ既存の社会システムそのものの転換を求める現象であったという見解が正しいとすれば、国民のあらゆる層の人たちが、それぞれの立場から、今回の災害を通して、何が変わらなければならないのか、徹底的に考察することが必要であるに違いない。私たちは、そうした観点から、とにかく311をめぐる「事実」だけではなく、そこに至る、またそこから発生した「議論」も含めて、今後の社会システムについての考察を、微力ながら試みることにした。

 そこで、震災一カ月後に、アメリカのハーバード大学で行われたシンポジウムで語られたことを検討してみよう。
 4月22日、ハーバードに学ぶ日本人学生を中心に活動していた、ハーバード・フォー・ジャパンという組織が企画したもので、総合司会を勤めたアンドリュー・ゴードン教授によれば、ハーバード大学の日本研究所としての課題を3つあげている。
1 内外の協力者 記録を集約 デジタル・アーカイブ
2 意味を分野を超えて理解する 短期・中期・長期
3 ハーバード・フォー・ジャバンへの協力 アメリカでの関心を高める

 ついで、昨年、NHKの「白熱教室」で話題となった政治哲学のマイケル・サンデル教授が問題提起を行った。これを主に紹介しながら、考えてみよう。

 マイケル・サンデル教授はまず、「この震災は私たちを変えるのか。他者の関係、自然やテクノロジーとの関係は変わるのか。」と問いかける。サンデル教授によれば、「日本人は価値観が変わるのか、既に問い始めている。」というが、ここは、私たちの検証が必要であろう。少なくとも311以後の数カ月間、既存勢力は、既存の価値体系の中で動き、批判されていやいや修正する形を繰り返しているように思われる。また、新たな被害が生じてきたとき(農作物などの一次産業に影響が現れたときの、「制限」と「賠償」の在り方)なども、それほど新しいシステムを作り出すようにも見えない側面がある。情報公開が叫ばれながら、国も自治体も、都合の悪い情報を隠し続けた面も否定できない。
 もちろん、日本人がみせた災害時の程度は、国際的に高い評価を受けたことも事実である。サンデル教授は、「台風のカトリーヌのとき、便乗値上げを禁止すべきかというアメリカでの議論が起きた。」それはかなりの便乗値上げが起き、略奪が発生したからであるが、「しかし、日本では値上げも略奪もなかった。」と述べる。しかし、災害時に略奪が起きなかったのは、今回が初めてではなく、阪神淡路大震災のときにも指摘されたことだ。このことが、国際社会における影響としては、新しいシステム転換の可能性をもつが、むしろ、今回指摘されたことは、過度の忍耐は社会をよくするかという問題であったともいえる。
 なぜ日本では、災害時に、略奪が起きないのだろうか。もちろん、皆無ではない。しかし、国外の災害時の報道に比較すると格段に少ないことは確かだろう。
 ひとつは、日本では地位的な人間関係が強く、また、それほど大きな貧富の差がないということが考えられる。全く食料がなくなれば、まったく盗む行為をしない人は少ないに違いない。
 あるいは、日本では災害時の非難先が確実に用意されており、そこに必要な生活必需品が確保されており、家等が被害にあっても、当面の生活は可能であるという、災害対応が優れていることが要因とも考えられる。いずれにせよ、サンデル教授がこの点を、大きな「変革」の柱として考えていることに注目すべきであろう。

 次にサンデル教授は、政治哲学の大きな問題として、「グローバル時代の課題でもある、人間の共感の範囲は、地球的規模に拡大できるのか。地球的規模での責任を果たすことは可能なのか。時間が経過すれば、それぞれの生活に意識が完全に戻ってしまうようなものなのか」ということを提起する。そこで素材として提起されるのが、1755年におきたリスボン大地震である。
 1755年11月1日、マグニチュード8~9の大地震がリスボンを襲い、27万の人口のうち9万が死に、地震による家屋の倒壊、津波による被害、そして火災というように、地震によって起きるすべてのことが大災害をもたらした。もちろん、当時は、地震対応の家屋ではなく、これをきっかけに、耐震構造の建築の研究が始まったという。ヨーロッパやアフリカまで地震の影響と被害はおよび、特に学問の世界はこの地震を深刻に受け止め、ヴォルテール、ルソー、カントなど、当時の代表的な思想家が、リスボン地震を契機として、思索を進めたという。
 サンデル教授は、まずアダム・スミスの議論を紹介する。

 アダム・スミスの問題提起はこうである。
 はるか遠くの国で、突然住民すべてが地震に飲み込まれてしまった。人道主義はどう受け止めるのか。ある人は強い哀悼の気持ちを語る。人間の命のはかなさを考察する。るつたビジネスマンなら、世界貿易への影響を推測するだろう。こうした美しい考察のあと、落ち着いて何事もなかったかのように、元の生活に戻る。そのことで安眠が妨げられることはない。それに対して、些細なことであっても、個人的な災難だったら、一晩眠れないだろう。
 
 サンデル教授によれば、アダム・スミスは「地球の反対の人々には、共感をもち続けることはできない。」という「共感の限界」を指摘するというのである。
 すると、今回の震災における、熱い支援や共感は、束の間のものなのか。文化や国家の枠組みを超えた、新たな関係性の始まりとなるのか。

 確かに、人間的に関係のない人々が、いくら不幸な目にあったとしても、短い同情はしたとしても、それが長く続くことは通常稀であるし、それを求めることもまた非現実的だろう。しかし、サンデル教授によれば、現在の国際社会は、アダム・スミスが生きた時代とは異なる。グローバルなコミュニティに生きているという点である。しかし、グローバル社会とは、人によって認識が異なるだろうし、単なる同情ではなく、その同情から更に深い関係を築けるかどうか、公共の場での表立っての関係を築けるかどうか、より広いグローバルの共同体意識を高めるかどうか、それはグローバルな対話を重ねて行けるかどうか、つくり「我々次第」であり、そこには単なる同情を超えるものがなければならないという。
 サンデル教授は、震災前の実験的な試みとして、日本、中国の学生と関わりをもち、インターネットを介しての同時授業と討論を組織していたという。そして、震災が起きたことをきっかけに、震災の問題も議論した。つまり、リスボン地震の時代には、地球の裏側は、所詮、文字報道と認識の問題であったが、現在は、リアルタイムで映像を見ることができ、それは決して隣村の出来事と異ならないリアリティをもって受け取る状況が存在する。その意味で、グローバル社会における様々なことがらの共有が可能になっている。
 実際に震災後、日本では以前とは異なるコミュニティ意識が現れたことをサンデル教授は重視している。確かに、関東や関西に住んでいる人の多くは、東北地方は、自分たちのコミュニティの一部という意識は希薄であった。しかし、単に東北に多くの産業が依存しており、関東の電気も多くが東北から来るというような経済的事実だけではなく、人間的な感情としての共感が芽生えたことは事実である。

 そこから、倫理的な問題、哲学的な問題、政治の問題として、多くの問題が提起される。例えば、原子力エネルギーについての議論。生活水準を下げても、依存を減らす、廃止すべきかどうか。あるいは、生活水準を犠牲にしないように、原発の安全性を向上させることで対応すべきか。このような対立する意見を調和させ、共存できるシステムを国際社会の中に築いていくことができるかが、今問われているのだという。

 サンデル教授の指摘するように、1755年、リスボン大地震  価値観を変えることになった。建築や都市設計についての転換、地震等の地球に対する自然科学的な探求、そして、人々の共感意識の形成等、多くの転換をもたらした。今311後が、どのような転換をもたらすのか、それは単に経済的な問題だけなのか、思想にも及ぶものなのか、また、多くの指摘があったにも関わらず、立ち遅れた震災対応のいくつか、特に原発の問題は、既存の社会システムへの徹底的な検証を必要としている。

 それはサンデル教授の言うように、「我々にかかっている」のであろう。


ホットワード 文教大学 人間科学部 太田 いいんちょう
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