Prague'68
月曜日, 7 月 18th, 2011
恵比寿の東京都写真美術館で開催の
『ジョセフ・クーデルカ/プラハ 1968』
に行ってきました。
☆
2F展示室は、沢山の来場者で驚きました。

(上:2度に渡り人が居なくなったヴァーツラフ広場)
プラハ市民が絶対に忘れることのない出来事、
1968年8月20日プラハに、ソ連始めとするワルシャワ機構軍
に軍事介入された7日間を記録した展示。
本当にあった出来事です。

私日本人ですが、
プラハの町があれほどまでに美しく、地の底から輝く印象を
受けた私としては、チェコという小さな国の“強さ”に、
胸揺さぶられずにはいられません。
(※8月は日本にも終戦記念日という悲しい歴史がありますが、
不思議な偶然で、広島の原爆ドームはチェコのヤン・レツル
の作品です。)

ヨーロッパのど真ん中の、とても美しい国。
ルターより、100年も前に宗教改革を行っていた国。
そして今尚、中世の面影を大切に守っている国。

彼らが素晴らしいのは、武力で攻撃されても、
武力で抵抗するのではなく、プラハの市民が終結して
ひたすらデモで立ち向かったこと。
もちろん、そんな中亡くなった方々は大勢いました。
それも、チェコ周辺のヨーロッパ地域が
ソ連側について、土足でチェコに踏み込んできたのです。
文化の宝庫である国立博物館も襲撃されました。
弱いけれど強い国。
私は、この国に出会えたから、この先どんなに
つらい事があっても乗り越えてゆこうと思いました。
現在の、あの輝く街を思い出しながら・・・。

ところで、
マルタ・クビショヴァ-という女性が、このプラハの春で、
ビートルズのヘイ・ジュードをカヴァーして歌っていたことは
有名ですが、そのジュードの設定は女性(プラハ市民)
と言われています。
それも
「女性が女性に語りかける、自由と平和を求める民衆の歌」
なのです。
だから、この曲は本当に素晴らしいと思っていましたが、
実は、ジョンレノンが元妻からヨーコに
乗り換えたことで、息子ジュードが傷つかないように
歌った慰めの歌との事。
したたかなジョンにちょっと幻滅なエピソードです・・・・。













