5 月
15

プレゼントにひっそり思いを託して

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんにちは。
ちょっとご無沙汰です。

この前の日曜日、5月13日。
『母の日』でしたね。

みなさんは何かされましたでしょうか。

プレゼントをした人、
一緒に出掛けた人、
特に何も…という人

まぁそれぞれでしょう。


私は今年、グラスに入ったかわいい観葉植物をプレゼントしました。
小さなメッセージカードを添えて。

実は私、母の日に何かしたことって今までほとんどなかったんですよね。
小学生の時に、学校で皆一緒に作った「母の日カード」みたいなものくらいで。

母の日や誕生日のような行事に何かするという習慣、感覚みたいなものがあまりないの我が家です。(誕生日にケーキくらいは食べますが)

ではなぜ今年、私は突然プレゼントを買ったのか。
それはたぶん、今年私が休学をしたから。

最初は、
私も22歳になったことだし
ここいらでそろそろ感謝しとくかな!
くらいの気持ちでした。

でも、いざプレゼントを選んだり、メッセージ何て書こうかなと考えていたら

色々お世話になってるなぁ
としみじみ思えてきて。

突然の休学、はっきり言って私の我が儘です。
母には普段、家での生活などに関しては口うるさく言われますが、
進路のことや考え方には基本的に口出しはせず、私の意見を尊重してくれているように思います。

結構私、好き勝手やらせてもらってるな
と改めて感じたのでした。

本当は言いたいこともきっとあるでしょう。
でも母なりに、私を信頼して黙っていてくれるのかなと思います。

そんな母への感謝の気持ち。
自分の口から伝えるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいので
小さなグラス入りの植物と、これまたとても小さなメッセージカードに託してしまいました。

母は、「何これ!」と言って笑っていましたが…
果たして私の感謝の気持ちは伝わったのか。

後日、母からちょっと感動するメールが送られてきました。
母の日のことには特に触れていませんでしたが、
何か伝わったのかしら?
と、メールを見てほこほこした気持ちになりながら、家に帰りました。


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4 月
19

お香を焚いて、文字を書く

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。

今日はオーブントースターと食器棚の掃除をしました。
私は、片付けやら掃除やらというものがどうも苦手です。普段はほとんどしません。
だから私の部屋はとても散らかっています。
そんな私が、最近ちょこちょこ家の掃除(自分の部屋は手つかずですが)をしているのです。
たぶん、ちょっとした気分転換なのでしょう。
以前から、疲れて人に会いたくないときや学校に行きたくないときは、なんとなく掃除をしていた記憶があります。
人と関わるのが嫌になったとき、疲れたとき、イライラした時の私の気分転換の手段。
その一つが、普段することのない掃除や片付けなのです。

それから、私の一番の気分転換の手段。

・お香を焚くこと
・文字を書くこと

だいたいこの二つを同時にします。
お香の香りはイライラや緊張をゆっくりと解してくれます。
文字を書くと、心が静かになるのです。
例えるなら、荒れて波の立つ海から、穏やかで静かな湖にかわるような。
お香を焚いて文字を書いている間は、自分と自分の周りの世界が完全に遮断されたような気分になります。それがすごく好きです。

文字を書くといっても、自分のあまりきれいではない文字をみたところで気分は良くならないので…
「鉛筆でおくのほそみち」や「ボールペン字」のテキストを使って
綺麗な文字をゆっくり書くのです。
自分で文を考えて書くと、頭を使うので疲れてしまいます。
だから、頭を真っ白にして何も考えずに文字だけを書く。

それがとてもいい気分転換になります。

掃除も片づけも
お香を焚いて文字を書くときも
私の頭は真っ白で、空っぽです。
そうなる事を、私はわざわざしているのでしょう。
特に意識して考えないようにしているわけではなく
気付くともう、何も考えていないのです。
そのことに気付いた時には、なんだか気分はすっきりしてしまっていて。

それまであったイライラした気持ちや嫌な感情は
拭き取った汚れと一緒に、書いた文字と一緒に
指の先から流れていったような感じ

気分転換を「しよう」と思ってからすることはほとんどないので、
掃除や文字を書いた後で、「なんかすっきりしたな」「いい気分転換になったな」と気づきます。
逆に、自分が掃除をしたりお香を焚いて文字を書いていたら
「なんかイライラしていたんだな」「疲れているのかな」と気づきます。

気分転換となる行動は、私が自身の状態を自分で整える手段であると同時に
私が私自身の状態を知るためのサインでもあるのです。


皆さんの気分転換の方法はどんなものでしょうか。
気分転換ってとても大事だと思います。
時には頭を空っぽにして、肩の力を抜いて。

ピアノを弾く時、力が入ったままだとどんどん指が動かなくなってしまいます。
人もそれと同じだと思うのです。
力を入れっぱなしにしていたら、いつか動けなくなってしまう。
ふっと一瞬でも力を抜くことができると、指の動きはよくなります。
でも、力を抜くって意外と難しい。
難しいけれど、とても重要。ピアノを弾くうえでも、生きていくうえでも。

忙しい毎日の中で、ふっと力を抜ける自分の「気分転換」。
そういう時間を大事にいたいですね。


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4 月
14

時を閉じ込める

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。

新年度スタートですね。
先日、今年度第一回目の特別支援勉強会に参加しました。
新たなメンバーがたくさん加わって、24年度の勉強会もスタートです。

3月31日に学校に行ったときには、桜の花は開いていませんでしたが、先日はもう満開でしたね。
菜の花の鮮やかな黄色と桜の桜色が春を感じさせてくれ、
ついつい橋の上からパシャリと写真を撮ってしまいました。

写真って不思議ですよね。
その瞬間が、写真の中に閉じ込められて残る。
人は歳をとるのに、写真に閉じ込められた人は歳をとらずに十年前のままの姿。
季節は変わりゆくのに、写真の中ではその場所はずっと春。
昔の自分の写真を見ると、不思議な気分になります。
そこには何年も前の自分自身も忘れてしまったような自身の姿が、閉じ込められているのです。
ちょっとこわいような気もします。

写真は、その時その時の景色を鮮明に記憶してくれます。
しかし、私は実は写真があまり好きではありませんでした。
自分の見た素晴らしい景色を写真は記憶してくれますが、その景色を見たときの自分の気持ちや心情までは記憶してくれません。
同じ景色でも、自分の心情が異なれば景色は違って見えるものです。
写真に撮ってしまうと、その「心情」の部分が欠落して、自分の中でその景色が安っぽくなってしまうのではないかと思っていたのです。
また、写真に撮ることでその景色の記憶を写真に預けてしまい、自分自身の脳の記憶の中で薄くなってしまうのではないかと恐れていました。

だから写真に収めることがもったいないと思っていた私です。
しかし、最近は「その瞬間を残せる」写真もいいなと感じています。
なくなってしまった景色やいなくなってしまった人も、写真の中では確かに存在します。
忘れてしまった記憶を写真が呼び起こしてくれることもあります。

記憶では鮮明に残しきれないものを、確かに記憶してくれる。
止まることのない時を、その一瞬をそこに閉じ込める。
やっぱりそれが写真なんですかね。


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4 月
2

「春告げ花」

Posted by a6hootazemi in さえこ

春の花といえば、桜でしょうか。

桜は色もその華やかさも、春にふさわしい感じがしますね。やはり、桜が咲いているのを見ると「春が来た」という気持ちになります。
先日の成績発表の際に学校付近の桜の木をみたら、だいぶ蕾が膨らんでいました。あっという間に満開になって、そしてあっという間に散ってしまうのでしょう。散り際すら美しい桜です。

 桜は、誰もが春を感じる春の花の代表であると思いますが、私は梅の花こそ春の花であるように思います。昔の人の歌で、春の花として梅について詠んでいるものを見つけると、「おぉ!」とちょっと嬉しくなったりします!

 三月二十日ごろの夜、梅の花を見に近くの公園に行ってきました。満開ではなかったものの、紅梅、白梅ともにとても美しく花を咲かせていました。

桜は夜にも「夜桜」と称して見に行く人は結構いますよね。でも梅はあまり耳にしませんね。 

夜の散歩がてら行ったのですが、夜に見る梅もなかなか乙なものです。
もちろんライトアップなどされていませんから、遠目ではよく見えませんでした。
それでも、木に近づいていくと梅だとすぐにわかりました。
梅の香りがぶわっと私を襲ったのです。

梅の花は、桜ほど華やかな印象は受けませんが、梅が花を咲かせる姿は
桜よりもしっとりと上品な印象を受けます。そして香りが良い。


そしてもう一つ、梅の花の魅力。
それは、桜よりも早く花を咲かせること。
梅は桜よりも早くその花を咲かせ、私たちに春の訪れを告げてくれるのです。
梅の花が咲く頃って、ちょっとまだ肌寒い気候である気がします。夜なんかは特にまだ冷えるなと思うような。
なかなか気温が上がらず「春はいつになったら来ることやら」と思っていると、
梅が咲いて「もう春はすぐそこだよ、もうすぐ暖かくなるよ」と教えてくれているように感じます。

桜が春の季節を感じさせてくれる象徴の花であるなら
梅は春の訪れを知らせてくれる「春の扉」のような花。


「春告げ鳥」ならぬ「春告げ花」ですね。


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3 月
12

震災と自分の距離

Posted by a6hootazemi in さえこ

ちょっと間があいてしまいました。すみません。


昨日で、東日本大震災から一年。
悲しい気持ちやつらい思い、そして計り知れない不安と恐怖。
そんなものでいっぱいだった一年前の3月11日。
誰もが日常生活を送っていた時、突然襲った大きな災害。
今なお厳しい生活を送る人たちも多いなか、あれから一年が過ぎました。

たくさんの人が地震への不安、原発事故への恐怖、昨年のつらい記憶を抱えて迎えた
3月11日。
昨日は、いい天気でした。
バイト先の休憩室で迎えた午後2時46分の地震発生時刻。
三階にある休憩室の窓からは陽射しが差し込み、室内を明るくしていました。

休憩室では震災の追悼式典の様子がテレビから流れており、休憩室にいた人たちも一年前を様々な気持ちで思い出していたことでしょう。
そんな時でも太陽の光は明るくて、何か余計に複雑な気分になりました。

もう一年。しかし、まだ一年。
被災地の復興はまだまだこれからが大変だと思います。

地震発生当時、大きな揺れには襲われましたが、私はやはり大きな被害を受けた地域の人とは立場が違います。
被災地の人々のことばを聴き、思いを寄せることはできます。
近しい人を亡くされた人の気持ちに想像をめぐらせ、胸が痛むこともあります。
でも、同じ気持ちを共有することは不可能だと私は思うのです。
それは立場が異なるから当たり前と言えば当たり前なのかもしれません。
私は震災以前となんら変わらぬ生活を送り、近しい人を亡くしたわけでもありません。
どうしても、被災地の人と同じ立場に立って同じ気持ちを共有することはできないと思うのです。

しかし、それは震災を忘れ、被災地やそこに生きる人々に無関心になることとは同意ではない。

私には私の立場から見る震災があります。
自分の今の立場は変えようがありませんが、震災を見る目線、震災に関して考えたり復興に携わる姿勢は変えられます。
震災と自分との距離は自分次第で変わると思うのです。

私たちが、私たちの立場からできることは何なのでしょうか。
震災から一年を機に、今一度しっかり考えようと思いました。


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2 月
27

私の「好き」

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。春休み、皆様いかがお過ごしでしょうか。
ついついだらけてしまう長期休み。今回はそうはすまいと、極力早寝早起きを心がけております。
そしてまた担当の木曜日に書けず…。すみません。


最近、西原理恵子さんの『パーマネント野ばら』という漫画を読みました。
西原理恵子さんの漫画は、ちょっと乱暴なところがあるようで、でもなんだかあったかくて、切なさも感じる漫画です。
嫌なことがたくさん溢れている世の中。嫌な出来事。嫌な現実。マイナスな感情。駄目なところ。人はそういうものを抱えて生きている。
でもそんな世界の中でもあったかいもの、いいこと、素敵なものもある。
迷い、悩みながらも生きているヒト。そんなものを感じる漫画です。

『パーマネント野ばら』の他に、『はれた日は学校をやすんで』とうい漫画と『この世でいちばん大事な「カネ」の話』という本も読みました。

『パーマネント野ばら』の最後の二コマのセリフが素敵だったので、そのセリフを紹介します。

「そばに好きがあったら人生毎日正月やで」
「好きはきれえな花みたいやし」

私の「好き」ってなんだろう。そばにあるかな。
自分のそばにある「好き」を大切にしたい。
そんなことを考えました。

きっと自分の周りにたくさんある、私の「好き」。
普段は特に意識して生活しているわけではないですが、こうやってふと考えた時に思いつくたくさんの「好き」。
みなさんの周りにもあるはず。

それらを失くしてしまわないように、時々でいいから、その大切さを思い出したいです。
「好き」ってとてもキラキラしていると思います。それが何に対してのものであっても。

友達のことが好き、音楽が好き、ブロッコリーが好き、晴れた日が好き。
ちょっとした好きが、自分の世界を色鮮やかに見せてくれるように思うのです。

数多くの「好き」は私の今までの人生を形作ってくれていて、そしてこれからの人生も支えてくれるでしょう。

自分の中の「好き」を大切に、そこで生まれる気持ちを大切に、生きていきたいですね。


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2 月
20

思いを感じて

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。すみません、ちょっとご無沙汰です。
先日は、飲み会お疲れ様でした!
それから、色紙ありがとうございます。とても嬉しかったです!大事にします。

さて、私は昨日18日(土)と本日19日(日)の2日間
埼玉県歴史教育者協議会 第42回研究集会 に参加してきました。
テーマは、「震災・原発事故と どう向き合うか~社会科教育と3.11」。

1日目は平和教育についてのシンポジウムと被災地福島からの現地報告がメイン。
2日目は分科会でした。

1日目の中で印象に残ったのは、やはり被災地福島からの現地報告です。
中でも福島県の漁協の方のお話は、その言葉一つひとつが大変切実で、胸に突き刺さりました。
今現在、漁業再会の見通しが立たない中での苦悩は、やはり自分の船を出せないことだとおっしゃっていました。仕事は誇りであり、漁師は海に出てなんぼなんだ、と。
しかも、毎週一度モニタリングを行うらしいのですが、皮肉なもので魚がたくさんとれるのだそうです。だから本当なら今すぐにでも漁業の再開をしたい。でも、できない。それが苦悩であるとのことでした。

テレビの報道番組のなかで被災地の方の声をきくことはありますが、実際に聞く生の声は感じる重みが、やはり違いました。テレビから流れてくる映像をみて、話をきいていても、やっぱりどこか遠くの世界の出来事のように感じてしまうのが私の正直な思いです。
しかし実際に目の前で話をきくと、私たちに訴えてくる思いが耳や目だけでなく全身に伝わってくるようでした。また、メディアを通すことで「自分に訴えかけられている」という認識が薄くなりがちな気がします。流れてくる情報をただ受け止める状態に過ぎないからでしょうか。
でも、同じ空間で時間を共有していることで、まさに「私たちに訴えかけられている」という認識が強く生まれ、言葉一つさえも漏らすことなく聴こうという姿勢になりました。

漁協の方たちは、安全・安心がモットーであるので、もし国が安全だといっても自分たちが納得いくまでサンプリングをやり続けたい、自粛もしたいと言っていました。漁師という仕事を誇りをもってやってきた人の、真剣な思い。
そして最後に、消費者はどう考えているのかを聞きたい。これからもサンプリングをこまめに続けていくから安全になったら、是非お魚を食べてください。とおっしゃっていました。

 水俣病はみなさん知っていると思います。水俣では現在水銀の値は減っており魚も食べることができるみたいですが、それでも魚の値段は6割程の値段しかつかないのだそうです。これからの福島県が同じような状態になることは十分に想定できるでしょう。厳しい状況が続くでしょうが、漁協の方たちはそれを承知したうえで漁業の再開を目指して頑張っていきますと言っていました。私は漁師の方々の言葉を信じ、漁師の方が胸を張って安全だと魚を提供してくれたお魚を食べたいと思いました。そして、おいしいですと心から伝えたいなという気持ちになりました。


本日2日目の分科会。
現役で現場に立つ先生方や、現場はもう去られた先生方。何人もの先生方と近くでお話をして、お話をきいて、
「あぁ、こんなに子どものことを授業づくりを真剣に考えている先生がいるんだ」と正直驚きました。

子どもに「考えさせたい」、子どもたち自身が考えることが大切。
その子どもの中の「学びたい」に寄り添ってあげることが大事。
どうしたらもっと良くなるのか、なにが大事なのか、そしてどこが駄目だったことの反省。
先生方は常に活発に意見を交換し合っており、私のような現場も知らず、教育の何たるかもわからないような若造の意見にも、しっかりと耳を傾けてくださいました。そこには常に真剣な眼差し。

先生たちのことば一つひとつに、子どもへの思い、教育への思い、授業づくりへの姿勢が込められていて、そこに“教師”の姿を見たように思います。

以前もいったように、私は学校が嫌いですし、大学で学ぶ教師像が実際の教師とかけ離れていると思っていました。
その気持ちは今も変わってはいませんが、それでも、いい先生は現場にもいるのだということは、今日実感することができました。

教育に本気で向き合い、子どもと真剣に向き合うことは簡単なことではないはずです。ですが、現場に立ち、また現場を去ってなお教育を考え続け、上手くいかない現実にも立ち向かっている人たち。あの人たちの姿は、私に「教師って素敵な仕事だな」と思わせてくれました。



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1 月
27

時間をお買いもの

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。さえこです。
a9太田ゼミの皆さん、一年間本当にありがとうございました。この一年間一緒に勉強できてよかったです。
この場を借りて今一度お礼を言わせていただきます。
ブログへの投稿はこれからも続けていきますのでよろしくお願いします!


ところでみなさん、「交通費」ってもったいないなとか、無駄だなって思ったことありませんか。
私はよく思います。電車賃にバス代、飛行機、タクシー。
どこに行くにしてもなんだかんだで交通費が高くつくな、と感じずにはいられませんでした。

しかし、交通費について友人と話していたときに私が
「交通費って一番無駄じゃない?」
と言ったのに対し、友人は言ったのです。

「交通費っていうのは時間を買っているんだって。」

と。
これは友人も誰かに言われたそうなんですが、なるほど!と思ってしまいました。
なんとなくわかりますでしょうか。

たとえば、歩いていけば何時間もかかる道のり。これをお金を払って電車に乗れば、何十分に短縮することができるわけです。
昔は人の足で、または馬や牛などの足を借りて、遠い道のりを何日もかけて移動していました。
しかし今、東京から京都まで新幹線を使えば、東京から沖縄まで飛行機を使えば、あっという間。

私たちはお金を払って「移動にかかる時間を買っている」のです。
そう考えたら交通費がなんだかすごいものであるかのように感じました。

今日も、テストなのに時間ギリギリになってしまった私は、最寄駅から学校までタクシーに乗ってしまいました。
ワンメーターで行ったので710円。
「ああ、時間って高いなぁ」と思いつつ、今日私は時間を買ったのでした。
おかげさまでテストにも間に合い、「時間を買った」ということを実感しました。


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1 月
13

自分自身とつきあって生きていく

Posted by a6hootazemi in さえこ

最近、友人といざこざがあり、私は自分が思っていたよりも大人になれていなかったんだなと気がつきました。

中学生や高校生の時よりも、知識は増えた。たくさんのことを考えた。
それでもやっぱり感情の部分ではほとんど以前と変わっていなかったようです。

前にも同じような状況で、同じようないざこざがあり、とても後悔しました。それは今なお続いています。
それなのにまた同じことをしてしまったわけです。
あんなに後悔したにもかかわらず、何も変わっていなかった、変えられていなかったのだとショックでした。

しかし、1つだけ以前とは異なることがありました
それは、後悔したあと「謝る」という行動をとったこと。
以前はどうしても素直になれず未だに謝ることができていません。
それでもその子との関係は普通になったので、負い目は感じつつ仲良くしています。
でも、私の中の後悔は消えることなくその子と接するのに妙に距離をとるようになってしまいました。

今回は、上のような事態になることをわかっていたので
正直に話をして謝ろうと思ったわけです。

申し訳ない思いはやはり残りますが、それでも関係の修復はでき、むしろ相手も気持ちを話してくれ、より仲良くなれたように感じます。

全然変われておらず、大人にもなれていなかった自分に気がつき、ショックだったのと同時に
それでも以前とは何か変えようと行動した自分にも出会いました。

以前いざこざのあった友人とも、今更ではありますが、いつか話をしてわだかまりをなくせたらなと思います。
そして、あんなことがあったのに仲良くしてくれることに感謝している気持ちも、ちょっと恥ずかしいですが伝えられたらと最近改めて思いました。

人はなかなか変わらないなと実感した出来事でした。
でも自分は自分以外の人間にはなれないので、
変わらない自分自身と向き合い、受け入れ、時に変える努力もしながら
自分とつきあって生きていくしかないのだろうと思います。


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1 月
5

ありふれた毎日の中で

Posted by a6hootazemi in さえこ

お久しぶりです。さえこです!
皆さん、いかがお過ごしですか?

昨年は、良いことも悪いこともたくさんあり、大変中身の詰まった一年間だったように思います。
人との関わり、社会のこと、進路のことなど色々なことを考えた年でした。

また新しい年が始まり、新たにスタートすること、終わりを迎えること、継続されることがそれぞれあります。

今年に入り、もう5日も経ってしまったと思うと一年間なんてあっという間。
時間は止まることを知らず、容赦なく進んでいくものですね。


自分の周りにあるありふれた日々のなかで、少しでも何かを感じながら時間を過ごせたらと思います。
普段見過ごしがちな小さな出来事も大切にしたいですね。


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12 月
9

傘って変わらない

Posted by a6hootazemi in さえこ

最近ちょっと思うこと。
傘って変わらないなぁということ。

様々な技術が発展してきたこの現代。
移動手段で言えば、人の力で動かす車から今では自動車になり、電車や新幹線という乗り物で人々の移動の幅は大きく広がったことでしょう。
飛行機というものを利用すれば、今、人は空だって飛べてしまいます。
火を使って明かりをとっていたのが、現在はほとんどが電気となっているでしょう。
コンピュータを使用し、情報処理の速さは昔とは比べ物にならないし、またインターネットを介して瞬時に世界中の人とつながることができます。
そして人は宇宙にまで行く時代。

私たちを囲むたくさんのものが発展してきたことは明らか。
しかし、私たちが日常の中で使用する身近な物のなかで、昔からの姿をとどめているものがあります。それが傘。(もちろん他にもたくさんあるとは思いますが)

多少の変化はあったとは思います。ワンプッシュで開けるようになったり、素材も変わってきたでしょう。
でも、その使い方というか、形態は変わっていない。

雨の日、傘で片手がふさがれるのは不便だし、邪魔ですよね。誰でも感じたことがあるかと思います。
でもそれは技術の発展した現代においても改善されてはいないわけです。

不便を感じながらもどうする手立てもないのか、傘にそこまでの利便性は求めないのか。
もしくはどうでもいいのか。

これからも傘はあのままなのでしょうか。


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12 月
2

キリストの誕生日

Posted by a6hootazemi in さえこ

早いもので、もう12月ですね。
今日こそは担当の曜日にと思って投稿したのですが、日付が変わってしまいました。

最近はめっきり寒くなって、みんな肩を縮めてせかせかと歩いているように思います。
クリスマスも近づき、地元のショッピングセンターでは毎日クリスマスソングが流れ、商店街や駅前ではクリスマスのイルミネーションが見られるようになりました。

私はそんな年末の様子を、自分はそこには関係ないところにいるような気持ちで見ているのが好きです。
駅からの帰り道でポケットに手を突っ込んで歩いている人を見て「あぁもう冬だなぁ」としみじみ思ったり、クリスマス関連の商品が店頭にたくさん並んでいるのを見て「もうそんな季節になったんだなぁ」とふと気が付いたりします。

みんながみんなキリスト教なわけでもないけれど、ほとんどの人がクリスマスを自然と楽しみますよね。家族と過ごす人、友達と過ごす人、彼氏や彼女と過ごす人。
まぁ中には、バイトだよ!っていう人もいるかもしれませんが。(私もその一人!)

本来のキリストの誕生日ということを意識して過ごす人はこの日本において多数派にはならないかもしれませんが、たくさんの人の中でクリスマスが何か“特別な日”として存在していることは確かでしょう。
そういうのもいいじゃないですか。

学校や就活、仕事で毎日を忙しく過ごす人たちが、その特別な日を目指してプレゼントを考えたり、その日の計画を立ててわくわくしたり。
こういうことを考えるとなんだかあたたかい気持ちになります。


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11 月
29

窓ガラスの虫

Posted by a6hootazemi in さえこ

お久しぶりの投稿です。全然書いていなくてすみません。
それから、先週発表の担当だったのに休んでしまってすみませんでした。


今朝、電車の窓ガラスの外側に一匹の虫がとまっているのを発見しました。
暇だったのでその虫をしばらく観察。
電車が走り出せば当然すぐに飛ばされるだろうと思っていました。ところが、電車が出発しても必死に窓ガラスにくっついていたんです。

電車は走っていますから、ものすごい風に煽られているはずだし、ガラスの表面なんてツルツルしていて足をひっかけるところもないのではないかと思います。

実際、虫の羽はもげてしまうのではないかというくらいに風でばたばたと揺れていました。
それなのに窓から離れない。
どうやってくっついているのか、よく飛ばされないなぁと感心感心です。

私がその虫だったら即座に諦めたことでしょう。

でも足を離したら、思いっきり放り出されて死んでしまうんですかね。
虫に思考がないなら、足を離したら危険だということを本能みたいなもので察知していたのでしょうか。
そてとも別に、強風に煽られながら窓ガラスにくっつき続けることはあの虫にとって大したことではなかったのでしょうか。

こんなことを考えていると、その虫は結局途中で飛ばされてしまいました。
飛ばされてしまった虫がどうなったのかと考えていたら、下車する駅に着いたのでした。


最近本格的に寒くなってきて、夏にはあんなにうじゃうじゃいた虫の姿もあまり見られなくなりましたね。
虫が好きな方ではないので嬉しくもあり、でもなんかちょっとさみしい気もします。


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8 月
21

夏休みにすること(障がい者に関する班)

Posted by a6hootazemi in さえこ

だいぶ遅くなってしまいなしたが、夏休みにやろうと話し合ったことです。

実態が明らかになっていないことが大変多いので、しっかり実態把握をしようということになりました。

・津波の到達範囲
 その範囲内における、特別支援学校・福祉施設などの所在の確認
・できれば、自宅で暮らす障がい者、病気の人、高齢者などの当時の実態
・避難所での生活(アレルギー・高齢者などの食事、風呂など含む)
・福祉施設・特別支援学校における災害対策がどうなっていたか。また、震災後に変化したのか

雑誌、新聞、本、インターネットなど、様々な手段を利用してとにかく情報を集めてから整理して、それから考えていくことになりました。
もしできれば、特別支援学校の教員や福祉施設の職員の方に話を聞けたらと思っています。


8 月
13

海は広いな大きいな

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんにちは。
先日、友人と海に行ってきました。
海といっても人工の浜で、波もそんなにない静かな海です。
別に海水浴をしに行ったわけではなく、ただ海を見に行きました。

前から思っていたのですが、夜の海ってこわいですよね。
暗くて、水は黒くて、私たちをのみ込もうと手招きしているように感じられて鳥肌が立ちました。
浅くて、昼間なら入って遊ぶようなところでも恐ろしくてあまり近づけません。
海全体が底なしの深い深い大きな穴のようで、ちょっとでも水に触れたら引き込まれてしまうのではないかという恐怖を感じました。

海に行って、3月11日の震災のことも考えました。
大きな力となって、人々のいのちをのみ込んでいった海。
海はつながっています。違う海だけど、同じ海です。
この海にたくさんの人のいのちがのまれていったのだと思うと、こわかったのと同時にとても悲しい気持になりました。

海は大きくて広くて、海に行くと人間の小ささを思い知らされます。
山に行って大地に根を張る木を目にしたときにも、自然の偉大さを感じ、人間の小ささや弱さを感じます。
自然はその美しさによって人に感動を与えてくれ、その恵みで生き物を育み、またその脅威で生命を奪いもします。

とても恐ろしいけれどとても美しくて、命を奪いもするけれど、命を支えてくれるのも間違いなく自然で。
大きな力を前に私たちは、どのように生きていくべきなのでしょうか。

夜の海に行ってそんなことを考えました。


7 月
25

ウォークマンをなくしてから

Posted by a6hootazemi in さえこ

21日のまるさんの投稿を読んでちょっと考えてみたことをまず書きたいと思います!

考えるというのは、物事を多面的にみて、疑問を持つことだと思います。
世の中には、たくさんの情報があふれており、その真偽はわかりません。
全てを鵜呑みにすることは危険だと思います。誰かが正しいといっても、それが正しいかどうかはわからないわけです。
だから、あふれる様々な情報の中から真実を自分で見極めるしかないと思うのです。そのために、考えたり自分の意見をもつことは力になると思うのです。

国が導く方向、人が教えること、それが必ずしも正しいとは言い切れない。それを信じ、誰も考えることをしなくなったら間違いを正す人もいなくなってしまいます。

物事に疑問をもち、考えていくことができるように
自分の意見を持つようにと教わってきたのだと私は思います。

たしかに政治や社会において意見を反映させることのできる場は少ないかもしれません。
でも、自分の意見をもって生きるのと全くもたずに生きるのでは、その人自身の生き方が全く違ってくるのではないかと思います。


こう考えながらも、私はまだまだ人の言うことを鵜呑みにしがちなので、何事にも疑問をもつまるさんの姿勢、私はすごいなと感じました。


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私は以前、外出する際はウォークマンを必ず持って出かけ、イヤホンをして大きな音で音楽を聴いていました。
周りの音をシャットダウンして音楽だけに集中すると、面倒くさい徒歩の道のりも、電車に乗っている暇な時間もあっという間に過ぎる気がするんです。

でも、去年か一昨年に必需品だったウォークマンをなくしてしまったんですね。

それ以来、歩きながらや電車に乗っている時間は一切音楽を聴かなくなりました。

たまに、音楽聴きたいなぁと思ってウォークマンをなくしたことを残念に思います。

しかし最近は、
音楽で外界の音を遮断してしまうことがひどく勿体ないような気がしています。
自分の周りに溢れているたくさんの音を聴き逃して、色々なことに気付かずに過ごしてしまうのがなんか嫌なんですね。

だから、最初はただ単にウォークマンをなくしたから聴かなくなった音楽を、今は意識的に聴かないようにしています。


これは私の個人的な感覚なので、音楽を聴きながら歩いていることとか、電車に乗っていることを批判しているわけでは全くないです!!

でもたまに、イヤホンしてる友達に話しかけて、相手に気づかれなかった時はいささかさみしい気持ちになります。笑


7 月
18

話し合った内容

Posted by a6hootazemi in さえこ

・被害状況の内訳で、特別支援学校の被害状況を確認。しかし、いまいち不明確なのでもう少し調べたい。
・障害者基本法について
 細かい内容については今回はまだ確認していません
・避難所などでの状況を確認
 避難所にいる障害者の人が必要なケアを十分に受けられていない
 ○右半身にまひのある男性(63)。陸上自衛隊が開設した風呂に入るには介助が必要だが、男風呂で妻が手を貸すわけにいかない。本人も「時間をかければ自分で着替えできるが、周囲に迷惑をかけてしまう」と気兼ねもある。→妻がタオルで体を拭いているようだが、衛生面・健康面で心配
 ○重度の知的障害がある娘(39)、母(69)。震災直後は避難所に身を寄せるが、娘さんが夜ごと大きな声をあげるためにでていかざるをえなかったという。「娘の口をガムテープでふさごうかと思いました」という母の言葉も。
 ○内閣府の第32回障がい者制度改革推進会議で、東日本大震災の避難所での障害者の現状についての報告。
精神障害にとってプライバシーのない避難生活は耐えられないことで、これにより症状が悪化し大声を上げたりして「避難所から精神障害者は出ていってほしい」と言われたりしていることや、重度の知的障害者の男性が夜中に走り回ったり、所構わず排泄したりするなどの行為が続いて「安心して寝られない」との不満が相次いだという記事を確認。
○厚生労働省は各都道府県から手話通訳士などを募り始めた。また、全国ろうあ連盟なども、独自に手話通訳士を被災地に派遣して聴覚障害者の情報を伝えるための対策を訴えているという。

障がいが原因で情報が不足したり、孤立したりする可能性が心配だということを話し合った。

障がい者、その介助者が求める支援とはどんなものか、また彼らのニーズに合った政策はとられているのか、今後とられていくのかをこれからもっと現状の確認を行いながら話し合う予定。


7 月
16

蝉は夏を知らせる虫

Posted by a6hootazemi in さえこ

昨日、学校に向かっていつもどおり元荒川のところの道を歩いていると、ふと「何かうるさいな」と感じました。

何かと思ったら蝉の鳴き声でした。
今年初めて蝉の声をきいた気がします。

暑いあついとは思っていましたが、梅雨らしい梅雨もなく暑くなってしまったので
私の中で、「夏になった!」という区切りみたいなものがありませんでした。

でも昨日、ジージーとやかましく鳴く声をきいて
私の中で「ああ、夏になったんだ」とはっきり意識ができました。

きっと、あのやかましい鳴き声がきこえなくなってきたら、私は夏の終わりを感じるのでしょう。

蝉は私にとって季節の始まりと終わりを知らせてくれるものですね。


蝉といえば、昔はアブラゼミの背中の固い部分がかさぶたみたいでかわいいなと思って、よく捕まえていたことを思い出します。

それがいつからか触るのをためらうようになってしまいました。

ちょっとかなしいです。


7 月
6

話し合った内容

Posted by a6hootazemi in さえこ

・被災地に特別支援学校・学級はどのくらいあったのか
成人していて、会社などで働く障害者は?
 重度の障害などで、自宅で家族と生活する障害者は?

・震災時、障害のある人はどのように逃げたのか、逃げられたのか(当時の状況)

・震災後、避難生活における状況
 避難所・病院での扱い、周囲の人々の対応
 (不安やパニック、奇声をあげてしまうなどで避難所で肩身の狭い思いをしているのでは。など)


・災害時における障害者への対応策などは、国や自治体において定められているのか
 また、今回の震災を受けて今後の対応策について考えられているのか

・障害の種類ごとの、災害時における困難の違い
 →聴覚障害:放送などが聴こえないために大事な情報が得られない
  病弱・肢体不自由:速やかな避難が難しい

など話し合いました。


6 月
26

クーラーで寒い夏、よりも

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは。

先日、友人と二人で電車に乗ったらクーラーがついていませんでした。
私が働いている飲食店でも、現在クーラーはつけていません。

そうすると、汗をハンカチで拭いている人やうちわなどでパタパタと扇いでいる人が目に入ります。

そんな光景を見ていると、なぜだか嬉しいような気持ちになりました。
本来夏ってこういうものなんだよなぁ、と思って。(まだ梅雨なのかもしれませんが)

クーラーは涼しくて快適で、クーラーの付いた電車や飲食店に入るとびっくりするくらいスーッと汗がひきます。
中学校まではクーラーなんてものは職員室や音楽室などの特別な場所にしかなかったので、暑くてあつくて仕方なかったです。それに、私の家ではあまりクーラーは付けず、せいぜい扇風機なので夏というのは暑くて汗をかいてベタベタして…というのが普通でした。

しかし、高校生になると電車を利用するようになって、電車は涼しいし、高校の教室は全部クーラーが効いていて寒いくらいで、大学もそうですよね。
確かに、外に出ればやっぱり暑いし、汗もかきます。
それでも以前に比べると、「夏は暑い」という意識が自分の中であまり強くなくなりました。
最近の夏を思い出すと、暑かったことよりもクーラーで寒かったことの方が思い出されます。

それが、先日電車に乗った時にはすごく暑くて、みんな汗かいてハンカチやタオル拭っているし、パタパタ扇いだり暑さで姿勢がだらーっとしていたりするわけです。
「あ、やっぱりこれが自然なんじゃないかなぁ。本来夏ってこういうもんだよなー」
と友人と二人で話しました。

クーラーの涼しさ快適さというのは、とても手放しがたいものですが、
たまには暑いあついと言ってぐだっとして、“夏”という季節を全身で感じるのもいいな、
なんて思いました。


6 月
21

業平橋駅

Posted by a6hootazemi in さえこ

おはようございます。

“業平橋”という駅を知っていますか?
業平橋駅は、東武伊勢崎線浅草駅の一つ前の駅で、スカイツリーの最寄駅です。

この業平橋駅、2012年春の東京スカイツリーの開業と併せて“とうきょうスカイツリー駅”に名称変更をすると聞きました。
…なんだかなぁと思います。

私の通っていた高校は、業平橋駅の1つ隣の曳舟駅と2つ隣の東向島駅が最寄駅でした。
あの辺りは下町の雰囲気も残っているので、とても好きです。
駅名もなんだかいいじゃないですか。

業平橋駅は、“なりひら”と親しみをもって呼んでいました。
駅の周辺は浅草に行くときに通ったり、自転車でふらふらしたり、散歩がてら友達と歩いたりと、割とちょくちょく行ったものです。

曳舟の駅前も開発が進んで、以前はなかった大きな建物がたち、道路が整備されてきれいになっています。スカイツリーはすでに634mに達し、高校からは多分見えることでしょう。

駅前に色々なお店ができれば便利になることは間違いないだろうし、“業平橋駅”から“とうきょうスカイツリー駅”に変われば、知名度は上がります。観光客が来れば活気も出るかもしれません。スカイツリーの高さは確かにすごいなと思います。

でも、私は自分の知っている風景や親しみを持っていた名前が変わってしまうことが、とてもさみしいです。
自分が見てきた窓からの景色や、毎日学校に行くときに見ていた景色も変わってしまったことを思うと、以前の風景を懐かしく思い起こします。

新しいものができ、開発を進めることもいいですが、昔の景色をずべてなくすことはしないでほしいなと、切実に思いました。


6 月
17

散歩気分で

Posted by a6hootazemi in さえこ

おはようございます!投稿遅れました。先週の分です。

皆さんは駅から大学に行くとき、どこの道を通っていますか?
私は途中で曲がって、元荒川の土手を歩いていきます。
人が少ないし、緑があってとても気持ちがいいので、のんびり歩くことができますよ。

桜が満開の時は桜のトンネルのようだし、桜が散ると花びらの絨毯です。
夏にはセミが鳴いていて、秋には曼珠沙華が咲きます。
季節によって様々な顔を見せてくれるので飽きることがありません。

それに、暑い時期には木が陰になってくれるので少し涼しい!

昨日の朝も土手を歩いていたら、鳥が鳴いているのがきこえて、「あぁいいところだなぁ」と感じました。

周りの空気を感じながら歩いていると、普段気に留めなかったようなものにふと目がいって何か発見できたり、楽しくなってきます。
毎日何気なく通っている場所や、毎日過ごしている空間でも、辺りを見回してみれば新しい発見があるかもしれません。新しい感動に出会えるかもしれません。

今度気が向いたら、ちょっとしたお散歩気分で土手を通って見てください。とっても心が落ち着きますよ。



6 月
3

飲食店店員になって

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは!

私はあるスパゲッティのチェーンでホールをやっています。

飲食店でアルバイトを始めて変わったこと。
それは自分がお客さんとして飲食店に行った時の店員さんに対しての意識です。

以前はピンポンと呼んでもなかなか注文をとりに来てくれなかったり、料理が遅かったりするとよくイライラしていました。

しかし、自分が店員の立場になってわかったのです。
店員さんは結構忙しい。
やることがたくさんあってすぐに行かれないこともあります。
自分がホールで働いて、お客様の対応に追われて、やっとわかりました。

実際に自分が大変な思いをしているので、ご飯を食べに行って店員さんの対応が遅くても
「忙しいんだろうな」と、まず考えるようになりました。
以前のようにイライラすることがなくなり、私はなんて短気だったんだろう!とさえ思います。

それから、店員さんに対しての態度。
お客様の態度が悪いと私(店員)もやっぱり人間なので、少しイラッとします。逆に、お客様が「ありがとうございます」とか「お願いします」とか一言でも言ってくれたりすると、私(店員)も自然と笑顔になれるのです。
だから私は、お店に行ったときには必ず「ご馳走様でした」と言うようにし、お料理を持ってきてくれたら「ありがとうございます」と笑顔で言うようにしています。
そうするとたいていの店員さんは笑顔で返してくれます。

「お店」というのは、「お客様」がいなくては成り立ちません。だからお客様はとても大切です。
お客様のことを第一に考えるのがお店側としての立場だし、お客様が満足してくださるサービスを提供するのが務めなのだと思います。
しかし同時に、そのお店を営業している「従業員」がいなくてはお店は成り立たないのです。
私はお客さんにもお客さんとして、サービスを提供してもらう側としての態度があるだろうと思い、この意識を忘れずにいようと心掛けています。


5 月
28

いないとさみしい

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは!

この間の火曜日から2泊3日で、弟が林間学校に行きました。私の弟は、今年中学1年生になったばかりです。
8歳離れている上に、弟はまだまだ子どもっぽいので、かわいくて仕方ないです。笑

しかし普段家にいるときは、本当にうるさいと感じる時も多いし、わがままで嫌になることもあります。
牛乳を持って来いだの、教科書が見つからないだの、何様なんだと言いたくなるようなことがしばしばです。
母も弟がうるさくてイライラしていることがよくあります。

でも、弟が林間学校などで数日家を空けると、私たちは決まって
「静かでさみしいね」
という話をします。
初めは、「いないと静かでいいね」などと笑って話しているのですが、結局「やっぱりいないとさみしいね」という話になってしまいます。

弟がいない間はうるさくてイライラするということはないですが、うるさい弟がいないと家の中がとてもさみしいのです。
弟がいるときのほうが家の中が明るく、いないと物足りなさを感じます。

弟が帰ってくる木曜日、弟に会うのを楽しみにしている自分がいました。

普段どんなにムカついていても、母も私も弟のことが好きなんだな、と改めて実感です。


5 月
20

節電で

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは!

最近、節電のために昼間の明るい時間帯は電車のなかの電気がきえてますよね。

あのちょっと薄暗くて外からの光だけの状態が結構好きだったりします。
窓からの光だけで本を読むのもいいし、薄暗いなかで電車の揺れを感じながらうとうとするのも気持ちがいいです。

晴れた日には窓からの光だけでもとても明るくてぽかぽかとあたたかく、「あ、今日いい天気だな」と思ったり、
曇りの日にはちょっと薄暗くて、「ちょっと本が読みにくいな」と感じたり
雨の日は、暗くてどんよりした空気で一緒に気分もどんよりしてみたり

照明が消えていることで、その日の空の明るさだったり空気だったり、色々なことを感じるようになった気がします。

車内の照明がついていれば、いつでも明るいしそれはそれで快適かもしれません。


でも電気が消えていると、日々の天気によって電車の中の雰囲気が全然違うので、なんだかおもしろいです。

空が晴れだと、車内も晴れ。
曇りだと、車内も曇り。
電車の中では直接外の空気に触れてるわけではないけれど、
目や感覚でその日の空気を感じられるので今の節電状態の電車、私は好きです。


5 月
14

大嫌いだった

Posted by a6hootazemi in さえこ

おはようございます。
うちには父の仕事用のパソコンしかないのでなかなか自由に使えないのですが、
今日は5時に起きたのでゆっくりパソコンが使えます!

先日教育実習のお願いをしに母校の中学へ行ってきました。

私は中学校が大嫌いだったので正直思い出したくないくらいです。笑
でも今日はその中学のことを書きたいと思います。
私が特に嫌だったのが部活で、部活が休みになるからテスト週間が嬉しかった!
ソフトテニス部だったのですが、先輩たちはとても上手な人が多く、同級生は1人しかいない上に、その子はもともと硬式をやっていたのですぐ上手くなってしまい、心細くて仕方ありませんでした。練習に行っても怒られる、試合をしても怒られる…
何度やめたいと思ったことか。

それでも私が引退まで部活を続けたのは、顧問の先生が大嫌いだったからでした。
顧問はちょうど私のクラス担任でもあって、話す機会がよくありました。テニス部は週7日練習があって、長期休みも毎日だったので、「テニス部はきついよ」とその先生に言われていました。「それでも入ります」と宣言してテニス部に入ってしまった私。
毎日の練習も予想以上にきつかったのですが、それよりも毎日怒られることやなかなか上手くなれないことがきつかったです。そしておそらく私はその先生に嫌われていました。
それでも私は、「ここでやめてしまったらあいつの思うつぼだ!」という思いと、「それでもやります」と宣言して入ったのに途中でやめたら笑われるという気持ちで最後まで続けてやりました。
途中からはテニスが上手くなりたいからとかではなくて、ただ自分の意地で続けたようなものです。

当時は、毎日のように文句を言うし嫌味ばかり言ってきた顧問が大嫌いでした。こわくてしかたなかったです。
でも大学生になってから電車で先生に会って話しをしたところ、なんだか1人の人間として話しができました。
当時からだいぶ時間が経過したことと、卒業して先生との距離ができ、自分が生徒としての立場からはなれたからなのだと思います。
当時は先生の表面的な嫌な部分しか見えていませんでした。
嫌だった思い出は相変わらず嫌な思い出ではあるけれど、中学でテニスをやったことで高校でもソフトテニス部に入り、そこでは楽しくテニスができたし、いい人たちにも出会えました。
今なら少し、大嫌いだったあの先生にも感謝ができる気がします。


5 月
1

発見ノート

Posted by a6hootazemi in さえこ

いつも投稿遅くてすみません。

この間、母が引き出しの整理をしていたら私が小学生の頃に書いた「発見ノート」がでてきたらしいので読み返してみました。

発見ノートとは、毎日学校が終わると一日を振り替えり、その日発見したことや思ったことを書く、というものです。

それを担任の先生に提出し、先生がコメントを書いてくれて翌日に返されるので、また書いて出す。
発見ノートは一人一冊ずつ持ち、先生が他の生徒にノートの内容を話すことはありません。

先生と生徒の交換ノートのようなものでしょう。

私は当時、この発見ノートを書くのが大嫌いでした。
本当に面倒くさくて仕方なかったのです。こんなものを毎日書いてどうするんだといつも思っていました。

しかし10年近く経って改めて読み返してみると、
ああ、意味があったのかもしれない
と思えたのです。

授業中の私の態度に対する先生の思いが書かれていたり、それに対して私が返事を書いたり、
クラスのことで一緒に考えたりもしていました。

このノートのおかげで、お互いの思いを伝え合ったり、普段話す機会のないことを話すことができていたのだと思います。

面倒くさくて適当に書いた日もありました。
その日一日真剣に考えたことを書いた日もありました。

先生は内容をみて、文字をみて、生徒のその日の心情や生徒個人への理解を深めようとしていたのだと思います。
先生のコメントを読んでそう思いました。

 

大嫌いだった「発見ノート」。
成長して読み返して、やっとこのノートの意味を発見。


4 月
22

知らないおばあさんと

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんばんは、さえこです。木曜日を担当させてもらいます。

初めましてな人が多くて緊張してますが、よろしくおねがいします!

 

 

4月7日に書いたものです。

 

 

 

今日は、地元のカフェで会ったおばあさんとの話について書きたいと思います。

 

 

今日の夕方、友人と二人で駅ビル内にあるカフェに行きました。

そこでしばらく話していると、隣の席にいたおばあさんが突然私たちの会話に入ってきたんです。

 

それから一時間近く、そのおばあさんと友人と三人で話をしていたのですが、その会話の中で私の心に残った言葉がありました。

 

 

 

「人生、死ぬときじゃない?死ぬときに自分の人生楽しかったって笑って死ねるか、最後まで嫌だ嫌だといって死ぬか。」

 

というおばあさんのことば。

 

 

 

自分の人生一度きり。

できれば笑って死にたいですよね。

生まれてから死ぬまで、たくさんの出来事があって、様々な思いをすることと思います。

嫌なこと、つらいこと、かなしいこと、それから楽しいことや嬉しいこと。

 

人生の経過は人それぞれです。

 

20年と少ししか生きていない私には、これから残りの人生でまだまだ色々なことがあるでしょう。

 

信じられないような困難や挫折が待っているかもしれません。

 

それでも自分の人生の最後のとき、

 

「私の人生もなかなか捨てたもんじゃなかったな」

 

と笑えたらいいなと思いました。

 

 

カフェで出会ったおばあさんとの何気ない会話で、自分の人生について考えることになるなんて思いもしませんでした。

 

 

でも、とても有意義な時間を過ごしたように思います!


ホットワード 文教大学 人間科学部 太田 いいんちょう
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