5 月
22

思い立ったことをつらつらと

Posted by a6hootazemi in たま

こんばんは。
東日本大震災からの立ち直りについては、毎週月曜日に報告するぐらいしか話題を一週間に集められないのと、もう一つ理由があって今回はちょっと別のことを書きます。

それは数分前にたまたまつけていたテレビで見た方のお話です。思い立ってすぐ書いているのでつたない文章になっているかもしれませんが、私の「すぐに書きたい」と思った気持ちをくみ取ってください。
(今、「つまずきからの立ち上がり」というフレーズが頭にこびりついているせいか、今まで意識していなかっただけで、世の中このような話題がなんと多いことかと驚かされます。)

舘野泉さん(75)―左手のピアニスト―
H24.5.22 『クローズアップ現代』にて放送された内容をもとに記述。

舘野さんは世界的に活躍するピアニストでした。しかし、10年前、フィンランドでの公演後に脳溢血で倒れ、右半身が麻痺状態になりました。その後、空白の二年間が続きました。そんな中、息子が持ってきた左手のみで演奏する譜面をきっかけにまたピアニストとしてピアノを弾き始めたそうです。それ以前から、片手で演奏する曲は知っていたそうですが、両手が動かせて始めてピアニストとして復帰できると思っていたそうなのですが、その譜面を見た瞬間、頭の中で音楽が流れ、左手のみの演奏により音楽の本質が見えたということでした。しかし、左手だけで演奏する曲は数が少なく、すぐさま知り合いの音楽家に頼んで作曲してもらったそうです。舘野さんの熱意に作曲家たちも動かされ、いまでは40曲にレパートリーが広がりました。左手だけの演奏は両手のときとは異なる技術や、体を動かす範囲が広いので柔軟性や体力も必要とします。そんな境遇のなか、舘野さんは今、全国ツアーをしています。

舘野さんはとてもいきいきとしていました。おそらく、もう両手ピアニストではなく、左手のピアニストとしてピアノを弾き続けることに迷いがないのでしょう。私が舘野さんから感じたことの一つは、当たり前のことだけど、立ち直るには時間が必要だということです。

私が今、調べている東日本大震災はまだまだ立ち直る過程です。それを見ているいと、私は心が折れてしまいました。なんと表現したらよいのか、分からないのですが、すさまじい状況を見ているとどうしても目をそむけたくなってしまうのです。今なお大変な想いをしている方々を見ている私って何なんだろうと、いやになってきています。なので、舘野さんみたいな方を調べられたらいいなと思ってしまいました。たまには脱線することも必要ですよね。とはいえ、ちょっと別のところの話題に足を突っ込んでしまって、失礼しました。

今週のゼミは風邪で休んでしまったのですが、しっかり治して、来週は出席したいと思います。この時期の風邪はきついです。みなさんも体に気をつけてお過ごしください。


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5 月
20

飯島夏樹 ~天国で君に逢えたら~ の人

Posted by a6hootazemi in もつ子, 未分類

こんばんは、くろすです。

 前回の書込みで高橋尚子選手を調べると言ったのですが、まだ報告できない状況にあります…。というのも、つまづいた要因などは大まかには分かっているのですが、それを裏付ける情報が見つかっていないのと、まだまだ情報収集不足なので引き続き調べていきたいと思います。ちなみに、気分転換に違う人を調べてみようと桑田真澄選手(プロ野球選手)に手をつけてみたのですが、高橋選手以上にまとまりきらない悲惨なことになったので、こちらも引き続き調べていきます…。


 ということで、今回は飯島夏樹さんについて調べてた結果を報告したいと思います。

●飯島夏樹
 プロウィンドサーファー。高校時代は水泳選手をしていたが、腰を悪くし継続を断念する。大学入学後にウィンドサーフィンをはじめ、アマチュアとして米国ゴージの世界大会に出場し、その後プロに転向。日本人で唯一、8年間ワールドカップに出場し続ける。

つまづきの要因
①腰の故障(人生の分岐点?)
 高校時代に彼は水泳選手であった。どの程度の成績を出していたかは明記されていなかったが、当時の水泳部の部員たちのブログを見てみると、さほど目立った成績は出していないらしい。しかしながら、マリンスポーツ好きな彼にとってみれ少なからずショックであっただろう。それと同時に、この出来事がなければウィンドサーファーとしての人生はなかったかもしれない。

②肝臓癌の発症
 飯島夏樹さんにとって最大のおおきなつまづきであると思う。2002年に肝臓癌と診断。彼はこの癌によって今まで積み上げてきた功績や財産をほぼ全て失ってしまう。その後、治療方針の変更などが原因でうつ病とパニック障害を併発する。肝臓癌は二度の手術や様々な治療にもかかわらず悪化。致死的であると診断される。


 彼にとって立ち上がりのきっかけとなったものは、本やドキュメンタリー番組から読み取るに、家族の存在が大きい。特に妻の飯島寛子さんの献身的な支えが彼をここまで立ち直らせたのだと考える。また、自称「執筆療法」というのも効果があったと考えられる。ウィンドサーフィンが出来なくなった彼は、執筆を新たな活動としていき成功を果たすわけだが、この書くという行為が心の整理や闘病生活を少しでも忘れられる時間を生み出したのではないかとも考えられる。


 彼のドキュメンタリー番組はYoutubeなどに多数投稿されていました。今後の研究の参考にもなると思うのでいくつかおとしておこうと思います。また、このような動画は本人の生の心境が聞けると思うので、他の人でもそのような動画があった場合はどんどん見ていこうと思います。


明日は金環日食。百何十年に一度の珍しい日食らしいので、是非是非見てみたいです。今回を逃したら生で見れる機会はほぼありませんからね(百歳以上まで生きれている気がしない)。しかしながら、明日の天気は曇り。何かの間違いでも起きて晴れてくれることを祈るばかりです。


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5 月
19

「非選抜アイドル」仲谷明香(AKB48)

Posted by a6hootazemi in かわはら

「非選抜アイドル」仲谷明香(AKB48)

太田先生から貸していただいた、「引選抜アイドル」という本を読みました。今回はこの本について書こうと思います。まだ読み終わったばかりなので、彼女がどんな挫折をし、どうやって乗り越えたのかと、私の考えを短くまとめて書きます。

この本を書いたのは、今や国民的アイドルといわれるAKBに所属している、仲谷明香というメンバーだ。彼女はテレビや雑誌、メディアなどで活躍する“選抜メンバー”ではなく、そういった活躍も少なく認知度も低い“非選抜メンバー”である。彼女は幼い頃両親が離婚し、家族はばらばらになり、学校も転校。そのことがきっかけで学校にろくに行かなくなる。すっかり暗くなってしまった彼女を唯一救ったのは、アニメで、いつしか声優になりたいという夢を持つことになる。同じクラスの友人だったあっちゃん(前田敦子)がAKBになったことを知ったことがきっかけで、彼女は声優という夢をかなえるために、AKB48のオーディションを受け、メンバーとして合格する。

この本を読んで分かったことは、彼女は挫折を全部ばねにして、成功へと導いていることだ。彼女の挫折を挙げてみる。

①両親の離婚による家族・友達・住み慣れた地との離別が影響で、暗く沈んでしまう
②声優の養成所に通えなくなる(母親だけの収入ではお金に余裕がないため)
③AKB48に所属するが“非選抜メンバー”から抜け出せない日々が続く

彼女は本の第7章において、こう書いている。
「ここまでの私の人生を振り返ってみると、その転換期には必ず逆境があった。アニメを好きになったのも、千葉に引っ越してきた当時の現実が暗く、内沈んだものとなっていたことがきっかけだったし、AKB48に入ったのも、母に声優学校に通わせられなくなったとを言われたことがきっかけだった。また、AKB48でさまざまなことを学べたのも、私が人気を得ることができず、非選抜メンバーになったことがきっかけだったのである。」

彼女は、なにか挫折することがあっても、それを引きずって挫折しっぱなしになることはなかった。むしろ挫折したら、そのことは現実としてうけとめ、すっぱりあきらめ、別の方法でどうにかする、というやりかたであった。また、日々の努力を怠らず、常に運がいつ来ても対応できるような準備をするよう心がけていた。
この本をよんで、私は彼女と自分の性格が少し似ていると思った。まず、一つは「引っ込み思案でめんどくさがり」ということだ。彼女は本の最初のほうでこの表現を何度も使っていたが、自分もまさにそれに当てはまる。また、ウサギとカメの、ウサギタイプではないということだ。私も彼女と同じでウサギのように要領よくポンポンと事がうまく進めるほうではない。そしてあきらめが早いという点もとても共感できる。なので、読んでいてとても面白かった。
挫折の乗り越え方は人によって様々であるが、挫折したことにとらわれすぎず、あきらめたり割りきったりすることも重要なのかなと思った。挫折から立ち直れない人の中には、挫折した現実が受け止められなくて前に進めなかったり、重く考えすぎてつぶれたままになったりしてしまう人もおおいと思う。仲谷明香の場合、自分の性格に適切なやりかたでうまく挫折を乗り切ったのだろう。


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5 月
19

スチューデントアパシー的無気力と抑うつ的無気力

Posted by a6hootazemi in はせ

考察と疑問

 今回の学習性無力感の無気力は、抑うつ的無気力と同義であると考えます。今回この抑うつ的無気力のモデルと援助法を詳しくみて、前回の無気力の分類の先行研究は合致するところがいくつも見られました。また、スチューデントアパシーの構造とは異なる点がいくつも見られました。スチューデントアパシーは、悩めない行動障害があります。回避や否認という行動をとるので、悲観的・否定的に考えることをしないのです。また、援助方法も、ほかの心理療法に見られるような言語のやり取りを中心に進めていくのではなく、今陥っている関係・行動からの脱却が必要であると考えられています。そして「悩みが出てきた」ということが、回復傾向にあるということなのです。(下山、1999)分類の先行研究でも、スチューデントアパシー的無気力群は、分析的考え方が他の群に比べて低く、援助方法として効果が期待されています。スチューデントアパシー的無気力の援助としては、面談による治療よりも、行動療法の色合い強く出るのかな、と思いました。
 このようにみていくと、スチューデントアパシーと抑うつ的無気力は全く別のモデルであり、メカニズムと考えざるを得なくなってくるのですが、私は今回この文章を読んで、「成功体験」はどちらの無気力にも関係するのではないかと感じました。抑うつ的無気力は、先ほど要約で述べたとおりですが、スチューデントアパシー的無気力についても、考え方や効果の根本的な考え方は違ってくるのですが、「成功体験の繰り返し」(もっと広く言えば、失敗体験との反復)が「悩めるようになる」ことにつながってくると思うのです。分析的に考えてみることはもちろん重要ですが、成功と失敗を自らの感情を伴って体験しないことには悩む=自分を振り返ることはできないのではないでしょうか。成功したから「うれしい」、失敗したから「悔しい」という感情が後々の「自信や意欲」と「無気力」につながるのだとしたら、「成功体験」(あるいは失敗体験)は重要なことだと考えます。また、その体験を通して、行動変容にも繋がっていくことも考えられます。
スチューデントアパシーに効果的だといわれる生活分析・行動分析の論文も探していきたいです。あと、抑うつ的モデルとスチューデントアパシーに共通しているようなモデルはあるのか見ていきたいです。

卒論もやらなければ!!!


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5 月
18

学習性無力感の構造と援助

Posted by a6hootazemi in はせ, 未分類

前回、スチューデントアパシーについて論文の要約などを書き込みましたが、これは私が大学院に入ったらやりたい研究内容の作成の材料集めということです。前置きがなくいきなり書いてしまい、何のことかわかりませんでしたよね?申し訳ないです。
今回は少し長いので、2回の投稿に分けます。ここでは広い定義での無気力を扱っている文章(桜井茂男)の要約を紹介します。

無気力とは、一般的にはやる気がなくて落ち込んだ状態のことを言うが、専門用語ではない。
軽い落ち込みや短期持続的なものも含めると抑うつには分類されないので抑うつとは言い切れないのだが、広い意味で捉えるのであれば、無気力も抑うつの一種といえる。

学習性無力感
セリグマンによって定義された概念である。次のような3つの障害を伴う。
①認知的な障害
ものの考え方にまとまりがない、注意が散漫になりやすく物忘れがひどいなど
②動機づけの障害
行動を始発することが鈍く、他律的となる。困難に出会うとすぐにあきらめるなど
③情緒の障害
物事に悲観的否定的、怒りっぽく落ち着きがない
また、無気力現象は成人より青少年(15~24歳)に顕著である。近年は不登校生徒の主たる原因にもみられ、無気力の蔓延は子どもにまで及んでいる。

セリグマンは、犬が電気ショックによるのではなく、電気ショックを自分で統制できなかったことによって無気力が生じることを実験によって証明した。予告なしに電気ショックが与えられ、何をしても回避できなかった犬は、同じ量の電気ショックを受けたものの鼻でパネルを抑えれば逃れられた犬よりも後続の回避学習における成績が極端に劣っていた。電気ショックの量ではなく、統制できないという認知が無気力を発生させたのである。
同じ原理で人間でも無気力が生じることが分かっている。

非随伴的な      統制不可能の         学習性無力感
 体験     →     予期     →  (動機づけ・認知・情緒の障害)

改訂学習性無力感
その後の研究で、統制不可能な経験をしても、無気力にならない人たちが相当数いる。当該経験の原因を体調不良にあると考えたのであれば、次回はそうではないことが予想されるため、将来も統制不可能であるとは予期しない。この場合には無気力にならない。この点に配慮しセリグマンらは従来のLH理論に「統制不可能な経験の原因帰属」を導入し、「改訂学習性無力感」を提唱した。原因は三つの次元に分類される。
①原因が自分の内部にあるのか外部にあるのかという「内在性」
②原因が比較的安定的か変化しやすいかという「安定性」
③原因がどのような出来事にも共通するのかその出来事だけに当てはまるのかという「一般性」
                                            
絶望感理論
改訂LH理論との主な違いは、
①発生のきっかけとして非随伴的行動を否定的経験にしていること
これにより、ストレス理論とのつながりを持たせた。
②否定的な原因帰属と個人差としての原因帰属を分けたこと
改訂LHの実証的研究の混乱を解決した。
③抑うつ的帰属様式を素因として位置付けたこと
このモデルでは、否定的な経験と帰属様式との交互作用がによって無気力の発生が予測される。
④原因帰属の内在性の次元を無気力の発生と関係ない次元にしたこと

このモデルは改訂LH理論をさらに緻密化し、ストレス理論との整合性を高める理論として位置付けることができる。


動機づけ概念を中心にしたモデル
無気力の発生は対人関係の要因が重要な役割を演じていることが予想され、対人関係の要因を積極的に取り入れたモデルである。(桜井 1994)

社会的特性 → 学習目標 → 学業達成・失敗場面の原因帰属様式 → 無気力

・社会的特性には、公的自己意識(容姿を気にする傾向)や愛着、他者からのサポートなどが含まれる。
これらとはほぼ反対に、他者からのサポート感は周りの人から支えられているという感覚、認められ援助してくれると思える傾向で、愛着は自分を大事にしてくれる人たちだと思える傾向である。
・学習目標は、周囲から能力が高いと認めてもらいたく努力をしないでよい成績を取ろうとする成績目標と、努力してわからないことがわかるようになることを大切に考える熟達度目標がある。
・学業達成・失敗場面の原因帰属様式は、学業達成場面の中での失敗場面の原因を何に求めるかという原因帰属の個人差である。
・公的自己意識を持つ人の流れ
公的自己意識を持つ人は他者からの目を気にするので成績目標を強く持つ。そして学習達成・失敗場面の原因帰属では能力不足に原因を求める。努力しなければならないことを認めてしまうことは、自分の無能力を認めることになってしまう。当初は「運が悪い」などと外的で変動的な要因に原因を求めるが、いずれは能力不足に原因帰属せざるを得なくなる。
・他者からのサポート感をもち愛着を形成している人の流れ
サポート感があり愛着が形成されている人は他者の目を気にしなく自分の目標を持つことができるため、熟達目標を強く持つ。次の学習達成・失敗場面の原因帰属で熟達度目標を持つ人は努力不足に求める。自分が学業で失敗しても努力不足であったと思うため、さらに努力すれば成長できると思うのである。
しかし、これらは成績目標から努力不足、熟達目標から能力不足へのマイナスの影響も考えられる。

最終的には原因帰属様式が無気力に影響を及ぼすと予想する。
失敗の原因を能力不足に求める人は、能力は固定的なものと考えることから無気力になったり助長させるかもしれない。一方失敗の原因を努力不足に求める人は、努力さえすればよい結果となると考えているために無気力にならなかったり無気力を軽減したりするものと考えられる。

無気力の克服と予防
学習性無気力感で重要なことは原因帰属の仕方によっては無気力にならないということである。基本的には、失敗の原因を安定的で一般的な要因(能力)に帰属しなければ良いのである。つまり、外在的で変動的で特殊的な要因に帰属すれば良いのである。具体的に言えば運だが、運は不安定でコントロールできない。たまにおこる失敗であるなら運に帰属すれば良い。長い目で見れば成功経験を多く持つことが無気力にはならないための前提条件であることがわかる。
日本の研究からは逆に「運」を原因帰属しないことが必要であるという考えがある。つまり「能力」に帰属するのである。しかし少ない成功経験を能力に帰属することは難しいので、この場合も成功経験を多く持つことが有効である。
達成動機付けモデルでは、失敗の原因を努力に帰属すれば良いと考えられている。しかし、いまだに研究結果は芳しく、今後の研究が必要である。
また、愛着や他者からのサポート感を生むことが重要であるといえる。(桜井2000b)
これらを育むことができれば、成績目標を持つ人は確実に少なくなり、結果として無気力を抑制することも可能である。他者からのサポート感が強い人は成績目標を持ちにくいことは実証されている。したがって能力不足に帰属することなく結果無気力にならないと考えられる。

考察と疑問に続きます。


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5 月
18

東日本大震災においての養護学校の対応

Posted by a6hootazemi in かなこ

東日本大震災においての養護学校の対応
私の母は網膜色素変性症という失明にいたる難病を持っています。そこで東日本大震災の際にどのような対応が求められているのかが気になったからです。今回は学校ごとに地震の時の問題点や対策をあげていきます。

【県立盲学校】 
ー問題点ー
地震発生後、担任が各連絡をとろうとしたが携帯電話が通じないところが多かった
また、連絡はとれたものの道路状況が悪く迎えにこられない家庭も多かった
中には専攻科の生徒で一人暮らしで不安なため学校に残る生徒もいた
余震が続いていたので野外に避難していた。児童生徒は毛布をかけたりストーブを準備していたが児童生徒は寒さに震えていた。
職員が自家用車で自宅まで送る
ー対策ー
・地震等の災害に対して避難訓練をはじめとして具体的な避難の方法を検討
・保護者の緊急時の連絡方法について一斉配信メールをとりいれた
・防災用品、緊急時の備蓄品の準備

【県立水戸養護学校】
手足を主とする身体に障がいがある児童生徒が通う学校
ー問題点ー
停電のため校内放送が使えず大声で避難を呼びかけた
地震発生後、担任が各連絡をとろうとしたが携帯電話が通じないところが多かった
日頃、避難訓練や災害シュミレーションパッケージを実施していたため職員が動揺することはなかった
ー対策ー
・日常的に薬を服用している生徒が多く医療ケアの児童生徒が在籍していることから災害時の健康維持について
・ライフラインの確保
・本校のバリアフリーの施設を活用した避難所のあり方と地域との連携
・食料品の確保

【県立勝田養護学校】
主に知的障害がある生徒が在籍
ー問題点ー
避難者名の確認不足から利用者確認の問い合わせ
緊急搬送時の対応に時間を有したこと
ー対策ー
・訓練はシンプルに
・独自の配信メールの導入
・台風や積雪等に伴う日課等、変更等に活用できるように対策を
・家庭との緊密な関係強化

【県立鹿島養護学校】
特別支援学校
ー問題点ー
スクールバスの帰校
道路が液状化のため通行出来ないところもあり、道路の状況を確認するために職員がスクールバスの通学路の状況を自転車で確認へいったり、地域の先生に聞くなどした
トイレ不足
燃料問題、ガソリン不足
ー対策ー
・マニュアル化
・備蓄の装備
・一斉配信メール
・職員の住居が遠隔なために、学校への通勤がままならない場合の学校を中心とした情報の発信、学校運営について
・障がいのある方々が優先的に避難出来る福祉避難所の指定

【水戸市教育委員会の記録】
・停電時の避難指示•伝達方法
・教室からは慣れて活動している児童生徒への避難指示と確認の方法
・防寒対策
・動揺した児童生徒を安心させる方法
・情報収集の手段
・停電時でも使用出来るラジオ、ビデオ等の装備
・通学路の状況把握
・児童の引き渡しへの周知徹底
・急患への対応
・帰宅後の児童の状況把握
・指南所開設マニュアル
・断水時のトイレ対応
・救援物資の備蓄、配給ルートの見直し

参考資料
東日本大震災と学校
3、11 茨城の記録より

今回はこのへんで
ではでは^^


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5 月
15

プレゼントにひっそり思いを託して

Posted by a6hootazemi in さえこ

こんにちは。
ちょっとご無沙汰です。

この前の日曜日、5月13日。
『母の日』でしたね。

みなさんは何かされましたでしょうか。

プレゼントをした人、
一緒に出掛けた人、
特に何も…という人

まぁそれぞれでしょう。


私は今年、グラスに入ったかわいい観葉植物をプレゼントしました。
小さなメッセージカードを添えて。

実は私、母の日に何かしたことって今までほとんどなかったんですよね。
小学生の時に、学校で皆一緒に作った「母の日カード」みたいなものくらいで。

母の日や誕生日のような行事に何かするという習慣、感覚みたいなものがあまりないの我が家です。(誕生日にケーキくらいは食べますが)

ではなぜ今年、私は突然プレゼントを買ったのか。
それはたぶん、今年私が休学をしたから。

最初は、
私も22歳になったことだし
ここいらでそろそろ感謝しとくかな!
くらいの気持ちでした。

でも、いざプレゼントを選んだり、メッセージ何て書こうかなと考えていたら

色々お世話になってるなぁ
としみじみ思えてきて。

突然の休学、はっきり言って私の我が儘です。
母には普段、家での生活などに関しては口うるさく言われますが、
進路のことや考え方には基本的に口出しはせず、私の意見を尊重してくれているように思います。

結構私、好き勝手やらせてもらってるな
と改めて感じたのでした。

本当は言いたいこともきっとあるでしょう。
でも母なりに、私を信頼して黙っていてくれるのかなと思います。

そんな母への感謝の気持ち。
自分の口から伝えるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいので
小さなグラス入りの植物と、これまたとても小さなメッセージカードに託してしまいました。

母は、「何これ!」と言って笑っていましたが…
果たして私の感謝の気持ちは伝わったのか。

後日、母からちょっと感動するメールが送られてきました。
母の日のことには特に触れていませんでしたが、
何か伝わったのかしら?
と、メールを見てほこほこした気持ちになりながら、家に帰りました。


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5 月
15

論文の要約と研究の意義

Posted by a6hootazemi in はせ

今回は、スチューデント・アパシーの最近の研究についての論文をまとめました。論文の書き方の確認も兼ねました。(考察以下が箇条書きですが、あくまで要点をおさたかったので。)先行研究を詳しく調べること、そして今後自分はどの部分を掘り下げて研究をしていきたいのかを明確にすることの重要性を学びました。


大学生における無気力の分類とその特徴 (狩野・津川 教育心理学研究 2011 59 168-178) 

研究の目的は、大学生の示す無気力がスチューデントアパシー的無気力と抑うつ無気力に分類可能かどうかを検討し、それぞれの特徴について考察することである。スチューデントアパシーとは、特定の原因が内にも関わらず勉学に対して選択的に無気力を示して、無感情化した大学生の状態を指した言葉である。今までの無気力研究はスチューデントアパシーという視点と抑うつの視点の二つから研究がされてきたが明確に区別できなく、混合してしまう危険性が考えられる。また、両者を区別して考察されているものがほとんど存在しない。
このことから狩野・津川(2008)は、質問紙調査を行った。私的自己意識は学業に対する意欲低下と負の相関、抑うつ気分と正の相関があることが指摘される。
しかし、心理的特徴の差異となりうる私的自己意識(自己の内面に考える傾向)に有意差が認められなかった。

スチューデントアパシーの特徴としては
(1)悩めない心理障害
(2)悩まない行動障害
(3)適応強迫性的性格
があり、(1)と(2)について、自分自身について考えられない、また考えようとしない状態が考えられる。(下山1997)

抑うつの特徴は、自己没入傾向の高い人ほど抑うつ状態を呈しやすく、また持続してしまうことが示されている。(坂本1997)

以上のことから両者の差異を説明する上で、「自分について考える傾向」は重要な特徴であるといえる。
しかし、先行研究と一致しているとはいえないので、問題点を提起し、新たな尺度を使って質問紙調査を行う。
問題点と尺度の変更
①抑うつ尺度(SDS)を抑うつ気分尺度へ
SDSの身体症状項目には倦怠感・睡眠障害など、スチューデントアパシーにも当てはまる項目がふくまれるため
②私的自己意識から反応スタイル尺度へ
心理的特徴の差異として自己の内面についてだけではなく抑うつの発生や維持についても示唆する。個人の反応として現れる認知や行動のことであり、自分について考える頻度だけではなく、考えている内容も検討する。
③縦断的データの収集
一時的に無気力・憂鬱な気分になることは誰しも経験する。よって、縦断的にデータを収集し、継続したものと確認したうえで無気力が分析可能かどうかを検討する必要がある。

仮説1:持続的に学業に対して無気力を呈する群は持続的に抑うつを伴う群と伴わない群に分類することができる。
仮説2:抑うつ的無気力群は、スチューデントアパシー的無気力群よりも、抑うつになった時に考え込む傾向が高い。特に抑うつ的無気力群は否定的考え込みが顕著に高く、スチューデントアパシー無気力群は分析考え込みが顕著に低い。


検査方法
質問紙による調査で実施回数を三回、その間隔を4週間とし、持続的な無気力・抑うつを捉えるようにする。

平均と標準偏差
PAS全体と下位尺度(勉強 授業 大学意欲低下)
RQS各界尺度(否定的 分析的考え込み)
における得点の平均の標準偏差を表す。

尺度
①改訂版大学生用ストレス自己評価尺度におけるストレス反応の抑うつ情動反応(最近二週間のうつ気分を測定)
②意欲低下領域尺度(大学生に各領域における意欲低下を測る)
③反応スタイル尺度(否定的に考え込む傾向、分析的に考える傾向を測る)
①②はネガティブな結果ほど高く、③はその傾向が強いほど得点が高くなる。


分析方法
持続的に抑うつを伴う群と伴わない群に分類できるかクラスター分析を行った。クラスター分析とは、与えられたデータから似た者同士を集めていくつかのまとまりに分類する方法である。
クラスター分析を行い、5クラスターを採用した。
①スチューデントアパシー群:抑うつ気分得点は平均以下 勉強意欲得点は持続的に高い
②平均群:全ての得点が平均的
③高意欲群:全ての得点が低い。意欲的に大学生活を送っている
④高抑うつ群:抑うつ気分得点は高い 勉強意欲低下得点は低い
⑤抑うつ的無気力群:全ての得点が高い

PASとRQSそれぞれの尺度を従属変数とした分散分析を行い、それぞれ有意であった。さらに多重比較検定を行う。


考察
・持続的な抑うつを伴う群と伴わない群の存在が明らかになり、分類可能ということがわかった。
・スチューデントアパシー的無気力群の大学意欲低下得点がさほど高くないことから、学業以外での活動に没頭している人は大学意欲低下得点も低くなるとは考えにくい。
・抑うつ的無気力群は意欲低下を示す得点が有意に高く大学生活前の案に意欲低下を示していると言える。
・抑うつ的無気力群はRSQの否定的考え込み得点、分析的考え込み得点が有意に高く、スチューデントアパシー的無気力群は分析的考え込み得点が顕著に低いことから、仮説が全面的に支持される。
・各群の特色から、先行研究の結果と一致が見られる。


援助・予防
・否定的に考え込む傾向を低めることが、抑うつ的無気力の軽減及び予防的関わりとして考えられる。→及川・坂本(2007)の心理プログラムは考え込みからの脱却を期待できる
・白石(2005)の認知行動療法を基にした心理的介入プログラム
・レジリエンスとして自分の判断や行動を見直し自己解決する自立的傾向
・分析的に考える傾向を平均程度まで高めることがスチューデントアパシー的無気力の軽減・予防へ
・現在の生活を分析し、やるべきこと・したいことを整理する生活分析的カウンセリング(松原 2003)の効果の可能性


課題
・各群のデータが少ない
・無気力の予防・援助について実際の効果を示すものを検討していく必要がある
・スチューデントアパシー的無気力群、抑うつ的無気力群の学生が、実際生活場面においてどのように考え行動しているのかを知る必要性→インタビューや自由回答の質問紙調査
・生態学的妥当性の高い結果を得ること
・無気力得点の現象を予測する要因、ストレスへの緩衝効果を持つ要因を検討


まだ不十分だと感じたところは、課題にもありますが、スチューデントアパシー的無気力群の実際の生活や行動ではないかと思いました。インタビューや自由回答での質問調査での実態把握は必要であると思いました。
レジリエンスについても興味を持ちました。先行研究で少しだけ触れているものも見つけたのですが、スチューデントアパシーが中心となっている研究の記述ではなかったため、ほかに先行研究がないか、または詳しい研究がされていないのかを調べたいです。


卒業研究の目的と意義についても考え直す学びともなりました。「研究」とは一体どういうことのなのか、自分の認識の曖昧さに気付き、恥ずかしくなりました。既存の文献を用いて記述するのは授業のレポートと一緒です。太田先生もおっしゃっていましたが、研究は自分でテーマを掘り下げて新たなものを見出す作業です。行き詰ることは当然で、最初からゴールはないのです。私の現状の場合だと、ただ文献や記事から引っ張るだけではなく、そこから自分は新しく何を見出していきたいのかをもっと色濃く、明確にしていかなくてはと思いました。今更ですが、研究の意義を再認識できて良かったとプラスに考え、今後も卒業研究に励みたいと思います。


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5 月
13

  『 ショックドクトリン 』

Posted by a6hootazemi in かなこ

こんにちは
お酒にめっぽう弱いかなこです
今回はショックドクトリンについて調べたことをまとめました

『 ショックドクトリン 』 とは大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革のことを言います。1973年のピノチェト将軍によるチリのクーデター、天安門事件、ソ連崩壊、米国同時多発テロ事件、イラク戦争、アジアの津波被害、ハリケーン・カトリーナ。暴力的な衝撃で世の中を変えたこれらの事件に一すじの糸を通し、従来にない視点から過去35年の歴史を語りなおすのが、カナダ人ジャーナリストのナオミ・クラインの話題の新著The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism(『ショック・ドクトリン:惨事活用型資本主義の勃興』)です。ケインズ主義に反対して徹底した自由市場主義を主張したシカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンは、「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」と述べました。この主張をクラインは「ショック・ドクトリン」と呼び、現代の最も危険な思想とみなします。近年の悪名高い人権侵害は、とかく反民主主義的な体制によるサディスト的な残虐行為と見られがちですが、実は民衆を震え上がらせて抵抗力を奪うために綿密に計画されたものであり、急進的な市場主義改革を強行するために利用されてきたのだ、とクラインは主張します。
ショック・ドクトリンの源は、「危機のみが真の変化をもたらす」と唱えたノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンです。彼は1970年頃のアメリカで主流だった、政府が需要を作る必要があるとするケインズ主義的な経済介入政策に反対し、「大企業の自由」を掲げて規制撤廃や民営化などの自由放任政策を推進しました。このようなフリードマンの徹底的な市場至上主義の主張について、ナオミ氏は「危険な思想」であると批判し2005年8月末にアメリカがハリケーン・カトリーナに襲われた際、ニューオーリンズにおいて、本来なら被災者救済に当てられるべき資金が公教育制度の解体と民間への移行に転用されたことを挙げ、「ショック・ドクトリンの典型例」であると語りました。ナオミ氏は、「市場至上主義を推進する最適の時は大きなショックの直後です。経済の破綻でも、天災でも、テロでも、戦争でもいい。人々が混乱して自分を見失った一瞬の隙をついて、極端な国家改造を一気に全部やるのです」また、最近では2004年12月のスマトラ沖地震によるスリランカの津波被害の際に起きたことを、ショック・ドクトリンの事例の一つとして紹介している人もいるそうです。もともとは立ち退きに抵抗していた住民が居た沿岸地域が津波によって壊滅した機会に乗じて、「復興」の名のもとに、大規模事業者がリゾート開発などに着手したといいます。(詳細は後程)
現在日本でさかんに議論がなされているTPP(環太平洋連携協定)についても、仮に現段階で同協定を締結することになれば、力の弱い事業者はダメージを受けると指摘しています。「津波や原発事故もあって完全にショック状態にあるところで、ある限られた地域の中とはいえ、自由な資本主義にさらされることになる。そういう意味では(TPP反対派の)中野剛志さん(京都大学大学院准教授)たちがTPPを『ショック・ドクトリン』と言っているのは基本的にはそうだなと思う」と、野田佳彦首相がTPP交渉参加を推し進めようとしている中、震災後の日本にとってTPP加盟は「ショック・ドクトリン」の例に当てはまるとした。
参考サイトより引用
「ショック・ドクトリン」の衝撃

 【詳細】2004年12月に起きたスマトラ沖大地震は、インド洋に浮かぶ島国・スリランカに巨大な爪痕を残した。襲ってきた津波のせいで約3万5000人もの人が亡くなり、100万人近くが避難を余儀なくされた。犠牲者の約8割は、小船で海に出る沿岸部の猟師たちだった。東日本大震災を経験しただけに、牙をむいた自然の怖さを思い知らされたスリランカでの苦しみはいかばかりだったかと、今更ながら考えせられる。だが、こともあろうに、この国難につけこんで、巨額の利益をあげた資本集団があった。津波で建物などが姿を消した沿岸部はかねてから、リゾート開発の資本集団の眼には、富裕層にうってつけの観光地と映っていた。だが、多くの猟師たちが暮らし、土地所有関係などが複雑で、リゾート開発はままならなかった。そこに、巨大な津波が押し寄せた。内陸への大量避難で沿岸部が「空き地」状態になったのをいいことに、一気に、外資導入によるリゾート開発計画が推し進められる。弱者へのシワ寄せが強まる公営事業の民営化も、復興計画の名のもと、急ピッチで進められた。スリランカ政府は「悲惨な運命のいたずら」としながらも、「この天災はスリランカにまたとないチャンスをプレゼントしてくれた」との考えを示した。これに対して、零細漁民支援団体の代表は、傷つき、弱りきった国民を食い物にする計画だと批判した。戦争のあとに略奪の嵐が吹き荒れるがごとく、最初の津波のあとに「第二の津波」が襲いかかってきた、と。
そんな傍若無人な「惨事便乗型資本主義」を、カナダのジャーナリストであるナオミ・クラインが自著『ショック・ドクトリン』(岩波書店)で厳しく追及している。 国内総生産(GDP)で中国に追い抜かれたとは言え、世界水準から見れば豊かな国である日本でさえ、東北の復興は一大事業である。貧しい国・地域が大災害で打ちひしがれた時に、自力復興がなかなかむずかしいのは想像に難くない。自然の猛威に加えて、「惨事便乗型資本主義」が追い打ちをかける、という例はたくさんある。しかも、自然災害後に限らない。著者のクラインによると、「惨事便乗型資本主義」はもともと、政変や戦争などの危機的状態につけこんできた経緯がある。人々がショック状態や茫然自失状態から自分を取り戻し、社会・生活を復興させる前に、過激なまでの市場原理主義を導入し、経済改革、利益追求に猛進する。「惨事便乗型資本主義」による「ショック・ドクトリン」の遂行である。古くは、1973年の軍事クーデターで独裁体制を打ち立てたチリのピノチェト政権の時代に、「惨事便乗型資本主義」が跋扈(ばっこ)した。「小さな政府」主義が金科玉条となり、公共部門の民営化、福祉・医療・教育などの社会的支出の削減が断行されて、多くの国民が窮地に追い込まれた。2003年に始まったイラク戦争のあとにも「惨事便乗型資本主義」が一気呵成に入り込んだ。混乱のなかで、治安維持やテロ対策にまで民間企業が入り込む徹底ぶりだったそうです。
〈参考サイト〉朝日デジタル
http://www.asahi.com/eco/forum2011/earth360/TKY201110110338.html

ではでは^^


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5 月
11

研究報告

Posted by a6hootazemi in ちえさん

 今回のゼミで20人の材料を集めるという課題が出たので、私は学習障害などの発達障害に悩んでいた著名人についてのデータをまず集め始めました。今回は代表として、「トム・クルーズ」についての報告です。

有名人や知人には、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、HEPDD(高機能広汎性発達障害)などの発達障害を持っている方は多数いる。ただし説含む。

 *ビル・ゲイツ…自閉症もしくはアスペルガー症候群
 *トム・クルーズ…学習障害、ディスクレシア
 *アルバート・アインシュタイン…アスペルガー症候群、失語症など
 *黒柳徹子…計算障害、読書障害

~トム・クルーズ~
自らの学習障害(LD)の体験を2003年米国のスパニッシュレイクにてスピーチをした。
彼は幼い頃から学習障害、具体的には失読症(ディスクレシア)つまり書かれた文字を読んで理解することの障害に苦しんでいた。アルファベットのbとd、pとqの区別がつかないなど読むことに大変苦労をした。

*つまずき…学習障害の診断、そして絶望。トム・クルーズは読んで学ぶことが出来ないという壁にぶつかる。何かを読もうとすると、文字を逆に読んでしまい、頭痛がして、不安になってしまう。その為にいじめにも遭う。小さな頃からパイロットになりたいという夢を持っていたが病気のせいで断念してしまう。自分は失読症だからあきらめるしかないと断念する。
*立ち上がり…スポーツへの熱中、勉強の技術との出会い読み書きが出来ないから、得意のスポーツに熱中になった。集中力を高める訓練などに挑戦もした。それが彼の自信につながるきっかけとなって、コンプレックスを乗り越える力となった。俳優になってからは、台詞覚えに大変苦労したが、覚えるために録音しながら覚える方法をした。そしてL.ロン ハバードの勉強の技術と出会った。サイエントロジーの活動により学習障害を克服したと語る。それからパイロットの資格を取得するまでに至った。これらの経験から、彼は学習障害についての啓発活動も行っている。

彼の場合、ある人物との出会い、スポーツとの出会いがあった。自分の得意とする分野を努力することで、実力をつけていくと同時に自分を高めていくことができた。それなりの対処をしていけば十分克服できる。人それぞれ異なるが重要なことは周囲が、学習障害があっても、それをきちんと理解して、困難な障害がある子どもをやさしく見守るという良い環境などが存在しないと、ひとりひとりのいい面を生かして成長していけない。学習障害などの“障害”を個性として捉えて、プラス面に目を向けるということがとても大切だと思う。

 これからも多くのデータを収集していきたい。スカイドライブとやらの使い方がよくわかりません。誰か教えてください・・・。



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5 月
9

20人以上集めることについて

Posted by a6hootazemi in わけい

 前回ゼミで、人が対象になっている場合には、20名という条件を付けましたが、これについて説明しておきます。
 まず、ゼミでは、本当の意味での「研究」に近いことをしたいと考えています。「勉強」ではなく。研究とは、これまでの考えを再検討し、新たな材料を集めて、新しい考えを提起することです。それはなかなか難しいものです。これまでみなさんがやってきた勉強では、これまでの「考え」を基本的に正しいものとして学ぶ、その「考え」の「中」で、材料を集めて、あるいは、その考えの中にある材料で、再確認するような作業をしてきたと思います。しかし、それはでは研究になりません。
 時代はどんどん動いているのですから、新しい時代に則して、新しい考えを提起できる人が、創造的な仕事をするのです。そのためには、とにかく、既存の考えを吟味してみる、一端否定してみるとことが必要です。そのためには、これまでの研究で一切使われなかった「素材」「対象」を大量に集めて、既存の考えの枠から自由になって、材料そのものをじっくり考えてみる必要があるのです。
 既存の考えによって集められたものを超えるために、最低20名というハードルを設定してみました。もっと多いにこしたことはありません。
 大事なのは、それぞれの人を調べるときに、生データを網羅的に調べることです。例えば、新聞記事検索で、その人物の名前をいれ、扱っている記事を「全部」ダウンロードしてチェックしてみる等です。インターネット検索も網羅的にしましょう。大学図書館のサイトで使えるデータベース検索はフルに使いましょう。
 そうした生の材料から、丁寧に、この人は何故躓いたのか、どのようにもがき苦しみ、努力したのか、そして、どのように立ちあがったのか、確認していって、その中から、「考え」を自分のものとして構築してほしいわけです。
 集めたデータをできるだけ合理的に管理できるように、ネットを使ってください。そして、こういうデータ収集や処理ができるような能力を形成していってほしいと思います。

 確認
1 20人の有名人については、インターネット・新聞データベースなどで網羅的な検索をして事実を集める。知人等は録音をとる感じで丁寧にインタビュー。
2 それらの記録を自分作成のデータベースにして保存する。(スカイドライブを利用するのがよい。)


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5 月
7

就学相談・就学先決定に係る移行支援の課題

Posted by a6hootazemi in すぎはら

         ― 就学相談・就学先決定に係る移行支援の課題―


1.はじめに
今回は、障害をもつ幼児の小学校就学先決定にあたって、「移行支援」に焦点を当てた検討課題について整理をしたい。(Rous.2007)によれば、移行とは、「ある環境から別の異なる環境へ移り動くプロセスであり、大人へとなっていく人間の生活において重要な要素」であるという。障害をもった子どもにとって環境の変化は、「新たな環境への適応困難や問題行動の出現」が、また保護者には、「移行に伴う諸手続きを行う上での精神的負担」や「自身や子どもの将来の像を抱くことができないゆえの心理的負担」が生ずるという。したがって親子に対する移行支援の成否は、学齢期移行の予後にも、大きな影響を及ぼすため、最大限の配慮が必要となる。

2.移行支援に関する検討課題
(真鍋 2011)
①移行支援にあたっては、「多機関関与」という性質上、単独の機関のみが努力・工夫しても一定の制限が生じる。それにも関わらず、多くの自治体において、自治体の取り組みと保護者・保育者・専門家の動きがバラバラなまま、取り組みが進められている。だれが、移行支援の中核を担い、どのような補助やサポートを行うのか。実現可能な移行支援の展開に向けて、運営主体や役割など支援者・機関の働きを考慮に入れた検討が必要である。
②これまでの移行支援では、「保護者の負担・不安の軽減」や「対象児に関する情報媒体成に焦点が当てられてきた。その一方で、「子ども自身が新たな環境でどのように適応するか」や「異なる環境を利用する子どもや保護者に対して、何を目的に支援するのか」という点にまで考慮に入れた研究は見られない。


特別支援教育推進のための特別委員会12/24論点整理、「2.就学相談・就学先決定の在り方について」
要約:「就学基準に該当する障害のある子どもは特別支援学校に原則就学するという従来の就学先決定の仕組み」を改めて、「障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、専門家の意見等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組み」に転換することが謳われている。その中で(真鍋.2008)と重なる具体的な提案としては、以下の点があげられていた。
①医療・福祉等の部門と連携した「早期からの教育相談・支援」
②就学先決定後の「継続的な教育相談」と就学先の「柔軟な見直し」


以上を踏まえて、主に①早期からの多職種連携による支援体制②就学後まで一貫した支援の在り方について、特特委員会12/24 論点整理本文から検討課題を整理する。


①早期からの多職種連携による支援体制
○就学基準に該当する障害のある子どもは、特別支援学校に原則就学するという従来の就学先決定の仕組みを改め、障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、教育学、医学、心理学等専門的見地からの意見、学校や地域の状況等を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みとすることが適当である。その際、本人・保護者に対し十分情報提供をしつつ、本人・保護者の意見を最大限尊重し、本人・保護者と市町村教育委員会、学校等が教育的ニーズと必要な支援について合意形成を行うことを原則とし、最終的には市町村教育委員会が決定することが適当である。[中略]
○小学校が就学相談の窓口となり、保育所、幼稚園と日常的に連携を行うことで障害の状態やニーズを把握している自治体もある。そのため、就学相談に関する管理職研修を実施するとともに、住民向けに広報誌で周知を図っているなどの工夫が見られる。また、特別な支援を必要とする子どもへの支援を行うネットワークを取りまとめる機関を設け、巡回相談など各種教育相談を実施させるとともに、必要に応じて、教育・保健・福祉・医療分野の連携を行っている自治体もある。これらの先行事例も参考としながら、相談・支援体制の充実に努めることが必要である。


・就学先決定にあたるニーズの把握をする専門職は、就学決定時のみならず、障害の発見時から支援に関わってきた集団であり、日ごろから連絡・調整ができていたらいい。保護者や本人も、そういった集団の助言のほうが納得できる。また、特別支援学校、通常級の二分法ではなく、通級指導教室などの資源の有効な活用法の提案ができればいい。苦手な科目だけでも気軽に通級指導教室に参加できるような雰囲気と、特別支援学校と通常級、特別支援学級、通級教室、それぞれの有機的な連携が不可欠である。
・専門職連携にあたっては、自治体レベルでチームを形成することが望ましい。スウェーデンハビリテーションチームや長野県総合相談支援事業の取り組みでは、これら専門職チームの連携を可能としている。研究材料のなり得るかもしれない。


②就学後までの一貫した支援体制について
○現在、多くの自治体で障害の種類・程度等の判断について専門的立場から調査・審議を行うために設置されている「就学指導委員会」については、早期からの教育相談や就学先決定時のみならずその後の一貫した支援に重点を置くという観点から、「教育支援委員会」(仮称)等の名称とすることが適当である。[中略]
○就学時に小学校段階6年間、中学校段階3年間の学びの場をすべて決めるのではなく、児童生徒のそれぞれの発達の程度、適応の状況等を勘案しながら柔軟に転学ができることを共通理解とすることが重要である。定期的に教育相談や個別の教育支援計画に基づく関係者による会議などを行い,必要に応じて個別の教育支援計画及び就学先を変更できるようにしていくことが適当である。[中略]


・個別の教育支援計画、個別の指導計画については、現在、特別支援学校の学習指導要領には作成が明記されているが、幼・小・中・高等学校等で学ぶ障害のある幼児児童生徒については、必要に応じて作成されることとなっており、必ず作成することとなっていない。これを障害のある児童生徒等全てに拡大していくことが望ましい。特に移行支援に関しては、生活環境の変化への配慮を考えると、できるだけ多くの情報を受け渡す必要がある。個別の移行支援計画の書式内容について検討するべきである。
・生涯にわたる支援という視点から、できる限り早期から成人に至るまで一貫した指導・支援ができるように、すべての子どもの成長記録や生活の様子、指導内容に関するあらゆる情報を記録し、必要に応じて関係機関が共有することができたらいい。
・やはり、支援計画という紙だけの移行では限界がある。支援者はともに顔を合わせ、重なり合った支援をする場を作ることができたら理想的だ。ケース会議のような話し合いの場の必要性。
・「個別の支援手帳(仮名)」子どもとの関わり方、子どもの興味関心のような情報が記載された手帳があったらいい。


■移行支援にかかる文献はまだあまり見当たらないが、「幼児期」だけではなく、「学校から社会」への移行を自分は主に考えている。その移行支援を調べていく中で、①多職種による連携体制と②生涯にわたる一貫した支援の必要性を強く感じるようになった。いや、②を達成するための①といっていいかもしれない。いずれにしても、ネットワークを作るためには、その媒体となるツールや共通の場の設定、ファシリテーター、ホストセンターの存在、これらの資源が不可欠であると思う。また、「地域で生活をする一人の子供」として、障害児を捉えるためには、これらの資源が自治体レベルに存在することが望ましいことだ。したがって、各地域における専門職チームの繋がりをどのように強化していくことができるのかを、まずは文献から分析していきたい。


参考文献
真鍋 健,「特別なニーズのある子どもの移行支援に関する研究」,広島大学大学院,保育学研究,第49巻第1号,85-95
Rous,B.,Myers,C.T&Strickin,S.B.(2007).strategies for supportying transitions of young children with special needs and their families. Journal of Early Intervention, 30(1),1-18
渡辺昭男,日本の就学法制に係る障害者権利条約を踏まえた検討課題,鳥取大学,地域学論集,第7巻第3号 (2011)
文部科学省ホームページ「 審議会情報 > 中央教育審議会 > 初等中等教育分科会 > 特別支援教育の在り方に関する特別委員会」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/index.htm)


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5 月
7

民意の復興計画「やっぺす!赤浜」

Posted by a6hootazemi in かなこ


民意の復興計画「やっぺす!赤浜」

崩れかけた民宿のきれいな形を残したままの船舶が陣を取っている映像を皆さんもテレビで見たことがあると思います。そこが赤浜です。不幸にもこの震災で赤浜が有名になってしまいました。今回、私は4月28日に行われた 民意の復興計画「やっぺす!赤浜」の報告会にお邪魔しました。そのときのことを書きます

最初に被災者の方が撮影した津波の映像が流されました。救急車とパトカーと人々の声の中、車が川を小枝のように流れている。やがて水にしたる建物、白煙、水の音、むごい光景でした。
その後5人の方がお話をしてくださいました。

中村誠一(赤浜の復興を考える会・事務局)
「津波からの避難と、その後のライフライン確保」について
中村さんは地震が起こった時、 赤浜小学校(避難所)へ行かなかったそうです。避難所へいく方向から波がきたので避難所が波に飲み込まれ多くの方が犠牲になってしまったのです。その後は飲料水の確保のため、さわ水をくみに山へ登ったり、流れてくる自動販売機の水をとって来たこともあったそうです。食料不足に悩みながらもみんなで分け合い今、この場にいれることに感謝して「あの時のご恩はありがとうございました」という言葉で話を終えました。

菊池公男(赤浜在住のアマチュア写真家)
「被災しながらなぜ3・11の写真を撮ったのか」
菊池公男は地震が起こった時は車を走らせている最中だったそうです。いつ電柱が倒れるかわからない、自身の車が通過した後に水門が閉まったことなどを涙ながらに話してくださいました。そして避難しながらも津波の始まりを写真に納めていったそうです。 菊池公男さん自身「写真なんかを撮っていていいのか」と疑問を抱きつつもシャッターをおして言ったそうです。住民からの非難の声もありました。「なに、写真なんか撮ってるの!」と。しかしそこで 菊池公男さんは自主防災の担当でなかったら撮っていなかった
と言い切りました。無惨になった町の姿や訓練を推奨している役員が犠牲になっている
現実をみて「訓練はしていても防げてない、教えが風化している」と強く訴えかけていました。

小豆嶋映子(赤浜の復興を考える会・事務局、ホームページ「やっぺす!赤浜」の管理者)
「地元からの情報発信に、ホームページをどう活用するか」
小豆嶋映子さんは震災後の避難所で避難者の統計、食事、年齢、洋服のサイズの統計をとっていたそうです。

ホームページを立ち上げた理由は世界、日本の人々へお礼を届けたいからだったそうです。「復興への不満より感謝を述べたい」「悲しみだけだったのが支援と応援で優しさへ」とおっしゃっていました。また、現地の人々は元々は漁師町のためか気の荒い人が多く、ボランティア精神が薄かったのだが震災後はボランティア精神の向上が見れると嬉しそうにおっしゃっていました。

川口博美(赤浜の復興を考える会・会長)
「赤浜の将来構想について」
川口博美さんは「地震、津波の心配をしなくて良い町づくり」をかなえるための復興案を提案していました。それが 赤浜地区震災復興計画案です。赤浜地区震災復興計画案の内容として
・災害に強い人作り
防災施設も災害に強い町もすべて人が考え策定するが、防災意識の啓蒙不足のさっこんでは、自然の猛威に立ち向かうことは不可能に近い。犠牲者を一人でも少なくするには、防災意識を核とした人造りが必要不可欠と考える。学校現場での授業カリキュラムに防災意識の啓蒙等も必要と考える
・防波堤
・県道釜石吉里吉里線
・高台住宅
・大規模避難道
・インフラ関係施設
・被災地の利用計画
・公共施設
・漁港および関連施設
・公営住宅建設について
・ひょっこりひょうたん島の早期復元について
・復興計画に伴う費用負担
があげられていました。しかし政府は防潮堤を14メートルにして高台にすめば補助金を出すと言っています。「そんなのどちらかで良いではないか!」と政府に対する怒りを露にしていました。

東洋大学の松原悟さん
松原悟さんはYahoo!が避難所にいる人の名簿をボランティアでやってくれたことの話をしてくださいました。震災後は避難所にどのような人がいるのか把握出来なかったそうです。また名簿の 手順が決まっていなかったのでYahoo!の社員さん100人くらいボランティアで手書きで行ったそうです。 松原悟さん自身も 震災が起こった直後学校は休校になり大学教員の必要性を問い「学会連携震災プロジェクト」をたちあげたそうです。

今回は被災者の方々の体験談や専門家の方々のお話をきけてよかったです。
また、ゼミのテーマを東日本大震災での障がい児童の対応を調べることにしました。
私自身、母が網膜色素変成性という難病を抱えていて興味を持ったからです。
ではでは^^


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5 月
7

食育について調べているとお腹がすいてくる。

Posted by a6hootazemi in まゆゆ

こんにちわ、渡邉です!採用試験の志願動機が書けずにもやもやとしているので、先に卒論のテーマについて新たに調べたことを書いていきます。 

 前回調べた米飯給食についてはまだ詳しい文献を見つけることが出来ていないので、今回は子供の食事で問題として挙げられているものに、どんなものがあるかについて調べた。欠食や間食、食事バランスなど問題はさまざまあるが、こ食、偏食、軟食、アレルギーの概要について書いていく。

■6つの「こ食」
・孤食=一人で食べること。
・小食=食べる量が少ないこと。
・個食=自分の好きなものを各々が食べること。
・粉食=麺類やパン類など、粉を主原料とした主食となる食品を好んで食べること。
・固食=固定したもの、自分の好きな決まった食品しか食べないこと。
・濃食=味の濃い食べ物を好んで食べること。

■偏食
 偏食は子供ばかりでなく、大人にも見られる現象であるが、子どもの好き嫌いは自我の発達が関係しているといわれる。自我意識の経験したことのない食品や好みに合わない食品に対する自己防衛の表現の1つでもある。これを偏食であるかどうかを判断するのは容易ではない。偏食をなおすためには、食事中に厳しく叱りすぎて食卓での食べる楽しみを失わせないように配慮すべきである。心理的発達過程で好奇心が芽生えたり、自立していく過程での反抗心や自尊心が芽生えると、これらの要因は、食生活にも影響を及ぼす。離乳期から幼児期に、心や舌に学習された食生活のあり方や味覚形成などの刷り込みは、一生消えることがないので、幼児期の食生活の経験は、子どもの食生活のあり方に影響を及ぼす。

■軟食
 近年子どもの咀嚼力の低下が指摘されていて、噛めない子ども噛まない子どもが増えている。咀嚼力の低下している子どもは軟らかい食品や料理を好んで食べ、さらに、噛めない子どもは、食行動にも問題が見られている。食べようとするが、弁当を見たままで食事することもなく、食べ物をを口に入れるたびに箸を置くなど、食事に対する積極性に欠けるなどの行動が見られる。また、日常生活にも問題があり、空腹感が欠けている、食事中にため息をつく、箸で食べ物をいじってしまうなどの行動も見られている。

■食物アレルギー
 食物の摂取により引き起こされる異常な免疫反応が食物アレルギーである。即時型反応によるものから、数時間あるいは1~2日してから症状の出る遅延、遅発型反応によるものまである。
 幼児期においては、消化機能が未発達である場合、あるいは何らかの原因で消化機能が低下していた場合、消化、吸収が不十分で、一部のたんぱく質が高分子のまま吸収されることがある。このような場合、生体はそれを異物として認識し、排除するために抗原に対して抗体を作り、この反応により、生体に損傷が起きた場合が食物アレルギーとして現れる。この時の抗原、すなわちアレルギーの原因となった物質を食餌性アレルゲンという。
 食餌性アレルゲンとなりやすい食物を連続的にとり続けると、多数の抗体ができ、アレルゲンとなる食物を再び摂取した場合に、アレルギー症状が出やすい状態となる。
 幼児における代表的なアレルゲンは、「卵・牛乳・小麦・大豆」である。これらの食品を使った加工品、嗜好品もアレルゲンとなる。「卵・牛乳・小麦・大豆」以外のアレルゲンとなる食物には、
・魚介類(まぐろ、さば、かつお、にしん、いか、たこ、えび、かき、あさりなど)
・肉類(牛肉、豚肉、ハム、ソーセージなど)
・野菜類(たまねぎ、ホウレンソウ、セロリ、レタス、ナス、タケノコ、ゴボウ、山芋、里芋、フキなど)
・果物(柑橘類、いちご、メロン、リンゴ、桃、バナナ、プラムなど)
・ナッツ類(ピーナッツ、クルミ、ココナッツなど)
・穀類(そば、ライ麦、トウモロコシ、えん麦、大麦など)
・香辛料(胡椒、辛子、ハッカなど)
がある。

食物アレルギーの治療法
1)治療の基本は除去食
 アレルゲンを的確に診断したうえで、それを含まない料理・献立を作る除去食物治療法を行うのが基本。除去食を行う場合は、栄養学的、医学的な配慮ばかりでなく、患者や家族の理解度、社会的な受け入れ態勢も考慮に入れることが重要。

2)除去食を行うときの注意
 小児期に食物アレルギーを起こしやすい場合は乳幼児期から除去食を行うことが必要であるが、医師のアドバイスだけでなく、母親も除去食の必要性、離乳食の進め方や代替食についてなどに注意する必要がある。


 偏食と軟食については学校給食の場ではどのような指導をしていく必要があるかについて調べ、こ食は、自分自身も当てはまるような点があるので、自分の経験などとも照らし合わせながら、それぞれのよりくわしい問題点を挙げていきたい。また、引き続き米飯給食にも調べていく。


『基礎からわかる・授業に活かせる 食育指導ガイドブック』
丸善株式会社 1990.10.20発行


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5 月
6

ピアニスト

Posted by a6hootazemi in 未分類


こんにちは。河原麻依です。私は音楽家についての躓き、立ち上がりを調べることにしました。高い能力を持つ音楽家にとって、何かをきっかけに堕落してしまうのは致命的なことです。その原因としては、身体的な病気や怪我であったり、精神的なものだったり、その人を取り囲む環境や運など、様々です。今回は、太田先生が貸してくださったCDの演奏者である、マウリツィオ・ポリーニについて書きます。

彼のデビューは世界に大きな衝撃を与えた。1957年に15歳でジュネーブ国際コンクールにて第2位、18歳でショパン国際ピアノコンクールにおいて審査員全員一致の優勝。その驚異的な技巧と完璧な演奏は沢山の人を魅了した。しかし、彼は途中で大きな挫折をする。演奏の技術は格段に落ちてしまい、周囲の人からの評価も下がってしまう。この原因は、腕の故障である、とか身体の病気である、といわれているがはっきりと明確に知らされていない。それでもなお、60歳後半の老境を迎えた彼は、CDを出し続けている。ポリーニの全盛期の演奏を知ってる人が最近のCDを聞くと、全盛期の素晴らしさを知っているだけに痛ましさやむなしさを覚えるほどだという。私もポリーニの若い頃から最近までの演奏のCDを聞いてみたが、たしかに衰えているなと感じた。全盛期の頃の演奏は音の粒の細かさや正確さが素晴らしく、感情を入れすぎず全体的に計算の完璧な演奏だったのに対し、後期はそのような正確さに欠けていてすこし不安定さがでているように思えた。どうして彼が、今もなおピアノを弾き続け、CDを出しているのか、調べてみたがまだ参考になる文献や記事がみつかっていないため、引き続き探してみようと思う。


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5 月
6

もう一度、調べてみます。

Posted by a6hootazemi in すぎはら

太田先生、ご指摘ありがとうございます。
自分があまりに一元的な見方をしていたことに気づきました。今まで「発達障害=先天性の脳の病気」という解釈でしかありませんでした。発達障害は、脳の発達の段階で、ある神経回路がうまくつながることができず、その為に特定の行動がうまくできないのだと考えられていますが、先生のおっしゃるように、人間の脳の発達は、胎児期だけではなく「出生後」にもその多くが発達するという点を見落としていました。

その点を踏まえた上で、家庭教育支援条例案についてもう少し考えてみました。
やはり、医学的な原因はまだはっきりしていないのに、いちがいに発達障害とまとめて条例を出すのは、一生懸命子育てをしているお母さんにとっては理不尽だと感じます。それは、子どもに自閉症や知的障害などの発達障害がある場合、親に適切な愛着行動を示すことができないことがあるからです。この場合、子どもの愛着行動が弱くて親にうまく伝わらないだけではなく、親の愛情のこもった養育を子どもがうまくキャッチできないことで、親子の相互作用が順調に進まず、徐々に子どもの情緒発達や言語認知発達にも大きな障害を残すことになってしまいうのです。それを家庭教育支援条例案では「発達障害・虐待等の予防・防止」の章を設けていたように、「愛着形成不足→発達障害」とまとめてしまうのことが、良くないと思ったのです。もしも、子ども側に先天的な脳の発達に遅れがないと仮定し、親の療育が誤った病的な関わりであった場合、それは反応性愛着障害という見方もできるのではないでしょうか。発達障害と間違いやすい疾患は多いのでその点も調べてみようと思います。発達障害の原因はいまだ解明されていません。これも一つの説だと思うのですが、病理学の授業では、発達障害の子どもは、妊娠3週間ほどの時点でセロトニン神経の数の形成が異常だということを学びました。セロトニン神経が正常に働かないことにより、発達障害の症状が出ているという研究は今非常に進んでいるようで、実際、発達障害をもった人は健常者に比べてセロトニンが少ないという結果は出ているそうです。何事も単純には言えませんが、一般的な発達障害には、子育て以前の脳の発達に支障を来たした例が多いのではないでしょうか。
一方で、育児放棄や虐待等を受けたことによる発達の遅れもあるわけですから、そうした家庭を支援することはもちろん妥当だと考えます。虐待等を受けて、学習が遅れた場合、それは適切な支援をすれば発達は正常になるのか。特に乳児期に関して調べてみようと思います。また、もともと障害を抱えて生まれてきた子どもでも、生活環境や教育的支援によって、発達の度合いは変わりますし、特別支援教育を勉強していく中で早期教育は本当に大切だと思うようになりました。ただ、発達障害の場合、例えば自閉症の子どもの自閉傾向が現れるのは3歳前後とされているので診断が下される前に親の関わり方を変えるというのは現実的ではないような気もします。

当事者の受け取り方にもよると思うのですが「障害名」というカテゴリーの使い方は難しいと改めて感じました。いずれにしても、実際その子どもたちは支援を必要とした存在として教育上の対象になることは変わりないわけですから、障害名や原因がどうこうではなく、具体的な支援を考えていかなければならないとも実感しました。そもそも「障害」という定義が従来の医学モデルから社会モデルへ変わってきている中で、社会が作り出す弊害を障害と定義するのなら、生活環境による発達の遅れも当然「発達障害」に当たります。「障害名」から「ニーズ」へと障害の捉え方を変えられる手段があればいいですが、こうした政策として支援を考える場合、やはり「発達障害」を一くくりにするしかないのかな、と思うと、なんとももどかしいです。

※わたし自身が発達障害に関しても勉強不足ですし、この条例についても詳細を調べたわけではないので、もう一度自分なりに考えて、改めてブログに報告をさせていただきたいと思います!
私は情報を真に受けやすく、おまけにラディカルな意見を書いてしまうことがあって申し訳ないです。意見、いただけると嬉しいです。実は、障害者問題に関しては、twitterで情報源を得ることが多いのですが、その情報の根拠と正確さをあまり今まで意識していませんでした。今回も橋本氏と乙武氏のやりとりを見て、なんだか当事者と一緒に燃えてしまいました…何事も、多面的に、そして自から調べてみる姿勢をしっかり持っていきたいです。


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5 月
6

発達障害と改善可能性

Posted by a6hootazemi in わけい

 すぎはらさんの書いた文章に、若干気になる点があるので、コメント的発言です。

 大阪維新の会については、基本的に教育的に大きな問題がたくさんあるので、それはここでは問題にしないことにしましょう。僕自身、個人ブログでかなり大量に、教育基本条例についてのコメントを書いたので、興味のある人はそちらをみてください。個人的にアドレスを教えます。
 そして、今回またまた家庭教育に関する条例案が出ているようで、それはそれで検討しなければならないでしょう。ただし、そこに間違いがあるからいって、対極の間違いをおかしてはいけません。

 「発達障害は先天性の脳の病気であり、予防や防止などをして治るものではありません。発達障害の子どもをもつ親は、長年「親の育て方が悪い、愛情不足」などと罵声を浴びさせられることさえありました。」

 前半と後半は異なる問題ですが、ここでは前半を検討しましょう。
 発達障害は
1 先天性の
2 脳の病気
3 予防や防止で治るものではない
という3つのことが書かれています。しかし、それは本当でしょうか。もし本当なら、「特別支援教育」というのは、成立しないことになります。また治療も成立しないことになります。医療行為も教育実践も意味がないことになってしまいますね。すると、大学で特別支援学校の教師になろうとしているということは、どうなるんでしょう。やはり、治療が可能であり、教育によって改善が可能だからこそ、意味があるんではないでしょうか。

 まず、先天性ということは、かなり注意する必要があります。かなり多様な意味をもっているからです。「教育学概論」でも重要な点として扱うのですが、通常「先天性」というのは、3つの異なる内容をもっています。
 第一に、遺伝的なものという意味です。あるいは、遺伝子によって規定されるといってもいいでしょう。血友病などは、遺伝子の構成によって男性に発病する遺伝的な病気です。最初から遺伝的構成によって受精で決定されるのかどうかはわかりませんが、ダウン症も遺伝子の構成上の病気であることがわかっています。こうしたことは、通常の治療では直しようがないわけですが、将来的には、遺伝子組み替え技術などによって治る可能性もあるのです。

 第二に、胎児のときになんらかの原因でなったという意味です。母親が喫煙したり、過度のアルコール摂取、薬害、過度のストレスや疲労を伴う生活等で、胎児に障害が生じることがあることは、統計的に明らかになっていると思います。これは母親が健康的な生活をすることで、ある程度は防げることは間違いないのです。こうしたことを改善することで、障害の発生を減少させることができると考えるのは、不当ではありません。

 第三に、出産時の問題です。難産で出産時に脳が圧迫されることで何らかの障害が生じることも、昔から知られています。医療技術の進歩によって滅多にないわけではありませんが、昔は少なくなかったし、また、現在でも皆無ではありません。これらも医療技術の進歩によって改善できる余地があるといえるでしょう。

 先天的なものだから、治せるものではないし、また予防も不可能というものではありません。過度に親を責めるのは酷であることは確かでしょうが、全く批判される余地のないわけではない親が存在していることは、事実なのではないでしょうか。

 更に育て方の問題が全くないかというと、それを0とすることはまた逆の誤解を生じさせることにならないでしょうか。
 人間の脳は、誕生後の様々な刺激を取り入れて発達していきます。逆に刺激がなければ脳は発達しないのです。乳児に親が全く話しかけることがなかったり、ずっと嫌悪の感情を抱いて接していたら、正常な人間関係を結ぶ感性や、言語能力が発達しません。つまり、それは後に発達障害として現れる可能性は十分にあるのです。
 責任論的に責めるのは間違っているとしても、育て方等に弱点があれば、それを指摘して、改善させることは重要な意味をもっているといえます。そうでなければ、最初に書いたように、特別支援教育そのものを否定することになってしまうのです。

 かなり前にみたアメリカの医師の事例なのですが、子どもが3歳のときに自閉症であることに気づき、子育ての際に通常行うような行為をあまりしなかったことに思い至り、誕生以来の通常の行為をすべてやりなおしたところ、自閉症が完全に治ったというドキュメントがありました。どこまで信頼できるかはわかりませんが、とりあえず医師であることは、全くの虚偽だととして退ける必要はないと思っています。
 やりなおしたこととは、抱っこするとか、ガラガラで遊ばせるとか、はいはいをやり直すとか、そういうごくごく単純な普通なことを、育児であまりやらなかったので、それを2~3年かけて、やりなおしたというのです。
 最近の研究では、赤ちゃんのころに、肌をさするような行為をたくさんすると、成長ホルモンがたくさんでて、身体の成長が促進されるというようなことが言われているようですが、それが100%事実であるかはわかりませんが、そうした子育てによって、子どもの発達が左右されることは間違いないところではないでしょうか。だからこそ、通常の刺激をきちんと与え、愛情をもって育てることの大切さを説くこと自体は、間違いではないと、僕は思っています。
 それと、そうなってしまっている状態で、当人を非難することとは別のこととしなければなりません。逆に非難するのは間違いだから、改善のための指摘をしたり、そのための努力を促すことも放棄するのは、間違っているはずです。

 差別というのは、とても難しい問題で、差別する側は、通常とんでもない安着な誤解をしていますし、傲慢な見方をしがちです。しかし、差別されている側が、冷静かつ正しくみているとは限らないのです。そこにも多くの偏見が生じる危険性があります。

 よく考えてみてください。


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5 月
5

家庭教育支援条例案に思う

Posted by a6hootazemi in すぎはら

産経west 2012.5.4 23:05
【橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」大阪市議団が議会提出する方針の条例案の発達障害をめぐる規定に当事者らから反発の声があがり、橋下市長が3日から4日にかけ短文投稿サイト「ツイッター」で「発達障がいの主因を親の愛情欠如と位置付け、愛情さえ注げば発達障がいを防ぐことができるというのは科学的ではない」などとコメント。事態の収拾を図ろうとしている。市議団が提案を検討している条例案は「家庭教育支援条例案」。原案では「発達障害、虐待等の予防・防止」として「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」などと明記していた。発達障害には、アスペルガー症候群や学習障害、注意欠陥多動性障害などが含まれ、主に先天的なものとされていこともあり、こうした記述に当事者らから反発の声があがったほか、インターネットの掲示板でも非難の声が続出。橋下市長は自身のツイッターで「市議団の方針について(市長である)僕には決定権はありません」などと釈明に追われた。 条例案をめぐっては、保護者の一日保育士・幼稚園教諭体験の義務化も盛り込まれており、橋下市長はこれまで「市民に義務を課すのは基本的に好きじゃない。維新の会の政治行動ではない」と、否定的な見解を示していた。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120504/waf12050423090019-n1.htm】

■この記事を読んで率直に、いかに発達障害に対する社会の認知が低いのか、を思い知ったように思います。発達障害は先天性の脳の病気であり、予防や防止などをして治るものではありません。発達障害の子どもをもつ親は、長年「親の育て方が悪い、愛情不足」などと罵声を浴びさせられることさえありました。我が国の障害児教育の体制も特別支援教育に移行ことによって「発達障害」が特別なニーズの対象になったとはいえ、まだその障害の理解が曖昧なのが現状ではないしょうか。実態を知らずして議論が行きすぎることの恐ろしさを感じました。維新の会については今までなんとなくの理解しかなかったのですが、今回危機感を覚えてので、改めて勉強してみようと思います。


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5 月
4

12/24論点整理:インンクルーシブ教育システム構築に向けての方向性①

Posted by a6hootazemi in すぎはら

こんばんは。杉原です。今日から何回かに分けて、中教審「特特委員会」の論点整理を検討したいと思います。インクルーシブ教育に係る国としての見解を知るためにも「特特委員会」の審議は重要かと思われますので、同じ「障害」グループの方には、ちょっと長いのですが読んでいただけると幸いです。




      ―特別支援教育の在り方に関する特別委員会「12/24論点整理」の検討―

1.はじめに
中央審議会の初等中等教育分科会に設けられた「特別支援教育の在り方に関する特別委員会(以下 特特委員会)は、2012年12月24日に「特別支援教育に関する特別委員会 論点整理(以下 12/24論点整理)を公表した。この報告は、「障害者権利条約」の諸理念、つまりは、インクルージョン、合理的配慮、障害を理由とする差別の禁止などを踏まえており、今後の障害児の就学システムの在り方を考えていく上で注目されるべき報告である。したがって我々「障害研究班」がとりわけ「インクルーシブ教育」を考究する上で大いに有効かと思われる。
 本稿では、文部科学省ホームページの「 審議会情報 > 中央教育審議会 > 初等中等教育分科会 > 特別支援教育の在り方に関する特別委員会」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/index.htm)で公開されている諸情報及び「特特委員会」の「12/24論点整理」を整理していきたい。また、「渡辺昭男:日本の就学法制に係る障害者権利条約を踏まえた検討課題.鳥取大学 地域学論集 第7巻 第3号 (2011)」を参考に、日本における障害児の就学法制に係る障害者権利条約を踏まえた検討課題について言及していきたい。


2.「特特委員会」について 
「特特委員会」は、2010年7月22日に開催された中教審初等中等教育分科会において設置が決定された。この機関は、「障害者の権利に関する条約の理念を踏まえた特別支援教育の在り方について専門的な調査審議を行う」ことを目的としており、主な検討事項としては以下の3点が掲げられた。すなわち①「インクルーシブ教育システムの構築」という権利条約の理念を踏まえた就学相談・就学決定の在り方及び必要な制度改革」、②「①の制度の改革実施に伴う体制・環境の整備」、③「障害のある幼児児童生徒の特性・ニーズに応じた教育・支援の実施のための教員等の確保及び専門性の向上のための方策」である。特特委員会での審議は、5月4日現在で計17回開催されているが、ここでは議題や配布資料などの詳細を省略し、第1回から第8回までの間の審議をまとめた「12/24日論点整理」について検討していきたい。


3.障がい者制度改革推進委員会との関係 
障がい者制度改革推進委員会の位置付けについては、「特特委員会」の事務局を預かる文部科学省初等中等教育庁特別支援教育課の認識が第1回議事録から読み取ることができる。以下に斎藤尚樹特別支援教育課長の発言を要約する。『政府は、6/29日の閣議決定において、障がい者制度改革推進会議の「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(平成22 年6月7日第一次意見)を最大限に尊重し、障害者の権利に関する条約下の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革の推進を図るものとしている。しかし、その「教育分野」における個別具体の政府方針は、「特特委員会」の審議によることとする。」つまることろ、(渡辺.2011)、6/7第一次報告の「政府に求める後の取り組みに関する意見は6/29の閣議決定にも踏襲されており拘束されるが、「推進会議の問題意識」の記載がそのまま個別具体の政府方針になるわけでもない、とされる。


4.審議結果と検討課題
それでは、審議の結果どうなったのか中間まとめを確認する。予め事務局が用意した「特別支援教育の在り方に関する論点」と「12/24論点整理概要」とを対比させてみる。その後、本文から検討すべき箇所について取り上げる。審議は大きく【①インクルーシブ教育システム構築に向けての方向性②就学相談・就学決定の在り方について ③インクルーシブ教育システムを推進するための人的・物的な環境整備について ④教職員の確保及び専門性向上のための方策について】の4つに分けられるが、順に検討していきたい。


①インンクルーシブ教育システム構築に向けての方向性
《論点》
○障害者権利条約に掲げられた、教育に係る目的(①人間の潜在能力等に係る意識の発達、人権・基本的自由・多様性の尊重の強化、②人格、才能、創造力、能力の可能な最大限度までの発達、③自由な社会への効果的参加)の達成を目指す上で重要な教育制度の要件は何か。
○日本的なインクルーシブ教育システムの構築を図る上で、現行の特別支援教育(特別支援学校、特別支援学級、通級指導、通常学級での指導・支援)をどのように位置付けるべきか。


《12/24論点整理》
○インクルーシブ教育システム(包容する教育制度)の理念とそれに向かっていく方向性に賛成。
○インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある児童生徒に対して、その時点で教育的ニーズに最も的確にこたえる指導を提供できる多様で柔軟な仕組みを整備することが重要。子ども一人一人の学習権を保障する観点から、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意しておくことが必要。
○障害のある子どもと障害のない子どもが共に学ぶことは、共生社会の形成に向けて望ましいと考えられる。同じ社会に生きる人間として、お互いを正しく理解し、共に助け合い、支え合って生きていくことの大切さを学ぶなど、個人の価値を尊重する態度や自他の敬愛と協力を重んずる態度を養うことが期待できる。
○インクルーシブ教育システム構築に向けての今後の進め方については、短期と中長期に整理し段階的に実施していくことが必要。


■審議の結果、インクルーシブの理念と方向に賛成し、同じ場所で共に学ぶことを追求する」とともに、教育的ニーズに応じて個々の学習権を保障する観点から「連続性のある多様な学びの場」を容易しておくことが必要であるとされている。
続いて本文の検討にうつる。

(1)インクルーシブ教育システムと特別支援教育の関係
① 障害者の権利に関する条約第24条によれば、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system、署名時仮訳:包容する教育制度)とは、人間の多様性の尊重、精神的・身体的な能力を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加するとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に教育を受ける仕組みであり、障害のある者が「general education system」(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等・中等教育の機会が与えられること、個人に必要な合理的配慮が提供される等が必要とされている。(参考資料3:障害者の権利に関する条約(抄)、参考資料4:general education system(教育制度一般)の解釈について)

【参考資料4】
障害者の権利に関する条約第24条にある「general education system(教育制度一般)」に特別支援学校が含まれるか否かについて、外務省に照会したところ、以下の回答があった。
条約第24条に規定する「general education system(教育制度一般)」の内容については、各国の教育行政により提供される公教育であること、また、特別支援学校等での教育も含まれるとの認識が条約の交渉過程において共有されていると理解している。したがって、「general education system」には特別支援学校が含まれると解される。

(参考)
障害者の権利に関する条約(署名時仮訳)
第24条
2.締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。
(a)障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと及び障害のある児童が障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。
(d)障害者が、その効果的な教育を容易にするために必要な支援を教育制度一般の下で受けること。

2.In realizing this right, States Parties shall ensure that:
a)Persons with disabilities are not excluded from the general education system on the basis of disability, and that children with disabilities are not excluded from free and compulsory primary education, or from secondary education, on the basis of disability;
d)Persons with disabilities receive the support required, within the general education system, to facilitate their effective education;



■我が国の特別支援教育の体制が、2007年に特別支援教育にうつったとはいえ、従来の「障害の種類と程度」による施策が続いている。その典型として、学校教育法第72条の特別支援教育の対象となる者(視覚障害者、聴覚障害者、肢体不自由者、病弱者)に関する「障害の程度(学校教育法第75条、学校教育法施行令第22条の3)の規定である。」
 義務教育制度段階において、特定の「障害の種類と程度」を法令で明示して特別支援学校への就学基準とする現行の仕組みは、「障害が障害を理由として公立小中学一般から排除されている」とみなしうる。
確かに、学校教育法施行令の2002年改正において地方分権の観点も踏まえて市町村による「認定就学」制度を導入したが、(渡辺.2011)は、就学制度に対する問題を以下のように指摘している。①「障害の種類と程度」による就学基準を前提とした上での特別支援学校離脱の仕組みであること②認定主体が市町村教育委員会であって認定課程への本人、保護者等の参与が明確ではないこと③その運用姿勢には市町村間に格差があること、である。また(渡辺.2011)は、現行の就学基準及びそれとセットになっている認定就学制度の廃止し、代案として「教育的ニーズ」による対象規定を求めることを提案している。
■「特別ニーズ」とは、本人の困り度(ニーズ)による配慮を考えていくことになるが、そのために必要となるものは、①医学的診断ではなく困り度を図るアセスメント、また②多様なカリキュラムであると考える。①については、心理検査の発展とともに、アメリカのLD判定に用いられているRTIや新しい心理検査の概念にもこの「困り度」の指標み込むようになっている。例えば、DSM-Ⅴの草案でも「困り度」を図ることができる。また②の多様なカリキュラムは、グレーゾーンにいる子どもが、例えば科目によって教室を選ぶことができる等、開かれた教室の準備が要される。今年度よりはじまった東京都特別支援教室モデル事業の成果などにも注目すべきではないだろうか。



本日は、1.インンクルーシブ教育システム構築に向けての方向性について論点と論点整理、本文の検討課題1まで確認しました。まだ山のようにあるので、徐々に整理をしてみたいと思います。





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5 月
4

報告!

Posted by a6hootazemi in みきてぃ

b0の藤井美紀です。遅くなりましたが、ゼミの研究テーマをまとめます。

私は、家庭班で「障害受容」について調べていきます。親が子どもの障害を受け入れる過程のつまずきと立ち上がり、また、子ども自身が自分の障害を受け入れる過程のつまずきと立ち上がりを考えていきます。まずは、関連する本をたくさん読んでいこうと思います。家庭班のテーマが「より良い家庭にするために」なので、そこに向けて結論を出せるように調べていきたいです。

これから頑張っていきましょう。


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5 月
4

中間報告

Posted by a6hootazemi in まな

こんにちは。小山です。
GWはバイトバイトバイト三昧です。今日もこれからバイトです。皆さん頑張りましょう。

インクルーシブ教育の基本理念
 ノーマライゼーションの理念が広まり、教育界ではインクルージョン(包括教育)の推進が言われ始めました。包括、つまり二分するのではなく全体をひっくるめてまとめるということです。インクルーシブ教育とは「障害がある」「障害がない」での分離学習を進めていく教育ではなく、相違があることを捉え、個々がもっているそれぞれの特別な教育的なニーズに対応し、統合型環境で教育を進めていくというものです。障害を一つの個性として捉え、包括された環境の中でそれぞれの子どもに必要な教育的支援がなされる教育システムの実現が望ましいのです。


インクルージョンにむけて
インクルージョンではなく、少し似た言葉でインテグレーションという言葉があります。インテグレーションとはおもにイギリスでつかわれてきた言葉です。インクルージョンとは包括教育という意味をもつと先ほど述べましたが、インテグレーションとは統合教育といった意味をもちます。これは「障害」をもつ児童・生徒と他の子どもを同じ場所で(位置的統合)、子どもたちが相互に関わりを持ちながら(社会的統合)、そして、すべての教育課程や学校での活動と不可分の要素として「障害」をもつ児童・生徒の教育を位置づける(機能的統合)ものとして理解されてきました。日本では1980年代を中心にこの考えが拡がり、保護者や本人の願いを背景にして、「障害」をもつ子どもたちを盲学校・聾学校・養護学校ではなく、通常の小学校や中学校に就学できるようにと盛んに運動が行われるなどしました。こうした運動や意識の高まりによって、単に「障害」の有無だけで就学先の学校を振り分けるような機械的な就学指導ではなく、保護者や本人の意向をふまえた就学指導に徐々に改められるようになりました。その一方で、単に「障害」をもつ子どもを通常の小学校や中学校に就学させるだけでそこで十分な学習が行われるように条件整備を進めない、形ばかりの「統合」に対しては、それがまるで「障害」をもつ子どもたちを通常学校に投げ込むだけに見えることから「ダイピング」との言葉で強く批判もなされました。インテグレーションにおいて重要なのは「障害」をもつ子どもたちと他の子どもたちが「共に」十分に学習が促進されるような在り方を考えることなのです。
以上述べたように、インテグレーション(統合教育)については、「最大限通常の教育組織で」とともに定義の重要部分でありましたが、特別なニーズに応じた「適切な教育」を欠落したままで運動が進められたことに誤りがあります。定義上ではインテグレーションとインクルージョン教育はほとんど変わらないのですが、決定的に違う点があります。子どもをまず障害がある障害がないに分けたうえでその統合を進めようとする統合教育に対し、インクルージョンでは、子どもは一人ひとりユニークな存在であり、一人ひとり違うのが当たり前であることを前提としてすべての子どもを包み込むシステムの中で、一人ひとりの特別なニーズに応じた教育支援を考えることにあります。大切なことは、最初から子どもを排除するのではなく、すべての子どもを地域の学校の通常の学級に所属させ、しかる後に特別なニーズに応じた教育支援の在り方を考えることなのです。


以上、インクルーシブ教育の基本的なことを文献やネットで調べた内容なのですが、インクルーシブ教育を考えれば考えるほど特別支援学校の在り方はどうあるべきかが分からなくなってきましたし、二分する考えではなく、同じ学校で子どもたちが教育を受けることが望ましいという考えが広まった今、特別支援学校では子どもたちにどうしたら包括教育ができるのか、すごく気になってきました。インクルーシブ教育が推進されている今、特別支援学校での教育の仕方について考えていきたいと思いました。
特別支援学校で行う事が出来る子どもたちの様々な場面でのつまずきからの立ち上がりの支援方法をこれから考えていきたいです。なんだかよく分からなくなってきたのでグループでもう一度話し合いたいです。よろしくお願いします。


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5 月
3

中間報告

Posted by a6hootazemi in こしろ

こんばんは、こしろです。

不登校という定義には多種に渡り、明確な定義がどれなのかはいまだはっきりとはしていない。それぞれの機関がそれぞれの用途で定義を示している状態である。文部省は不登校の定義として『何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しない、あるいはしたくともできない状況にあるため年間30日以上欠席した者のうち、
病気や経済的な理由による者を除いたもの』としている。統計学のなかでの不登校の定義としては、「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童・生徒が登校しない、あるいはしたくともできない状況にある者(ただし、「病気」や「経済的な理由」による者を除く。)の数」としている。また文部省は病気、非在学、特別教室での登校を不登校としていないが、これらを不登校として考える定義もある。

 不登校継続の理由として平成15年度の文部省の発表として以下を挙げている。
A学校生活上の影響
B.あそび・非行
C.無気力
D.不安など情緒的混乱
E.意図的な拒否
F.複合
G.その他
小学校、中学校ともにC無気力D不安など情緒的混乱F複合が多くを占めている結果となった。このように不登校の種類を把握しそれぞれの対処を教師が考えることが必要である。しかしながらFの複合型は原因が複雑に絡まっておりどの型に当てはまるか判断しにくいというものでありこの型になる児童生徒の状態把握はとても難しいものとなる。

 学校教育を変えるということがまさに今求められているのでは。教師が教師として活躍できずにやめてしまう。ある意味で教師の不登校である。また学校の社会に拒否反応を示し現実から逃げてしまう児童生徒たち。不登校が増える要因としては学校体制の閉塞感が強いと考えられる。朝から夕方まで時間割と狭い教室に閉じこめられ縛り付けられている。そして同年代で固められ競争を求められる。狭い社会で行うことは広い社会にでたときに対応できるとは思えないのである。より広い学校社会にはコミュニティースクールが力を発揮するのではないだろうか。コミュニティースクールとは、教育行政が自らの所管の公立学校の運営や改革について手が回らないところを、地域住民に積極的にかかわってもらって運営の一部を任せる形態の学校のことである。地域と学校が融合した経営をすることにより生活に即した教育になるのではないだろうか。学校だけで教育をしようとするから締め付けのような生活をせざるをえなくなっている。地域との広い社会での教育を行うことが必要である。子供にとっておとなの存在はとても大きなものであり、教師だけにそれを頼らせるのは重荷すぎる。コミュニティースクールについてより調べていきたい。


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5 月
3

途中経過報告~ナディア・コマネチ~

Posted by a6hootazemi in もつ子

どうもこんにちは、もつ子ことくろすえりかです。
経過報告が大変遅くなってすいません……。

 私たちの班は才能や能力がある人のつまづきと立ち上がりを考えていくことになり、音楽、スポーツ、知的の3つのカテゴリーからそれぞれ考えていくことにしました。私はそのなかのスポーツ担当です。とは言っても音楽にも興味があるので、もし時間に余裕があれば二股かける予定です。ようはよくばりです、すいません。
 今回、私はつまづいたけれども立ち上がった人物として、ナディア・コマネチについて調べました。本当は本の資料があればよかったのですが、調べてもほとんどでてこなかったため、参考文献はネットです。では、コマネチに関してまとめたものを以下に述べたいと思います。


●ナディア・コマネチ
ルーマニアの元体操選手。1976年のモントリオールオリンピックで金メダルを3個獲得。また、体操競技選手としてはじめて10点満点の点数も獲得する。彼女は当時14歳で、現在オリンピックに出場するには16歳以上でなければいけないので今後もこの記録は破られることはない。体操競技界の『白い妖精』ともいわれた。ちなみにこのキャッチフレーズを最初につけたのは、モントリオールオリンピック女子体操を実況した向坂松彦(当時・日本放送協会アナウンサー)である。


つまづきの要因
①カロリーコーチとの別れ
コマネチはモントリオールオリンピックの後に行われたヨーロッパ体操競技選手権で優秀な成績を収めるも、当時のルーマニアの独裁者、チャウシェスク大統領が採点を不服とし、大統領飛行機で代表チームは強制帰国をさせられることとなる。その後代表コーチのカロリーが辞任させられ、コマネチは長年指導してくれたコーチと別れることとなる。
②両親の離婚
離婚の理由は書かれていなかったため、良くはわからないが、少なくともまだ年端もいかないコマネチにとってはショックな出来事であると考えられる。
③練習量の減少
モントリオールオリンピック以降、世界中から多くの招待以来が舞い込み、コマネチは世界中をまわり、体操外交を繰り広げる。その当時のルーマニアは財政なんでもあったため、コマネチの存在は国にとって金のなる木そのものであった。そのため、練習をする時間は殆どなくなり、精神的にも肉体的にも疲弊していく。

 このような要因が重なり、コマネチの体形は激変。世界体操選手権にて体重が増えすぎて体形が崩れた姿で出場。平均台で唯一金メダルをとり、それ以外の種目でメダルはとることが出来なかった。
 彼女はこの後、国家からカロリーコーチに指導を受ける許可をもらい、1979年のヨーロッパ選手権では男女を通じて初の個人総合3連覇を果たす。このことを考えると、彼女にとってカロリーコーチの存在は大きなものであり、つまづきの原因、立ち上がりのきっかけでもあったと考えられる。また、彼女は挫折している時期に自殺未遂をしているのだが、このときの療養中、自分にとって体操がどれだけ大きい存在なのかを改めて実感していることから、体操への思いというのも立ち上がりのきっかけになったといえる。

ウィキペディア【ナディア・コマネチ】(2012/5/3 閲覧)
http://ja.wikipedia.org/wiki
体操王国ルーマニア【コマネチ】(2012/5/3 閲覧)
http://www1.linkclub.or.jp/~ttakeshi/romhtml/rom03.html
体操選手を応援するbrog(2012/5/3 閲覧)
http://sekaiiasn21.blog.eonet.jp/default/cat4124822/




 以上がコマネチに関するまとめです。この文だけだと分かりにくいと思うので、余裕があるのなら一度ナディア・コマネチに関するページを一読することをおすすめします。彼女の場合、けがや病気などのによる突然のアクシデントでのつまづきではなく他からの影響によってのつまづきであるため、個人的には珍しいパターンなのではないかと思いました。また、かなり興味のあった人物であったため、あっちこっちと違う方向に道がそれてしまったのもあり、まとめるのがある意味大変でした。はは。コマネチのドキュメンタリー映画もあるようなので、近いうちに是非探して読んでみたいと思います。

次は、つまづいたきり立ち上がれなかった人物として、高橋尚子選手を調べたいと思います。
それでは。


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5 月
3

インクルーシブ教育

Posted by a6hootazemi in ちえさん

こんにちは、ちえさんです。4月は普通免許を取得したり、引越しを済ませ新しい生活環境を過ごしたりと慌だたしい毎日でした。GWが終わったら5月本番(?)ということでいろいろさぼってしまったものも再開し、がんばっていきます!!!

さて、本題ですが今回私が所属するグループでは、インクルーシブ教育に向けて取り組んでいくわけですが、本来わたしが研究したいことは普通学級における学習障害や多動性障害などの子どもたちについてですが、それを含めて「インクルーシブ教育」という大きな研究をグループのみんなと一緒にすることができるので、非常にわくわくしています。
実際の経験から「学習障害」いついて興味を持ったのですが、今まで本当に自分が「障害教育」について無知であったことを痛感させられました…。

1回目の研究報告としてまずは「インクルーシブ教育」に関して調べました。すると、様々な言葉が出てきたので紹介させて頂きます。
インクルーシブという意味と似ているものがたくさんあったので頭が混乱してしまいそうになりましたが、様々な考えがあることに非常に感動しました!!

統合教育…健常者と障害者を同じ場所で教育すること。障害児ではあるが、通常学級に学籍を置いて、すべての教育活動を健常児と共にすること。外来語では「インテグレーション(統合教育)」や「メインストリーミング(制限の少ない環境での教育)」
交流教育…特別支援学校や特別支援学級に学籍を置く障害児と通常の学級の健常児とが限られた時間に教育活動を共にすること。
インクルージョン教育…子どもをひとりひとりユニークな存在であり、ひとりひとり違うのが当たり前であることを前提として、全ての子どもを包み込む教育システムの中で、ひとりひとりの特別なニーズに応じた教育援助を考えることにある教育。
*インテグレーションは普通「統合教育」と訳されるが、日本語で「統合教育」といった場合、「インテグレーション」「メインストリーミング」「インクルージョン」の概念が微妙に混じっている。
特殊教育…心身に障害があるため、小中学校の通常学級における教育では十分な教育効果を期待することが困難な子ども達に対して、その心身の障害の状態や発達段階、特性等に応じてよりよい環境を整えてその可能性を最大限に伸ばし、可能な限り積極的に社会に参加する人間にさだてるために、特別に用意された学校教育に一部のこと。
特別支援教育…障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うもの。

これらを参考にして「インクルーシブ教育」を目指していく教育を私たちなりに何かくふうできたらいいのではないかと思う。


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5 月
3

「障害者権利条約と障害者差別禁止法をめぐる課題」 

Posted by a6hootazemi in すぎはら

    
おはようございます。杉原です。昨日から調べていた障害者差別禁止法について小論をまとめました。




        『障害者権利条約と障害者差別禁止法をめぐる課題』 

       
はじめに
障がい者制度改革推進会議差別禁止部会は、国連障害者権利条約を目指し、2013年度を目途に障害者差別禁止法を国会に提出するための準備を進めている。日本障害フォーラム(JDF)が提起した批准に向けた国内課題の項目の一つにも、差別禁止法の制定があるが、差別禁止法は、障害者権利条約批准にあたって新たに設置・制定を検討しなければならない事項であることを述べておきたい。一方で我が国の対応は、(中村2008)「2004年の改正で加えられた障害者基本法の第3条がこれに充当するとの見解をとっており、新法制定については消極的」である。しかしながら上記の障害者基本法における、障害者差別の規定は、「差別をしてはならない」という趣旨が刻まれている程度の曖昧な規定でしかない。(竹端2010)は、「障がい者制度改革推進本部差別禁止部会の取り組みで争点となるのは、不服申し立て制度や救済制度をどのように打ち立てるかである。ただその際、差別に該当するかどうかの要件を定める実態規定や差別にあたるとされる場合にどういう法的救済ができるのかを定めた差別禁止法がないことによって現在起こっている障害者への権利侵害の実態をいかに実体的に改善するかである。」と述べている。障害者自立支援法が廃止に伴う新法の制定へのパラダイムシフト期において、アメリカのADA法はじめとした諸外国における差別禁止法のような、具体的な差別の実態規定が明記された包括的な差別禁止法の制定が求められている。換言すれば、権利が侵害された際の差別かどうかを判断する明確な基準及び法的な救済制度を定めることが必要だ。本稿では、我が国における障害者差別禁止法の整備・準備状況を概観した上で、障害者権利条約における障害者差別の意義を確認する。以上を踏まえ、障害者差別禁止法策定にかかる課題を考察したい。


Ⅰ.障害者差別禁止に向けた社会的意識の変遷
2001年8月31日、ジュネーブで開かれた国連社会権規約委員会は、日本政府に対して差別禁止法の採択を勧告している。その後10年の間で世界の障害に対する認識は、国連障害者権利条約の成立(2006年12月)により大きく変容した。また我が国においても、日本政府の署名(2007年9月)、障がい者制度改革推進本部の設置、一部自治体における障害者差別禁止条例の制定、障害者基本法の改正(2011年)、障がい者制度改革推進部会差別禁止法の検討作業の開始など、障害者差別禁止法制定に向けた具体的な取り組みが広がりをみせている。


Ⅱ.障害者差別禁止法をめぐる動向
 
続いて具体的な取り組みについて掘り下げてみよう。
まず民間レベルにおいては、2007年3月に日本弁護士連合会が、「障がいを理由とする差別を禁止する法案」を発表し、2008年12月には、障害者政策研究実行委員会「障害者差別禁止法チーム」が「障がいをもつ人への差別を禁止し、権利を確立する法律案」を公表した。前者は、「日弁法案」、後者は「障害者市民案」として、障害者差別禁止法を制定を現実のものとする上での重要な問題提起となった。また、一部自治体においても「障害のある人もない人も暮らしやすい千葉県づくり条例(2007年)「北海道障がい及び障がい児が暮らしやすい地域づくり条例(2010年)などの自治体条例が、国の法整備に先行して制定された。このように自分たちの地域に合った障害者差別禁止条例を当事者の手でつくろうという運動が全国各地で展開され、障害者差別禁止に係る法整備の機運を高めているといえよう。
 政府の動向としては、障がい者制度改革推進本部とその下にある障害者制度改革推進会議が提示した、障がい者制度改革の推進のための基本的な方向(第1次意見)が2010年に閣議決定され、2013年に仮称「障害者差別禁止法」を国会に提出することも含めたロードマップが確定した。以後、障がい者制度改革推進会議の下に差別禁止部会が設置され、障害者差別禁止法の在り方について検討が進められている。


Ⅲ.誰が差別をするのか

(塩見.2012)は、障害者差別を考える際に二つの対象を想定する必要」があると述べている。第一は、国家・自治体などの公権力である。憲法第3章で規定している「国民の権利及び義務」は当然障害者にも及ぶものであるにもかかわらず、社会の周縁に押し込まれたまま放置されてきた数多くの事実がある。歴史を振り返ると、長年、障害児の就学猶予・就学免除という形で憲法第26条の「教育を受ける権利」を与えられなかったという差別などがその例であろう。第二は、企業や個人などの私人による差別である。国連障害者権利条約第4条「一般的義務」e項は、「いかなる個人、団体又は民間企業による障害に基づく差別を撤廃するための全ての適切な措置をとること」を締約国に求めている。
同じく、(池田.2011)も、障害を理由とした差別のない社会を達成するための「二つのルート」として、国の施策を講じるべき方向を示す「障害者基本法」とともに、障害のある個々人が目の前の自己の差別禁止的体験に対して立ち上がり、司法手続きを通じて個別に救済を求めていくルートとして「障害者差別禁止法」を位置づけている。すなわち、私人における障害差別禁止の司法判断を促す上で、障害者差別禁止法には、私法上の一般条項等を補完し、差別を認定・是正する役割が期待されている(塩見.2012)。


Ⅳ.障害に基づく差別とは何か

では、そもそも障害者差別とは何なのか。一般的定義として、障害者権利条約を確認する。差別の禁止について直接触れているのは、「第5条 平等及び非差別」である。
 第5条 「平等及び非差別」
【1.締約国は、すべての者が、法律の前に又は法律に基づいて平等であり、並びにいかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める。2.締約国は、障害を理由とするあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害者に保障する。3.締約国は、平等を促進し、及び差別を撤廃することを目的として、合理的配慮が提供されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。4.障害者の事実上の平等を促進し、又は達成するために必要な特別の措置は、この条約に規定する差別と解してはならない 。(政府仮約引用)】


このうち鍵となる「障害に基づく差別」に関しては、障害者権利条約の第2条で次のように定義されている。
【「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、社会的、文化的、市民的、その他のいかなる分野においても、他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、合理的配慮を行わないことを含むあらゆる形態差別をいう。】
●以上のように権利条約においては、直接差別、間接差別、合理的配慮の不行使を差別として定義している。これら直接差別、間接差別、合理的配慮を行わないことについての判断基準を、国内法において具体的に示すことが課題である。


Ⅴ.具体的定義の必要性  
「日弁連案」「障害者市民案」では、 その障害者差別の具体的基準の明示を試みている。また、例えば、千葉県条例では「この条約において〈差別〉とは各号に掲げる行為をすること及び障害のある人が障害のない人と実質的に同等の日常生活又は社会生活を営むために必要な合理的配慮に基づく措置を行わないことをいう」と障害者差別を定義した上で、「福祉サービス」「医療」「商品又はサービス」「建物その他施設又は交通公共機関」「情報」の各分野に分けて禁止されるべき差別を明示している。差別は具体的な権利侵害の事実であり、かつ司法における障害者差別認定を円滑に進めていく上でも、具体的差別事象を例示、列挙することは有効である(塩見.2012)。これを国レベルにおいて、差別にあたるものとそうでないものを、どのように整理していくかの検討が重要だ。また国としての理念である法律のみならず、それぞれの分野における詳細としてのガイドラインの作成を吟味していかなければならない。例えば、米国の建築に対する差別の禁止措置についてみてみよう。アメリカには1990年に米国障害者法(Americans with Disabilites Act,通称ADA法)が制定されている。この中の建築に対する合理的配慮としては、民間の住宅など、ごく一部を除くほとんどの建物に、障害者配慮が義務付けられている。既存建物についても、改修費は一定になる場合は、バリアフリー改修を実施しなければならない。違反すると事業者に初回が5万ドル以下、2回目以降は10万ドル以下の罰金が科せられる。また、ADA法が理念をつづっているのに加え、バリアフリーの細かな決まりはADAAGというガイドラインに記されている。ADAGGの内容は、車椅子利用者や視覚障害者だけでなく、聴覚障害者に対する配慮にも及ぶ。ドアの取り付けから幅、取っての形状など実に細かく記載されており、項目数だけでも200を越える。吉村英祐は、「ADAAGは、ハートビル法と違って抜け目がない」と語る。差別は、そもそも当事者にしか分からないことがある。事業者もどのような配慮が必要かを想定して、設計をすることは難しく、こうしたガイドラインは一つの指針として有効になる。


Ⅵ.救済機関
 
詳細の基準の明記に加え、障害者差別、人権侵害の具体的な救済に資するため障害者禁止法には、実効力のある権利救済手続きを定めることが求められる。最大の権利侵害は、人権侵害状況を放置しつづけている行政制度上の不備や、不十分な支給決定などの公権力による行為である。イギリスでは、1995年、障害者に対する差別を禁止する法律である「1995年障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act,1995通称DDA)や「2001年特別なニーズ・障害法(Special Eduucational Needs and Disability Act,2001 通称SENDA)」が制定され、その中で申し立て人に対する保護・救済を定めている。DDAは、障害者やDDAとSENDAに関係するものがなんらかの形で被害者となることに対する保護規定を明確に行っている(第28R条第4節及び第55条)。これは例えば、ある者が法令に基づく手続きを取ったり、その件に関する情報や証拠を示したり、誰かが法令に違反していることを主張したという理由で、別の者がその者を非友好的に処遇した場合、差別したことになる(河合.2005)。 権利侵害の申し立てについても、憲法と障害者権利条約に則り、公正な立場から障害者と行政の間に立ち、問題処理にあたることのできる権限を付与することが求められている。



まとめ
   第16回障がい者制度改革推進会議 差別禁止部会 中間まとめでは、「憲法の差別禁止条項は基本的には私人間を問題にしないという枠組みとなっており、差別の防止や救済が難しい。障害者基本法の差別禁止規定は理念であり、裁判規範性が弱く救済手続もない。したがって現行の法制度では差別をなくすのは困難であるため、差別禁止法が必要である。」と示されていた。まずは現行法の社会システムを見直し、個々の生活の背景にある社会的困難の把握に努める必要がある。
現在の日本の障害者法制は転換期を迎えているといえる。障害者制度改革の基本的方向性に沿って、「障害者」の概念の見直しを行い、社会モデルが導入と啓発が急務だ。障害者差別を生みだす根源である社会システムに目を向け、そもそも何が差別にあたるのかを、国民一人一人が理解できるような制度を作り上げるべきである。


参考文献
竹端寛  「差別の禁止と地域移行・権利擁護政策」発達障害者問題研究 第32巻第5号2010
塩見洋介 「障害者差別禁止をめぐる政策課題」障害者問題研究 第39巻第4号 2012
池田直樹  障害者差別が裁判で争われた事例.差別禁止部会第7回会議資料
中村尚子 「障害者権利条約と教育」 全国障害者問題研究出版部 第2部
杉山有沙 「障害者差別禁止法理における障害と障害者の意味」早稲田大学大学院 社会学研究論集 vol.17 2011年3月
河合 康 「イギリスの高等教育における障害学生に対する差別の禁止」上越教育大学研究紀要 第24巻 第2号 平成17年3月
障がい者制度改革推進本部 差別禁止部会 第16回 平成24年3月16日 中間の論点整理について(その2)
米国の法制度「障害者に不利な建物は訴えられる」Nikkei architecture 2001-4-30




~権利条約批准に向けて~
2010年6月29日に開かれた第2回障がい者制度改革推進本部において、横断的な課題における改革の基本的方向と今後の進め方として(1)障害者基本法の改正と改革の推進(2)障害を理由とする差別の廃止に関する法律の制定など(3)障害者総合福祉法(仮称)の制定の3点を示した。障害者権利条約の批准を前に、こうした国内法の整備がまずは必要だ。今後も、障がい者制度改革推進本部の動きに注目していきたいと思う。議事録はこちら!
→http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/kaikaku.html


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5 月
2

研究の枠組みと目指すもの

Posted by a6hootazemi in すぎはら

ブログ休憩していました、すみません。杉原です。今日は、報告と今後の研究課題です。関連する論文を集め、とにかく読み込んでいる最近ですが、どうも頭の中がごちゃごちゃしているのでまとめてみます。
まず、インクルーシブ教育の共通理解に関して、私は「権利条約」の周辺課題を中心にみています。グループの皆さんの視点はどうでしょうか。インクルーシブの解釈には長い時間がかかりそうな気がするのですが、来週の報告会後、改めて、各自の方向性を確認できたらいいですね!
また個人研究としては、相変わらず【多職種の連携アプローチ】について研究していく予定ですが、特に多くの機関の繋がりが求められる【移行支援】に時期は限定しよう、と思っています。では、とりあえずの段階ですが、先行研究になりそうなものを、ピックアップしてみます。

―これまでまとめてきたもの(Skydrive)―
■インクルーシブ教育の概念理解に向けて
※研究会で学んだことをもとに
・日本におけるインクルーシブ教育システムの構築へ向けた課題と可能性
※障害者権利条約 第24条、「教育」に焦点を当てる
・障害者権利条約成立の課程
・障害者権利条約の構成と内容
・障害者権利条約と教育の課題、教育条項の構成と内容
・合理的配慮ワーキンググループ
※障害に対する捉え方(特別支援勉強会より)
・ICF機能分類
・アセスメントによる障害理解

 ―次週の報告に向けて―  ←以下は今後調べ、まとめていく予定
・国内批准と関連組織
・障害者権利条約の解釈(世界比較)、政府仮訳(日本)に対する問題
・日本の就学法制に係る障害者権利条約を踏まえた検討課題
・我が国の障害者差別禁止法をめぐる政策課題(ADA法等、世界の取り組みを示唆に)
・障害者権利条約と国内法の整備
・合理的配慮をめぐる政府・研究の動向

■今後考えている個別の先行研究(大まかな)
・特別なニーズのある子どもの移行支援に関する研究
・特別支援教育における多職種連携システムの在り方
・個別の教育支援計画と個別の移行支援計画によるチームアプローチの必要性
・外部専門家による特別支援学校との連携の効果
・ケース会議の在り方と現状

→教育、福祉、医療、労働それぞれの側面から、移行支援に求められること
―教育サイド―
・特別支援教育に学校全体で取り組むための体制づくりに関する研究
・特別支援教育連携のためのコンサルテーションの在り方
・特別支援コーディネーターの役割
・進路教育の充実と職業訓練
・個別の指導計画と個別の教育支援計画との接点

―福祉サイド―
・社会保障制度改革の動向と本質
・地域移行政策
・地域支援システムの開発
・SSWの役割
・社会福祉施設

―医療サイド―
・ハビリテーション・リハビリテーションと保健医療
・地域保健医療
・特別支援教育と医療はどのように連携すべきか
・重度・重複障害児の受け皿となる医療施設に関して
・長期入院が想定される障害者に対する療養医療の視点、余暇の利用、社会とのつながり

―労働サイド―
・我が国の就労支援体制
・職業リハビリテーションセンターについて
・法定雇用率と一般企業の動向

―比較研究地域「スウェーデン」―
・21世紀スウェーデンの障害者福祉政策方向性
・スウェーデンにおける<個別発達支援計画>全員策定の論理
・スウェーデンハビリテーションプラン,ハビリテーションチーム
・スウェーデンにおける障害児学校の位置付けと機能
・スウェーデンの医療制度
・スウェーデンの教員養成制度
・スウェーデンのインクルーシブ教育の現状

■以上を踏まえて、
専門職連携 移行支援をキーワードに、事例検証とモデル開発、支援の試みを目指す。
~モデル~
○移行支援のツールとして、従来の「個別の移行支援計画」に加え、
  →【個別移行手帳】の提案
○従来の移行前ケース会議(高校3年時)
 →【移行後の連絡調整体制】の提案

★要約
インクルーシブな社会を目指す中で、障害をもった人の生涯にわたる発達支援を描く。それは、従来の医学モデルとしての「障害者」ではなく、ICFの視点から「障害をもった人」あるいは「ニーズのある子ども」として、地域で過ごす「当たり前」の暮らしを考えていきたい。そのためには、様々なライフステージに応じた多くの支援者とのかかわりを切り離すことはできない。障害の告知からはじまり、療育現場や医療現場、専門職が一つのチームとなって、個別のニーズに対応した支援を作り上げていかなければならない。その際、支援者はそれぞれの役割を明確にしていく必要がある。何より、「ニーズを抱えた人」に関する情報を共有していくことが求められる。本研究では主として教育サイドからどのように医療、福祉、労働と連動した支援体制を築くことができるのかを検討したい。その中でも、特に関連機関の連携が求められる「移行支援期」にスポットを当て、学齢期からどのような専門職、あるいは地方公共団体との有機的なネットワークを持つことができるのだろうか、その疑問を形にすることを目指していく。つまり、移行支援を点と点から線へと繋げていくためには、その結び目が重要であることを提言し、学齢期の支援者と卒業後の支援者が、重なり合って支援をする場のデザイン、連携ツール開発としてのモデルを提示したい。教育現場で学んだことを、社会に出てからどうつなげていくのか、教育、福祉、医療、労働、地域ぐるみのコラボレーションの可能性を探る。


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5 月
1

負傷した少年の回復

Posted by a6hootazemi in はせ

みなさんGWをどうお過ごしでしょうか。GWのせいか、今日はなんとなく学校が静かな気がします(笑)
5月に入り、いよいよ教育実習が始まります。完全朝方にしなければ!!

今回は、2月に起きたオハイオの少年の銃乱射事件について、回復したWalczakという少年の話の記事があったので述べていこうと思います。


負傷した男子学生は事件が起こった2月27日以降、記事によると3月30日に初めて学校に戻りました。彼が学校の扉を車いすで通ると、生徒たちは拍手喝采をしました。
彼は、彼を助けてくれた先生や、現場の医療補助員に非常に感謝の意を述べていることがわかりました。
男性教師は、射撃後、彼の足を引っ張って部屋の中に入れ、安全なところにとどめさせ、興奮している彼を落ち着かせようとしました。記事には、そのことが繰り返し述べられていました。
また、彼は回復するまで地元の病院にいました。彼は足を撃たれ、感覚を失いました。病院では弱ってしまった半身を使うことなく動くことが大変であり、ベッドに入ることを学ぶのに一週間かかったと述べました。
彼はこのことを通して、惨事の後のお互いの結びつきによって明らかになったように、コミュニティの強さを学んだと語っています。
そして、亡くなった他の学生の冥福を祈り、彼らの家族に対しても静かに祈りをささげると述べました。

また、事件を起こしたT.J.Laneについて、事件を起こした動機は未だ不明であるということです。彼に対し、メンタルにおいての検査がされ、大人のように試行できるか、という聴取を引き延ばしているということです。この心理検査について、詳しい記事がないか今後調べていきたいです。

★この記事の考察
まず、事故後約一か月で負傷した少年が学校に戻ることができたということに驚きました。読み進めていると、彼が戻ることが可能であった背景には、周囲のひととの強い結びつきがあったのだと推察します。
彼自身のメンタル面や体の状態について詳細には書かれていなかったので一概に言えないのですが、病院での生活で大変であったのは体を自由に動かすことであり、睡眠障害やフラッシュバックについては書かれていませんでした。また、事件が起きた現場に一か月で戻ることができたという事実から、外傷体験に関する情報や場への回避行動はみられません。このことから急性のPTSDには陥っていないと思われます。
自分を助けてくれた周囲の人々に感謝したり、遺族を悼む気持ちもあるので、現在の心理状態は比較的しっかりしているのではないかと思われます。

今回この記事はThe Columbus Dispatchというオハイオ州の日刊紙から見つけました。この新聞はオハイオ州のベスト新聞ということで、地域の情報や調査など総合的なニュースが詳細に記載されています。このような地域新聞の活用もしていきたいです。




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5 月
1

落第について

Posted by a6hootazemi in あかり


こんにちは、あかりです。

GW始まりましたね!
みなさん楽しんでますか?

私は明日から2泊3日で宮城に一人で旅行に行って来ようと思っています。
TV越しでしか見ていない被災地の状況を、自分の目で見てなにか感じたい、学びたい、考えたい。
そしておいしいものをたーくさん食べて、いろいろなところを観光して…それも十分な復興支援だと思っています。
登米の教育資料館等にも行く予定なので、ただの観光ではなく、しっかり自分の学びや今後に生かす旅行になればいいと思います。
方向音痴で適当人間の私が一人で計画通りに旅行できる自信はありませんが(笑)精いっぱい楽しんできます!


前触れが長くなりましたが、セミナー課題の投稿をします。
遅くなってしまいましたが添削よろしくお願いします。


≪セミナー課題 落第・進級について≫

大阪市の橋本市長から日本の義務教育下においても“落第・進級”させるべきであるとの意見が出た。中でも今回は落第の方に目を当て、多面的に論じてみたいと思う。

わたしは結論として、落第・進級の考えには反対である。
しかし、賛成・反対以前の問題として、私は今の日本の教育制度、現状では“無理”であると思う。

確かに落第や進級制度は確かな学力をつけて子供を社会に送り出す、という目標達成のための大きなツールになるのかもしれない。しかし、そのツールを使いこなすにはもっともっと日本の教育制度が柔軟にならなければならないと思うのだ。つまり、今の日本では“卒業”が欧米等に比べて簡易化されているため、どんなに不登校な子でも、どんなに学力が足りない子でも卒業できることが多い。そして卒業した上で進学する先の高校なり専門学校なりが入学試験を実施することにより、個人の能力をテストで図る形を取っている。卒業時の成績は合否の判断に使われるだけであり、卒業するのにふさわしい能力を身につけたのかどうか、などとは本人をはじめ、保護者も、各教育機関も、誰も知らないように思われるし、今の日本はそれを当たり前の形として行ってきた。この事実に目を向けずに“確かな学力を身につけるために原級措置を”などと言うのは、理想と現実の差があまりにも大きいのではなかろうか。

また、もう一つの視点として、留年した本人の心理的な問題を考えたい。一般的に留年と聞いて誰しもいい印象は持てないと思う。本人が必ずしも留年を機に勉学に励み、卒業に見合った学力を身に着けられるかといったらそうではないだろう。もともとあまり勉強が得意でない、好きでない子が周りの友達よりも遅れてまた同じ勉強をしなくてはならないとすれば、それは本人に取ってメリットよりもデメリットの方が多いように感じる。たとえばプライドが傷つけられる、劣等感を感じる、やる気が出ない、等。発展すればいじめや引きこもりや自殺にも繋がりかねない。そしてわたしは学校とはよりよい人間関係の形成の場であると考える。初めて出会った友人たちと打ち解け、ときにはぶつかり合い、行事などでは協力したり、またあるときはよきライバルとして切磋琢磨しながら児童たちは精神面でも成長していく。また、学童期からの友好関係は他の時期の交友関係と比べ長く続くとされている。ところが異年齢の児童が学年の節目になるごとに加わってきたり、大切な仲間が次の学年からはいなくなったりすると、どうなるだろうか。友好関係に支障をきたしたり、心に傷をかかえる児童もいるだろう。児童にとって留年とは単なる学習面の問題では済まされない、精神的な心理的な問題が少なからず存在してしまう以上、あまり賛成できるものではないと私は考える。

また、家族の気持ちを考えてみる。もしも自分の娘や息子が落第したら?モンスターペアレントの多い今の日本では職員室に抗議の電話が鳴り続けるだろう。落第政策を推進する時間と余裕があるのなら、現状の日本で起きているモンスターペアレントの問題や、家庭の貧困差の問題、これら山ほどある課題を優先することの方が重要であろう。

また、教師側の視点として落第のボーダーラインについて考えたい。
落第させる基準はだれが決めるのだろう?おそらく落第制度が実現するのならば文書化の形でしっかりとした決まり事として、文科省ないし教育委員会等が連携をはかりボーダーラインが示されるだろう。文科省、教育委員会、校長、教員など、それぞれがラインをしっかりと把握した上で児童の学力を見極める必要がある。しかし本当に平等な判断ができるだろうか。成績をつけるのはあくまで教師であり、それを統括するのが校長である、つまり、教師ごと、学校ごとでの差異が出てくることが懸念されはしないだろうか。

最後に、あまり論理的ではないが結論として、勉学を苦手とする子に対する基本的なわたしの考えを述べたいと思う。
もしも落第しなくてはならないような勉強のできない児童がいても、補講をしたり、個別の課題を出すなどして学ぶ過程の中で最善を尽くすべきだし、教師はとことん努力すべきだと思う。また、たとえ勉強が苦手な児童がいても、良いところを見つけて伸ばしていきたいと思うし、学力がすべてなどとは私は思わない。落第というのはある種のあきらめのようにも感じられる。まずは学ぶ過程の中で教師がどこまでできているのか、そちらの方が問題であると思う。そしてわたしは人間というのは個性があってこそだと思うし、学びの場においても早成、晩成は人それぞれだと思うのだ。


以上多面的に論じてきたことからもわかるように、現行の教育制度や現状で落第制度を導入することにわたしは賛成できない。






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5 月
1

日本が原発を推進した経緯

Posted by a6hootazemi in かなこ

こんにちは
かなこです

今回は東日本大震災のグループでの基礎知識の共有ということで日本が原発を推進した経緯をまとめました。

【日本が原発を推進した経緯】
1953年 
アメリカのアイゼンハワー大統領が国連総会で「原子力の利用平和」を宣言
1954年3月
原子炉製造費として2億3500万円の予算が付けられた
1955年11月
「日米原子力協定」締結
1955年11月
「日本原子力研究所」設立(現在の日本原子力研究開発機構)
→日本の原子力政策を決める機関
1955年12月
「原子力基本法」制定
→原子力の研究、開発及び利用の促進に関して定めた法律
1956年1月
総理府(現・内閣府)に「原子力委員会」設置。委員長には科学技術庁(総理府の外局として同年新たに設置)長官
→原子力基本法に基づき、国の原子力政策を計画的に行うことを目的とした組織
1956年8月
「原子力燃料公社」発足
→燃料ウランの採掘を行う
1962年9月
原研・国産原子炉「JRR3」で臨界実験達成
1963年10月
原研・日本初の原子力発電に成功/10月26日を「原子力の日」に制定
1966年7月
日本原子力発電株式会社(日本原電)が「東海発電所」にて日本初の商用運転開始
1967年10月
動力炉・核燃料開発事業団(動燃:98年に「核燃料サイクル開発機構」に改組、2005年に「原研」と統合)発足
1971年〜
民間電力会社が商用運転開始(3月 東京電力「福島第一」など)
1974年8月
原子力船「むつ」放射能漏れ事故発生
→加圧水型軽水炉を動力源とする日本初の原子力船が初めての洋上での出力上昇試験中に放射線事故を起こして母港だった青森県大
1978年3月
動燃(当時)が開発していた新型転換炉「ふげん」運転開始/95年開発中止
1978年10月
「原子力安全委員会」設置(原子力委員会より独立)
1979年3月
米スリーマイル島原子力発電所事故発生
1986年4月
ソ連(当時)チェルノブイリ原子力発電所事故発生
1988年10月
「日本原燃産業」(92年に「日本原燃」に)が青森県六ヶ所村に「核燃料サイクル施設」の建設を開始
1995年12月
高速増殖炉「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故発生
1997年3月
東海再処理施設(日本初の核燃料の再処理工場)火災・爆発事故発生
1999年9月
東海村の臨界事故発生
2001年1月
「原子力安全・保安院」設立


【説明】
日本が原子力に積極的だったのは資源が乏しい国という自覚があったからなのでしょう。原子力は石炭や石油に比べ少ない燃料で多くの発電ができるのです。また、日本にとっては二度にわたるオイルショックの記憶は新しく石油には頼れないということです。原子力発電の原子炉はアメリカから輸入されたものです。日本は出来るだけ安くコストをかけずに電気を発電したかったので国産の原子炉を製造するとうい考えはなかったのです。しかし今回の東日本大震災ではこのことが裏目に出ました。技術者も施設のメンテナンスもアメリカに頼りっきりだったので対応が遅れてしまったのです。

また、日本は広島、長崎に原子爆弾を落とされ多くの人が亡くなっています。そのため原子力という言葉に嫌悪感を持っている人も多くいたはず中でなぜ「原子力の平和利用」が人々に受入れられたのでしょうか?それは当時、読売新聞、日本テレビを傘下に持っていた正力松太郎がCIAの援助のもと1955年はじめにアメリカの原子力平和使節団を招くなどの原子力推進キャンペーンを行い、保守合同と原子力推進を公約として自身が衆議院選挙に出馬したのです。その後入閣を果たし1956年には原子力担当大臣となりました。そんな中、ウォルト・ディズニーの実兄であるロイ・ディズニーが日本テレビを訪問し、「わが友原子力」を「ぜひNTVで放送し日本の人々にも原子力の実態を理解して欲しい」と申し入れたそうです。その後1957年1月23日にアメリカで「わが友原子力」は放映され1958年1月1日には日本テレビでも放映されました。この番組は両国で大ヒットしました。
また、正力松太郎は東京ディズニーランドを作る際にも助力したといわれています。こうして「原子力の平和利用」が受入れられていったのです。

今回の原発の事故で原発の安全神話が崩れたのと同時に他ならぬ日本で原発事故が起きてしまったことが問題なのです。日本は科学技術分野で秀でている国です。そして原子力発電の分野でも全国13都道府県17カ所にある50基をこえる原子炉ををその科学技術の力で運転を続けて今ではアメリカ、フランスに次ぐ原子力大国で起こってしまったレベル7という大きな事故に世界中が驚きました。あの日本でさえ起こってしまったのだから…そういって脱原発を宣言した国も多い程です。

参考文献
『緊急解説!福島第一原発と放射線』
著者 水野倫之 山崎淑行 藤原淳登

また、個人のテーマである「震災ストレスと通信高校」が形にならなそうなので変更するかも知れません
ではでは^^


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4 月
29

セミナー課題

Posted by a6hootazemi in ゆうたろう

こんにちは、b0のゆうたろうです。
文章を書くのがだいぶ遅くなってしまってすみません。
太田先生の今回のテーマの文章を書くうえでの必要な観点を参考にさせていただいて文章を書いてみました。
まとまりがない文章になってしまいましたが、添削よろしくお願いします。

義務教育における、落第・飛び級について制度、児童、教員の複数の面から考えていこうと思う。
まず制度の面から落第・飛び級について考えていこうと思うが、学校教育法施行規則の第五十八条に「校長は、小学校の全過程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない」と記されている。つまり、成績が修了を認めるうえで不十分であったら卒業を認めるべきではないということである。
次に児童の面から落第・飛び級について考えてみる。
落第させることによって足りない学力を補うことが出来、安心して進級することが出来る。飛び級させることによってその児童の可能性の幅を広げることが出来る。
落第・飛び級どちらも児童の学力を伸ばすためには効率の良い方法であると思う。
しかしながら、落第・飛び級ともに問題点もある。例えば韓国では飛び級はよくあることだが、競争社会の影響もありストレスを感じる児童生徒が多く、中には自殺してしまう人もいる。同い年ではない児童と学ぶことになるとすぐに溶け込むことが出来ず精神的に辛い思いをする児童が出てきてしまうだろう。それが発展してしまえばいじめにつながる恐れもある。
その人自身の可能性の幅を広げることが出来る一方で、大きなストレスを与えてしまうのが落第・飛び級である。
次に教員の面から落第・飛び級について考えてみる。
落第・飛び級をするということは一つのクラスで年齢の異なる児童が一緒に学ぶということである。年齢が違えばコミュニケーションを取るのは同じ年齢どうしに比べて難しいだろう。クラスに溶け込めない児童も出てきてしまい、いじめにつながる恐れがある。教員は勉強だけ教えていればいいのではない。児童たちに社会性、協調性も身につけさせ、豊かな心を育まなければならない。
またクラスや学年全体で一体感を持って一緒に様々なことを学んでいく場が学校であるということも忘れてはならない。
モンテッソーリ教育では社会的・知的協調心を促すために三歳の幅を持つ異なる年齢の児童が混じったクラスを編成する。このクラスの中で、児童たちはお互いから学び合うのである。年下の児童は年上の児童の活動を見て学び、年上の児童は年下の児童に世話をすることや教えることを通して学ぶのである。
教員はクラスがどのような児童で構成されていても、児童が確かな学力、社会性、協調性などを身につけられ、豊かな心を育むことが出来るような環境を作らなければならない。
義務教育における、落第・飛び級について制度、児童、教員の複数の面から考えてみたが、落第・飛び級には良いところも悪いところもたくさんある。一番大切なことは、学校や教員が児童一人一人と真剣に向き合い、児童の可能性を最大限に引き出すことであると思う。


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ホットワード 文教大学 人間科学部 太田 いいんちょう
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